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入学式①

 入学式が始まる数分前、会場であるナハト賢王修学院の講堂に訪れたサイとバンビとハクバ。

 通用口から中に入るとそこにはただただ広く、何にもない空間が視界に入った。


「なにも……ない?」


 式典だというのに、横断幕を張ったりだとかそういう特別な装飾はなかったが。

 よくみると中央に十八脚の椅子が並べられているだけ。

 今回入学する学生は十八人。

 なので入学生のために用意されたものなのだろうとサイは推察した。

 入学生の内訳は以下のとおり。

 ウーテ王国からはサイ、バンビ、ハクバの三人。

 ユウソク共和国からは一人。

 民主国家ダリアスからは二人。

 テリダ侯国からは一人。

 合衆国イレブンからは二人。

 そしてナハト研究都市を領地とし、シンタイ大陸の中央部を統治しているハァト帝国からは九人が入学するとニニエロから事前に聞いている。


「今回はユウソクから一人のみの入学でしたので、すんなりバンビ様の入学が承認されました」


 なんて言っていたが、もしかしたらニニエロがユウソク共和国から入学予定の生徒になにかしらの圧力をかけたのではないかと、サイは疑っている。


「今日でいいんだよね? なんか全然式っぽくないけど?」

「日付と時間は間違ってませんね。ほら、すでにあそこに座っている人もいるので」


 ハクバが指さした先には既に六人ほど座っているのが確認とれた。

 さらによく見てみると、どうやら椅子は国ごとに色分けされているようで、赤い椅子が三席と黒い椅子が九席空いている。

 おそらくウーテ王国とハァト帝国の入学生の席だろう。


「あの赤い椅子に座れってこと? 王女様が座るにしてはちょっと貧相じゃない?」 

「いいから座ろう。相変わらずめんどくさいなバンビは」

「あっ何よその言い草! マヂ万死っ!」


 ぎゃあぎゃあと隣で騒ぐバンビを無視し、サイはぐんぐんと足を進める。

 椅子に近づくとこれから苦楽をともにする同級生たちの顔もみえるが、どういうわけか一様にキョロキョロと視線を動かしていて、サイ達に気づいている様子はない。

 なんか変だなとは思いつつも、サイはゆっくりと椅子に腰を下ろした。

 すると――景色は一変した。

 何もなかった空間だったはずなのに回りは光り輝く装飾で彩られた式場に変貌し、周囲から耳心地の良いオーケストラの音が聞こえる。

 上空には今まで見たこともない翼竜や大型の鳥のような生物が自由に空を泳いでいる。

 視線を前に向けると『入学式開始までしばらくお待ちください』という文字が映る巨大なモニターがある。


「ここが……入学式会場? 転移されたのか?」


 だがどうも転移されたような感覚ではなかった。

 ある程度の質量を転移させるにはある程度時間がかかるのだが、今回は椅子に座った瞬間、見るもの聞くものが全て切り替わった。


「これは而術(リュニ)というよりも……まるで」


 サイは古い記憶を呼び起こす。

 小さい頃ではなく、それよりも昔、つまり転生前の記憶――。


「びっくりしたっしょ。これどうやら而術(リュニ)みたいだよ」


 突然横から話しかけられ振り向くと、面識のない少年が笑顔を向けている。


「……而術(リュニ)。じゃあこの音楽とか景色は幻なのか」

「幻っていうか……多分、幻覚を見せるタイプの而術(リュニ)だね。椅子に座るのが条件なんだよ。さっき試しに立ってみたけど、一瞬にしてなんもない空間に戻ったよ。あ、脳みそバグるから立ったり座ったりしないほうがいいよ」

「……なるほど」


 椅子に座ることをトリガーに、対象の五感を支配する而術(リュニ)。しかもそれを個人ではなく多人数に共有できる形で展開するなんて、なんという規模の大きな而術(リュニ)だ。


 こんなのウーテでは見たことがない。

 さすがは而術(リュニ)研究の最先端だとサイは改めて認識させられた。


「おっと自己紹介がまだだったね。俺はヨノスケ。ユウソク共和国出身! よろしく」

「あ、ウーテ王国からきましたサイ=ダマスカスですどうぞよろしくお願いします」

「うぉぉぉぉぉぉ君がサイか会いたかっ――――」


 ――しゃべっている途中でヨノスケの姿が消える。

 おそらく勢い余って椅子から立ち上がり而術(リュニ)の対象外になったのだろう。

 なので而術(リュニ)の影響下にあるサイからは見えなくなっている。

 そして数秒後、再びヨノスケは現れる。


「――しまったしまった興奮のあまり立ち上がってしまった! 君が噂のダマスカス開発のお坊ちゃんか! 昨日ギンちゃん先輩から話は聞いてたのよ。いろいろありがとうね本当に! ちょっとハグしたいけどそれは入学式終わってからにしよう!」

「あぁうん。まぁ僕は何もしてないけど」

「謙虚だなー! 実に謙虚! やっぱり商売人として見習う所はあるな。あ、俺の親父も一応、斐綾鉱(マダイト)の卸売とかそういうのを生業にしててさ。多少なりともダマスカス開発さんにはお世話になってるのよ。まぁ規模はそりゃ全然ちがうけどね。うん。でも商売人の子としてさ、サイ君にはずっとシンパシーを感じてたわけですよ本当に。いやぁ会いたかったよずっと! あとでうちの親父の名刺渡すからお父様によろしく言っておいて!」

「あぁ……うん」


 急にテンションがあがるヨノスケに若干引き気味のサイであるが、それと同時にダマスカス開発の規模の大きさにも引いている。

 まさか国外でもここまで影響を及ぼしているとは……。

 サイは自分の生まれた環境のあまりの異常さを再確認する。


「まぁお互いのことはさておき、実際この而術(リュニ)はすごいよね。こんな風に五感を支配するなんてとんでもないよ。敵だったら間違いなくやられてただろうね」

「確かに! それになにより効率がいい!」

「効率……?」

「だって入学式だってこんな風にすれば事前の準備はいらないし、もちろん片付けもいらない。コストだってだいぶ下げられる。いやぁ化物退治だけが取り柄かと思ってたけど、而術(リュニ)も使い方によってはいくらでも事業に転用できるって証明されたよ」

「……根っからの商人気質なんだね」

「まぁね……つかこういうのなんて言うんだっけか? こういう現実じゃない空間でやりとりするみたいな……え~と確か、メ……メタ――」

「メタバース?」

「そうそうメタバース! 俺はこういうの苦手だったけど、ちゃんと触れるといいもんだなぁメタバースは!」

「うん。こういう使い道があるってわかると世界が広がるよね――」


 ここでサイはピタリと動きを止めた。

 そしてヨノスケもまた同様に動きを止め、両者は目を合わせる。


(なんで『メタバース』なんて言葉を知っているんだ。そんなのこっちの世界では聞いたことがない技術のはず……)


「もしかしてサイ君……君は」

「ヨノスケさん……あなたは」


 二人は同時に声を上げた。


「「――転生者っ!」」


 二人は而術(リュニ)にかかっていることなどすっかり忘れ、椅子から立ち上がった。

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