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第十八章 ダイバダの章3  無残

カピラ国に迫る、旧コーサラ、ヴィルーダガの軍勢。

ダイバダ王はどう出るのか。


 寝耳に水とはこのことだ。シッダールタ(アレ)と阿修羅が討ち取ったはずのコーサラ国王、ヴィルーダカが生きておったと。しかも反乱軍を率いてカピラに迫ってきておるとはどういうことだ! 全くもって腹立たしい。


 私はその討伐に旧王子の息のかかっていた連中を向かわせた。あやつらは前の戦でいくつも勝利をもたらしたからな。打って付けであろう。どうせ前線に送っておったから、なんの準備もいらん。良い采配をしたなと我ながら思う。


 しかし、私はそれだけでは済まさない。賢王だからな。私は側近のキンダラを呼ぶ。


「キンダラ、シッダールタの行方を探せ。あやつ、出家と偽って城を出たはいいが、全くもって消息がわからない。おそらくは阿修羅を追ったと思うが……」


 今までアレの消息など、どうでも良かった。砂漠に行ったのなら、野垂れ死にを祈っておったが、今は少し生きていて欲しいかもな。なぜなら……。


「承知しました。見つけましたら、どうなさるのですか?」

「おまえは知らなくてもよいわ。さっさと行け!」


 なぜなら、アレを捕らえて首の一つもヴィルーダガ王にくれてやれば、カピラへの侵攻はやめるのではないかと思いついたのだ。もちろん、旧コーサラ国の領土も返還になるが、仕方ない。阿修羅の首もあるといいのだが。和平条約のいい材料になるというものだ。


 キンダラは頭を下げて退室した。あやつは賢いのか馬鹿なのかよくわからんな。そして私はもう一つ兵に命令した。私の直属の親衛隊に。身を守るためには幾重にも代替案を用意しておかなければいかん。親衛隊の連中はきょとんとしておった。全くどいつもこいつも頭が悪い。


 部下に恵まれない私が孤軍奮闘しているにも関わらず、私の妻、ヤショダラは私を認めていない気がする。正直なところ、ヴィルーダガ王よりこっちの方が私は気になっておる。

 

 シッダールタが阿修羅にぞっこんだと城中に知れ渡った時、さすがに愛想が尽きたのか私の求婚に彼女は応じてくれた。私は天にも昇る気持ちだった! スッドーダナ前王も、もう私にお預けを喰らわしておけんと思ったか、求婚を許可した。あの時ばかりは感謝したな。


 だが、私の思い描いておった新婚生活は長くは続かなかった。アレを体よく追い出し、カピラ国、及び印度統一国の国王に就任した時は、私の隣で美しい笑顔をみせておったに……。間もなく授かった子供と共に、今は実家に帰ったままだ。何が気に入らなかったのか、全くわからない。私は誠心誠意、彼女に尽くしておったというのに。


 たまに実家に顔を見に行っても、にこりともせず、不満げだ。それに口にはせんかったが、アレの行方を気にしていたようだった。妻がキンダラやアナンに尋ねておったのを耳にしたこともある。私は地獄耳なのでな。


 そうそう、アナン。私の異母兄だが。スッドーダナ王が崩御した後、シッダールタに仕えておったが、それも失った。よくよくツイていない男よな。仕方がないので私の世話係にしてやった。だというのに、ヤショダラと仲良くしよって! 私は頭にきて、結局モッガラーヤと同様、旧コーサラ国内の城に異動させてやった。前線で戦う連中への後方支援(バックアップ)だが、今はそこも戦場になってるやもしれんな。

 

 思い起こせば、妻が冷たくなったのもアナンを追い出してからだったような。まさか、偶然であろう。あのような愚兄が、物事の起因になろうはずがない。





 ヴィルーダガか挙兵したとの報を聞いてから、ひと月ほど経った。戦況は思わしくない。というか、連戦連敗とはいかがなものか?! カピラ軍は何をやっておるのだ! 少し前までは無敵だったではないか? 全くどうなっておるのか。


 元々旧コーサラ国での戦いは分が悪い。名君ではなかったはずだが、前国王率いる反乱軍に呼応してあっという間に人を増やし、カピラ軍は蹴散らされてしまったという。最近はいい報告が一つもない! しかも腹立たしいことに、ナダ達、旧第一団隊の連中が敵前逃亡したというではないか!


「何をしておるか! 即刻見つけ出せ、全員その首刎ねてやる!」


 私は軍に号令を出したが、一向に足取りがつかめない。奴らが戦線を離脱したおかげで、こちらは敗戦続きだ。しかも地下に潜って、私の首を狙っているなどと言うとんでもない噂まで流れてきた。おのれ、許すまじ。これもそれもシッダールタのせいだ! アレの消息も依然としてつかめない! 近頃は砂漠を行き交うキャラバンも少なくて情報源がないと、そんなろくでもない報告ばかり上がってくる。



 戦局は火を見るより明らか。数日のうちにここは落とされる。私は玉座に座っていても、針のむしろに座っているのとなんら変わらない。もうここまでかな。と思えてきた。アレがいた時は、こんなことはなかったのに、私では王が務まらぬというのか。そうだな。昨夜久しぶりに会ったヤショダラがそんなことを言っておった。 


『出来もせぬことを、出来ると思ってしくじりましたね。貴方はもっと人を信じて任せるべきでした。前王(シッダールタ)のように。あろうことか、異母兄(アナン)殿まで追い出しておしまいになって』と。


 聞いたような口ぶりだな。何も知らぬくせに。私はアレより優れておる。頭もいいし、顔だっていい。違うのは、『救世主になる』と言われなかっただけだ。あんな世迷言、アレじゃなくても良かったはずだ。半年遅れて生まれてきただけで、私に与えられても良かったはずだ。大体なんでアナンの話が出てくるのだ。やはりヤショダラはあの愚兄と何かあったのか?!


「ダイバダ殿! 親衛隊が戻ってきました」


 絶望の中で、物思いにふけっておったのに部下が邪魔をしにきた。一体何の用だ。親衛隊? 戦の最中、しかも負け戦の最中にどこに行ってたというのだ。


「なんだ! どこから戻って来たのだ?」


 苛立ちを隠す事もせず、私は怒鳴った。するとそこには思いも寄らぬ手土産を持つ親衛隊が茫然として立っていた。


 私は思い出した。そうだ。旧コーサラの国王ヴィルーダガが生きていると聞いたとき、親衛隊を天の山に行かせていたのだ。この季節、咲き誇る『青い花』を刈り取らせるために。


『青い花』は寒冷地にのみ咲くので、ここらでは天の山まで行かないと採取できない。ここから花が自生している場所までいくのは馬でも何日もかかる。だが、それでも採取する価値がこの花にはあった。

 青い花は特別な力を持っていた。微量であっても致死量となる、強力な毒という力を。しかも、根からも葉からも花からも毒を抽出できる恐ろしい毒花なのだ。


 しかし、今となっては使い道が思い浮かばない。元々シッダールタの暗殺に使ってやろうと考えていたのだ。アレを捕まえても、この状況では逆にシッダールタに付く馬鹿どもがいそうだ。それならいっそのこと毒殺してしまえば、病死とでも誤魔化せる。そのうえで首をヴィルーダガに渡せば、あの王も自国で大人しくしてくれるのではないか、と。


 だが、もはやそれも無理だ。ヴィルーダガはもうそこまで迫っている。加えてシッダールタがどこにいるのかもわからない。


 もう、これでさっさとあの世にいくかな。一瞬で死に至ると聞いておる。楽でいいだろう。

 私は再びヤショダラのことを思い出す。ヤショダラは私に嫁いだことを悔いておるのか? やはりアレの元に嫁ぎたかったのか? 私と一緒に死んではくれんだろうが、ここを落とされれば妻子も無事ではすまん。まあそれも一興。私を愛してもくれず、こともあろうにアナンと親し気にするとは可愛さ余って何とやらだ。だが、辱めを受けるのは少し嫌だな。この毒をあおったほうが、ヤショダラのためかもな。


 自暴自棄になりながら、部下が採って来た『青い花』を眺めていると、親衛隊の連中が新たな報告があると言う。天の山にどんな情報があると言うのだ。私は戻って来た奴らの方を見た。

 え? あれ? もっと大人数で向かったような気がするが、戻って来たのはわずかに三人ではないか? まさか逃げた奴がいるのではないであろうな!?


「まさか! 何をおっしゃるのですか。ダイバダ王。我らはついに掴んだのでございます! 王のお探しの者たちの行方を」


「なに? まことか?!」


 私は玉座から落ちそうになるほど前のめりになった。それは、願ってもない朗報だった。


「でかしたぞ。そうか、ついに見つけたか」


 私はカピラ城が包囲され、落城も時間の問題であることなどどうでも良くなってきた。ここから何としても脱け出して、アレ、いやシッダールタを追う。そしてこの毒でこの世から永遠に抹殺してやる! 目の前からいなくなっても私を小馬鹿にするあいつが許せない。阿修羅とともにいるのなら、仲良く一緒に消し去ってくれるわ!

 目標が出来ると、人間、知恵も勇気も湧き出るものだ。私は頭をフル回転させた。


「よし、すぐに城内の薬師を集めろ。出来るだけ多くの人数を。それと、妻と王子に玉座の間に来るように使いを出してくれ。降伏の前に顔を見たいと」


 ヴィルーダガ、まだ攻めてくれるな。私が長い間願っていたことを実現するまで門の外で待っておれ。その後は私の知った事ではない、おまえの好きにすればいい。

 



 薄暗くかび臭い通路、無言で走る靴音と吐き出す息だけが聞こえる。

 それから丸一日経った翌朝。私は数人の供を連れて隠し通路をひた走っている。ここを出たところに馬が用意されているはずだ。それに乗って、私達は一路砂漠を目指すのだ。必要なものは持った。私の懐には、致死量五十人分はくだらない毒液が出番を静かに待っている。狭い通路は私や供の緊張と興奮した荒い息で、より一層息苦しさを増す。


 後方から追ってくる気配はない。間一髪だった。我らが隠し通路に入った直後、雪崩のような音が敵兵(やつら)の侵入を知らせていた。だが、私には勝算がある。この通路を見つけるには時間がかかるだろう。なぜなら、玉座の間には何十人にも及ぶこと切れた躯が重なっているのだから。







第十八章 ダイバダの章3  了   次章に続く。

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