ビエッタの悩み【第二部】
ここ数年、大陸各国で而生獣の発生及び狂暴化の報告件数が極端に増えていた。
ナハト研究都市においてもそれは例外でなく、領土内に様々な而生獣が発生していた。
その為、而生獣の討伐依頼を統括する対而生獣連合組合には、多くの討伐依頼と猟士が集まり、今日もまた無駄に血気盛んな者どもで受付は溢れかえっていた。
而生獣を倒してくれる猟士が多くいることは好ましい。その分街の平和が保たれるからだ。
問題は依頼者側……とにかくなんでもかんでも依頼してくる。
依頼の半数がナハト研究都市の周辺には表れないような而生獣の狩猟である。
というかその半数がたった一人の研究者によるものである。
「あぁ~……サルーテンさんから今日もまたわけのわからない依頼を……骨竜獣に霧霧謀蜴……どっちも厭獣級じゃない」
長年受付をしてるビエッタは、今日もとサルーテンなる人物からの依頼に頭を抱えていた。
サルーテンはナハト賢王修学院で名誉教授として働く女性研究者である。
ナハト賢王修学院開校以降、最高の頭脳を持つといわれている彼女であるが、その実は、異常なほどの而生獣オタクである。
『この世に存在するすべての而生獣の中身を知りたい! 彼らのはらわたをいじくりまわしたい』
そんなことを先日の入学式の挨拶で大声で発表するくらいのクレイジーっぷり。
だが依頼報酬も他とは一桁も二桁も違うので、猟士からはおおむね好評はある。
もちろんその分猟士の危険度も増え、ここ数年は死亡者の報告もでており、ビエッタは悲痛な思いを抱いていた。
「それに危険な而生獣をナハトに持ち込まないでほしい。もし因子がこの地域で広まったら大変なことになるじゃないの!」
而生獣は仮に個体が絶滅したとしてもその系譜が途絶えることはない。
因子という人の目には見えない而力の粒がその生息区域には残っており、そこからまた同種の而生獣は時間をかけて発生する。
さらに厄介なことに、因子は外的要因によって変異するということも長年の研究(主にサルーテンの研究)によって明らかにされている。
例えば火に適正のある因子が湖などの環境で変異をした場合、火を噴く魚や、常に燃えている水生生物として生まれてくることがある。
もちろんその中のほとんどが適応できずにこの世から消えていくわけなのだが、それを乗り越える而生獣は当然発生する。
しかも近年の而生獣大量発生が起きている現状、これまでにない特性を持った而生獣が数種類、多発的に出現する可能性も捨てきれない。
猟士たちによるとウーテ王国領では穢泥や巣喰といった新種の而生獣が発生したという話もきいた。
「サルーテンさんの狙いは因子で間違いないだろうなぁ」
パンパンに膨らんだ麻袋を数袋抱えた男が、何もない空間から突如としてビエッタの前に姿を現した。
「ひっ! ツクヨミさん! いつも言ってますけどいきなり転移で出てこないでください! びっくりするんですよ!」
「そんなこと言ってもこの荷物を持ってくのは疲れるし、それに指定座標はビエッタちゃんの前って決めてるからさぁ」
「私を指定座標にしないでください! こないだなんて私がお風呂に入ってる時でしたよ! ほんといい加減にして下さい」
「はははごめんごめん! だからこの前の反省を生かしてさ、出勤してる時に来れるように、ビエッタちゃんは常に遠視するようにしてるから安心して」
「常に遠視って……完全にのぞきじゃないですか! プライバシーの侵害っ!」
「はははははは確かに!」
「笑うな! 今すぐやめて!」
ツクヨミは「わかったよ」と言って、何事もなかったかのように持っていた袋をビエッタに差し出した。
「とりあえず討伐報酬を貰いに来たよ。いつものように甘めで査定を頼む」
ビエッタは頬を膨らませながらも、その中身を検める。
中から出てくるのは而生獣の而臓や牙、爪、毛皮。
ツクヨミは割と几帳面な性格なので、それぞれの部位毎に袋を分けているので確認もしやすい。
「えっ……これは骨竜獣! それにこっちは霧霧謀蜴!」
「サルーテンさんのご依頼の品で間違いないかな」
「……間違いないです。でもなんでまだ公表前の依頼内容を……」
ツクヨミは頭を掻いた後、ビエッタの耳元で呟く。
「……誰にも言わないでねビエッタちゃん」
「……はい」
「数か月前から、僕と一部の猟士でサルーテンの調査を行っていた。そこでとある事実に辿り着いた」
「とある……事実?」
「サルーテンは新種の而生獣を生みだし、このナハト研究都市の破壊を目論んでいる。その為ここ数年、無茶な依頼をふっかけては有能な猟士を死に追いやっている」
「なっ! そんなこと――」
思わず声の漏れたビエッタの口を塞ぎ、シィーと指を立てたツクヨミは、さらに彼女の耳元で呟く。
「そこで顔の広い君にお願いがある」
「……なんでしょうか?」
「……ナハト賢王修学院関係者で、口が堅くて実力のある者を紹介してほしい。報酬は言い値で構わないから」
「…………それは本当なんですか?」
自分の目から見てもサルーテンは異常なほどの而生獣オタクで変人……いや狂人だ。
自身の欲求を叶えるためなら自身の全てを投げ出すことを厭わない危険な思想を持っているのも間違いない。
だが、決して他者の命を軽視する人間ではない。
確かにサルーテンの依頼で命を落とした猟士は少なくないが、依頼を受けた猟士には事前に而生獣の細かい情報と弱点を伝え、必要な装備を整えてさせている。
そのため依頼内容はぶっとんではいるが、サルーテンから依頼では猟士の死亡例はほぼなかった。
しかしここ数年、死亡例が増えているのも事実だった。
ツクヨミの話を聞くまでは、而生獣の狂暴化の影響だと考えていたのだが……。
「悩むのも無理はないが……サルーテンは危険だ。彼女の知能であれば、いずれどんな猟士でも対応できないような而生獣を生み出すかもしれない。禁忌獣級……あるいは祀神獣級の而生獣なんかも」
「――そんなっ!」
「この件については、猟士長からも許可を得ている。僕たちがまだ『勝てる』うちにサルーテンの悪行を世に知らしめたい。僕はただ、大好きなナハトを守りたいんだけなんだ」
頼むよ、ツクヨミが言うと、ビエッタは頭を抱えながらも、先日、サルーテンの依頼にあった数体の禍獣級の而生獣を討伐した一つの討伐班を思い出した。
そこまでナハト賢王修学院に深い関わりもないあの子達ならきっと余計な口出しはしないし、実力もある……だけどまだあまりのも若すぎる。
こんな大人たちの危険な裏側を見せるようなことはしたくない。
「頭に浮かんでるでしょビエッタちゃん。ぜひ紹介してほしいな」
「…………っ」
でも、もし危険な而生獣が発生した場合、きっとあの子たちは最前線で戦うだろう。
それならば事前に情報を与えておくのも悪くはない。
……悪くないはず
…………きっと大丈夫だ。
「わかりました。紹介します」
「……ありがとうビエッタちゃん。君にはいつも迷惑をかける」
「いえ……でもひとつだけ約束してください。もし危険な状況に陥った場合、ツクヨミさんは自分の身を犠牲にしてでも守ってください。一人でも死なせるようなことがあれば、私は絶対にツクヨミさんを許しません」
ビエッタは目に涙をためながらツクヨミを睨みつける。
「……もちろんだ。では準備が整ったら連絡を頼む。とりあえず手付金として、今回の報酬はその協力者に渡しておいてくれ」
そしてツクヨミは瞬時に姿を消し、而生獣の素材が入った袋だけが残された。
「……ごめんね。でもあの子達なら大丈夫だと信じてる」
ビエッタは袖から一枚の名刺を取り出す。
そこには大きくこう記載されていた。
『而生獣の討伐ならお任せ! ナハト賢王修学院一学年バンビ=ウーテ率いる超最強華麗万死団』
第一部の修正がある程度終わったので、第二部スタートです。
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