悪意
チーム分けが終わった後、チーム毎にクジをひき、参加する分団をランダムで決めることとなった。
ハクバがいかにも自分が引くという強い意志でサイを睨んでいたため、その権利を譲った。
「こいっ!」
ハクバは勢いよくクジ箱に手を入れると、一枚の紙を取り出した。四つ折りになった紙を開くと、伍の文字が入っていた。
第伍分団、おもに諜報活動や、討伐や戦争時の先鋒役を担う、情報収集力と機動力の高い分団である。
ハクバは小さく「ちっ」と舌打ちした。
どうやらご希望の分団ではなかったらしい。
「では、皆さんクジをひきましたね。ではそのくじを持ったまま、組んだ人と手を繋いでください」
「えっ!」
担任の言葉に驚くハクバ。そして汚物でも見るかのようにサイを見ると再び声を荒げた。
「先生! どうして手を繋がないといけないのですか!」
「……ハクバ君は絶対に言うと思ってましたので説明します。そのクジには転移の而術の術式が刻まれています。その転移先は紙によって異なり、それぞれの試験官の元に転移するようになっています。紙を持っている人と直接触れている人が転移の対象になるので、手を繋ぐ必要が在ります。もちろん手を繋がなくても他に方法があります。例えばお互いあつ~く抱き合ってもいいんですよ……?」
「……分かりました」
さすがに諦めたのか、ハクバはサイの手を握る。
最低限の抵抗なのか、相手の手を握りつぶすぐらい力を込めている。
少し痛いが耐えられないほどじゃないし、身体的には同年齢だが、精神的にははるかに自分が大人であるため、ここは少年のプライドを立ててやろうと思ったサイだが、これまでのハクバの態度に若干腹を立てていたので、相手よりわずかに上回る程度の握力で握り返した。
「ぐっ……」
ハクバが小さく声を漏らすも、サイは聞こえないふりをしてそのまま握り続けた。
「……では転移を行いますね。一応言っておきますが、ここで転移しなかった場合、卒業検定の放棄とみなし、もう一年ここに通ってもらいますからね。あと私が疲れるので転移中は一切動かないように」
念のため軽く脅しを加え、担任は静かに目を閉じ小さな声で而術を唱える。
すると、足の方からゆっくりと溶けるように見えなくなっていく。
おそらく、大人数を別々の場所に転移させるため、より時間と而力がかかるのだろう。
「では検討を祈る!」
全身が教室から消えていき、視界が切り替わる。
まだ朝だというのに、空を覆い尽くす木々のせいで日の光があまり入らないため薄暗い。
どこかから吹く風はじんわりと湿っており、やたら体にまとわりつく。
かろうじてここが森の中であるのは分かるが、それ以外の情報が分からない。
ただ、なんとなくおかしな状況に遭遇しているというのは体感で分かった。
「どういうことだ……なぜ誰もいない。第伍分団の人たちはどこにいる?」
「わからない……」
もしかして転移を妨害されたのか?
それともこの状況自体が試験の一部なのか?
答えを持たない二人にとっては、何が起きているのか判断ができない状態だった。
「とりあえず状況の確認だ。ハクバは目に而力を込めてくれ。僕が赤で辺りを照らす」
「……わかった」
普段であれば「なぜ君の命令に従わなければいけない!」などとハクバは言うだろうが、今はそんな余裕はないらしい
ハクバもこの状況にそれほどの違和感を感じているからだ。
サイは赤を唱え、小さな火の玉を宙に数個浮かべた。
わずかに視界が開けると、ハクバがキョロキョロと警戒しつつ周囲を確認する。
目に映るのは雑然と生えた木々や、まるで手を入れていない藪。
サイたちがいるこの場所はわずかに開けているが、四方どの方向を見ても森の中であること以外に何の情報も得られない。
「……おいサイ、そこに荷物がある」
ハクバが指をさす先を見ると、雑に広げられたサックが落ちている。
拾い上げてみてみると、斐綾鉱や食料、そして騎士団の団員証が入っていた。
「……団員証が入ってる。てことは少なくともここに第伍分団の人はいた。転移を阻害されたわけじゃないってことか」
「だとしたらなぜ誰もいないんだおかしいだろ!」
「そんなの言われなくても分かってるよ。ただ情報があまりに少ない」
サイはさらに赤の数を増やし、今度は周囲だけでなく藪の中まで照らすことにする。
「おい馬鹿! こんなところでそんなに火を使うな。燃えたらどうやって逃げるんだ」
「大丈夫、この炎は燃えな――」
サイは藪の中にある一つの炎が、何者かに飲み込まれるのを感じた。
その方向に目を向けると、わずかに自分以外の而力の反応がする。
それと同時に今まで経験したことのないような、禍々しい悪意を向けられていることに気が付く。
そして悪意とともに、わずかだった而力の反応が大きくなる。
その悪意がな……サイとハクバを明確に捉える。
……コ……ロ……ス……コロスコロスコロス――コロォス!
「しゃがめハクバ!」
サイの声に反射的に従ったハクバの上を、勢いよく何かが通り抜け、その先にある木々を突き抜けた。
あまりのスピードに何が起きたか分からないが、時間差で背後の木々が崩れ落ちる音がした。
「――っ」
声にならない。
ただ圧倒的な力の差を感じ、ハクバは立ち上がれない。
サイもまた、姿の見えない悪意に足が震えている。
ハズ……レタ……モウイッカイ……モウイッカイ……コロス……
また同じ方向から声がする。
実際に聞こえているわけではないが、圧倒的な悪意のある而力がこちらに向けられているのを、脳が勝手に判断しているような感覚だ。
……どうする。
…………どうする!
敵が見えない以上、むやみに逃げ回るのは得策じゃな。
それならば、こっちから迎えに行って正体を暴くしかない。
「……こんなところで殺されてたまるか!」
サイは二振りの刀を両手に構え、次の一撃に備えた。




