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第十九章 リュージュの章3 追跡の果て


 それから俺たちの行動は早かった。旧コーサラに集まっていた十数人の旧第一団隊の面々とアナンを加えて、カピラ軍から逃亡した。

 目指すは首都カピラヴァストゥ。そこは敵地真っ只中だが、カピラ唯一の街だ。人混みに紛れたほうがいいし、勝手知ったる我が町だ。隠れるところも、かくまってくれるところもある。早くに城から追い出され、既に隠遁生活を送っていたモッガラーヤを探し出して地下に潜った。そしてそこで、俺たちは自らを『義勇軍』と名乗り旗揚げをした。


 久しぶりに俺は生きてる気がした。ナダ司令、(司令と言っても今は義勇軍司令だ)について来て良かった。

 俺たちの第一の目標はダイバダの暗殺。それから今の不毛な戦いを何とか終結させること。これ以上カピラの地を荒らすこともカピラ兵の血を流すこともしたくない。俺たちが獲った領土を手放すのは辛いが、秘密裏の交渉を開始していた。必ずシッダールタ王子の政権を復活させ、領土を返還するからと。


 王子の名前あってこその交渉だが、わずか数十名のままごと軍にも関わらずテーブルについてくれたのは、ナダ司令がマガダや周辺国の旧勢力から一目置かれていたからこそだ。


 マガダ領での俺達軍の統治は上手くいっていたと思う。あの国は豊富な材料と技術があって、こんな国によく勝てたと思うほど国力が存在していた。その国力に敬意を払い、俺達は接していたつもりだ。もちろん敗戦国の心情は穏やかではなかっただろうが。あの例の『大弓』を生み出した奴らだ。いつでも取り返せると思っていたかもしれない。


 だが、旧コーサラ側はダメだった。王子に恨みを持つヴィルーダカ前国王の勢力とはテーブルに着くことすらできなかった。逆に王子の首を要求された。

 ということで、シッダールタ王子に帰還いただくことが外せないのだが、こちらは全く消息がつかめないままだ。


 ところで、俺はここで初めてアナンとじっくり言葉を交わすことができた。俺たちは酒場の地下の倉庫に居候し、そこを基地としていた。そこでダイバダ王の愚策の数々を話しあっていたとき、彼は隅っこでぶるぶると震えていた。


「大丈夫ですか。アナンさん」


 血がつながっている異母兄の愚行に心労も多いだろうと、俺は親切にも声をかけた。アナンは俺より年下だが、一応礼を取る。いつも目をぎらつかせているダイバダ王とは容姿もあまり似ていない。あいつより三歳くらい年上と聞いていたが、肩までの黒髪に背丈も中くらい。大人しく人の良さそうな風貌だ。


「リュージュさん、アナンでいいです。声をかけて下さってありがとうございます。私は……、あいつの周囲にいる人が心配で」

「周囲にいる人? 側近に知り合いでもいるのですか? アナンさ……、アナンは長く城にいたから、そういう人もいるか」


 呼び捨てで良いと言われたので、素直に従う。


「あいつの側近は、あいつの機嫌しか取らないろくでもない奴らです。ですが、お妃さまは。ヤショダラ妃はそうでなくて……。無事なのか、これからどうなるのか。私は心配で……」


 聞けばアナンは、シッダールタ前王が城を出たあと、短い期間だがダイバダ王に仕えていた。度重なるダイバダの嫌がらせや叱責にヤショダラ妃は慰めてくれたり、ダイバダに注進していてくれたらしい。尤もそれが原因で旧コーサラの激戦区に追いやられたようだが。


 そうか……。俺はここで初めて知った。アナンに情報を渡していたのは、なんとダイバダ王の嫁、ヤショダラ妃だったのだ。


「ダイバダ王もまさか奥様やお子様に滅多なことはしないだろう」

 

 だが、ダイバダがやらなくても、コーサラに城を落とされたら、王の妻子の行方は楽観視できるはずもない。俺は気休めにしかならないことを言うしかなかった。

 アナンもそれは理解している。コーサラに落される前にダイバダ暗殺ができればまだ可能性は残されているのだが、それが我々弱小軍にできるだろうか。俺は正直なところ、このままごと義勇軍にそれほどの力があるとは思っていなかった。



 そんな折、俺達はダイバダ王の親衛隊がおかしな動きをしていることを知った。情報源はカピラ城内にいる革命派の人間だ。アナンの言う通り、側近はダイバダにべったりだが、前々王の代からいる使用人達はうんざりしている。その中には俺たちを支援してくれるものもいた。

 情報によると、親衛隊は天の山を目指して数十人ほどで出立したという。一体どういうことだ? あんな山に何の用事だろう。


「何かあるな。中途半端な人数だし。まさかシッダールタ様がいたというわけじゃないだろうが」

「あ! ナダ司令! 思い当たることが!」


 俺は頭に雷が走ったように突然思い出した。そうだ。あいつらが向かった所には、阿修羅の母親がいるのだ。一年以上も前の話だが、阿修羅はそこに向かったはずだ。もちろん、天の山に向かったと言っても、あの村に行ったとは限らないが、可能性として捨てきれない。


「そうだな……」


 俺の話を聞いて、ナダ司令は目を閉じ考えを巡らすように眉間の皺を右手で揉んだ。


「よし、この不穏な時期にここを離れるのは厳しいが、奴らを追おう。五名が限度だな。モッガラーヤ殿。後をお願いできるかな」


 司令も行くのか。確かにシッダールタ王子の消息に繋がる可能性が高い。行きたいのも仕方ないかな。ナダ司令はまだ、王子が帰還する望みを捨てていないから。


「承知しました。お帰りになるまで、作戦通り進めておきましょう」


 モッガラーヤ殿は諜報を得意とされてきた方だ。機転も利くし、十分ナダ司令の代行は務まるだろう。


「頼みます。ですが、ご無理はなさらぬよう。ヴィルーダカの軍が城に入るまではまだ間はあると思います。それまでには戻ります」


 俺達はその日、まだ辺りが暗闇のなか、一路天の山を目指した。この時のナダ司令の読み。残念ながら甘かったことを、その時、俺達の誰も予想できなかった。




 奴らを追う事丸二日、ほとんど休むことなく進み、随分と山深いところにまでやってきた。ここで方角は正しいのか。途中の村々で情報を得ながら、俺達は狭い山道を登った。暑い気候に慣れている馬たちは、山の寒さに息を白くし震えている。何か首にかけてやろうかと荷を探っていたら、急に馬たちが怯えの嘶きをする。


「おい、どうした?」

「リュージュ! 見ろ!」


 ナダ司令が叫ぶ。指さす方向を見ると、煙が上がっている。そして遠くから重なった悲鳴が流れてきた。


「急げ!」


 俺達五名の義勇軍は息苦しそうな馬たちを叱咤して走らせる。悪いな、だが頑張ってくれ!


「これは? どういうことだ!?」


 小さな村の家々に火が点けられ、中から住人らしきものが慌てて逃げている。こちらでは村人が兵士に襲われていた。


「止めさせろ! おまえ達は火を消せ!」


 武具を見ればすぐわかる。紛れもなく、ダイバダの親衛隊だ。こんな小さな村に何をしているのか?! まさか、ここに阿修羅の母上が?


「やめろ! このカピラの恥さらしが!」


 俺は片っ端から親衛隊の兵士たちを斬り捨てた。武器を持つ者が持たない者を傷つける。それがどれほど腹立たしく情けない行為か! 俺は情報を得ることなど全く考えもせず、手あたり次第に斬りまくった。



「リュージュ! もう大丈夫だ。火の回りも遅くて死人はでなかった。おまえが斬った兵士以外はな」


 俺はナダ司令に肩を掴まれて我に返る。ちょっと嫌味が入っていたが、被害が少なかったようで俺はほっとした。ここは空気が薄いような気がする。火の回りが遅かったのはそのせいもあるのかもしれない。


 義勇軍の仲間が俺の後始末をしている。村人たちはそんな俺たちを遠巻きにしていた。それはそうだろう。俺たちが味方かどうか、わかりはしないのだから。俺は、ふうっと大きな息をついた。やはり少し息苦しい。

 そのとき、突然馬の(いなな)きが聞こえた。俺たちの馬か? まだ怯えているのか? いや、そんな鳴き声じゃなかったな。それはまるで俺たちを呼ぶような嘶きだった。俺はその声がした方を向いた。


「な、なに? まさか!」


 そこには真っ白な、一点の汚れもない美しい白馬が荒い息をしてこちらを見ていた。



第十九章 リュージュの章3   了    次章に続く。

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