確信
「じゃあもういろいろ諦めたから、とりあえずなんかおいしいものでも食べたいわ。なんかないの?」
少し落ち着いたのか、バンビはここに来ても横柄な態度をとり、仮面の女を顎で使おうとしていた。
仮面の女は何も言わず、もちろん食事を持ってくるでもなくバンビを見張っている。
「いや、無視はひどくない。せめて最期に美味しいもの食べて天国に旅立ちたいっていうこの殊勝な気持ちを汲んでくれてもよくない? しかもあなたさっき私のことぶったよね? 親にもぶたれたことないのにぶったよね?」
これから殺される立場であるというのに随分と余裕だなと思いつつバンビを見ると、サイは今の自分の置かれている状況が分からなくなっていた。
ここに転移してから一時間以上は過ぎたと思われる。
仮面の男の言う通り、救助の気配はない。
少なくとも工場案内が終わり、バンビが迎賓館に戻る時間になるまでは、この誘拐自体知られることはないのだろう。
だとすればそれがバンビの命の期限になる。
だがどういうわけか、どうも納得できない部分がある。
「指示がくるまでこのまま」と、仮面の男が言っていた。
しかしそれはあくまで自分の身代金や今後の振り方についての話であって、バンビについては関係がない。
すぐに殺してしまった方が合理的ではないだろうか?
指示があるまで実行に移さない理由はなんだ?
一体何を待っているというのか?
サイは仮面の男をみると、それに気づいたようで、
「どうした? なんか体に異変でもあるのか?」
「え、いや特になにも」
「そうか……まぁ大人しくしているんだな」
「はい」
仮面の男はどういうわけかずっと紳士的な態度だ。それが一番の違和感。
佇まいやニニエロと関係があるという事実からして、おそらくは相当な手練れ。
だからなのかもしれないが、一切の敵意、害意を感じない。
本当に彼らは依頼があるからと言って、五歳に満たない少女を殺せる人物なのだろうか。
「あぁ暇ね。もう殺すなら殺しなさいよ。逆にこの状況が怖いわ!」
「タイミングは私が決めることではない」
しびれを切らしたバンビに、仮面の男は冷静に返す。
しかし、バンビもここで黙っていなかった。
「いやいやタイミングはどう考えても早い方がいいでしょ。万が一救助が来たり、何か予想外の事が起きて私が逃げ出すなんてことになったら、それこそそっちにとって最悪じゃない。そんなの私にだってわかるわよ」
「ならここから逃げ出してみるといい。この部屋を出た瞬間に外にいる盗賊が嬉々として君に刃を振るうだろう」
「はぁなにそれ脅しのつもり? 言っとくけど私は死ぬのなんて全然怖くないんだからね。だって私は――死なないんだから」
……何を言ってるんだ?
サイだけではなく、その場にいた仮面の男女も一瞬固まってしまう。
「嘘だと思ってるでしょうけど、本当だからね。本当は誰にも言うつもりはなかったけど、どうせ死ぬんだから冥途の土産に教えてあげるわ。私はね――転生者なのよっ!」
ドクンッ……と心臓が大きく跳ねる。
転生者というのが、僕が知っているのと同じ意味なのかどうか……
もしそうだったとしたら……
サイは大きくつばを飲み込んだ。
「今から約5年前、私はこの世界とは違う日本という国でアイドルをしていたの。アイドルとか日本とか全然何言ってるかわからないと思うけど、要は今生きてる世界と異なった原理で動いている世界があって、そこで私はここでいうところの詩人や踊り子みたいな商売をしていたの」
じんわりと脂汗がふきだしてくる。
時期も同じ、なにより『日本』や『アイドル』という単語が何よりの証拠だ。
「ライブが終わって、確か握手会の時だったかな? 急にあたりが真っ白になって、体の感覚や意識が無くなって、気が付いたらこの世界の王女様として転生した。もちろん日本にいた時の記憶を持ったままね」
あぁ、間違いない……しかも同じ場所にいて、同じ体験をしてこっちの世界に来た。
探していた、探していたんだ答えがやっと導き出せる。
「だから私は特別な存在なの。だから私は死なないの。ここで殺されてもきっと違う世界で生まれ変わるに決まっている。もしかしたら日本に戻れることもあるかもね。そうしたら今度こそは失敗しないように最高の人生を歩んでやる」
さぁ殺しなさいよ、とバンビは仮面の男を睨んだ。
だがそれよりも早く反応したのはサイだった。
「名前……」
「え?」
「転生する前のバンビ様の名前を教えてください」
「なんでそんなこ――」
「――いいから転生前の名前を言って!」
バンビの言葉を遮り、サイは大声で叫び、バンビを睨みつける。
その圧力に押されたのか、バンビは一度生唾を飲み込んでから答えた。
「……特別に教えてあげるわ。漆塚央佳。オタクからはうるるんとか呼ばれてたわね」
「うるるん、うるるんか……ハハハッ」
サイは笑いが止まらなかった。
いや、止めるつもりがなかったのだ。
「急に笑うとか失礼ね! 別に私だって少しへんかなとか思ってたけど笑うことないでしょ! これでも日本にいた時はまだ十八歳くらいでギリギリそういう名前でもいけたんだからっ!」
「いや、違うよ。名前が変とかじゃなくて、もうこれで間違いないと確信したんだ。それが嬉しくて嬉しくてもう止められないんだ」
「な……何言ってんの?」
早口に捲し立てるサイに驚き、バンビは一瞬言葉に詰まる。
その間にサイは大きく咳払いをして、バンビを見つめた。
「漆塚央佳、愛称はうるるん。七人組アイドルグループ『にじたま』の藍色担当。ダンスと歌唱力が高く、グループ結成初期は人気メンだったけど、握手会等の接触イベだとやる気がなくいつも塩対応。気づけば不人気メンになっていた。その上、ライブへの無断欠席や、裏垢でのオタクキモイ発言。メン地下とのつながりが噂されるなど、運営にいずれ切り捨てるられるだろうってオタクの間では話題に上がっていたほどだ」
バンビは目を見開いたまま動かなかった。
今の発言で彼女も僕がどういう存在なのかわかっただろう。
「もう分かってると思うけど僕はそのにじたまのファンだよ。あの日僕もライブ会場にいて、あの光に巻き込まれて、気がついたらこの世界に転生していた。君だけじゃない……僕もまた転生者だ」
この世界に転生してきた時からずっと思っていた。
僕だけが転生してきたのだと。
僕が何か特別な存在なのかもしれないと。
だが、それは違った。
そうだよ自分のような底辺オタクだけが、転生するわけがない。
現に地下アイドルの不人気メンも同じタイミングで転生していたんだ。
他にもっと転生するべき人間がいるはずなのに、この二人だけが選ばれたなんてありえない。
あの日、あの瞬間、あの場所にいた者全員がこの世界に転生してきたんだ。
僕も、彼女も……特別じゃない。たまたまそこにいただけだ。
だからこそ、僕はこの答えに確信が持てる。
『この世界には――あやるんが生きている』
※メン地下……メンズ地下アイドルの略称




