弟妹
「てぇい!」
「よっと」
「やぁぁ!」
「ほいっ」
木刀と木刀がぶつかり、カァンと甲高い音が空高くに響いた。
早朝六時、ダマスカス家の大きな庭園にてサイ、そして弟のセト、妹のソニアが汗を流している。
もうすぐ七歳になるセトとソニアが一斉に好きなように打ち込み、サイはそれを一分間、木刀一本でしのぎ切る。これを三セット行うのが毎日の日課になっていた。
「さんっ……にぃ……いち……はい終わり~」
2セット目が終了し、サイは一度も有効打を浴びていない。だが二人の弟妹もそれは織り込み済みで、実際ここまではウォーミングアップで、本当の勝負は3セット目。
3セット目から而術を使用した本格的な勝負となる。
しかも今日、セトとソニアはいつも以上に気合が入っている。
「今日は一本取らせてもらうぞ兄ちゃん」
「そうそう、今日はお兄ちゃんの十二歳の誕生日なんだから。今日のために新しい而術も覚えてきたんだよ」
誕生日くらい花を持たせてくれよ、と心の内で嘆いたサイだが、愛しの弟妹が本気ならば、真っ向から受け止めるのが兄なのだと、ぎゅっと木刀を握りしめる。
「よぉし、じゃあかかってこい二人とも……はじめっ!」
「『陽』」
セトの手のひらから強力な光が放たれ、一瞬にして一面が眩い光の世界になり、視界は奪われる。
目を而力で保護するが、それでも防ぎきれず、目を閉じさらに左手で顔を覆った。
橙而第壱號ノ壱の而術で、何もない空間から光源を発生させるものだ。
単純な而術の為、比較的容易に習得できるのだが、而力によって明度が大きく左右される。
セトは橙系統の特性があり、そのうえ而力が圧倒的に多い。
而力総量は約二三〇〇〇。現時点ではバンビを除き、王国騎士団長のゴウマを上回るウーテ王国領最大の而力の持ち主だ。
「セトやりすぎだぞ! こんなの誰も動けない」
普段はもう少し明度を抑えて陽を放ち、その隙にソニアが静かに近づいて攻撃をするというのが、二人の得意な戦術だ。
だが、この眩しさではソニアも動けない。
「大丈夫、私は動かないから……黄而第参號ノ参『連鳴槍』」
連鳴槍は黄而第壱號ノ参の黄系統の初歩の而術である鳴槍を発展させたものである。
而力を雷の性質に変化させ、槍のような形状で指定座標へ高速で放つことができる。
単体ではそこまで難しい而術ではないが、複数同時に発動し、さらに実戦で使うのは、鳴槍の維持や、それぞれの指定座標への軌道の書き込み、さらに発射のタイミングも随時修正しながらと、常に状況を読み取りつつ、細かく而力をコントロールしなければならない。
さらに追尾機能を付けたり、威力重視や速度重視など、細かく動きに違いを付けることもできるので、熟練者の連鳴槍の動きを初見で見切るのはほぼ不可能である。
ちなみに連鳴槍は最低七本は鳴槍を発動しないと、正式には認められないが、ソニアの背後に数十に及ぶ輝く雷の槍が浮かび上がっている。
しかもそれぞれ若干ではあるが、振り分けている而力に違いがあるのをサイは感じ取った
つまりこれから自身を襲うのは熟練者レベルの連鳴槍だ。
「ちょっとまってソニアそりゃ反則だろ! いつのまに参號まで覚えたんだ。俺はまだ弐号すら覚えてないぞ」
「へへへ~。バンビちゃんが教えてくれたの」
「はぁぁぁ? 余計なことしやがって七歳に参號は早すぎるだろ」
バンビはかなり特殊で異常な而力の他に、黄と藍系統に而術に高い適性があった。
一般的には一人一系統のみ適性があり、それ以外の系統は使えない、または使えるようになっても効力が期待できないので、バンビはかなり稀有な存在であるのは間違いない。
とはいえバンビにも弱点はある。
それは而力のコントロールが苦手なのである。
ニニエロ曰く「而力があまりに強大すぎるため、低出力で出したり、調整をするのが難しい」とのことだ。
一度だけバンビが連鳴槍を唱えたことがあったが、まるで大砲のような大きさび鳴槍が数百本も浮かび上がり、それが四方八方に動き回り、而術専用の稽古場を跡形もなく破壊してしまったらしい。
「じゃあいくよお兄ちゃん……いっけぇ!」
ソニアの合図とともに、雷の槍が一斉にサイに向かって射出した。
もちろん今もセトが唱えた陽の影響で視界は塞がれ、加えて陽を高出力で使っているため、鳴槍の而力の残滓が紛れてしまい、どのように飛んできているのかを正確にとらえることができない。
自身から半径ニメートルほど近づいて初めて、鳴槍の動きを補足できるようになるので、サイはギリギリでソニアの攻撃を避けている。
いや、よく躱してるな俺。普通もう当たってるぞこれ。
自画自賛でもしないとやってられない状況だった。
「くっそー当たらないな。ここで決めようと思ってたのにぃ」
悔しがるソニアにセトは元気に声をかける。
「兄ちゃんは最強だから仕方ないって……でもこっちの準備は終わった。指定の場所まで誘導して」
「はいはーい……では追加の連鳴槍!」
今度はサイに直接向かっていくというより、サイを包囲するように鳴槍を飛ばしていく。
サイの動きに合わせて、少しずつ攻撃を仕掛け、指定のポイントまで誘導していく。
サイ自身、先ほどの動きとはパターンが変わっていると認識はしていたが、回避することに手がいっぱいであり、二人の思惑通りに動かざるをえなかった。
あと少しで一分、サイもソニアの攻撃に慣れてきたのか。早い段階からソニアの鳴槍の攻撃パターンを読み切って躱し始めた。
しかし、それはセトとソニアも分かっていた。
ソニアの鳴槍がサイの足元を掬うように動くと、当然それを予期していたかのように軽く飛んでかわずと、サイは少し後方の地面に足を降ろした。
しかし、踏み込んだ地面が自分の想像とは異なり、そのまま膝下まで足が埋まってしまう。
「なっ! これはセトの『蟻砂』」
セトが最も得意とする橙而第壱號ノ漆の而術。地面を熱で水分を飛ばし、そして圡を而力で細かく動かすことで石や土をきめ細かな砂状に変化させる而術だ。
さらに微量の而力を込めることで砂事態をを自在に操ることも可能である。
砂はサイの足をしっかりと固定した。
この状態ではソニアの攻撃をかわすことは不可能だ。
「よっしもらったぞ兄ちゃん!」
セトが歓喜の声をあげた。
もちろん、サイも蟻砂には気を付けていた。
セトはソニアと違い、而力のコントロールは比較的苦手でだった。
性格も大雑把で、ちまちまと細かく攻めるより、何も考えずに蟻砂で作った大量の砂と高い而力のゴリ押しで一気に攻め込むスタイルがいつものやり方だ。
そっちの方が性に合ってるし、なにより強力なのでサイ自身も認めるところだった。
もちろんこれまでも蟻砂でサイをいいところまで追い詰めたこともあるし、普段はセトが攻めの中心を担っているので、今回もそう攻めてくることを予想していた。
だが今回は陽に力を注ぎ、ソニアをサポートに回った。
驚きとともに兄として弟の精神的成長も感じとっていたサイだが、この蟻砂の使い方はあまりにも想定外だった。
というより、そんなことできるわけがないと思っていたからだ。
「七歳の子どもが、而術の同時発動なんて予想できるかぁぁぁ!」
セトは同系統の而術とはいえ、陽と蟻砂を同時に発動していた。
ウーテ王国内でも、異なった而術を同時に発動できる者は数えるほどしかいない。
実際に使える者を目の当たりにするのもサイは初めてだった。
「これで終わりだ兄ちゃん! 陽解除!」
セトは陽を解き、代わりにその而力を蟻砂に振り分けた。
地面に埋まった足に掛かる圧力がより強固なものとなり、すぐに抜け出すのは困難だ。
「いくよお兄ちゃん! 黄而第壱號ノ参『鳴槍』!」
先ほどよりもさらに大きな雷の槍がサイの頭上に現れる。
「え……デカくないこれ?」
「お兄ちゃんなら大丈夫。なんとかなる」
「なんとかって……おいおい」
一人は参號而術を完璧に操り、一人は別の而術を同時に発動する。
しかも二人ともまだ七歳の子供だ。
サイは自身との才能の差に愕然としつつも、心のどこかで喜びを感じていた。
「この、愛すべき天才たちめぇぇぇぇ!」
――巨大な雷が、轟音を立ててサイを貫いた。




