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あとがきに代えて ~法を取ったシッダールタと本作誕生について

あとがきに代え、史実(仏教聖典等の資料)と本作誕生について追記します。

◇法を取ったシッダールタの話



 「仏教聖典」、または仏教研究の諸説から、仏陀の生存時期は紀元前4世紀頃から6世紀頃と幅広い。


 また、シッダールタはよく伝えられるようにカピラ国の王子ではなく、コーサラ国の一部、カピラ地方の豪族の息子だった(これも諸説あるが)とも言われている。


 その生涯、伝えられるところによれば、十六歳で従姉妹であるヤショダラ姫と結婚し、息子をもうけている。

(名はラーフラ。のちに二人とも仏陀に帰依する。)



 しかし、現世を憂うシッダールタは、妻子を置いて二十九歳で出家する。


 当時のインドは修行所を多く抱えていた。シッダールタは、様々な師に付き修行をするが、思うような成果を上げられずにいた。


 「いかに苦行をしてこの身を痛めても、人の苦しみから逃れる術が見つからない」


 と感じた仏陀は菩提樹の下で瞑想に入る。


 長い瞑想で自らの欲や魔の誘いに打ち勝つうちに、全ての真理を知り、悟ったとされる。シッダールタ三十五歳のことである。


 以来、これより彼は「目覚めた人」仏陀、と呼ばれるようになった。


 ※ブッダというのはサンスクリット語のBuddhaのこと。

  「目覚めた人、心理を悟った人」等と訳される。



 その後、出家当初から付き従った阿南、(アナン、アナンダとも呼ばれる)を始め、たくさんの弟子ととともに印度を渡り歩いた。北印度の王国のほとんどは仏陀に帰依したという。


 クシナガラに辿り着いたのは八十歳の時。仏陀はきのこか何かに中って腹をこわし、沙羅双樹の下で死に至ったと伝えられている。


 当時、仏陀の旅の道筋や教えは記録ではなく記憶されていたため(仏陀本人が記録することを禁じたという説がある)、彼の説法は死後、弟子たちに寄って編纂されている。その後、何度もいくつかの言語に訳されたり追記が重なって、現在に伝わる「仏教聖典」へと形作られたようだ。


 のちに、古くから印度で語られていた神々がこぞって仏陀に帰依したと言う物語も、こうして誕生したと思われる。





◇本作誕生について



 本作のシッダールタは、史実の伝えるところの仏陀より早く出家している。阿修羅を失ってほどなく出家したので、二十歳そこそこである。


 剣を取った方が、早く出家することになっているのは、面白いところかもしれない。それほど、太く短い武人としての生涯を駈け抜けたということだろうか。


 史実、(とされているもの)によれば、シッダールタは妻子を捨てて、修行の道に入る。当時、出家は崇高なものと言われていたとしても、嫁の立場から言えば、そりゃないよな。と思う。



 シッダールタは本当のところ、どんな人だったんだろうか? 生れてすぐ七歩歩いて「天上天下唯我独尊」と言ったとか、そういう話はないにしても。



 私は本当のシッダールタは、語られているよりも、より人間的で、野心家で、美しい人に恋する普通の男性だったのではないかと考えた。世を憂いていた割には、周りの圧力からなのか、一度は結婚し、子供も設けている。

 

 もしそうであるならば、出家を目指した理由も、世のため人のためでなく、もっと個人的な願い、例えば愛する人のために絶対的な存在になろうとした。ということもあるのではないか? 


 そんな彼を想像し、書いてみたいと思った。こうして生まれたのが本作だ。



 彼は幼少の頃に決めつけられたルートを嫌い、思うまま生きようともがく。青春真っ只中、美しい戦士に溺れるように恋をし、国も捨ててしまう。

 

 仏陀を神格化してきた歴史を覆すような本作のシッダールタ、読者の皆様にはどのように映っただろう。



 そのシッダールタが溺れた美少女が、阿修羅である。


 阿修羅というのは、本編でも度々登場した印度古来の物語、例えばリグ・ヴェーダやラーマーヤナに登場する悪鬼神であり、戦神(いくさがみ)である。サンスクリット語ではアスラと呼ばれる。


 印度には時期同じくして、生れ融合した宗教が多々ある。多くの神話の中で、元々戦神だった阿修羅が宗教や時代によって悪鬼神とされた。


 ※この物語も実に興味深いが、ここでは割愛する。


 そして仏教において、多くの神々と同様に仏陀に帰依したことで再び善処に返り咲き、仏法の守護者となっている。

 阿修羅と仏陀の関りは意外に深い。沙羅双樹下の涅槃図で、阿修羅がその場にいたという絵や彫像は実際に多く存在している。



 シッダールタが恋する相手として、阿修羅ほど相応しい人はいなかった。戦いの神でありながら、華奢でしなやかな肢体を持つ美少女。


 ※阿修羅は、宗教、書物によって男性とも女性とも書かれていて、両性という記述もある。所謂「神」は性別がないともされている。



 二人は出会い、惹かれあって堕ちていく。その姿は激しく、美しく、そして切ない。



 私は結局、揺るぎない愛、唯一無二の愛を書きたかったのかな。と思う。そんなものは存在しないのかもしれないけど。だからこそ、書きたかったのだろう。 


 シッダールタには、その愛のために仏陀になって欲しかった。二度と転生しない唯一無二の存在となり、阿修羅を救いに行く。そのために苦行を経て、真理に到達してもらいたかったのだ。


 また、阿修羅にはシッダールタをその気にさせるほどの輝きで命を燃やして欲しかった。


 彼らはそんな私の願いを健気に貫いてくれた。




 仏陀は悟りを得た三十五歳の時に、そのまま涅槃へ渡ることも可能だった。これは実際、仏教でも伝えられていることだ。一度は人々に教えを伝えず、涅槃へ渡ろうかと心が揺らぐ。だが、それを思い留まり、弟子と共に市井を巡った。


 本編最後の一文は、そうした彼の功績を記している。たとえ動機は不純? であっても、後世に伝えるべく、熱心に布教活動したことを伝えたかった。



 そしてもちろん、どんな時も仏陀、いや、シッダールタは阿修羅のことを忘れてはいなかった。ということもここで付け加えておきたい。





緋桜 流




挿絵(By みてみん)

イラストは青羽様

ロゴは草食動物様


最後まで読んでいただきありがとうございました。

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