覚醒
今までに味わったことのない高揚感がサイを包んでいた。
それと同時に赤と白が混ざり合った而力が全身を包み込むように勢いよく立ち上っていた。
感覚は研ぎ澄まされ、まるで自身が風景の中に溶け込んだかのように視界は広がり、仮面の男女やバンビの一挙一動も手に取るようにわかる。
それどころか小屋で見張りをしている二人の盗賊の気配すら感覚的につかんでいた。
……なんだこれ、どうなってるんだ?
自分に起きた変化をまだ完全に把握できていないサイであったが、仮面の男が自らを取り押さえようと手を伸ばしてくるのがわかった。
仮面の男の手を瞬時に払いのけ、サイはがら空きになった右脇腹を思い切り突き飛ばした。
「ぐっ――」
仮面の男はうめき声をあけ、サイと距離をとる。
ほとんどダメージはないが、予想外の動きに戸惑っている様子が窺える。
身体能力が上がっているわけではないようだが感覚が異常に敏感になっている。
今ならゴウマ相手でも負ける気がしない。
「はは……なんか凄いね。なんだこれ」
気持ちの高ぶりとは反比例してサイの思考は冷静さを保っていた。
仮面の男に触れた手をみると、わずかに橙色の而力の残滓があった。
そのわずかな而力で感覚的に仮面の男の力量を推し量ることもできるようになっていた。
……多分、ゴウマと同じくらい強い。而力の総量だけならそれ以上かも知れない。
女の方もそのくらいの強さを持っているかもしれないと、仮面の女を見ると、体から黄色の湯気のようなものが立ち上っているのが見えた。
黄の而力……この人もすごく強い。この二人を制するのは不可能だ。
――だとしたら逃げるしかない。
サイは大きく深呼吸して、自身の鋭敏な感覚に身を委ねてみた。
先ほどまでは小屋の周辺当たりまでしか知覚できなかったが、さらに遠方の地形まで把握することができた。
やはりこの場所はハナナサケの森だ。しかも五〇〇メートルも行けば街道につながる。
あとはどうやって逃げるかだ。
「これが……覚醒か」
仮面の男か呟いた言葉にサイは聞き覚えはなかったが、その様子から驚いているのが分かる。
ゴウマとほぼ同等の力量を持つ者がそのような反応をしていることから、自分の中にこの状況を変えうる何か大きな変化が起こったのは間違いない。
それならば、今自分にできることをやるしかない。おそらく今の自分であれば、あの而術ができる自信はある。
だが、唯一懸念としてあるのがバンビの存在だ。
同じく前の世界からの転生者であるとわかった以上、サイには彼女を助ける以外の選択肢は選べなかった。
しかし、これから行うことに巻き込まないという保証はない。
ゴウマは自然と行っていたが、果たして自分に同じことができるのだろうか……?
サイはバンビの方を目を向けると、バンビは目を見開いたままサイを見ていた。
それはサイからあふれ出る而力に気圧されているのか、転生者である事実に言葉も出なくなってしまったのかは分からない。
だが、バンビ自身にも大きく変化が起きていた。
……黄色と藍色が混ざり合った而力が吹き出している。
それも仮面の男女以上の圧倒的な量だ。
「バンビ様……やっぱりあなたは大賢者の生まれ変わりなのかもしれないですね」
サイはバンビに一言声をかけると、瞬時に足を動かし、バンビの元へと駆け寄り、後ろから包み込むように抱きしめた。
「え、ちょっと何!?」
「熱かったらごめんなさい……でも多分バンビ様なら大丈夫です!」
「多分って何? あんた何する気なの!」
サイは、バンビに返事をすることはなく、そのまま小さく而術を唱えた。
「赤而第壱號ノ壱……赤ッ!」
その瞬間、高さ一〇〇メートルに及ぶ大きな火柱がハナナサケの森から立ち上った。




