而力膨張(リュナバーン)
昨日バンビが誘拐されたことなどなかったかのように、迎賓館は人で溢れていた。
その多くは王族や貴族、またシオのようなの豪商など、ウーテ王国領では名の知れた人物ばかりだった。
「えー本日は我が娘、バンビの五歳の祝いに多くの同胞たちがきてくれたことを感謝する。今日はウーテ王国史に残る伝説の夜となるであろうっ!」
舞台の中央でガルニーデ王が大きく宣言すると、会場のボルテージは一気に高まり、今か今かと本日の主役の登場に思いをはせる。
「ったく何ハードルあげてんだあのジジイ、めちゃくちゃ出にくいじゃねーかオイ」
「陛下にジジイはおやめください。あとその口の悪さ、今日は出さないで下さいね」
「分かってるわよニニエロ。あぁもう本当に嫌だ」
袖で控えるバンビとニニエロ。
上機嫌な父ガルニーデ王の姿を見て、バンビは今にも逃げ出したい気分だった。
「それではご登場願おう、本日の主役……バンビ=ウーテ!」
バンビは自身の中にある余所行きの王女様スイッチを押してから、満面の笑顔で舞台にあがった。
会場のいたるところから聞こえる声援と拍手の波に飲み込まれないように必死に顔を作っている。
「えと、今日は私の五歳の誕生日のお祝いに、遠路はるばる、足をお運びいただき……ありがとうございまぁす」
いかにも五歳児が渡された原稿をそのまま読んでいるかのようなたどたどしく挨拶を行い、ぺこりと小さくお辞儀をするとどこからともなく黄色い声があがった。
「うむ、立派な挨拶だったぞバンビ、お前はいずれこの国を背負って立つ人間。父として、そして王として誇らしい限りだ」
そういってガルニーデ王はバンビを抱き上げ頬ずりをした。
「あははやめてよパパー。おヒゲが痛いー(ウッザなんだこいつやめろよ)」
「あぁごめんよバンビ。つい嬉しくてなぁ」
ガルニーデ王は、バンビに対してはすこぶる甘い。
現にバンビの二人の兄と二人の姉には、厳格な姿しか見せていない。
それはバンビが大賢者バルザスと同様に色の違う両目を持つということから、その生まれ変わりであることを信じているからだ。
この後すぐに而力測定を行うが、結果として浮かび上がるのは禁忌而術で奪い取ったニニエロの八割ほどの而力一〇〇〇〇。
四人の兄姉は上回る而力ではあるが、大賢者の再来を期待しているガルニーデ王にとっては大きな失望を与えるのは間違いない。
あぁ……もしかしたらこれでも殺されちゃうかも……少なくともこれまでみたいに我が儘放題ってのは無理だろうなぁ。
ニニエロ引き連れて亡命するか、それとも転生者のよしみでサイの元で身を隠すかどっちかだなぁ。
バンビは転生して五年、人生の大きな岐路に立たされていた。
「よぉし、ではお待ちかねの而力測定と行こうか……シオ君」
「はい陛下」
舞台袖に控えていたシオ=ダマスカスは、手に持っていたリモコンのスイッチを押した。
するとガルニーデ王とバンビの後ろの垂れ幕がゆっくりと上がり、成人男性の五倍はあろうかという大きな斐綾鉱が姿を現した。
その横にはこれまた大きな箱型の機器が備わっており、そこには大きなモニターが付けられている。
「ガルニーデ王の勅命を受け、我がダマスカス開発が持てる全ての力と技術を注ぎ込んで作り上げた。特別な而力測定器になります。我が社が現在流通している而力測定器で一番高性能なものでも、最大三〇〇〇〇までしか測定できず、一〇〇〇〇を超えると一〇〇以下の単位が正確に測定できないものでありましたが、今回の測定器は最大一〇〇〇〇〇の而力を一の位まで正確に測定した上、さらに斐綾鉱の光のパターンから赤橙黄緑青藍紫及び黒白の九系統の而術の特性をそれぞれどの程度まで引き出せるかを数値化することに成功しました。現時点でこれ以上の測定器はこの世には存在しません!」
シオが自信満々に説明をすると、会場が大きくどよめいた。
ガルニーデ王もすこぶる満足したようで、シオを強く抱きしめ、肩を寄せて大きく笑った。
「……あ、これ終わったな私」
誰にも聞こえない程度のボリュームだったが、バンビの心の声が漏れてしまう。
この会場内で唯一青ざめているのはバンビただ一人だった。
「バンビ様、こちらへどうぞ」
シオはバンビを呼び寄せ、測定器の取扱いを説明する。
とはいってもやり方はシンプルで測定器から伸びているコードに而力を込めるだけ。
そうすると、而力量に応じた光が斐綾鉱に反映される。
而力に比例して発光し、その色が而術の色が得意な系統を示すことになる。
「さぁバンビよ。私にその力を見せてくれたまえ」
ガルニーデ王はもちろん、会場の全員が固唾を飲んでその瞬間を待っていた。
バンビは舞台袖に控えるニニエロをみた。
ニニエロは大きく頷き、バンビを見つめ返す。
……何があってもお守りします。
どういうわけかニニエロの声で、彼から聞いたこともないセリフが脳内を駆け巡った。
「どうなっても、知らないから!」
バンビは大きく目をつぶり、測定機に而力を込めた。
その瞬間、巨大な斐綾鉱が一瞬にして眩しいほどの黄色い閃光を放ち、その黄色い光の中で藍色の長細い何かが出口を探すかのように蠢いていた。
「おおおおおおお眩しい! なんという輝きだ!」
間近でみていたガルニーデ王はあまりの眩しさに思わず目を背ける。
会場にいるほとんどが同様に顔を手で覆いその光を遮った。
しかしその中で、王国騎士団総団長であるゴウマと、第壱分団長のハナエは瞬時に而力で眼を保護して視界を確保し、その特異な斐綾鉱の輝きを注視していた。
すると、斐綾鉱を蠢く藍色の何かが大きく膨れ上がり黄色の眼を持った龍のような姿になり、そこからみえる人間たちを睨みつけているようだった。
バキィっと何かが割れる音とともに、斐綾鉱に大きなひびが入った。
「ハナエッ!」
「はい!」
瞬時にそれが危険の兆候であることを察知したゴウマとハナエは、一気に舞台まで駆けだした。
「赤而第弐號ノ伍……『赤壁』」
「白而第参號ノ弐……『天翼ノ壁』」
ゴウマとハナエはそれぞれ而術を発動すると、舞台と会場を分断するように大きな炎の壁が出現し、ゴウマとハナエ、ガルニーデ王、シオ、そしてバンビは無数の羽翼に包まれた。
その瞬間「アアアアアアアアアアアアアアアアア」という人ならざるものの声が会場内に響き渡り、最後にひときわ大きな閃光を放ち、斐綾鉱は砕けて飛散した。
光が収まると、まるで何事もなかったかのようにシンと静まり返り、ゴウマとハナエは而術を解除した。
幸いなことにゴウマとハナエの而術のおかげで誰一人傷一つ負わなかったが、バラバラになった斐綾鉱のかけらが舞台上に散乱している。
「どういうことだシオッ! 危うく死ぬところだったじゃないか説明しろ!」
ガルニーデ王の怒声が響くと、シオすぐに頭を床につけ口を開いた。
「申し訳ありません陛下。この事態はすべて私に責任があります!」
「そんなことは分かっておる! どういうことか説明しろと言っているんだ!」
「後に調査を行いますのでまだ仮定の話ではありますが……おそらく而力膨張かと思われます」
「而力膨張だと……」
「はい。容量が少ない粗悪な斐綾鉱で時折起こる現象です。斐綾鉱が術者の而力に耐え切れず、粉々に砕け散る現象です。状況からみてバンビ様の而力が我が社が開発した而力測定器では、容量が足りなかったものだと、推察されます」
「どういうことだ、あれは一〇〇〇〇〇まで而力を測定できるものであろう。まさか未完成のものをこの場に出したというのか?」
「いえ、あれは何度もテストを繰り返し、整備も完璧に行いました。なんらかの不備があった可能性はもちろんゼロではございませんが、それよりも可能性が高いのはバンビ様の而力が我々の想定を遥かに超えていたものだと考えられます」
「……つまりどういうことだ。分かりやすく言え」
シオは一度呼吸を整え、王の目を見て口を開いた。
「バンビ様の而力は最低でも一〇〇〇〇〇。いや、あの反応を見る限りその倍はあるでしょう。バンビ様は大賢者バルザス様の生まれ変わり――いや、それ以上の存在になることに疑いようはありませんっ!」
シオがそう断言すると、ガルニーデ王の怒りは一気にどこかへ消え去り、嬉々としてバンビの元へと駆け寄った。
「おぉバンビさすがは我が娘だ! これでウーテ王国もますます繁栄するに違いない! なんとめでたいことか、皆もそう思うだろう」
突然の而力膨張と、その後の王の怒声に辺りは静まり返っていたが、それがバンビの而力が高すぎることがその要因である可能性が高いことを知り、会場全体が揺れ動くほどの大喝采が起こった。
「え……なにどうゆうこと? まぢ意味わかんないんだけど……」
当の本人であるバンビは呆けたまま、父ガルニーデ王に抱きしめられていたが、この中で一名ある違和感を覚えていた者がいた。
第壱分団長のハナエである。
ハナエは舞台袖にいたニニエロを睨みつけるように見ると、わずかにニニエロの目の周りから而力の残滓が感じ取れた。
……ずっと前からニニエロには何とも言えない不穏な空気を感じていた。
なのでハナエはあえてニニエロは天翼の壁の対象外としていた。
だがニニエロはあの時しっかりと而力で視界を確保し、あんな大きな而力膨張にも傷一つなく対応している。
――ならばなぜ、ニニエロはバンビ様の護衛に入らなかったのか?
今回第捌分団は第五王女の護衛を主たる目的としている。
ハナエやゴウマよりも近い位置にいるにも関わらず、十分に対応ができたにも関わらず、ニニエロはなぜ身を挺して守るといった行動を移さなかったのか。
「……ニニエロめ」
証拠はないが、ニニエロは間違いなく王に仇なす存在。
あの男の正体は……いずれ私が暴いてやる。
ハナエはそう誓って、ぎゅっと拳を握った。
次話から年代が飛んで約7年後。
サイが12歳の頃の話に進みます。
引き続きよろしくお願いいたします。




