決着
一度深く深呼吸した後、ハクバはサイに斬りかかる。
ハクバが持つ斐釼は刀身がニメートルを超える両手剣だった。
騎士でも実践に使わない、ましては子どもが自由に扱うことなどできない代物である。
攻撃をかわすことができれば当然隙は生まれやすいのだが、攻撃範囲が広く間合いがとりにくい。
そのためハクバが次の攻撃を仕掛ける前に、懐に入り込むことがなかなかできない。
普段のサイは相手の攻撃を捌きながら、相手と自分の距離を近づけて攻めに移るスタイルをとっている。
その為、捌ききれないほどの重く鋭い攻撃で攻められた場合、避け続けて相手の体力が尽きるのを待つという選択しかできなかった。
しかし、どちらかというと自分の体力の方が早く尽きるような感覚があった。
攻め続けているハクバの方が消費している体力は大きいのは間違いない。
体力だって二人の間に大きな差はない。なのになぜこんなにも体が重く、いつも通り体が動かないのか。
サイ自身その答えは分からなかった。
「動きがだいぶ固いな。斐釼を使っているということで完全にビビってやがるぜ、サイの奴……んで逆に調子いいのは弟くんの方だな」
騎士団長であるゴウマと第壱分団長であるハナエは、校内から二人の戦いを覗いていた。
ハナエは何も言わずただただその様子を見守っている。
「あいつ、普段俺とばっかり戦ってるから明らかに各上の相手とか、化物みたいなのには集中して戦えるけど、同級生とか格下の相手にこうバリバリ戦意向けられるとどうしていいのか分からなくなっちまうんだろうな。まるで弟妹の相手してるようにどうやって相手を傷つけずに勝つかみたいなこと考えてるんだと思う。無意識に」
「…………」
「逆に弟くんは本気で殺すつもりでやってるな。斐釼の使用を取り付けたのは弟くんだろうな。あんな規格外の両手剣を使うあたり、サイの性格と戦い方を完全に読み切って、この勝負のためにしっかり準備してきたんだな」
ゴウマは、ちらりと横にいるハナエを見る。
顔は普段通りだが、かすかに手が震えている。
「ハナエ……お前はどっちが勝つと思うよ」
「……わかりません。ただ……」
「ただ?」
「……ハクバに負けてほしいと思っています」
ハクバが縦に振り下ろした攻撃をギリギリでかわし、サイは右手に回って距離を詰める。
しかしそれを予想していたのか、ハクバは一度、斐釼から手を放してサイに向き合い、強力な前蹴りを放つ。
サイの持つ二振りの斐釼でそれを防御するも勢いは完全に消すことができず、後方に吹き飛んだ。
回転して受け身をとり態勢を立て直すも、目の前には既に攻撃動作に入ったハクバがいる。
ハクバの横薙ぎを躱すことはできないと判断したサイは、その一閃を斐釼で受け止め、さらに体と刀の間に足を挟み込み衝撃を和らげることに専念した。
「んああああぁぁぁ――!」
ハクバの渾身の一振りがサイを吹き飛ばす。
体は大きく空に舞い、宙で何回転もした後にサイは着地した。
衝撃を受け流すため、力が向けられたベクトルに敢えて飛ぶようにしていたので、体は見た目以上のダメージを受けていないが、強力な一撃をまともに受けた両手は完全に痺れている。
特に右手は手の感覚すらない。
今度あの攻撃を受けた場合、受け流すことはできずに、勝負は決まってしまうだろう。
(次はさすがに防御しても負け判定されちゃうかなぁ……)
チラッと試験官の方をみると、サイの視線に気づいた試験官はコクンと小さく頷いた。
今回の試験官選出にはハクバが裏で手を回していた。
担当するのは、ササナンという、第壱分団の第三席に当たる防御の而術に優れた騎士だ。
戦う前に命にかかわるようなダメージを受けそうな場合、ササナンの判断で防御の而術を発動することを条件に斐釼の使用を許可する流れを生みだすためだ。
ちなみに而術を発動した場合、試合の経過に関わらず、守られたほうが負けになるのはお互いに確認済みだ。
「どうした……斐釼が片方落ちてるぞ……二刀流がサイのスタイルなんじゃないのか」
ハクバの指摘で足元に目をやると、右手から斐釼が零れ落ちて地面に突き刺さっていた。
手の感覚がないので落ちたことにすら気付いていなかったサイは「正直、二本使うのはずるいかなと思って」と強がって見せた。
この状態では拾って握るのも難しい。
「嘘が下手だなサイ……手が痺れて感覚がほとんどないんだろ?」
「……さぁてどうでしょう」
「まぁいい。次で終わりにしてやる」
ハクバは両手剣を引きづるように持ち、その場でゆっくりと回転を始める。
自分を中心とした円運動は徐々にスピードを上げ、遠心力で威力の強まった剣先は地面をえぐりながらさらに速度を上げる。
石礫がサイに向かって飛んでくるが、サイはそれを避けることはせず、ハクバの動きに注視する。
斐釼を放り投げてぶつけるつもりか、と思ったがハクバにしてはあまりに大雑把すぎる。
おそらく狙いは躱した後から距離を詰めての近接戦。
単純な膂力なら実力は拮抗している。
むしろ大きな両手剣を自在に扱える分、ハクバの方が強い可能性が高い。
それになにより現在手の痺れが治まっていない状況であれば間違いなくハクバが優勢だ。
(だとすれば一番勝率の高い方法は、距離を置いて、手の痺れがとれるまで逃げに徹することだが……)
それでは斐釼を一つ失うことになる。
手の痺れが短期間に完全に治まることはないとすれば、その後左手の刀のみでハクバの猛攻撃を捌ききるのは難しい。
それになにより――
「そんな逃げの一手で勝ちたくない!」
その瞬間、サイは前に駆けだした。
ハクバもそれに気づいたのか、最高速に至る前に両手剣から手を放す。
サイは投擲した大きな鉱物の塊の動きを見極め、最小限の動きでかわし更に足を前に出す。
それを当然に予想していたハクバも、同様に距離を詰めた。
サイは動きを悟られないようにするため、自身の体で斐釼を持つ左腕を隠し、痺れて握力すらない右手を前に出し思い切り振り払う。
だがその攻撃はあっさりと避けられる。
ハクバはサイの目の前で腰を落とし、サイの腿裏を引き付けるようにに体当たりした。
その勢いでサイはバランスを崩しそのまま倒れこんだ。
この状況を事前に織り込んでいたのか、ハクバはスムーズな流れで倒れこんだサイの上に馬乗りになった。
なお最悪なことにサイの左腕が背中と地面に挟まれたまま身動きが取れない状態のままだ。
サイは即座に顎を引き、動かせる右腕を使って顔と喉元をかばう。頸椎を圧迫されればすぐに気絶してしまうので、正しい判断であることは間違いない。
だが、それも想定の範囲内とばかりに、ハクバは顔の殴打ではなく、その両手でサイの右腕ごと喉と口を抑えることに方向転換した。
サイが逃げるように体を揺らし、足を動かして位置をずらしても、ハクバは決してその手を緩めない。
「左手が動かせないならタップもできないな……悪いがこのまま落ちるまでやらせてもらうっ!」
「――」
話すことはおろか、呼吸すらできないサイ。
顔がみるみる真っ赤になり、あと数秒で意識が途切れてしまう。
だが、気を失う前に二人の勝敗は決まった。
ボゥン――……
妙に無機質な音がハクバの後頭部当たりから聞こえる。
防御の而術が発動された時の音である。
「えっ……」
何が起きたのか分からないハクバは自然と手を緩めた。
そして自分の首の後ろから、サイが左手に持っていた斐釼が地面に滑り落ちる。
「……俺が体当たりする瞬間に、斐釼を上に投げていた……のか」
ハクバは真下でゴホゴホと苦しそうに咳払いするサイを見つめる。
「……ハァハァ……大正解、予想よりちょっとずれたから抵抗してるふりして、調整していたけども」
「そうか……右手で攻撃しようとしたり、左腕がはさまって動けないっていうのも全部芝居か……」
冷静に考えれば、馬乗りになった時に左腕が挟まるなんてことは……まずあり得ない。
それを好機と勘違いし、締め落とす方にシフトを変えたのも全部誘導されてのこと。
その上、斐釼を使用する条件として、試験官に防御の而術を使わせるというルールすら利用された。
実際の戦いなら、刃の部分でなければ致命傷にはならないので、上に投げた斐釼が当たったとしても、高い確率でハクバは勝つことができた。
だが今回の場合は致命傷になり得るならば、試験官であるササナンは防御の而術を使わざるを得ない。
ハクバがサイを真剣勝負の場に引っ張るために用意したルールを最大限に利用された。
そうなった以上、ハクバは負けを認めざるを得なかった。
「なかなか卑怯な手を使いやがって……」
「そうせざるを得なかったってだけだよ。ハクバが予想以上に強くて正直ビビってたわ」
「ふん……相変わらず口が減らないやつだな」
ハクバはササナンを見て、大きく頷いた。
それを見てササナンは大きく右手を上げた。
「試合終了! 勝者――サイ=ダマスカス」
その声を合図に、二人は大きな拍手で包まれた。




