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バンビの戦い①

「にゅわぁぁあぁぁぁ無理無理無理ぃぃ! 鳴槍(ナルサ)ぁぁぁ」


 動きはあまり早くはないが、沼から這い出てきた泥人形達は逃げるバンビを追いかけ続けている。

 バンビは言いつけを守り鳴槍(ナルサ)で対応しているが、逃げながら唱えているため命中率は低く、運よく命中しても少量の泥を弾き飛ばすだけで、泥人形は一向に動きを止めない。


「ねぇ当たってるじゃん鳴槍(ナルサ)! なんで止まらないのコレ」

「そりゃ泥だしな。普通の泥なら刺して穴をあけても元に戻るだろ」

「普通の泥が襲ってくるのがそもそもおかしいでしょ。どうすりゃいいのよ」

「ん~……まぁこのままじゃ埒が明かないから言うけど、泥は普通の泥だ。それを人型にして動かす而術(リュニ)がかけられている。だからそれを解除すれば動きは止まる」

「だーかーらーその解除方法を聞いてるのよ!」

「だからそれ言ったら試験にならねぇって言ってんだろ自分で考えてみろよ」


 そんなこと言ったってさーと文句を言いながらも、バンビは泥人形の動きを観察する。

 今自分に襲い掛かってくる泥人形は七体。

 動きは遅いし、まっすぐに向かってくるだけで攻撃という攻撃は仕掛けてこない。

 まさか、泥で相手をべちゃべちゃにするだけ……そんなわけないか。

 

「キモいけど……試してみるか」


 バンビは一度足を止め、そして七体のうち一番近くにいる泥人形に近づいて行った。

 而力(リューン)に関しては切れるという心配はないが、ずっと逃げ続ける体力がバンビにはなかった。

 体力面については一般的な子どもレベル。いや、圧倒的な而力(リューン)にかまけて基礎的な運動や訓練をしていないため、平均以下かもしれないとバンビ自身理解していた。

 機械的に襲い掛かる泥人形の一体が目の前にいる。

 何かあってもいいように逃げる準備をしつつ指先で触れると、泥人形は突如として沸騰したようにボコボコと内側から気泡を生みだし始めた。

 そして泥人形からはほとんど感じられなかった而力(リューン)が一気に溢れ出る。

 この感覚、バンビには身に覚えがあった。

 五歳の而力(リューン)測定の日。あの日の起こった出来事だ。


「――而力膨張(リュナバーン)!」


 すぐに気付いてその場を離れるも、バンビのスピードでは有効範囲外に逃げるのは不可能だった。


(え、嘘っ……私、こんなアホみたいな感じで死んじゃうの?)


 泥人形が轟音を鳴らして爆発するのを見つめながら自身の半生をふりかえっ――


「――おいおい、一体お前は何回誰かに命を救われてるんだよ」


 バンビの目の前には爆発から守るようにゴウマが立っていた。

 瞬時に炎の壁を作り爆風を防ぐと、そのままバンビの首根っこを掴み、強引に深い藪の中へ身を移した。


「一旦引くぞ……ついてこい」


 ゴウマの真剣なまなざしに気圧され、バンビはただ頷くしかなかった。

 そこから黙ってゴウマの背中についていき、ある程度進んでいくと少し開けた場所に辿り着いた。


「ここなら安心だな」とゴウマが呟くと、体を反転し、黙ったままついてきたバンビの頭を軽く小突いた。

 普段であれば「体罰だ!」「訴えてやる!」「マヂ万死!」などと喚き散らかすところだが、今のバンビはそんな余裕がないほど打ちのめされていた。


「……これでよく分かっただろ。お前がクソザコだっていうことが」


 あえて語気を荒げてゴウマは、無反応のバンビにさらに語り掛ける。


「まず根本的に体力がない。これは生まれつき体が弱いとか運動が苦手とかそういう話じゃなくて、単純に基礎を怠っていたからだ。その上、而術(リュニ)のコントロールが全然ダメ、まぁ而力(リューン)が桁外れに多いっていうのも理由の一つに挙げられるが、而力(リューン)の多さに胡坐をかいて広範囲に力押しで而術(リュニ)を使っているから一向にコントロールが身についていない。あと、戦闘に対する洞察力や考察力が全くない。さっきの泥団子おばけなんて考えればどういう仕組みで動いていて、どこが急所になるのかは、行動パターンをみればすぐに分かる。なのにお前は逃げ回るのがしんどくなって、安易に近づき、結果……死にかけた。はっきり言うがお前は而力(リューン)だけしか取り柄がない。どんなに優れた長所があったとしても、それを活かす努力をしない者は、戦場では足手まといだ」


 バンビの目には涙が溜まっていて今にも零れ落ちそうだった。

 だが意地でも零すものかと必死に目を開いて、ゴウマを睨みつけるように顔をのぞかせる。

 意地っ張りで高飛車。変なところでプライドが高い。

 一般的には性格に難があるが、自身の実力のなさに打ちのめされているこの場においては、それがプラスに働いているようだ。

 反論しない所をみるかぎり、どうやら思っているより根性はありそうだと、ゴウマはバンビに戦う者としての可能性を感じ取っていた。


「……はっきり言うぞ。サイなら対処できた。お前と違って体力もあるし、近接戦闘の能力も高い。なにより、未知の相手と戦う場合はありとあらゆる想定の頭の中で展開した上で、その最適解を導き出すセンスがある。しかもそれに加えて予想外の事態が起きても臨機応変に対応できるうえに、いざという時の行動力がある。サイにないものを強いて上げるなら、而力(リューン)だけだ」


 お前と真逆だな……と、小さく呟くと、バンビの瞳からいよいよ雫が流れた。


「サイの能力……というか体質については知ってるよな? 他人の而力(リューン)を使えるってやつ」


 バンビはゆっくり頷いた。


「あの体質と変に大人びていて真面目な性格もあってか、お前は自分にできないことは全部サイに押し付けてたよな。その結果、サイはここ数年で一気に成長した。お前の而力(リューン)に頼らないでもやっていけるほどにだ。というかサイがお前の而力(リューン)を好きなだけ使える状態であれば、正直俺も確実に勝てるって言えない域に到達してる。お前がただの置物として徹底してくれるのが条件だがな」


 ……それでいいのか?

 今度は優しくバンビに話しかけるゴウマ。

 バンビは首を大きく横に振って否定する。


「それなら、今お前がやることはなんだ」

「…………戦う、こと」


 バンビは手で涙を掬って、一度大きく鼻をすすった。

 目は真っ赤に晴れているが、瞳の奥から強い意志を汲み取ることができた。


「もう一回、あの泥人形を倒しに行く。今度は私が死にかけても助けなくていいから」

「分かった……その覚悟、俺が見届けてやる」


 もちろん立場上助けないわけにはいかないが、あえてここで空気を壊す必要はない。

 サイと違って、跳ねっ返りが強くて導くにはかなり労力を払うが、これはこれでやりがいがあるなとゴウマ自身今まで感じたことのない気持ちになった。


「じゃあいくぞ……」

「了解……あ、でもその前にひとつだけ言っておきたいことがある」

「ん、言っておきたいこ――」


 ――バチィン……とゴウマの頬から大きな音が響く。

 バンビ渾身の右ビンタが綺麗に決まった。


「王女様に対する不敬……今回はこれで許してあげる。でも次に私をお前呼ばわりしたら万死を飛び越えて百万死だから!」


 やっぱりこいつはとんでもないクソガキだなぁと思いながら、ゴウマはジンジンと痛む頬を摩った。


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