旅立ち
「いやっほぉぉぉぉぉぉぉぉぉう!」
バンビは窓から望む雲海を眺めながら、上機嫌で騒いでいた。
それを無視して手元に光る二刀の斐釼を見つめるサイと、片隅で縮こまっているハクバ。
さらにカガチとニニエロが近くでその様子をみていた。
五人は今、ナハト賢王修学院のあるハァト教主国に向かっていた。
移動手段は飛空艇。しかも王女であるバンビを乗せていることから、第壱分団の騎士が天鷹を駆けながら飛空艇を先導していた。
「ああ……まさか、飛空艇で行くことになるとは。しかも太陽の空挺騎士の先導を受けてだなんてあまりに恐れ多い」
「何言ってんのよハクバ! 王女である私が、シンタイ大陸における最高学府に入学するんだから、このぐらい派手にいかないと同級生になめられるわよ!」
「いや、バンビ様はそうですが、俺やサイは馬車でも良かったのでは?」
「いちいち二手に分けるのも面倒でしょ。ハクバも一応王族なんだから堂々としてなさいよ。サイもそう思うでしょ?」
「…………」
「ちょっとサイ聞いてるの!」
「え、あ……ごめん聞いてなかった」
「もうちゃんと聞きなさいよー! 王女様を無視するとかまぢ万死なんだけどぉ――っていうかそれ何?」
「あぁこれはさっき――」
サイが説明するよりも早く、バンビがサイの手元にある斐釼を奪い取る。
「ちょっと乱暴にするなよ! うちの双子ちゃんが入学祝だって作ってくれたものなんだよ」
「え、セトとソニアが斐釼を作ったの? まだ七歳だよね?」
「そう僕も驚いてる。そっちの赤みがかってる方をセトが、透明な方がソニア作」
バンビはじっくりと二刀の斐釼を見つめる。
「なんか随分高そうな素材使ってる気がする。私のペンダントの使ってる斐綾鉱よりレアなんじゃないの?」
「いやぁ、どうだろね?」
バンビの指摘は正解だった。
弟セトの作った赤い斐釼は、海底火山の河口付近で取れる希少な斐綾鉱である燃灯で作られている。頑丈かつ耐熱性に優れ、赤系統の而術を操るサイにとってはかなり相性がいい。
一方、妹ソニアの作った透き通った刀身を持つ斐釼は、而力を宿す木である沐樹の樹液が数千年を経た結晶化した沐珀を使っている。
斐綾鉱に匹敵する硬度を持ち、かつ而力から而術に変換する際に係ってしまう浪費が極端に低いため、自身の而力が少ないサイにとってはこれまた相性がいい素材だ。
ちなみに燃灯はダマスカス開発が採掘しているエリアで見つかったものだろうが、沐珀に関しては、ウーテ王国領には沐樹が自生していないため、取引で入手したものと思われる。
透明度が高く大きなものほど価値が高いので、この斐釼に使われてるものは数億円の価額はすると思われる。
(そんな希少で高価な素材を子供の入学祝のために用意する親と、そんな素材を躊躇なく加工し、鍛冶職人顔負けの技術で仕上げる七歳の弟妹。天才通り越してクレイジーだわ}
サイはバンビから斐釼を取り上げると、大事そうに鞄の中にしまった。
改めて価値の重さを再確認したので、急に怖くなったのも事実である。
「そんなことよりバンビさ、ちゃんとニニエロにお礼言ったの?」
「はぁ? 言うわけないでしょニニエロは私の奴隷なんだから、主人の言うことは遵守して然るべきなのよ」
「うわぁ……性格悪いわ~」
「はははいいんですよサイ君。バンビ様のおっしゃる通り私はバンビ様の奴隷ですから、どんな手を使っても願いを叶える義務があるんです」
「ほらね。サイも実際殺されかけたんだからもっとコキ使ってもいいのよ。……ちょっと喉乾いたからなんか飲物持ってきて。ジュース的なやつを……センスで」
かしこまりましたとニニエロは席を立った。
あまり健全な関係とは言えないが、当人同士が納得しているのなら仕方がない。
「にしても驚いたよ。まさかニニエロがナハト賢王修学院の教員になるだなんて」
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第弐分団長兼王立ウーテ学院の学長であるミルキが提案したのは、ニニエロを教員にし、バンビを推薦するという方法だった。
「これならばサイ君、ハクバ君、バンビ君の三人を入学させ、かつニニエロ君も修学院の中にいても違和感がない」
「……そんなことできるんですか?」
第伍分団長マーブグースがミルキに問いただすと、ミルキはゆっくりと首を縦に振った。
「普通はできないが、ニニエロ君が黒の而力持ちなら話は別じゃな。修学院に現在、黒の而而術を操る教員はいないことに加えて、今年はどこかの国から黒の而力をもつ生徒が入学するそうだ。名前は……まぁ後で確認しよう。それにカガチ君もニニエロ君の助手ってことにすれば色々と辻褄も合うだろう」
「カガチも黒の而力の素養があるから問題ないな……だがニニエロはそれでいいのか、隠してたのか黙ってたのかは知らないが、修学院の教員となれば黒の而力を持っていることが広く知られてしまうが?」
ニニエロは不敵に笑い「構いません。バンビ様が最優先ですので」と返した。
「では他に意見がなければこの方向で進めるがよろしいか」
副団長のムウランが意見の統括を始めた。
分団長達もどこかニニエロの策にはまっているような、騙されているかのような感情を持っていたが、現状それ以上の意見を出すことはできなかったので、仕方なくではあるが賛成の意を示し、誰も口を開かなかった。
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「手伝います」
カガチは飲物を準備しているニニエロに声をかける。
「悪いね……ではサイ君とハクバ君の分を頼みます。バンビ様はわがま――こだわりが強いのでね。カガチも好きなものを飲むといい。王家御用達の飛空艇です。高級な茶葉がいくらでもあるのでね」
「はい」
「……ところで、目の調子はどうですか?」
「あぁ……まだちょっと痛みはありますし、視力もほとんどないですが、だいぶ落ち着いてきて、指も出なくなりました。きっと巣喰より一ツ目の方が上位の而生獣なのかと」
「なるほど、それは想定外でしたがいい誤算ですね」
ニニエロは手にバンビ専用特性ジュースを持ちながら、カガチに提案した日のことを思い出した。
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会議の後、ニニエロはカガチを呼び出した。
要件は一ツ目から取り出した眼を加工し、カガチの失った左目に移植するというものだ。
「黒の而力を持つカガチには、この目は相性がいい。うまくいけば視力だけでなく、一ツ目や而力を引き継ぐことも可能だ」
「……しかし而生獣の目を移植するなんて……抵抗が」
そう言うだろうと予想していたニニエロ。
カガチの弱点は既に把握している。
「今の君では――巣喰には勝てないですよ」
その言葉にカガチは生唾を飲み込んだ。
「これから話す内容は推測でしかありませんが、ほぼ間違いないと思ってます。巣喰はクロムの体を乗っ取っているでしょう。クロムの死体があの場になかったことからそれは君も可能性の一つとして頭に隅にはおいているでしょう。そしてクロム自身は赤の而力を持っていて、そして巣喰は青の而力を持っていると考えると……」
「巣喰に体を奪われたクロムは赤と青の反する而力を持っている……ということですか?」
「はい……もちろん、使いこなすには時間がかかるとは思いますが、そうなった場合、今の君ではまず勝てない。ならばそれ以上の力を手に入れるしかない」
「……それで目を移植ですか」
「一ツ目も君も黒。おそらく委嘱しても拒絶反応は少ないでしょう。もちろんやるやらないの最終決定権は君にあるが……クロムの姿をした化物に好き勝手やられるのは君の本望じゃないだろう。私は君が巣喰を倒し、親友であるクロムを弔うべきだと考えていますよ」
カガチ自身もなんとなく分かってはいた。
特段油断をしていたわけじゃなかったのに、あっさりと巣喰に体を奪われた。
そんな而生獣がクロムの体を使い、赤と青の而術を使うとなると、どう考えてもこのままでは勝ち目がない。
ニニエロは確かに何考えているか分からないし、ハナエ第壱分団長やバルシエロ第肆分団長が毛嫌いするのも分かるが、その実力は確かだ。
強くなるにはニニエロと手をつなぐのが一番早いかもしれない。
「一つだけ聞いていいですか?」
「なんですか?」
「巣喰がクロムの体を乗っ取って活動していると仮定した時、巣喰のみを排除し……クロムを呼び起こすことは可能でしょうか?」
ニニエロは一度黙り込んで口を覆う。
そして「可能性はある」と呟いた。
「巣喰に乗っ取られている時も、君は意識があり自分が何をしたかを把握していた。つまりクロム君も体は動かせなくても意識が存在しているかもしれない。君一人なら無理かもしれんが、サイ君の協力があれば巣喰だけを追い出すこともあり得ない話じゃない」
あくまで可能性の話である。
だがカガチが前に進むにはその言葉で十分だった。
「ニニエロさん……その移植手術受けさせてください」
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「ねぇちょっと外見てみんな! 見えてきたわよ!」
バンビが声を上げるのを合図に、皆窓から外を見下ろした。
シンタイ大陸のちょうど中央にそびえ立つ休火山であるヘイソ火山。
そのカルデラにナハト研究都市があった。
地上二〇〇〇メートルに位置したこの場所は、歴史上ありとあらゆる攻撃にさらされたが、地形の優位を活かし、一度として落とされたことのない天然の要塞となっている。
そこに建立されたナハト研究都市は、今では大陸一の而術の研究が盛んな場所であり、多くの研究者が而術の可能性を日々研鑽している。
「すごい……あれがナハト賢王修学院ですか?」
サイはカルデラの中心にあるとりわけ大きな建物を指さした。
ニニエロも窓を覗いてサイに説明する。
「そうです、あそこが講堂になりますね。大きな式典がある場合はあそこに集まります入学式も講堂で行いますよ。あとは授業棟や演習場、これから皆さんが寝食を行う寮もみえます。講堂を中心にここから見える景色のほとんどは修学院の敷地になりますね」
「へぇ~…東京ドーム何個分だろ」
「トウキョ……何ですかそれ」
「あ、気にしないで大丈夫です。とりあえずめちゃくちゃ大きいのは分かりました」
サイは目の前に広がる景色を前に冷静ではいられなかった。
こんなに広ければ、必ず転生者がいる。あやるんだっている可能性だってある。
サイは確信めいた何かを感じていた。
それはバンビも同様で、普段よりもテンションが高い。
「ねぇサイ……実は私ね、やりたいことが見つかったのよ」
「……やりたいこと?」
「そう……私ね。王の剣になりたいのよ!」
「――えっ?」
バンビの突然の告白に、一瞬声を詰まらせた。
だが、いつも突拍子もないことをいうのがバンビだ。
「次期国王様が王の剣? ずいぶん無茶苦茶な話だね」
「そうでしょう! でも私決めたのよ。あの口悪ガサツモラハラジジイをぶっ飛ばして、二度と万死ちゃんなんて呼ばせないんだから、その為にここで一生懸命勉強して、訓練して、最強になってやるんだからっ!」
圧倒的な而力に頼り切って、授業にも修練にも身が入っていなかったバンビだが、ゴウマとの卒業検定がうまくプラスに働いたようだと、サイは自分のことのように妙にうれしかった。
「動機は不純だけど……バンビが本気になるのは嬉しいよ。僕も王の剣を目指しているから、今日からライバルだね!」
「それを言うなら俺もです! 俺も王の剣を目指しています! 姉に代わって最強の騎士となってウーテ王国を未来永劫繁栄させたいと思ってます!」
会話に割って入るようにハクバも声を上げた。
「よしじゃあ……三年後! 修学院を卒業する日に三人で勝負して、勝った人がジジイへの挑戦権を得るっていうのはどうよ? なかなか面白いでしょコレ」
バンビの提案にサイもハクバも大きく頷いて見せた。
「じゃあ決定! いよぉしやる気出てきた! 待ってろナハト賢王修学院! よぉぉし円陣を組むよ! ニニエロも――そこの眼帯も」
「そこの眼帯って……私のことですかねニニエロさん?」
「カガチ以外に該当する人はいませんよ。さぁ王女様からの勅命ですから逆らえません」
バンビの一声で五人は集まって一か所に集まった。。
「えーと、呼んだはいいけどなにも思い浮かばないからサイが掛け声決めて!」
「えぇ……じゃあ『いくぞ、オー!』でいい?」
「うわっ普通! でもいいわシンプルな方が気持ちが乗るし!」
肩を寄せ合い、五人は円陣を組んだ。
「じゃあ……いきますよ」
カガチは親友を救うため。
ニニエロはバンビを守るため。
バンビはゴウマを見返すため。
ハクバは姉ハナエの未来のため
サイは推しに見合う最強の男となるため。
それぞれの思惑は違えど、この五人は強い意志をもってこの場に集まった。
そして数年後、この五人が大陸を揺るがす大きな事件のキーパーソンになることは、まだ誰も知らない。
「――いくぞっっ!」
「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉ!」」」」」
あと1話で、きりがいいところまで行きます。
それが終わったら修正と、人物紹介等を揚げていきたいなと思います。
よろしくお願いします。 R4/8/25




