会議③
左目の周りは灼けたように黒く変色し、目じりがこめかみ近くまで大きく切り開かれていた。
その異様な姿を見た者は全員、目から腕が生えていたという荒唐無稽な話を信じざるを得ない姿だった。
だがそれ以上に皆を驚かせたのは――
「おい……目から指が出ているぞ」
「……やはりでてきましたか」
カガチは想定の範囲内であったかのように左目から這い出ようとする指をつまみ上げる。
赤子のような丸みを帯びた手。
カガチはそれを臆することなく握り潰すと、その手はあっという間に霧散した。
「あの日以降、潰しても潰しても出てきます。おそらく私の而力を栄養にしているのかと、放置すると段々手は大きくなっていくので、毎日処理するようにしています」
「……大丈夫なのかそれは」
「わかりません。この身を操られていたのは事実ですので」
「おいおい……こんなあぶねぇ奴ここに連れてきていいのかよ」
「逆ですよスタデリオン分団長。危険だからこそ、我々が会議で集まっている今、外に放置してはいけないのです」
スタデリオンの声を遮ったのは第伍分団長であるマーブグース=デロイデロイ。
カガチの直属の上司に当たり、長年彼を鍛え続け、孤児であったカガチを幼い頃から面倒を見た事実上の父親のような存在である。
「まず分団長各位。我が分団のカガチが敵の術中にまんまとはまり、この国の未来を担う子どもたちを危険な目に合わせたことを謝罪したい。大変申し訳ありませんでした」
マーブグースは大きく頭を垂れた。
分団長クラスの騎士が公式に謝罪をするのは珍しく、その場の空気が一瞬ざわついた。
特にぺロリは「直角! 九〇度の最敬礼! 初めて見た!」と目をキラキラさせながらマーブグースを見ていたので、隣席のバルシエロに思い切り頭を叩かれた。
「カガチについては、まだ完全に敵の洗脳や而術が解かれていない可能性があり、分団長が一箇所に集まっている中、他の団員に見張らせるのも困難であると判断し、また当時の状況の説明がてらこの場に呼んだ。もちろんこれは騎士団長および副団長の許可もいただいている。また本来であれば処分されてもおかしくない立場にあるカガチを、私が二十四時間体制に監視することで、猶予をいただいていることも併せて報告する」
「頭を上げてくださいマーブグース分団長。あなたがそこまでするのであれば、カガチの処遇についてはあなたに一任しますよ」
バルシエロは軽くマーブグースの背中を叩く。
騎士団入隊以降、マーブグースは一度として任務を失敗したことがなく、また分団の中でもっとも騎士の生存率の高い第伍分団を長年率いていることもあり、分団長の中でも飛びぬけて信頼の厚い騎士である。
そのマーブクースがここまでしているのであれば、異を唱える者はこの場にはいない。
マーブグースは、そのままゆっくりと座り、カガチに視線を送ると「では、改めて状況を説明します」と言って眼帯を元に戻した。
「卒業検定の試験官及び護衛役としての任を受け、私を含めた第伍分団七名は、兵舎にある転移門よりハナナサケの森の指定座標に転移することになりましたが、実際に転移されたのはこの地図上の赤い点の場所になります」
「補足すると俺もその転移門から転移したぞ。んでここであってるかと確認しようとしたけど、誰とも連絡も取れないし、戻れなかった。誰かに邪魔されてたんだろうな」
「ゴウマ騎士団長のご指摘のとおり、転移も連絡手段も阻害され孤立しました。現在地を確認しましたところ、第伍分団と騎士団長以外は規定通りの転移先だったため、団員を分け、それぞれ卒業検定の中止を進言するのと学童の保護のため、各騎士団の転移先に移動する事になりました。その時です」
カガチは一度大きく深呼吸をした。
「目の前に黒い液体状の何かが現れ、私の頭部全体を覆い、そして左目に流れ込んできました。激しい痛みで私自身はもがいていたため記憶はほぼありませんが、痛みがひいた時には、体の右上半身が自分の意志では動かせず、近づいてきた団員一名の首を……その場で切り落としました」
「……それが、クラム=ケルビンレインということか。残念だ……彼は実に優秀でいずれ分団長になりえた存在であった」
口を開いたのは第陸分団長であるマウラ。分団長で唯一ウーテ王国領出身ではなく、シンタイ大陸の極西に位置するテリダ侯国から移民である。
宗教上の理由から肌を露出することはなく、絹でできた長い布を体中巻き付けており、露出しているのは両眼だけだった。
クラムは騎士団入団時に配属された第陸分団で着々と実績を積み上げ、配属転換で第伍分団に入団する際には第三席の地位を与えられた。
騎士になってわずか二年。異例中の異例だった。
「……申し訳ありません」
「私に謝られてもクラムは帰ってこない……というより、クラムの遺体は見つかっていないのだろう? 私としては君の思い違いでまだ生きていると信じたいね。もちろんそのあたりもこれから説明してくれるのだろうが」
カガチは大きく頷いて、説明を続ける。
「まだ右腕以外は動かせる状態であったので、残った団員にはすぐにその場から離れ各分団に報告するように指示しました。その後、舌を噛んでみたり、動かせる左腕を使って自害を試みたがそれは叶いませんでした。そうこうする内にサイ、そしてハクバの二名がこの場に転移する反応が確認できたため、とにかく離脱し、完全に体が乗っ取られる寸前に而術で自身を動けないようにしました。動けなくなった瞬間から左目から腕が生えてきて、水を操る而術を使い、サイとハクバの両名に攻撃を始めました。そして二人のおかげで私は無事、巢喰の支配から解かれ、ハナナサケの森からことができました」
「あれぇ……カガッチって青の而術使えたっけ? 黒の而術が使える奴キタァァァって当時騒がれてたのカガッチだよね~」
拳を高くつき上げて独自のキターのポーズをしているぺロリ。
バルシエロはため息をついてその手を叩き落とす。
「ご指摘のとおり、私は青系統の而力の資質はありません。おそらく巣喰のものだと推察されます」
「そっかそっか~、でも良かったね。カガッチが完全に取り込まれたら激レアの黒の而術が奪われてたもんね。そうなるとサイ君とハナちゃんの弟君じゃ太刀打ちできなかったでしょうに」
ぺロリの何気ない発言に分団長たちは凍り付いた。
ぺロリはな「ん?」と声を漏らし何のことかわかっていない。
「巣喰の狙いはカガチ……黒系統の而力特性を持つ体であったと考えると色々と腑に落ちる」
「あぁ、負ける可能性が高いゴウマ騎士団長と圧倒的な而力を持つバンビ様が近づかぬように穢泥をおとりにしたのだろう。となると穢泥と巢喰、そして転移を阻害した者はほぼ間違いなく繋がっている」
「そもそも騎士団長が王女様とはいえ卒業検定の試験官になるっていうのがおかしな話だ。ウーテ学院の教員をまず徹底的に調べる必要があるな」
分団長たちが一斉に口を開き、今回の首謀者を割り出そうとする中、ぺロリがポロっとゴウマに確信を付いた質問を投げかける。
「ゴウマさんって、誰から卒業検定の試験官の依頼を受けたのー? そいつが犯人なんじゃね?」
ゴウマは一瞬困ったような顔をしたが、さすがにこの場では嘘をつけないと判断したのか、その場にいるとある人物を指さした。
……ニニエロである。
「「やっぱお前じゃねーか!!」」
バルシエロは瞬時にニニエロに距離を詰め、腰に携えていた細剣の剣先をニニエロの首元に突きつけた。
さらにニニエロの背後にハナエも陣取って剣の柄を握っている。
「口以外動かすなよ。動いたら問答無用で首に突き刺す」
「嘘をついても同じだ。その時は私が瞬時に首を撥ねる」
ハナエはニニエロの背中に白い羽根を張り付ける。
白而第弐號ノ肆『白日下』。対象者の発汗や脈拍、而力の動きなど、細かい変化を読み取り、何かしらの変化があった場合に羽根の色が変わる而術である。
例えば黒であれば嘘をついている。灰色であれば何かをごまかしているなど、詳細に対象者の感情を読み解くことが可能となる。
「……説明するので離れてくれませんか。さすがに気が散ります」
「残念ながらお断りだよ」
「そうですか……じゃあ私から離れますね」
「馬鹿かお前は! そんなに死にた――」
バルシエロが違和感を覚えたのと同時に、ニニエロは前後に構える二人からゆっくりと離れた。
しかしバルシエロもハナエもそこから動かない――いや、動けなかった。
「これは……鈍鋲」
声を上げたのはカガチだった。
バルシエロとハナエの体には、而力でできた小さな黒い釘が無数に刺さっていた。
巣喰に取り込まれそうになった時に自身の動きを止めるために使った黒の而術。
しかも小型化に加え、本数も多い。
このままだと体を動かすどころか、呼吸すらできないとカガチはすぐに二人に近寄った。
(なんでニニエロさんが……黒の而術を使えるんだ?)
その疑問が頭の中から消えないが、今はそれどころではなかった。
「カガチ……君なら解除できますよね。よろしくお願いします。でもこの二人はちょっと落ち着きがないので、2本くらいは刺したままにしておいて下さい。私の説明の邪魔になるので」
ニニエロはカガチに声をかけると、続けて騎士団副団長であるムウランに話しかける。
「次は私の方から説明してもよろしいでしょうか?」
ムウランは黙ったまま大きく頷いた。
ニニエロはぺこりと頭を下げた後、ゆっくりと口を開いた。
「それでは皆さん。ここからは私が今回の首謀者である『黒蝕』なる組織について説明いたします」
③で終わる予定でしたが、会議が思ったより長引いてます笑




