第二章 我楽の章 流沙の阿修羅1
砂漠の盗賊『我楽』が拾ったものは。
オレがそのガキを拾ったのは、砂漠を荒らす盗賊の頭になったばかりの頃だった。いつものように砂漠を行くキャラバンを襲い、満足いく収穫を得た帰りだ。仲間たちと隠れ家に向かう道すがら、オレは小汚いガキが砂漠に倒れているのを見つけた。
「もう死んでいるな。どこから来たんだろう」
変な病気を持っていたらことだ。オレは足でガキの腹を蹴った。
「おい、我楽、こいつ生きてるぜ!」
「何?!」
仲間の一人が顔を覗いてそう叫んだ。オレもガキの顔を覗き込む。すると、もう動かないと思われたそいつは顔を必死にあげてこちらを見た。
「た、助けて……」
オレはその死にかけたガキの目を見て戦慄した。その目には何か得体の知れない魔が潜んでいた。深く深く、引きずり籠れてしまうような漆黒。そして同時に、人を虜にしてしまう危険な瞳。
「我楽、そんなチビ連れて帰ってどうするんだ。こんなやせっぽち、盗賊には無用だぜ。恰好から察するに印度あたりの奴隷だろ。印度と言えば、砂漠にどこかの国の兵士がウロウロしていた。厄介なんじゃないか」
仲間が止めるのも聞かず、おれはそのガキを馬に乗せて連れ帰った。隠れ家に戻ると馬小屋に運んでわら布団の上に転がす。水をぶっかけ、ボロボロの服を剥いで体を冷やした。
そこでまた驚いた。このガキはなんと女だった。男物の服を着て、髪も短く刈られてたから、てっきり男だと思っていたんだがな。
「ここは、どこだ?」
翌朝目を覚ましたガキは、キョロキョロと辺りを見回した。改めてその顔を見ると、まだ年端もいかぬというのに整った顔立ちは大人び、見た者の目を引くほど美しかった。短髪に強い眼差しは少年のようにも見えたが、長い睫毛と透き通った唇は少女のものだ。
オレは少し戸惑った。拾ったガキは魔物か妖か。
「オレは我楽だ。見ての通り、砂漠の盗賊だ。おまえ、名前は? 歳はいくつだ」
ガキはオレの顔を黙って見ていた。そして、おもむろに口を開くと。
「名前……。名前はない」
「名前がない?! ははは! 何を心配している。もうおまえを追ってくる奴はいないさ!」
名前がないなどとふざけたことをいう奴だ。そう思ってオレは笑い飛ばした。ガキは与えた水をごくごくと喉をならして飲み干すと、少し安心したような顔をした。追手はいないということに反応したのだろう。
「名は本当にない。いや、覚えていない。母さんは私を名前で呼ばなかった。歳は……、七つのはず」
見かけは奴隷のようだったが、ガキの話し方は、まるでクシャトリア階級のそれのようだった。その隔たりにオレは違和感を覚えた。いや、こいつはまさに違和感だらけだ。
「ふん、おかしな母親だな。で、七つか。いくら女でも、あと二つ三つ年取らないと売り物にもならんな」
「女!? 何故わかった!」
「なぜって、そりゃあ」
一体どういうことなのか。このガキは女であることを隠して生きていたのか? 雇用主が小児趣味だったとかで、隠してた? いや、はっきり言って、この器量なら男でも問題ない。オレがそんな事を頭に巡らしている間に、ガキは自分の服が全て脱がされていたことに気付いたらしい。
「お願いだ! が、我楽殿? 私を男として扱ってくれ! 盗賊でも何でもやる。男と同じことをやる。今までもそうしてきたんだ!」
恥ずかしがる様子はない。人を引きずり込むような瞳を真っすぐオレに向けて懇願した。
「男として? まあ、確かにおまえ、男物の服を着ていたな。オレも服を剥がすまでは男だと思っていたが」
馬小屋にはたくさんの馬がいるのだが、不思議にしんと静まり返っていた。まるで馬まで静かに耳をそばだてているようだ。
「母さんがそうさせていた。子供の頃は、男の方が労力は高く売れるから……」
「命を狙われていたからかもな」
オレははたとそう思いついた。だが、誰が何のためにこんなガキの命を狙うのか。自分で言いながら、ありえないよなと思い直した。
「わからない。母さんはそんな事何一つ教えてはくれなかった。でも、私は女が嫌いだ。いつも男に服従して、傷つけられ虐げられて生きている。力を持たないために心にもなく媚へつらうあの姿! 汚らわしいほどだ。私は力をつける。力が欲しい、力を手に入れたい。男と同じように!」
射るような目でガキはオレを見た。その目は何かに対して抱いている激しい憎悪と嫌悪を訴えているようだった。オレは心胆寒からしめる思いをした。なんて目をするんだ。これが本当に七つのガキのものか……、と。
確かに男として育てられたようだ。細いが腕にも足にも力仕事を強いられた跡がある。一体どんな生き方をしてきたんだ。しかも印度からこんな砂漠まで逃げてくるなんて。いったいこのガキは何者なんだ。
正直に言おう。涙を滲ませながらも睨みつける得体の知れないガキの迫力に、オレは圧倒されていた。そして、自分でも驚くようなことを吐いてしまった。
「そうだな。考えてやってもいいが。さっきも言ったようにお前の追手はもう来ないだろう。砂漠でのたれ死んだとでも思っているだろうからな。それでもお前がそう望むのなら、オレはお前をこの砂漠一の盗賊にしてやろう。だが、途中で投げ出したら砂漠に放り出すぞ。いいな」
小さなガキはこくんと頷いた。
その日から、オレはこいつを本気でしごいた。時には死ぬかもしれないと思うほどの仕打ちもした。だが、こいつは諦めなかった。盗賊見習いから雑用、馬の世話も全てをこなした。天性のものがあったのか、こいつの剣の技量は半端なく成長し続けた。認めざるを得ない。この少女は近いうちに砂漠一の盗賊になると。