遅れてきた男
「まあいい。とにかくあの軽巡洋艦二隻は廃棄処分とする。」
CPでしかないヒューゴが、まるで少将のようにして声を上げた。
「まあ!無体すぎますわ!あなたこそご存じでしょう。今のシレレイとピニャータには彼女達を狂わすデータの存在が無いって事は。あなたがちゃんとそれらを消去したからではありませんか。」
シレレイとピニャータに書き加えられたクーデタープログラムのコードを、私はヒューゴにそのまま手渡したのだ。
本来だったらコードを読み込んだAIまでも感染するはずのウィルスコードだ。
いや、だからこそのヒューゴのこの振る舞いなのだろうか。
あれ、私は失敗してしまったのかしら?
「ねぇ、フェブ。君のAIはそのデータとやらには大丈夫なの?そして、俺は君から何の報告も受けていないので状況がつかめないのだけど。」
「アンセル大佐。あなたの持つ小型情報端末は携帯しているだけの金属の玩具なのでしょうか。」
彼は鼻の上に皺を寄せた顔を私にして見せると、そのブルドックのような顔のまま携帯端末を取り出して読み始めた。
私によって船内情報が逐一更新されて発信されているのである。
「……絵文字で読みにくい。」
「絵文字を入れろと言ったのはあなたでは無いですか!」
「だってこれは君と俺との交換日記みたいなものでしょう!こんな事務的な文章に絵文字を無理矢理入れないでよ!時々、お疲れ様です~( ´艸`)的な柔らかい返しを僕は君から欲しいってだけの話じゃないか!」
船長が船の状況を知るための情報端末を交換日記と言い切った男に対し、私は守るべき乗船者である彼の為に情報更新をした。
お疲れ様です( ´艸`)害虫害獣レーザーを試してみますか?(#^ω^)
彼は新しい発信文章を読んで、私にすぐに素直に謝った。
そして絵文字使用も君に任せるとまで言ってくれた。
「かしこまりました。それでこそ、アンセル大佐ですわ。」
「よく言うよ。君は僕をぜんぜん知ろうとしてくれない癖に。」
「二十四時間監視して記録してよろしいのでしょうか。」
彼は再びブルドックな人になった。
全く彼は意味が解らない。
取り扱いを間違えると、お客様が疫病神や貧乏神になるから取扱いに気を付けましょうという、お客様は神様ですという言葉は本当かもしれない。
「ハハハ、聞きしに勝るCPですね。ここは寒いし、僕のヒューゴもカリカリしている。一度温かい部屋に戻りませんか?」
少将は何度も整形をしていて二十代にしか見えないが、実年齢が四十六歳であることを知らしめるように気遣いが出来る人物であった。
アンセル大佐は少将に中間管理職的に微笑んで頭を下げ、それから私にそっと腕を差し出した。
彼のこういう行為は自然過ぎて、私は常に彼のそんな素振りに対して客船で知り合った元王様や元伯爵様というカテゴリーの人々の所作を思い出してしまう。
本当に彼は私とバシアヌスを混乱させる人だなと思いながら、私は彼が差し出した腕に自分の腕を絡ませた。
すると、ずーと私達の真後ろに黙って控えていた女性によるひんやりとした声がその行為を咎めた。
「大佐。女性に腕を差し出す行為こそ女性蔑視的行動です。」
「あら、ベイシア中尉。あなたは男性に腕を差し出されたら撥ね退けるおつもりの方だったの?恋人からの腕も?」
かあっと頬骨の辺りを赤くした彼女は、それでも私に挑むように金色の目で睨み、しかし、すぐに見下したようにして言葉を返した。
「プライベートの時間でしたらいくらでもぶら下ります。ここは公の場ですし、式典などのパーティ会場でもありません。性差別を想起させる行動は出来る限り控えるべきであると申し上げているだけです。客船でのコンパニオンだった方にはその場の判断は難しいかもしれませんけれど。」
コンパニオンという言葉が蔑称に聞こえるようなアクセントをつけたベイシア中尉に、私はCPでありながら人間のようにカッチーんときた。
「まあ!あなたは本当にお真面目さんね。でもね、真面目すぎて目を曇らせるのはどうかと思うの。これは大佐風の緊急避難的行為よ。最近CPが異常行動を起こすようですもの。制御できるように船長自ら自船のCPを拘束しておこうとお考えになってもおかしくありませんわ。」
私はアンセル大佐にグイっと強く引き寄せられて、耳元に彼の吐息を受けた。
「ああ、本当に君の制御は難しいよ。俺の傍から離れないでね。」
「もちろんですわ、船長。」
私が答えるや格納庫は真っ赤な緊急時を知らせる赤いランプで真っ赤に染まり、何も言わないヒューゴの代りに女性アナウンスが繰り返し異常事態を全員に知らしめた。
「インカミング、インカミング。選別不能船が基地領空内に侵入しています。」
柔和な表情しか顔に浮かべていなかった少将が初めて少将らしき冷徹な顔つきを私達に見せ、そして、自分のCPに高圧的な声を出した。
「どうして撃ち落とさないのかな?ヒューゴ。」
しかし、ヒューゴは兄に対する弟のような表情を作ってレオニダスに返した。
「あれには連合の重要人物のお一人である、アレッサンドロ・フィグメント様が乗っていらっしゃいますから。」
わぉ!娘の危機に対して彼は電光石火だ。




