禁忌而術(マオリュニ)
誘拐があった日の午後一〇時頃、バンビもまたサイ同様、何事もなかったかのように目を覚ました。
従軍医師による問診、簡単な検査も行ったが、心身ともに異常はなく、むしろバンビ自身は力が有り余っているように感じていた。
これならば明日は普通に動いても問題はないですね、と医師からも太鼓判を押されたため、従来の予定通りに誕生会も兼ねた而力測定が行われることとなった。
また誘拐の事実についても王が公にしないと箝口令を敷いたため、事件については軍内部で秘密裏に処理されることになった。
だが、その処分を免れている者がいることがバンビには納得できなかった。
「ニニエロに話があるの。二人っきりで」
翌朝、バンビはすぐにニニエロを呼び出した。
ニニエロはこのことを予想していたのだろうか、朝食前の午前六時にもかかわらず、ばっちりと正装をしていた。
「バンビ様……すべてをお話しします」
ニニエロはバンビに叩頭すると、矢継ぎ早に説明を始めた。
今回の首謀者は第一王子とその後見一族。
大賢者バルザスの生まれ変わりと言われているバンビの而力が仮に圧倒的な場合、而力によって王位の継承順位が一気にひっくり返る可能性があったため、測定前にバンビを処理したいという思惑があった。
そこでバンビと基本行動を共にし、実力のある者としてニニエロが目をつけられた。
「バンビ様がいなくなれば、おそらく次の王位は第一王子が継承します。その際に次代の王の剣として私を推薦してくれるとのことでしたので、私は了承いたしました」
ニニエロは悪びれることもなく、淡々とバンビに事の真相を話し続けた。
盗賊については、ニニエロが依頼したとのこと。ドヌルとマルタについては既に死亡を確認しているが、仮面の男女については連絡がつかないとのこと。遺体は見つかっていないが、おそらく炎に巻き込まれて死んだのだろうとニニエロは語る。
「あの火柱については私も分からないのですが、あれはサイ様が赤を発動されたということでしょうか? 而力が少ないと聞いていたので俄かには信じられないのですが……」
「私もすぐ気を失ったから炎の規模については分からないけど、サイが赤を使ったのは間違いないわ。なんかあの時、いろいろあって様子がおかしかったからそれが何かのきっかけになったのかも」
「いろいろとは?」
「……実は」
バンビは一瞬迷ったが、サイとバンビが転生者であることを伝えた。
これはニニエロを信用したからではなく、この後ニニエロは誘拐の責を負って極刑に処されるのは目に見えているからである。
「なるほど……、道理でバンビ様もサイ様も五歳とは思えないほど大人びていましたので、その理由がはっきりわかりました」
「まぁアンタにとってはどうでもいいわよね。お父様に今回あんたがやっていたことをお話すれば間違いなく死刑だし、仮にアンタの口のうまさでどうにかそれを免れても、口封じのため第一王子に命を狙われるのは間違いないわ。もうあなたの出世街道は完全に断たれたわね残念でしたざまーみろ!」
「ははは……いやはやこれは手厳しい。ですがまだ一本だけ道は残されています」
「はぁ……? どこにそんな道残っているのよ」
「ありますよ……私に残された最後の道、バンビ様を王にするという道が」
バンビは言葉に詰まった。
自分の出世のために殺そうとした者を、今度は王に据えると言い出している。
理解が全く及ばない。
「提案があります。今回の件の真実は誰にも報告することなく、今後私をバンビ様の側近としておいていただけないでしょうか?」
「――バッカじゃないの!? 私を殺そうとした張本人を側近に据えるとでも? あんたやっぱり万死に値するわ。もう救いようがないもう話したくもないから出てってくれる」
「いえ、バンビ様にとっても悪いお話ではありません。というより私の提案を飲まざるを得ないのです」
「ふざけんな! お前の言うことなど二度と――」
「――どうして私がバンビ様の転移を予測できたのかっ! 賢いバンビ様のことです。それ以上説明入りますか」
ニニエロは声を張り上げてバンビをまっすぐに見つめた。
ニニエロの目的は王の剣になること。そのために今回は王位継承順位の高い第一王子の依頼を受けて、バンビの殺害を目論んだ。
しかし、大賢者バルザスの生まれ変わりと呼ばれているバンビの而力が高ければ、必然的に王位継承順位はバンビが一位に躍り出る。
そうなればバンビに最も近しく、実力もあるニニエロは何もせずとも、ゴウマ退役後の王の剣の最有力候補になる。
第一王子の命令にリスクを背負ってまで従う必要は最初からなかったのだ。少なくともバンビの而力の多寡が分かるまでは。
そしてバンビが転移をした理由は国外に逃亡し、而力測定を免れるため。
それを想定していたということはつまり……ニニエロは――
「私の而力が少ないことを知っている?」
ニニエロは黙って頷いて、懐から一枚の紙を広げた。
そこには見たこともない紋様が描かれており、なんらかの而術であることは予想できた。
「この而術は既に系譜を絶たれた禁忌而術が刻まれたものです。発動には二人必要であること、そして両者ともに同意の意思がなければならないものです」
「禁忌而術……なんでアンタがそんなものを」
ニニエロはその問いには答えずに説明を続けた。
「この而術は支配者と従者に分かれ、支配者が圧倒的に有利な隷属契約を二つ結びことができます。一つは従者に対して絶対の支配権を持つこと。従者が支配者の意に沿うことはできない上に、従者は支配者の命令に絶対に逆らえない。仮に支配者が死ねと命令したら従者は強制的に死ぬくらい重いものです。もう一つは而力の搾取。支配者は従者の而力の八割を強制的に奪うことができます。私の而力量は約一三〇〇〇です。この契約をすればバンビ様は一〇〇〇〇を超える而力を手に入れることができます。そうすれば明日の而力測定を無事に終えることができます」
ニニエロは再度、強くバンビをみつめた。
「私とバンビ様が生き残るにはこの方法しかありません。どうか私の支配者となって下さい」
バンビは迷っていた。確かにこの方法であれば、大賢者バルザスの生まれ変わりというには心もとないが、無事に而力測定を迎えられるくらいの而力量を手に入れることができる。
しかし、ニニエロのことはどうしても信用ができない。なぜニニエロが禁忌而術を知っているのか、その而術の効果なども事実かどうかを確かめる方法もない。
「仮にその而術による契約がニニエロの言う通りだとして、私を騙して、ニニエロが支配者になるかもしれないわ」
「私が支配者になるメリットが現状ありません。而力のない第五王女を支配しても意味がないことはおわかりでしょう? 私だって好き好んでバンビ様の支配下に置かれたいわけではありませんが、あなたの殺害が失敗した今、これしか方法がないのです」
もちろんバンビもそれは分かっている。
だがどうしても許せないとう感情があった。
「一つだけ聞きたいことがある」
「なんでしょうか……」
「私が生まれた日に真っ先にニニエロは助けてくれた。その部分はとても感謝している。でもそれをきっかけにアンタは平民でありながら、王国騎士団の分団長の地位まで上り詰めた……そうよね」
「……はい」
「でも今回の件を目の当たりにして思ったの……もしかしたらそれはニニエロの策略で、あえて私の母を見殺しにしたんじゃないかってね」
バンビには、あの日の記憶がしっかりと残っている。
ニニエロが暗殺者を制した後、生まれたばかりのバンビを抱えながら、血まみれになって伏せる母をみて、声をあげて泣いていたことを……。
「どうなのニニエロ……本当のことを教えて?」
ニニエロは少しだけ顔を強張らせて口を開いた。
「……見殺しになどしておりません。しかし私の未熟さが故、ミルカ様の命を守れなかったことも事実です。誠に……申し訳ありませんでした」
ニニエロはそのまま崩れるように床に手をつき、バンビに向かって土下座をした。
「……わかった。信じるわ」
バンビはニニエロに近寄り、禁忌而術の描かれた紙に手を触れた。
「もう二度と、私を裏切ることは許さない」
「分かりましたバンビ様。この命のすべては……あなたの為に」
バンビとニニエロは禁忌而術の描かれた紙に触れ、ゆっくり目を閉じる。
「黒黒而肆號ノ玖……傀儡念念吊従控ヱ」




