入学式②
「えっ嘘、本当に……え、あれだよね? ライブ会場で……だよね?」
「はいそうです! にじたまの現場で!」
同時に椅子から立ち上がった二人は、再び何もないがらんとした空間に戻った。
だが、まわりの同級生たちから会話を聞かれなくて済むので、二人にとってはそちらの方が好都合であった。
「うわっすごっ! じゃあサイ君もにじたまのオタクだよね?『あめだま』ってことでいいの!」
「そうですそうです! ヨノスケさんも『あめだま』なんですね!」
あめだまとは、地下アイドルグループにじたまのファンの総称である。
この会話が成立している時点で、サイやバンビと同様に同じタイミングで転生されたということは確実。
サイもヨノスケも興奮を隠せない。
「え、ちなみに知ってる人かな。俺は転生前はシゲって呼ばれてたんだけど……」
「シゲさん! シゲさんってにじたま最古参の箱推しTOのシゲさんですか! ちゃんと話したことはないけど知ってます! 僕はちょっと紛らわしいんですけど、転生前もサイって呼ばれてまして!」
「あぁわかるよあやるん推しのでしょ! うっわぁめっちゃ興奮してきた! ここに来て初めて転生した人に会ったよ。俺だけかもって思ってたから!」
「僕だけじゃないんですよ! 実は一緒に入学してきたバンビっていう子も転生者なんです」
「えぇぇぇウーテの王女様が! え、誰だ俺の知ってる人かな!」
「知ってるも何もにじたまのメンバーですよ。漆塚央佳……うるるんですよ!」
「えぇぇぇぇぇぇぇ激熱ぅぅぅぅ! うわぁテンション上がりすぎて鼻血出そう!」
ヨノスケの喜びように、サイも心が躍るようだった。
まさかこんなに早い段階で新たな転生者に会うとは予想していかったということもあるが、それ以上に喜ばしい事実が分かったからだ。
それは、サイもヨノスケも、そしてバンビもこちらの世界に転生したタイミングが同じであったことだ。
サイとバンビだけなら、偶然で片づけられるが、三人も同じ時間同じ空間で転生したのであれば、その条件がそろうものは必然的に転生していると考えていい。
ライブに来ていた客。ライブスタッフ。そしてにじたまのメンバー。
とりわけサイの推しであるあやるんは、あの時目の前にいたのだ。
あやるんと同じタイミングで一緒に転生してきたと断定するに、この出会いは十分すぎた。
それになにより――
「サイ君もうるるんも同い年ってことはさ……もしかしたら入学生の中に、他にも転生者がいてもおかしくないよねっ?」
「はい。僕もそう思います!」
転生者は全員ほぼ同じタイミングで生まれてきているので、ヨノスケの言うようその可能性は十分にある。
仮にいなくても転生者について何か重要な手掛かりを持つ者がいても何ら不思議ではない。
ウーテでは一向に見つからなかったあやるんに続く手がかりが、ここにきて一気に花開いた。
「――とにかく最高だよ! とりあえず学校終わったらうるるんも交えて飲み会だな!」
「はい! あ、でもうるるんって言わない方がいいですよ。もう十五年も王女バンビ様で過ごしてるからバンビって言わないと怒りますよ。あとめちゃくちゃわがままに育ちました」
「あははは。うるるんは日本でも結構無茶苦茶だったよ。いろんな悪い噂あったしね。でも了解! 俺も今さらシゲさんって言われても気持ち悪いからヨノスケって呼んで――」
「――うるさいぞ貴様ら!」
急に横から大声で話しかけられ、サイとヨノスケは驚いて振り返る。
目の前には黒いフードを被った九人の生徒が立っていた。
おそらくハァト帝国からの入学生だろう。
先頭に立つ男は、キッとサイとヨノスケを睨みつけると、
「ダマスカス開発の御曹司……サイ=ダマスカスと、『七色彩明虹の英雄』のヨノスケ=サイコクだな」
「ん、どこかで会ったことある? ハァト帝国にも親父の付き添いで何度か言ってるけど。サイ君知ってる?」
ヨノスケからの問いにサイは首を振る。
というよりサイは、ハァト帝国の学生よりもエロイナ何とかと言われていたヨノスケの方が気になっている。
「ふん……こんなアホ面が王の剣の有力候補だなんてな。どうやら噂に尾ひれはひれが付いていただけのようだな」
王の剣という馴染みある響きにサイは、目を丸くする。
(ヨノスケが……王の剣)の有力候補?)
ヨノスケもどうやらピンと聞いていないようで、
「ちょっと何言ってるかわかんないけど、もしかして喧嘩売ってるの? 俺としてはいきなり同級生ぶっ飛ばして停学になりたくないからやめて欲しいんだけど」
「貴様がぶっ飛ばされる側だろ。そっちは二人。こっちは九人だ」
いや、なんで僕入ってるの? とサイは困惑してヨノスケを見る。
ヨノスケは「何も言うな俺に任せろ」みたいな表情で大きく頷いた。
「このサイ君は大陸一の超絶金持ちのボンボンだぞ。ツラもいいし、多分優しい。しかもウーテの王女様ともマブダチだ! この時点でもはや勝ち確! お前みたいな一般学生に負ける要素なし!」
「え、違う違う違う。なんか僕が相手するみたいな雰囲気出してるけど違うよ」
「分かってる。サイ君は謙虚だからそういうけど内心ボッコボコにしたいんでしょ? 俺は分かってるよ」
「わかってないよ。全然わかってなくてちょっと今びっくりしてます!」
「あははは」
「笑ってる場合じゃない! なんか相手怒ってるし!」
サイとヨノスケの即興漫才を見ながら、喧嘩をふっかけてきたハァト帝国の学生は、眉間にしわを寄せて睨みつけている。
「ふざけやがって……あまり我々をなめるんじゃないぞ!」
声を荒げた学生は指先をパチンと鳴らした。
すると手元から小さな黄光の矢が、サイとヨノスケの顔に向かって放たれる。
(あ、これはもしかして……)
サイは顔に当たる直前に手で受け止めた。
ヨノスケは当たったのだが、まるで何事もなかったかのように何の反応も示さない。
そのせいか、而術を使った学生側が驚いている。
「な……なんだお前ら。俺の而術が聞いてないのか……? 」
「あぁ……やっぱり而術か。これは小型の鳴槍だね。多分サイズの小型化と発射スピードに而力を振り分けてるんだな。なるほど勉強になる……」
受けた術を自分なりに解釈して飲み込むサイ、一方ヨノスケは「ん? 何なんかあった?」と攻撃自体に一切気が付いていない様子だ。
「手だろうがどこだろうが、体に当たれば全身が痺れてしばらく動けなくなるはず……」
「シゲさ――じゃなくてヨノスケはともかく、僕は受けてないですよ」
そう言ってサイは手のひらを開いてみせる。
バチバチと鳴る小さな黄色い球が浮かんでいる。
「黄而第壱號ノ弐『擂』。帯電したものを呼び寄せるの而術なんだけど、僕の場合バンビの相手してたら無駄に抵抗力が強くなっちゃって、ある程度の攻撃なら相殺できるようになったんだ」
普段は而術のコントロールが苦手で、まともに狙ったところに当たらないので、一緒に訓練をしている時に而術を食らい続けていた。
サイとしてはそれで黄而の而術に対して抵抗力がついたのかと考えていたが、今思えばそれも、無意識で而力を抵抗力強化に振り分けていたのかもしれないと気が付いた。
一方ヨノスケは、「俺はよく分からん。つか攻撃したの?」とすっとぼけているのか、それとも相手を煽っているのか判断が付かない態度を示している。
「……なかなかやるじゃないか。じゃあこれならどうだ?」
言葉とは裏腹に相手は動かなかった。
動かないがサイは背後に小さな而力の気配を感じた。
サイはゆっくり背後に手を回し、小さな而力を感じた箇所に触れる。
ニニエロに教わったことがまさかこんなに早く役に立つとは……。
あの男はもしかしたら未来が見えてるのかもしれないと、サイは本気で疑い始める。
「どうだ二人とも……動けないだろう?」
ハァト帝国の学生がそう言葉を発する。
ニヤニヤとさげすむような表情を見せるが、
「……は? 動けるけど」と腕を大きく回すヨノスケ。
「僕も問題なく」と頭をポリポリとかくサイ。
その何事もなかったようにふるまう両者に言葉を失った。
「――なっ、そんな馬鹿な!」
コンマ数秒間をおいて、絞り出すように声を出すが、動揺は全く隠せなかった。
「そんな馬鹿な――っつーのはこっちのセリフなんだけど。お前何もしてないじゃん。ねぇサイ君」
「あー……えっと正式には而術使ってましたよ。ハァト帝国じゃどう呼ばれてるか分からないけど鈍鋲っていう、黒系統の術。相手の体に黒い針みたいなのを刺して動きを止めるやつだよ」
サイの説明を聞いてさらに驚くハァト帝国の学生。
「なぜ黒の而術について知ってる! それになぜ対処できるんだ!」
「えと、知り合いっていうか、今度学校で講師になるニニエロっていう人から教えてもらった。もしかしたら黒の而術を使う敵に襲われるかもしれないからって最低限度の防御方法をね」
そう言って左手を前につきだし、折れた黒い針のような物体を見せつける。
「この而術は相手を数本差すだけで拘束するほどの強力だが、刺さる前の而術としての強度は弱いんだ。だから刺さる前に折ってしまえばいい」
「そんな……」
「で、ヨノスケは多分……常に全身を而力で覆っているんだと思う。だからある程度強い而術でもないと体に到達前に消えてしまう……んですよね?」
「おぉその通り。防御に気を回すの面倒だからね。いつもそうしてる」
ゆえにヨノスケは而術を使われてることすら気付かない。
というかそんな強い障壁を常時展開している時点でヨノスケの底の知れなさを伺い知ることができる。
「よくわかんないけど、お前ら俺とサイ君に攻撃したんだよな。じゃあ正当防衛でやり返しても文句言えるたちばじゃねーよな?」
肩から腕をぐるぐると回しながら一歩一歩と前に進むヨノスケを前に、先頭に立っていた学生は震えながら後ずさる。
「ま……待て、悪気はなかった」
「知らん。一発は一発……いや二発か? とりあえず尻だせ。思い切り蹴り飛ばす」
腕回してるのに蹴るんかい。
とサイは思ったが、まぁそのくらいならいいかと止める気にはならなかった。
「や……やめ――」
「……何をしてるんですか? 式はもう始まってますよ」
聞き馴染みのある声のする方向に顔を向けると、普段より格式ばった装いのニニエロが立っていた。




