第九章 シッダールタの章4 月夜の契り
マガダの砦にシッダールタは向かう。
砦を獲ったという報を受けたのは、阿修羅達が出立してわずか六日後のことだった。常勝阿修羅は今回も白星を飾る。
「そうか。で、副官はいつ戻ると?」
「それが……」
早馬を飛ばして御前に傅く伝令は、言葉を濁している。
「なんだ、どうした? 何かあったのか?」
まさかとは思うが、阿修羅が怪我をしたのではないだろうな。私は俄かに浮足立ち、高座から身を乗り出す。
「いえ、大事ありません。阿修羅殿から御伝言が……、このまま砦に留まるとのことです」
「なに? なぜだ?」
私は思わず大きな声を上げてしまった。
「北の砦を落としたとは言え、まだまだ予断は許さぬ状況。また、敵が下がったヴァイシャーリーの小城の攻略も考えねばならない。戻ることは出来ない、とのことです」
「しかし、ナダやリュージュがいれば充分ではないか。二日前には要請通り、援軍も出発した」
「はあ。ナダ一隊長もそう申されたのですが、もう少し様子を見たいと」
伝令は苛立つ私の様子を見て、びくびくしながら報告をしている。大人げないと思いながらも、私の声は荒々しくなっていく。
「そうか。もうよい! 下がれ」
半ばヤケ気味に言い捨ててしまった。私の命令に背くとはどういうことだ。軍議の場では、『仰せの通り』とか言ってたではないか。私はひじかけに頬杖をつき、長い溜め息をついた。
阿修羅の奴、最初からそのつもりだったな。私を避けるつもりか。ふん、そうはさせるか。私を誰だと思っているのか。
「モッガラーヤ! モッガラーヤは何処だ?」
私は側近のモッガラーヤを呼ぶ。
「ここにおります」
「兵に仕度させろ。国境の砦へ行く」
「は? 砦ですか? しかし、今一つ城を落とさねば、王子をお迎えすることも無理かと……。それに、すでに援軍も出発いたしましたし……」
もっともらしいことを並べて阻もうとしてきた。頭の悪い奴だな! と私は勝手に腹が立つ
「マガダを甘く見てはいかん。次の戦は私も前線に出る! わかったら、言われた通りにしろ!」
「ははっ」
モッガラーヤは私の剣幕に驚いて、飛ぶように部屋を立ち去った。私は少し強引過ぎたかとも思ったが、会いたい気持ちが先に立つ。さほど高くもない座から降りると、支度のため自室へと向かった。
それから三日後、私は目的地に到着した。以前の砦は何度か目にしたことはあったが、新しく建てられたそれの荘厳さに驚きを隠せなかった。元々のこの地はカピラとマガダの間にあった小国『カシ』だった。マガダの属国だったカシは、我らとコーサラの関係が悪化したころ、漁夫の利を得ようとカピラの領内に侵攻してきた。もちろん、マガダの戦略だ。
私はそれを察知し、当時飛ぶ鳥落とす勢いだったナダの第一団隊を向かわせた。阿修羅が加わって間もなくの頃だ。あいつは戦と交渉の両刀をうまく使い、戦ではマガダ軍を倒し、交渉ではカシ国にカピラに付くように説得した。私はナダからカシ国の施政についての提言書をもらった時は衝撃を覚えたものだ。税と兵役、治水や教育といった国の根幹を抑えた優れたものだった。誰が作成したか、その時はわからなかったが、阿修羅の手によるものと後日判明した。
晴れてカシ国はカピラの配下となり、マガダは自国へ撤退する。そしてこの壮大な砦を造成したというわけだ。
「王子、ようこそおいで下さいました」
私の到着をついさっき知りました、という態の兵士たちは、慌てた様子で砦前に立ち並んでいる。そのなかで、さすがにナダは落ち着いていたが、鎧は正装ではなく、簡素な革性を身に付けていた。恐らく軍議の途中だったのだろう。
「ナダ、そんな挨拶はいい。遊びに来たのではないからな。次の城攻略、付き合わせてもらおう」
さすがに気が引けた私はそう声をかける。そして気づいた。ナダの巨体に隠れるように、私の求めていた者が仏頂面をして立っていることに。
「阿修羅」
私はどんな顔をしていたのだろう。向こうはぷいっと横を向いているというのに、その横顔を見ただけでも自然と頬が緩むのをどうすることも出来なかった。
周りの兵士たち、ナダやリュージュはもちろん、ルンピニーから同行した私の親衛隊の面々も痛いものをみるような視線を投げている。
それと知ってか、阿修羅はふっと息をつくと私の前に出て、わざとらしく膝を折った。
「遠いところをわざわざおいで下さり、光栄に思っております」
『わざわざ』を強調している。だが、私はそれについて反論できない。
「え……ああ、いや、退屈で。本陣は」
仕方なく笑ってみた。するとそれにつられるように兵達も笑い出した。あいつも両肩が上下している。くすくすと玉を転がすような笑い声が聞こえた。
「さあ王子、砦へ。狭い所ですが、なかなか使いやすい良い砦です」
ナダが気をきかしくれたのか、進み出て私を誘導してくれた。
砦に日が落ち、空に黄金のゆりかごが揺れる。私はナダが開いてくれた酒宴を終え、阿修羅の部屋へ向かった。酒宴と言ってもここは最前線だ。砦の向こうは敵国。酒はほどほどに早めのお開きとはなった。
「阿修羅! あ、なんだ」
私が部屋の扉を開けると、すぐそこに彼女はいた。部屋を出るところだったらしい。
「何の用だ。そこをどいてくれ。私は今から一汗流しに行く」
相変わらずの愛想なしだ。だが、そんなことはどうでもいい。私は右手を伸ばし、彼女の行く手を制した。
「行くな。話がある」
これ以上にないくらいのシリアスな顔を向けた。仕方なさそうな顔をして阿修羅は従うと部屋の中へ戻っていく。私は西の国のものか、鮮やかな模様の椅子が気に入ってそこに腰を掛けた。
ルンピニーで聞けなかった話がしたい。私は逸る気持ちを抑えきれずにいた。
「で、何の話だ」
だが、阿修羅は相変わらず私の目を見ようとしない。明後日の方を見て、言葉だけを投げてくる。
「まあ、そう改まれると言いにくいが。とにかく、砦に突然来たのは悪かった。兵達の手前、お前の立場も考えてやればよかった。だが、とにかく会いたかった」
彼女はしばらく何も言わなかった。何を思っているのか、私の声は届いているのだろうか。
「いや、もうそれはいい。実際次の戦いで城を攻略するのに、お前なしではどうにも確実な策がたてられなくて焦っていた。お前の旗印がいるのだ。それを見た時、正直言ってほっとした」
カピラ軍の次の目標はヴァイシャ―リーにある小城だ。豊潤な農村部に位置するこの小さな城は、小さいながらも都、ラージャグリハを始めとするマガダの食糧庫だ。ここを落とせばあとの戦いが有利になる。
だが、ゆえに向こうも死守してくる。砦攻防では出番のなかったが、マガダお得意の象軍のお出ましとなるだろう。カピラ軍はまだ象軍と戦ったことがない。それをどう叩くかが、この戦いを勝利へ導く分かれ道だ。
「そうか。ナダから明日からの城攻めの策は聞いた。確かに私がいた方がよさそうだ。ああ、それを聞いて私も少しほっとした」
私の顔を覗くように見ていた阿修羅が、ふふっと笑みをこぼした。
「あっ、やっと笑った」
私は彼女の顔に笑みがこぼれたのを見て、心からほっとした。そして、どうしても聞かなければならなかったことを切り出した。
「阿修羅、なぜ男のふりを」
天井を向いたままそう言うと、ゆっくりと視線を阿修羅の方へ向けた。阿修羅はしばらく固まったように私を真正面に捉えていたが、やがて逃げ切れないとでも言うようにぽつりぽつりと語り始めた。
「物心ついた時から、母は私を男として育てていた。男と同じ仕事を、同じ歳の者以上にしていたよ。私はずっと、母が男としての労力の方が金になるからそうしていたのだと思っていた」
「命を狙われていたことと関係あるのではないか?」
「そうかも知れん。だが、私は何も聞かされていないし、スードラ以下のガキがなぜ命を狙われるのか、全く見当もつかない。それにそんなことは、今となっては大した意味を持たない。私はずっと、私自身男として生きることを望んでいたから」
「なぜ?」
「なぜ……だと?」
それは私の素朴な疑問だ。殺し合いの日々を何故阿修羅は選択したのか。否応なしなら合点もいくが。だが、そんな私の質問は阿修羅にとって愚問だったようだ。厳しい瞳を投げて、まくしたてた。
「決まっているだろう。女なんてくだらない生き物だからだ。私が生きてきた世界は力だけがモノをいう世界だ。弱者は強者に従うしかない。母が生きるためにしていたことは、舞台の上で舞うだけじゃない! それくらい私にだってわかる」
「阿修羅、だがおまえの母だって、おまえと生きていくため仕方なく……」
「は、笑わせるな! 私のためだと? 奴隷はそんなに甘くない。自分のくいぶちは自分で得る。それができなきければ、死ぬか、売られるかだ。母は私を労力と認めている限りは私を男として働かせるつもりだったろうが、その先はわからんさ。宮殿で平和に暮らしていた奴には想像もつかんだろうがな」
何かに取りつかれたように阿修羅は激昂する。こんな彼女を私は初めて目にした。いつも自分の感情を見せない奴だったのに。私は激流にのまれるまま、ただ聞き入るしかなかった。
「私は力が欲しかった。どんな権力にも屈しない力が。だから、盗賊に拾われた時、私は誓った。男になると。男として剣技を磨き、必ず名を馳せた盗賊になってやると。私は我楽とともに来る日も来る日も剣を持った。照りつける砂漠の太陽の中、汗が滝のように流れた。涙すら乾ききって、体中の水分が一滴もなくなるぐらい剣を振るっても、私はその手を離さなかった。頭の芯まで空っぽになって倒れるまで、我楽や他の盗賊達に向かって行った。私の心にあったのは、憎しみしかなかった。誰に対してなのか。何に対してなのか、それすらも定かではない何か!」
そこまで言って、阿修羅はふいに黙り込んだ。上がった息を整えるように深く、長く息をしている。
「阿修羅。おまえの気持ちはわからんでもない。いや、私のような者が言っても、響かないだろうが。おまえは母君を一人残して逃げたのを悔いていたのではないか?」
「え……」
阿修羅は目を見開き私を見入った。大きな黒曜石のような瞳に涙が滲んでいる。今にも零れ落ちそうなそれは、彼女の瞳をより一層輝かせていた。
「何を……言うか……」
「おまえはもう、十分過ぎるほど強くなった。戦うために男を選んだことは、間違いではなかっただろうと、私は思うけれど」
そうでなければ、一生おまえとは会えなかったろうから。私は心の中でそう続けた。
「ははっ。笑えるな」
私の言葉を静かに聞いていた阿修羅は、首を横に振って笑い出した。
「どうした?」
私は心配になって声をかける。阿修羅はふっと軽い溜息をついた。
「そうか。そうだったのか……」
髪を逆立てるほど怒っていた阿修羅は、突然空気の抜けた風船のように肩の力を抜いた。
「おまえの言う通りだ、シッダールタ。私は母を置き去りにして逃げた自分の弱さが憎かった。力のない自分が許せなかった。幼い頃、夜に自分の仕事を終えて寝屋に帰るとき、たまに母がいない時があった。そんな日は、必ず夜明け前に酒の匂いとともに母は戻ってきた。その目に涙をいっぱい溜めて。五歳頃にはそれの意味することを理解できた。その度に、私は母にそんな思いをさせないよう、強くなろうと思ったものだ」
阿修羅はぽつりぽつりと昔語りを続ける。私は何も言わず、ただじっと静かに耳を傾けた。
「だが、それは結局叶わなかった。私は母を置いて逃げた。逃走している間は常に死を意識しなければならなかった。自分の弱さを思い知る日々だったな。我楽に拾われて、生き延びることが出来て。だからこそ、強くなりたかった。弱さのために逃げるのはもうご免だ。強くなってやる。誰もがひれ伏すくらいに。たとえ命を削っても圧倒的な強さを手に入れたかった」
力だけが頼れる世界。阿修羅の生きてきた場所はそんなところだったのだろう。結局彼女はその圧倒的な『力』を手に入れた。力だけではない、天賦の才があったのか、人並外れた英知も自分の物にしていた。
「時は流れて、十二の時、私は盗賊達から “王” と呼ばれるようになった。もはや私に勝てる者は砂漠にはいなかった。その頃からだ。 “流沙の阿修羅” と恐れられ始めたのは」
そう話し終えると、つかれたように阿修羅は肩を落とした。よく話してくれた。私は嬉しかった。
「阿修羅、話してくれてありがとう。住む世界が違うとは言え、私はおまえを理解できると思っている。生きているといいな。おまえの母、名前は?」
「シャリーン……。そう呼ばれていた。舞姫シャリーンと……」
そう言って、天井を仰ぐ阿修羅。上を向いているのは涙を瞳に留まらせるためなのか。それとも、美しく舞う母上を思い浮かべているのだろうか。
私の嘘偽りない言葉にどう思ったのかはわからないが、阿修羅は座り直すと、改めて私を見た。
「シッダールタ、母が別れ際に言った言葉 “シッダールタ” の名。私はその意味をずっと考えていた。母の口からおまえの名を聞いたのはあの時が初めてだった。あの時はまだ幼くてわからなかったけれど、私を殺しにきたのは間違いなくカピラ軍の兵士だ。母は何を伝えたかったのか?『シッダールタを探せ』? 『シッダールタに会え』? あるいは……」
「それを、それを確かめに来たのか?」
砂漠を越えて、阿修羅はカピラに戻って来た。それはこの名に導かれたというのだろうか。張りぼてのように膨れ上がったこの名に。
「そうだ。私はなぜ、追われなければならなかったのか……。母はなぜおまえの名前を残したのか。私は我楽からお前が出家せず戦に明け暮れていると聞いて、いてもたってもいられなかった。もしもお前が真の聖王となるのなら、私自身、この歴史の中で意味を持つ存在なのか、それとも単なる歯車の一つなのか。それを確かめたかった」
既に涙は乾いている。阿修羅の目はいつしか答えを求めてキラキラと煌めいていた。だが、私もその答えを持っていない。
「阿修羅、おまえの母君がなぜ私の名を残したのか私にはわからない。もちろんおまえが命を狙われたわけも。だが、これだけは言える。お前が生きてここにいることが全ての答えだ。母君がおまえを私のところへ導いてくれた。私は感謝している。なぜなら、おまえ無しではこの戦いに勝利はない。そして、おまえ無しでは私は生きていけない」
この期に及んで私は自分の気持ちをぶっこんでしまった。いや、実際私が言いたかったことは最後の一言だけだ。阿修羅が苦しんでいるのはわかっている。でも、それを今解決させてやることはできない。それならわたしはこの奇跡の出会いを有難く享受するだけだ。それが阿修羅の母君による必然であったとしても。
阿修羅は当然のように黙り込んでしまった。私は所在なく左右を見回す。さきほど阿修羅が手にしていた、試技用の剣が目に留まった。
「これでは、答えにならないか。ああ、私も一汗流したくなった。明日に備えてどうだ?」
私は試技用の剣を取った。
「いいだろう」
ようやく口を開いた阿修羅はゆっくりと立ち上がった。
「そこ! 甘い!」
「いて!」
阿修羅の一太刀が腕に入った。五本やれば四本は必ず阿修羅が取る。私だって王位継承者、軍きっての使い手だが、阿修羅から一本取るのはそんな容易なことではない。しかも彼女は疲れ知らず。こっちが肩で息をしているというのに、全く上がらない。どういう鍛錬してきたのだと思う。
砦の一階にある闘技場に来ていた。それほど広さはないが、一対一で試技用の剣を戦う分には十分だ。ただ、夜間では光が乏しい。燭台を立てて灯りをともし、剣を突き合わせた。
「まだまだ!」
剣を持つと、さっきまでの暗い表情はどこにいったのか、水を得た魚のように生き生きとしている。まあ、そういうおまえが好きだから、構わないが。
「よし、次は一本取らせてもらう」
「はん、させるか!」
声とともに飛び込んで来た阿修羅の剣をすばやく防ぎ、押し返す。吹き出す汗が飛び散る。
「もらった!」
やった! と思った。私は剣を押し返してすぐ、阿修羅の頭上を捉えて飛び、剣を振り下ろした。
だが、一瞬の心の隙だった。口許が勝利の予感に緩むその僅かな瞬間、目の前から阿修羅が消えた。
「しまった!」
私の剣は空を切った。
「あっ! わ!」
金属の乾いた音とともに燭台が倒れた。勢い余った私の剣が燭台に当たってしまった。瞬きの闇が目を覆った。だがやがて、窓からの弱い三日月の光が灯りの代わりに部屋を包む。ぼんやりとした視界に私は忘れていた息をする。
「気を抜くな!」
背後に阿修羅の気配がした。全く息つく暇も与えてくれない。私は咄嗟に腰を低くし、剣を地に這わせた。
「!」
阿修羅の息を飲む音。手応えはあった。バランスを崩した阿修羅は体を翻し、体勢を整えようとしているようにみえた。だが、倒れた燭台に足を取られた。
「あっ!」
「阿修羅?」
月明かりに阿修羅が倒れたのが見えた。私は慌てて声をかける。
「大丈夫か?」
「ああ、平気だ」
阿修羅は稽古に疲れたのか寝ころんだまま動かず、大きく息を吐いた。なぜ……、起き上がってこない? そのまま床に倒れ込んだまま阿修羅はじっとしている。私は試技用の剣をそっと置き、彼女のところへ足を向けた。
「疲れたのか?」
阿修羅の指先から剣がこぼれた。
私は彼女の体を覆うようにして両手と膝を立てる。目のすぐ下に頬を紅潮させた阿修羅がいる。
「何……」
「動くな。阿修羅」
どこかで燭台が転がる音がしている。阿修羅の体は私の影の中にすっぽりと入っている。瞳の中にお互いの姿が映る。
「人が来るぞ」
阿修羅が言う。
「誰も来ないさ」
私が応える。
私は熱を帯びた手で、阿修羅の頬に触れた。彼女は動かず、じっと私の目を見ている。
「愛している」
静かに私は唇を寄せた。阿修羅の柔らかい唇の感触が私を暴走させる。
「阿修羅」
私は阿修羅の体を抱き寄せ、もう一度重ね合わせる。お互いの全てを奪い取るほどに強く、強く求めあった。私は彼女の上着をはぎ取ると、首筋、胸元と唇を這わせる。
「あ……」
阿修羅の喘ぎともとれぬ声が洩れ聞こえる。私は溢れる思いを止めることは出来なかった。阿修羅もそれに呼応するように私の背中に両腕を絡ませる。
「阿修羅、お前を愛している。男であろうと女であろうと、私にはどうでもよかったのだ。阿修羅、お前を、お前自身を愛しているのだから……」
「シッダールタ……」
阿修羅の手を放れた剣が窓から顔を覗かせる月を写している。夜が更けるのも気付かず、私は阿修羅を抱き続けた。冷たい床に体が冷めることもない程、激しく、熱く。
神をも恐れぬこの夜に、私たちのもう一つの運命が扉を開けた。
青羽様から頂きました。




