歓迎
その日の夜、サイ達新入生の入寮を祝うため歓迎会が行われた。
学校側が手配した(正確にはダマスカス開発の手回しによるものだが)一流のシェフが大陸各国の料理をふるまい、それをビュッフェ形式で嗜むもので、入寮生たちは目を輝かせていた。
そんな中サイは、手に皿ではなく、メモとペンをもって一人の上級生のもとに近づいた。
「ナエさん……ちょっといいですか?」
「んぐっ…………ちょっと……待って」
口いっぱいに放り込んだ肉を水で流し込み、ナエは真剣なまなざしで見つめる後輩に応えた。
「ん……どうしたの? ご飯はいいの?」
「あまり食欲なくて……」
「あらそう。で、何か用?」
「ちょっと聞きたいことがありまして……あ、食べながらでもいいので」
本来なら「食後にして」と言いたいところだが、今自分がこのような幸福な状況にいるのは、間違いなく目の前の彼のおかげである。
それに先輩としてここで恩を売っておくのも悪くない、と判断したナエは笑顔をサイに向ける。
「大丈夫よ……聞きたいことって?」
「はい、あの僕に使った鎖について聞きたくて……多分而術だと思うんですが仕組みが分からなくて」
鎖を発現する而術はウーテにもある。
自身の而力を使い鉄を生成する藍の系統の初歩の而術だ。
しかし、自身の体が鎖で縛られているのが気づかない程の発現速度。
予備動作や而力の気配もほとんど感じられなかった。
あのような而術はウーテ王国領内では見たことがない。
「あれは而力で鉄を生成する基本的な術式なんだけどさ。而力の振り分けを発現速度に極振りしてるだけだよ。」
「而力の振り分け?」
「ん~……サイ君って火の而術使えるんだよね? 軽くでいいから出してもらえるかな」
「はい、わかりました」
サイは言われるまま人差し指を伸ばし、その先端から小さな火を発現させた。
「これって、何を意識して使ってる?」
「意識ですか……強いて言うなら火が消えないようにしている点ですかね」
「うん、つまり今サイ君は、この火を維持にすためほぼすべての而力を使い続けているってわけだ。で、次はもう少し火力を上げてみて」
人差し指に而力を込めると、火は先ほどより威力を増した。
「うん、そうすると今サイ君は火力と火の維持に而力をつぎ込んでいるってことだよね。さっきより而力の消費量は大きくなっているよね」
「……はい。さっきより使ってますね」
「じゃあ仕上げに今度は維持しなくていいから、その而力のを火力に込めてみようか」
そこでサイはナエの真意を理解する。
「…………なるほど。同等の而力でもをどこに重きを置くかで効果が変わるということですね。つまりあの鎖は、発動速度に而力を極振りしたってことですね。でもそのせいで具現化の時間が一秒もなかった……って解釈でいいんですかね?」
「正解~。じゃあ早速火力に而力の振り分けてみようか」
「はい!」
サイは再び意識を指先に集中させる。
揺れる火を見つめ、サイはふと動きを止める。
「……その振り分けって、どうやるんですか?」
「ふふふ、それを学ぶために入学してきたんでしょ? ちょっと生き急ぎすぎだねサイ君は……はい、あーん」
ナエは半ば強引にサイの口にスプーンを放り込んだ。
拒否する間もなく、口内に入った食事を咀嚼する。
「――うまっ!」
「でしょ? 今日は新入生の歓迎会なんだから、而術のことなんて考えずに楽しみなよ。ほらいっぱい食べて食べて」
「……はい」
(確かにそうかもな、これからしっかり学べばいいんだ)
サイはナエの助言で、少し前のめりになる自分に気づき、今夜はゆっくりと食事を楽しむことに切り替えた。
そんなナエとサイの様子を遠くからバンビとハクバは見つめる。
「なによあいつ。ちょっと可愛い女の先輩にデレデレしちゃって。これだからオタクは嫌なのよ。あれだけ好き好き言ってたのに推し変したり、ちょっと優しくされたぐらいで現実の女にすぐ惚れたりするし」
ちょっと何言ってるか分からないが、イラついているのが分かったハクバは、少しだけバンビと距離をとる。
機嫌が悪い時は、バンビを尊敬しているハクバでさえ、ちょっと面倒くさいと感じている。
早く戻ってこいサイ、と念を送るが、サイはナエと談笑しているようだ。
「おぉう新入生諸君! 楽しんでるかぁ!」
背後から二人の背中を叩いたギンタは、大きな口をあけて笑っている。
無駄にテンションが高く、顔も紅潮している。
「ちょっと痛いわよ! というか顔真っ赤じゃん酒飲んでるの? 未成年のくせに」
「ガハハハ。飲んでるわけないだろう。これでもまだ十四歳だぞ」
「いやいや十四には見えないのよ。ムキムキだし、顔もいかちぃし」
「おいおい褒めるなよ。照れるじゃねーか」
「褒めてないっつーの」
なんか雰囲気がゴウマに似てる。
バンビは得も言われぬ嫌悪感をギンタに対して抱いていた。
それを察したハクバが助け舟を出す。
「ところでギンタ先輩。我々三人以外の新入生がいないのですがどういうことでしょうか?」
「あぁそれはそうよ。入寮の申請締め切りの前は、ここはまだオンボロ寮だったからどこの学生も応募してない。君たち以外は近くで下宿先を見つけたと思う……まぁ今の寮を見れば、いずれみんなここに引っ越してくるとは思うけどな」
「そんなに酷かったんですね……」
「まぁな……でも確か俺の後輩――ユウソクからの新入生も入寮してくるはずだったんだけどな。まだ来てないな」
「ユウソクからは確か一人だけでしたよね」
「おぉ、推薦枠が二枠あったんだけど、そいつが飛びぬけて優秀だからもう一人はついていけないと辞退したんだ。まぁ実際、俺もガチでやりあったら勝てる自信がない。君らには申し訳ないがいずれあいつが王の剣になると思うよ」
ハクバは耳慣れた言葉が他国の先輩の口から飛び出したことに違和感を感じた。
「王の剣って? その新入生はウーテの王国騎士団を希望してるんですか?」
その質問に、今度はギンタが戸惑う。
「え……あぁそうかそうか、ウーテ王国ではそういう風に教えられてるんだったな。忘れてたわ」
「どういうことですか?」
「伝説の騎士ゴウマがあまりに長く在位してるから、ウーテの人達はそう思ってるんだけど、実際は違う。王の剣はこの大陸最強の称号であり、ウーテ王国だけに絞られないんだよ」
「待ってください……では王の剣の『王』の部分は一体誰のことを……シンタイ大陸で王政を敷くのはウーテだけのはず」
「そこまでは知らないなぁ。でもウーテだけじゃなく多くの国が次の王の剣を狙っているよ。あと三年でゴウマも騎士を退役する。そのタイミングで大陸全土を巻き込んだ何かしらの動きがあるに違いない」
「……そんな」
「ハクバ君も目指しているんだろ。悪いけど次はユウソクがいただくぜ」
大陸最強の称号……。
自分が目指している存在の大きさに、ハクバはただ絶句するしかなかった。




