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父子

 一日の稽古を全て終える頃には、既に日は陰っていた。

 夕食は必ず家族全員でとる、というのがダマスカス家唯一といっていいルールであり、サイは汚れた稽古着を侍女に預け、部屋着に着替え居間に向かった。

 大陸一の大富豪の居間というにはあまりにも小さい八畳ほどの部屋。

 中心には円い食台があり、そこに使用人が作った豪勢な食事が並べられている。

 父シオ=ダマスカスは既に座っていた。

 仕事中であれば周りに何十人と使用人や護衛が囲っているが、この食事の時間だけは必ず家族だけになる。

 居間に入ったサイをみると、シオは視線をおくり座るように促した。

 母であるスナン=ダマスカスは、現在双子を懐妊中であり、出産予定日まで残り二週間となっているため、現在大事を取って国内最大最新鋭の病院で入院している。

 そのためここ数日は父子二人だけでの食事をとっていた。


 「……いただきます」


 手を合わせて食事に手を付けると、さっそくシオはサイに話しかけた。


「どうだサイ。疲れとかたまっていないか?」

「うん、大丈夫。毎日楽しくやってるよ」

「そうか。世間的には一応ご世継ぎ様って立場だから、いろいろと大変だろうけど、そう言ってもらえると私としては助かるな」


 家族との食事の時間だけは、いつもより口調が優しくなる父親。

 ちなみにここでは敬語も一切禁止だ。


「それでなサイ。嫌なことを思い出させるようで申し訳ないが、一つ頼まれごとを聞いてくれないか?」

「……え、何?」


 シオがサイにお願いごとを言うのは初めてだった。

 普段はなんでもこなせる頼りがいがあり尊敬に値する父親が、五歳児に一体何をして欲しいのかは、全くわからなかった。

 しかし、こんなに恵まれた生活ができるのは紛れもなくシオのおかげであり、その頼みを無下にすることなど、当然できるはずもなかった。


「実は国から依頼があってな、今度五歳になる王女様の而力(リューン)測定をダマスカス開発の測定器を使いたいとのことだ。サイが測定に使った最新の斐綾鉱(マダイト)なら、細かい数値まででるしな。それでその測定そのものを王女様の誕生会と併せて大きく開催したいらしい。今のガルニーデ王は顔に似合わず結構お祭り事が好きだから、とにかく派手にやりたいようだ」


 而力(リューン)の多寡は原則遺伝する、というのが最新の研究結果から分かっている。

 ウーテ王国領は、数百年前、大賢者と呼ばれたバルザス=ウーテがこの地を点在する数多の豪族を全て制圧して建立された経緯がある。

 バルザスはその後、出生・人種に拘らず而力(リューン)の多い者を血族に招きいれ而力(リューン)を高めることを繰り返し、圧倒的な而力(リューン)を持つ王族が民を支配する構造が生みだした。

 その支配構造は数百年経った現在も変わっていない。

 現国王ガルニーデの而力(リューン)はおよそ二〇〇〇〇。

 領民の平均的な而力(リューン)は一〇〇から二〇〇の間と言われているため、王族と領民の差は歴然。

 ちなみにサイはわずか四である。


「特に今回の王女様……第五王女のバンビ様は、開国の大賢者バルザス様に瓜二つらしい。文献資料によると大賢者バルザス様は左右の瞳の色が異なり、その特徴がバンビ様と同じで、大賢者の生まれ変わりって言われているそうだ」

「……う~ん。なんとなく話はわかったけど、そのバンビ様が而力(リューン)を測定に来ることと、父さんが僕にお願いすることって何にも関係ない気がするんだけど?」

「……実はそのバンビ様なんだが、その、なかなかのお転婆、というか我が強い……というか破天荒というかなんというかその……」


 ばつが悪い顔をして、シオは小声で唸った。その様子をみてサイは瞬時に理解した。

 つまり――


「――めちゃくちゃ性格が悪い」

「うむ、シンプルに言うとそういうことらしい」


 困ったように頭をかいてシオは続ける。


「で、その性悪クソガキプリンセスがどういうわけか而力(リューン)測定を断固拒否してて、国の内部でいろいろ問題になったらしい。最終的には条件付きでやってもいいって所で落ち着いたんだ」


 なんかめちゃくちゃ悪口言ってるけど大丈夫? と思ったがどうせこの会話は周りに聞こえていない。気にするべきはこれからどんなことを言われるかだ。


「……その条件って?」


 サイは考えうる最悪のパターンを想像しながらシオの言葉をまった。


「測定の日の前日に、サイに斐綾鉱(マダイト)の加工場の案内をして欲しい……とのことだ」

「……それだけ?」


 想像をはるかに下回る条件でサイは安堵した。

 てっきりその王女様に奴隷のような扱いを受けるのかもしれないと考えていたからだ。


「でも、どうして僕が? その王女様とは一度もあったことがないんだけど」

「さぁ、リトルクソビッチプリンセスの考えてることなんて到底理解できないが、おそらく似たような境遇のサイに何かしらのシンパシーを感じているのかもしれないな」

 

 言われてみれば確かに境遇は似ているのかもしれない。

 大陸随一の大富豪の嫡男と、一国の王女様。

 世間から見れば生まれた時点で勝ち組のレールが敷かれているという稀有な存在だ。

 街を歩けば自分よりも何周も年を重ねた大人たちが敬語で話しかけ、時折ご年配の淑女からは拝まれることもある。

 稽古事も一般家庭では到底受けることのできない内容ばかりで、時折堅苦しさを覚えることも事実だった。

 お互いにとって唯一の理解者になれる可能性がある。

 王女様もそんなことを感じ取ってその条件を挙げたのかもしれない。


「……わかった。僕でいいのなら頑張るよ」

「そうか、ありがとうサイ。やはりお前は本当によくできた子だ」


 願わくばどうかサイが王女様の影響を受けて不良にならないことを。

 シオはそう神に祈りながら、サイの頭を撫でた。

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