人殺し
火柱と呼ぶにはあまりに大きく荒々しい炎、その中からサイはバンビを抱えて飛び出した。
サイもバンビも炎による外傷はないが、バンビは気を失っていた。
(うまくいった……!)
ゴウマが以前サイに見せた赤は竹刀や稽古場の壁や床を燃やすことはなかった。
炎そのものが燃える対象を設定して発動したものか、それとも炎に触れるものを保護する而術なのか、それともそれ以外の仕掛けがあるのかサイには分からなかったが、サイはシンプルに自分の而術ならば自分に害を及ぼすことはないだろうと考えた。
そしてバンビを抱きかかえることでバンビも含めて自分自身という思い込むイメージで赤を発動した結果がこの火柱である。
「にしてもこれ……どうすれば消えるんだ」
サイが抜け出しても、炎の勢いは衰えず、高々と燃え上っている。
ただ、どんどんと空気が熱されてサイ自身にも熱風として届いてくるようになってきている。
而術の影響が薄れてきて、大規模な森林火災に変化しているのかもしれない。
だとしたらもう、サイにこれをとめる手立てはない。
「とりあえず……ここから離れよう」
炎が森にある木々に移り延焼を始めていた。
このままでは危険と判断しサイはバンビを抱えながら街道まで歩みを進める。
赤を発動後、サイの中にあった高揚感は一気になくなり、五感も通常通りに戻っていた。だがその時に捉えた街道の方角は把握しているので、そこに進む以外にサイができることはなかった。
当然、気を失っているバンビを背負いながら森を抜けるので、かなり困難な状況ではあったが、ここまでの森林火災という大事になれば、もはや騎士団の救助が来る来ないの問題ではない。
そう時間がかからないうちに大人たちが集まってくる。
そうすればサイもバンビも無事に帰ることができる。
(生きなきゃいけない。あやるんがこの世界にいるんだから)
草木をかき分けて進むこと三〇分、ようやくサイの視界に中に街道をとらえた。
サイは足を大きく踏み出し、駆けるように森を抜けた。
街道に出ると、前方に人の気配を感じ。
これで助かった……と背負っていたバンビを地面に下ろそうとした時、前方に感じた人の気配の正体が、あまりに異様だったことに恐怖を覚えた。
全身が焼けただれて、赤と黒が混ざり合った肌は、もはやシルエット以外は人としての体裁を保てていなかった。
「あの……炎は、オマエらの……仕業かぁ」
喉も焼けているのか、声も聞き取りにくいが、刺すような鋭い眼光には見覚えがった。
ドヌルという名の盗賊だ。
「やってくれたなガギがぁ……」
よくみると、その傍らに黒く大きな塊があった。
こちらは完全に真っ黒な消し炭になっているが、よくみると、人間がぎゅっと体を丸めているようにみえる。
「俺はぁ……青の而力に適性があるから火には比較的強い……だからなんとか生きてるが、弟分のマルタはよぉ……丸焼きになっちまったぞ……この人殺しがぁ……」
サイの呼吸は大きく乱れた。
逃げるためとはいえ、サイの赤によりマルタは死に、目の前のドヌルも見るに堪えない姿となった。
姿は見えないが、あの仮面の男女もあの炎に巻き込まれ、命を落としただろう。
サイとの距離が近かった分、赤の影響をより大きく受けたはず。
骨すら残っていないかもしれない。
であればサイはあの一瞬で三人、いやドヌルもこのまま息絶えると考えれば四人を手にかけたことになる。
転生後はもちろん、転生前の日本にいた時だって人を殺したことはない。
サイは初めて人を殺したのだ。
だが、それ故に自身の中である思いが脳を駆け巡った。
(人殺し……だから何だ)
突然よくわからない魔法のようなものが使えるファンタジー世界に連れてこられて、これまた突然盗賊に連れ去られて殺されそうになった。
こんな状況で、こんな世界観で、人殺しは罪とかそういう転生前の倫理観を引き継いでも意味がない。自分が生きる為なら、あやるんと再び会うためなら人だって殺してやる。
「とりあえず……マルタの仇だけはとらせてもらうぞガキィ……俺ももうすぐ死ぬが、今度は地獄でさらにいじめぬいてやらぁ……」
ドヌルは、ゆっくりとサイに近づき両手をサイの首元に伸ばす。
サイはドヌルを睨みつけながら、赤を発動するタイミングを狙っていた。
さきほどのように感情のままに発動すると、隣で気を失っているバンビにまで危害が及ぶ可能性がある。
ドヌルが自分の間合いに入り次第、自分の拳に赤を纏わせて、そのまま攻撃に移行する。
死にかけの盗賊のとどめを刺すくらい、簡単にできるはず。
「死ねぇぇぇ」
ドヌルの手が首に触れた瞬間、ドヌルの首から上が宙に舞った。
それと同時に聞き覚えのある豪快な声が耳に届いた。
「――大丈夫かサイっ!」
支えを失ったドヌルの体が倒れると、サイの目の前にはゴウマが立っていた。
「ゴウマ……」
サイはやっと安心できたのか、そのまま眠るように意識を失った。




