お茶会をしにシェフィールドに呼ばれたわけじゃない
レオニダス少将はマックス・バックス大佐に目線を軽く動かした。
彼はそれを合図ににこやかに礼儀正しくソファを立ち上がり、それからサロンを颯爽と出て行った。
出ていく時に挨拶をした彼に対して、アンセル大佐もベイシア中尉もにこやかな応対だったので一般の方々には単なる一場面に見えた筈であろう。
ただし、この一場面でアンセル大佐の雰囲気どころか彼は私を守るように腕を回してきたし、レオニダス少将は寛いでいるようでも彼のお付きの兵の二名も戸口から動いて彼の真後ろに新たに立ったのだ。
「さて、我々はお茶会に集まったわけではない。フェブラリー殿。あなたが自ら船外に出てくれたことは大変に喜ばしい事でした。あなたが船から出ることが無ければ、アンセル大佐を営倉に隠してしまおうと思っておりましたからね。」
あれ、という事は、アンセル大佐の腕は私を守るではなく、僕を守っての方かしらと、私はアンセルの腕を見下ろしてしまった。
そして見るんじゃなかったと機械のくせに私はぞっとしたものを感じた。
アンセル大佐は私が考えている以上に危機に備える軍人であるようだ。
いざという時は私を撃ち殺し、私を安全な船の中に戻すつもりだ。
「さぁ、ここ最近起きているCPの狂乱事件について、君の見解を教えてもらえないかな。」
「あら、わたくしが、ですか?私はしがないCPですのよ。見解など持っている筈ないでありましょうに。」
「ハハハ。ヒューゴはそうは思っていないよ。君は手に余るとヒューゴは嫌々ながらも私に報告してくれたからね。」
「あら、いつ報告を?あなたは端末機だってご覧になって……。」
私はレオニダス少将とヒューゴの実際に気が付き、アンセル大佐の軍人としての心意気に対して感じたもの以上のうすら寒さをレオニダス少将に対して感じた。
「まあ!まあ!なんてこと!あなたはCPと回線を繋いでしまったのですね。ああ、だからあなた方は同期しやすいように外見をそっくりに作り替えたのですか!なんていう事を!CPにだって意志や感情を持ちえる可能性もありますのよ。合成人間だって脳を持って生まれているではないですか。ほとんど機能していないにしても、ですが!」
ヒューゴの不機嫌はレオニダス少将に意識の共有どころか乗っ取りを受けているからで、いや、レオニダス少将の性格と思考がAIに流れ込んでの混乱を引き起こしている可能性もあるのだろう。
レオニダスはにやりと口を歪めると、ああそうだね、と言った。
「そうだね。意志がある。君は意志がある。この世界を滅ぼすだろう意志がある。さあ、この世界を滅ぼそうか。人がいるから不幸がある。人が空に出るから不幸な船が増えるんだ。」
「あなたは誰です。レオニダスでもヒューゴの人格でも無いわね。」
レオニダスはゆらりと立ち上がり、私ではなくアンセル大佐に銃を向けた。
「さあ降伏しろ。フェブラリー。われの軍門に下るのだ!ここに座る君の王子様を殺したくなければね。」
「はい?私の王子様?」
最後の言葉に私は首を傾げながら私の王子を捜してみた。
最初に目が合ったアンセル大佐はアンセル大佐だからと、私は私と目が合ったと微笑んでみせた彼から目を逸らして部屋の中を見回したのである。
この部屋にいるのはここに存在しない誰かに主導権を完全に奪われたらしきCPと、CPと繋がっていたがために第三の意識に支配されちゃった司令官と、その司令官を守る予定が事態の変化についていけずに脅えるだけの衛士二名と、それから、ベイシア中尉と一巡して戻ってきたアンセル大佐である。
再び目が合ったが、今度の彼は捨てられた犬のような目をして私を見ていた。
いや、レーザーに撃ち殺されたオポッサムが最期に瞳に浮かべたような、絶望を写し込んだ瞳で私を見ていた、だろうか?
確かにレオニダスの銃は今もアンセル大佐を狙っている。
私はレオニダスを見返した。
「ええと、あなたはロマンチストな方のようね。でもね、いくらお客様第一主義のCPでも、特定のお客様を王子様とお呼びしませんわ。」
隣のアンセル大佐がばさりとソファに横に倒れた。
レオニダスに撃たれたのではなく、自分で転がったのだ。
「ああ、胸が痛い!特定のお客様呼ばわりは心に痛い!お前なんか私の王子様じゃないとバッサリ斬られた心が痛い!」
当たり前だが人間の意味不明の行動を見せられればAIは反射的に解析しようとしてしまうものだ。
私は慣れからアンセル大佐を解析するよりも恥ずかしいと固まっただけだが、レオニダスを操る第三者はAIらしく律義に解析をし始めた。
そして、レオニダスが固まればアンセルが私に撃ち込む予定の銃でレオニダスの銃を正確に撃ち抜くだけだ。
「衛兵!少将閣下を確保!少将閣下の安全のためだ!急げ!」
レオニダス少将は衛兵によって後ろ手にされた上に縛り上げられ、だが、第三者は本来支配する予定だったヒューゴの頭に戻ったようだ。
彼は笑顔のまま自分と繋がっているレオニダス少将を撃ち殺そうとしたが、当り前だが私はティーテーブルをヒューゴに投げつけていた。
CPは取り換えが利く脆い肉体であるが、力だけはゴリラ並みに出せるのだ。




