万死
「あーはっはっはー! なにこれ楽しー!」
バンビは手に持った鳴槍を泥人形にむけてひたすら振り回す。
もちろん触れると而力膨張を引き起こすため、一定の距離を保つつ、鳴槍を当てていく。
攻撃が当たる度に泥がはがれて落ちていき、最終的に残った動く泥の中に斐綾鉱があるので、姿を現したところを確実に壊していく。
この動きを繰り返し、気づけば泥人形は残り一体となっていた。
「今回はのろまな泥団子が相手でよかったな。もっと動きの速い奴が出てきたら負けてたぞ」
勝敗は決したと判断したゴウマは、森の中から姿を現しバンビに声をかけた。
「そんなことないわよ。この手持ち鳴槍はほとんど重さがないし、しかも大きいから掻い潜って私に近づくの無理でしょ」
「俺なら余裕」
「あっそ……じゃあこうするわ」
バンビは左手で地面に落ちている木の枝を拾い上げ、そちらも鳴槍を展開する。
「二刀流! これならそうやすやすと近づけないでしょ」
そう言って近づいてくる最後の泥人形に向かって何度も何度も鳴槍を振り回す。
(いやいや、高出力の鳴槍を同時に二つ使うとか……もう完全に化物じゃねーか)
もはや異次元の攻撃方法に感心するどころか、若干ひいているゴウマ。
そしてとうとう最後の泥人形の中から斐綾鉱が転げ落ちてきた。
「はい、これでおしまい」
斐綾鉱に鳴槍を突き刺すと、泥人形は人型を維持することができなくなり、ただの泥になって地面に崩れていった。
バンビはそれを確認した後、鳴槍を解いて大きく深呼吸した。
そしてゴウマに向かって満面の笑みでピースサインも出す。
「うぇーい圧勝、さすが私!」
「何が圧勝だ。一回泣きべそかいて逃げただろうが」
「うるさいなぁ終わり良ければすべて良しってこと! ジジイのくせに細かいこと言わないでよ」
「あーはいはいわかったわかった。王女様ハスゴイデスネー」
「なによその棒読み。もっと褒め称えなさい!」
ぎゃあぎゃあ元気に喚くバンビを軽くいなしつつ、ゴウマはゆっくりと沼に近づいていく。
触れてみると、通常の泥より水分が少ないように感じられる。
通常沼の上澄みは水分が多いはず、それに生物の気配がない。
特にここがハナナサケの森の未開の地なら、人の手には触れられていない手つかずの自然のはずだ。
(この沼はここで自然にできているのではなく、誰かが沼を持ってきたと考えるのが……しかし何のために、そしてどうやってこんなところに)
頭を掻くゴウマ。バンビはそんなゴウマの様子を一切気にすることなどなく、
「ねぇゴウマ、もう私の試験終わりでしょ。臭いから早く帰ろーよ」
「ちょっと待ってろ。もう少し調べたい」
えーと試しに鎌を掛けてみるか、とゴウマはすっくと立ちあがる。
「どこの誰だか知らないが、こんな所で何やってんだ! 帰ったらすぐに騎士団を派遣してこの地域の調査を始める。命が惜しければすぐに投稿しろ。今ならウーテ王国騎士団総団長の名において、命だけは助けてやる!」
辺りがピリッと静まり返る。
少し時間をおいてみても反応はない。
「……えっとゴウマ何言ってるの?」
「何ってさっきの泥団子操ってた奴がこの近くにいるんだよ」
「え、マジで! あれ而生獣じゃないの?」
「斐綾鉱を壊したら動きが止まるんだ。生物じゃなくて術式だと考えるのが普通だ。おそらく近くにいる人間に触れると而力膨張する術式を斐綾鉱に刻み泥を動かしていたんだろう」
「じゃあ私たちをどっかから見てるの……」
「……あぁ」
もちろん泥人形の動きがあまりにお粗末なので、術式だけ刻んで半自動で動かしているだけで術者がこの場にいない可能性がある。
だが騎士としての長年の勘から、この場にいるとゴウマは判断した。
「……反応なしか。じゃあいい。一旦この沼にむけて俺の而術をぶつけてやる。かけらも残さず全部焼き尽くす……一分だけ待ってやる」
そう言ってゴウマはゆっくりと沼地から離れ、バンビの隣で沼地を見つめる。
すると、先ほどまで静かだった沼地からボコボコと気泡が上がってくる。
泥人形の時と同様の反応だが、今度は沼地全体から沸き上がり、その中央部分が大きく盛り上がり始める。
「……やっぱりいたか」
沼地は激しく波打ち、そこから徐々に人型の頭部、腕、足などが芸西されていく。
気付くと、地面に広がっていた泥の全てを使って体調二十メートルを超える巨大な人形が形成されていた。
『イマサラ後悔シテモオソイゾ……』
巨大な泥人形の頭部にある口のような部分から、野太い男性の声が聞こえる。
「しゃべれるなら最初からしゃべれクソ泥団子が! てめぇこそ俺に喧嘩売ったこと後悔させてやる」
ゴウマは鞘から剣を抜こうとするが、どういうわけかバンビがそれを止める。
「……なぜ止める」
「えーとさ、私がこいつやっていい?」
「やっていいって……万死ちゃんにやれるのか。さっき戦ったばっかりなのによ」
「それは大丈夫、思ったより疲れてないし……」
「さっきとは話が違うぞ。仕組みは同じかもしれんが規模が違う。あの中に何百個も斐綾鉱の反応を感じるし、それを一度にまとめて壊さないと、ここいら全部吹き飛ばすくらいの而力膨張を引き起こす可能性がある」
「一気に全部壊せばいいんでしょ……そういうの一番得意なんだけど」
ゴウマは私が取りこぼしたのがあればそれを壊してくれればいいからと、巨大な泥人形の前に立ち塞がる。
『オマエガ戦ウノカ……オンナノクセニナマイキダナ』
「うっわなに今の発言、めちゃくちゃ男尊女卑じゃん! 時代遅れも甚だしい! 男とか女とかそういう時代はとっくに終わってんんよ!」
『…………』
「なんとか言いなさいよ! それとも何? 女が誰も相手してくれないからこんな森の奥底で童貞拗らせて引きこもってるの? つかアンタ臭いのよ不潔な奴はいつの時代だってモテないに決まってるでしょ」
『……ダマレ』
「出てきた言葉が黙れとか語彙力なさ過ぎて草。もしかしてマジで童貞なの?」
『――ウルサイ』
巨大な泥人形が両腕を大きく振り上げ、バンビに向かって振り下ろす。
バンビはそれを避けることなく両手を大きく広げ「鳴槍」と小さく呟くと、地面から槍と形容するにはあまりにも太く大きな雷の槍が現れた。
そのまま泥人形の腕に突き刺して地面に固定し、バンビは一歩下がって、泥人形を睨みつける。
「さっきはよくも私を泣かせてくれたわね……その罪、万死に値する」
バンビが両手を天高くあげると、巨大な泥人形の上空に、無数の巨大な鳴槍が一気に浮かび上がる。
「ねぇゴウマ……試験は終わったから連鳴槍使ってもいいわよね」
ゴウマは何も答えなかった。というよりもあまりの光景に何も答えられんかったというのが正しいだろう。
空覆う雷の槍、すぐに数え切れるほどの本数ではない。
……十
…………百
………………千
「……まさか、一万か」
ゴウマはその瞬間、バンビに対する認識を改めた。
こいつはただ而力が桁違いに多いだけの人間ではない。
この一瞬でこの規模の連鳴槍を発動させるなんて見たことがない。
高い而力、としてそれを高出力の而術として維持する集中力。
なにより瞬時に而術を展開する発動速度。
(――本当にバンビは大賢者バルザスの生まれ変わりかもしれない)
「万死ちゃん……これは連鳴槍なんかじゃねぇよ。今までにない新たな而術だ。帰ったら而術協会に連絡して俺が登録しておくわ」
「え、ほんとに? じゃあ私が名前つけてもいいの? 実はつけたい名前があったの」
ゴウマは黙って頷いて、空に浮かぶ万雷の槍を見つめていた。
「じゃあ行くよ。キモクサ泥人形……今回はこれで許してあげるわ」
腕を固定されて動けない敵に対し、バンビは笑顔で而術を放つ。
「黄而第参號ノ参『連鳴槍』改メ……黄而號外『至万死』!」
その瞬間……轟音とともに一万の雷が大地に降り注いだ。




