お客様の落し物の捜索もコンシェルジュの職務です
私の本当の居住区はバシアヌスの頭脳が鎮座するところである。
よって一般の方々には秘密であるが、それでは誰も私に相談も出来ないからと、乗船者の生活の中心となる食堂の売店近くに私の書斎を構えている。
書斎と言っても私は書類も本も納める必要が無いので、その小さなスペースには乗船者の相談を伺うための応接セットがあるだけだ。
ただし、私の相談者はアンセル大佐ばかりであり、また、彼は船内を見回る私を呼び止めての相談ばかりなのでここの応接セットは使った事も無い。
以上の事から、今日の私はとってもやる気が起きている。
だって、私の目の前にはまだ子供といってよいようなそばかすの残る青年が、始終私の目を気にしながらも、私に相談事をあると誰も座らない椅子に初めて座ったのだ。
「あの、俺はフレデリック・ディーンと言います。」
「ええ、存じ上げております。乗船者の皆様は私が全て記憶しております。」
「あ、そうですか、あ、あの、俺は、あの、あなたにご相談が。」
私はお客様を迎える最高の笑顔を顔に浮かべた。
「ご安心なさって。バシアヌスのコンシェルジュ、フェブラリーがお客様のお悩みを承り、迅速に解決をいたしましょう。」
「あの、ええと、まず、あなたに謝らなければいけません。あの、ここは生き物の持ち込みは禁止だと聞いています。ですが、俺は、あの、ええと。」
私の笑顔は凍ってしまったことだろう。
生き物?
ペットの持ち込みはこの船の重大的禁止事項なのだもの。
どうして禁止事項かと言えば、どんな船でも鼠やゴキブリの害は必ずあり、それらは古今東西不衛生的な存在である。
乗船者の健康を維持することは私にとっては最優先事項だ。
よって、食物を汚染する存在に関して私は排除の一択しかない。
つまり、我がバシアヌスは、鼠やゴキブリなどの害虫害獣を発見すれば積極的にレーザガンで焼き尽くして船内の浄化を図るのである。
早い話が、小動物を許可なく勝手に乗船させれば、バシアヌスの駆除の巻き添えを受ける事が確実というだけだ。
「すいません。逃がしてしまったパパドゥを捜してください。あの子は死んだ恋人のペットだった子です!」
「まあ!まあ!かしこまりました。」
私は船内の害獣害虫駆除センサーを一斉に停止させた。
恋人だなんて、人間の生命活動においては根幹ともいえるカテゴリーだ。
それも、恋人がすでに死んでいるとなれば、この青年が間違った行動を取ってしまったことこそ想定内の事であり、乗船者を守る立場の私としては彼の心の平安の為に彼の行動を許した上にその生き物の存在も許さねばならないだろう。
「では、ディーン三等兵様。パパドゥの姿を今すぐにでも確認させてほしいのですが、画像は残っておりますでしょうか。」
パパドゥが何者か私が確認さえできれば、それだけを害獣害虫駆除センサーから外す事が出来るからだ。
また、船を守るものとして、害獣や害虫の一匹が一秒でも船内に存在する事が私は許せない。
一分一秒でも早くセンサーを再起動させたいのだ。
フレデリックはおずおずと私に一枚の写真を差し出した。
年齢と性別のカテゴリーで判断すると標準体重よりも五キロほど重さのありそうな笑顔の可愛らしい少女と、クマネズミサイズのクマネズミに似た白っぽい生き物が写っているものだった。
「……白いスーパーサイズのクマネズミ。」
バシアヌスはパパドゥとやらが消えた三日の間に一体何匹の鼠を殺したかしら?
「いえ、クマネズミじゃありません。パパドゥはオポッサムです。ほら、鼠よりもユーモラスな顔をしているでしょう。この白っぽい体もふさふさで。」
バシアヌスは私の要求にこたえて害獣害虫駆除センサーを再び活動させ、ついでに私の脳に三日前に殺した生物の画像までも送ってくれた。
どうしましょう。
逃げたその日のその場でレーザーガンの餌食になっている。
死体はいつものように宇宙空間へ汚染物として廃棄だ。