来訪
ウーテ王国第五王女であるバンビご一行の来訪までの一週間、ダマスマス開発はグループ全社をあげて準備に勤しんだ。
バンビ以外にも首都ウーテよりガルニーデ王、王国騎士団団長であるゴウマ、王国最強の騎士分団である第壱分団の分団長ハナエ=ミスミ、要人護衛に特化した王国騎士団第捌分団長であるニニエロ=バルジネスが名を連ねる。
その他にも、ガルニーデ王及び王女バンビ付きの使用人や、第壱分団及び第捌分団から選出された精鋭一〇〇名の騎士が訪れ、加えて、王より招待を受けた王族や王政関係者。シオが選定した報道関係者や各地方領の有力者等、集まった人数は軽く見積もっても五〇〇名を超える計算だ。
その間サイは、王女のエスコートをより完璧なものとするため、王国マナーと斐綾鉱に関する知識等を徹底的に叩き込まれた。
測定の前日、つまりサイがバンビを斐綾鉱加工工場を案内する日の午前。式場である迎賓館には、一〇〇〇人を超える社員が準備に励んでいた。
シオもまた忙しそうに指示を出しており、つかず離れずの位置にサイは待機していた。
「ガルニーデ王のご到着です!」
入口から声がすると、まるで機械のようにすべての社員が定位置に戻り、シオは入口の方へ向かった。
サイも父シオに続いて迎賓館から外に出ると、わずかに上空から風を切る何かの気配を感じた。
もしやと思い見上げると、はるか空にガルニーデ王ご一行を載せた飛空艇の姿が確認できた。
空をかける白い天鷹に跨る騎士は、王を乗せた飛空艇を囲むように翼を広げていた。
「これが第壱分団……太陽の空艇騎士」
純白の軽鎧を纏い、天鷹で空を駆ける騎士たちは、全ての王国騎士の憧れだった。
騎士にはあまり興味のないサイであったが、あまりにも現実離れした光景に目を奪われていた。
飛空艇がゆっくりと降りるのに併せて、天鷹もまた飛空艇の周りを旋回しながら高度を下げていく。
まもなく地面に着くという頃、今度は前方から第捌分団の騎士達が馬を駆けて近づいてくる。
その殿にはゴウマがいた。
以前聞いた話だが、ゴウマは天鷹の騎乗が苦手らしい。
理由はシンプルに「なんか酔うから」とのこと。
「お待ちしておりましたガルニーデ国王陛下。ご息女であるバンビ様の而力測定に我が社の測定器をご利用いただき、誠にありがとうございます」
シオ跪きながら飛空艇から降りたガルニーデ王に語りかけた。
「うむ、顔を上げたまえシオ殿。君にはとても感謝しているんだ。亡きケインの跡を継ぎ、よくここまでダマスマス開発を大きくしてくれたものだ」
「もったいないお言葉です陛下」
ケインはシオの父親にあたり、ガルニーデ王とは旧知の仲だとサイは聞いていた。
サイが生まれる前に病に倒れたとのことだったが、シオは突然その後の舵取りを担ったわけだが、それからさらに規模を拡大したのだから、シオの手腕はさすがとしか言いようがない。
「シオ殿、隣にいるのが息子か。確か……サイといったか?」
「はい、ほらサイ、陛下にご挨拶を」
サイは準備していた通りに頭を起こし、ガルニーデ王と目が合わないように視線を落とす。ウーテ王国領では現国王とと話す時は、許可があるまで目を合わせてはいけないというが掟である。
「お初にお目にかかりますガルニーデ国王陛下。サイ=ダマスカスと申します。本日は遠路はるばるお越しいただきありがとうございます」
「おー、五歳なのにずいぶん達者なご挨拶だ。さすがはダマスマス開発のご世継ぎ様だ。これならば次の代も安心して任せられるなぁシオ殿」
「はっ、今後ともウーテ王国のお力になれますよう息子ともども精進してまいります」
うんうんと満足げに頷いたガルニーデ王は、すこぶる機嫌がよさそうだ。どうやらファーストコンタクトは無事に成功したようだ。
しかし、どこからか刺々しい視線が向けられているのをサイは感じており、その方向に目を向けた。
ガルニーデ王の右足にがっしりと掴まっている小さな女の子がいた。
白のレースをあしらった全体的に柔らかい印象を与えるドレスを着ており、光の反射によっては青とも黒ともとれる長い髪をまっすぐに伸ばしたその姿が、どことなく年齢以上の高貴な印象を抱かせる。
何より特徴的なのは鮮やかに輝く金色の右眼と、深い藍色に染まったミステリアスな左眼を持つ左右非対称な両目。
もしかしてこの女の子がバンビ――
「――おいチビ。何見てんのよ?」
「え?」
「だーかーらー……一商人の息子の分際で、大賢者バルザスの血を引くこの私を、なぜ許可もなくじっと見ているのかと聞いている?」
やってしまった、と気づいた時にはもう遅かった。
「申し訳ありません」と直ちに平伏するサイだが、非難の矢はとめどなく降り注ぐ。
「全く信じられない。あなたが今こうして平穏に暮らせているのは、我がウーテ王族が古よりこの領土を守ってきたからであって、領民は常に王族に感謝し、畏敬の念をもって接しなければならないの。それなのにあなたの態度はいったいどういうこと? そのいやらしい濁った目で全身を舐めるように見るなんて不敬以外の何物でもないわ!」
流れるように放つ罵詈雑言は、相手に付け入る隙を与えない。
あぁ間違いない。このリトル性悪プリンセスが悪名高いバンビ様だ。
「その態度……万死に値するわ! 万死万死! ――まぢ万死っ!!」