私は船の一部です
「ねぇ、フェブ。」
私は私の船バシアヌスの船長となったばかりの男性、ジュード・アンセル大佐に呼びかけられた。
彼は我がバシアヌスに乗船して航海が始まったこの1か月間、私を見かけると必ず話しかけて来るのである。
二十八歳といううら若き大佐は軍人らしく長身に筋肉質な体を持つが、外見的には私とバシアヌスのデータ上に残っている過去の乗客であるダンサーや俳優といった人種のカテゴリーに近い。
また、彼はアッシュブロンドに緑色の瞳をしているが、その組み合わせに軍服を合わせると、軍服なのに軍人というよりは王子様か騎士様というカテゴリーに振り分けなければと考えてしまうぐらいだ。
よって彼という存在は単純に判断しかねる存在として私とバシアヌスに混乱をもたらすが、実はそんな能動的な混乱だけでなく、積極的な混乱を私達に与えてもいる存在だ。
「如何されましたか?アンセル大佐。」
「フェブ。何度も頼んでいるように、ジュードって僕を呼んでくれないか?」
「恐れ入りますが、乗船名簿によりますとジュード様は十五名いらっしゃいます。お名前でお呼びする事は運用において混乱を招きますことから承服しかねます。」
「フェブ。僕以外のジュードをジュードと呼ばなければ解決でしょう。」
「かしこまりました、ジュード。本日からジュード・アンセルに関するもの全てジュード表記にさせていただきます。指令室の表記もジュードのお仕事部屋という表記にいたしました。早速ですがメールが届いております。ジュード、読み上げますか?返信する場合も肩書無しでジュードのみでよろしいですか?」
「ごめん。読まなくていいし、今後もアンセル大佐でお願いします。それから、お願いだから指令室は指令室に今すぐ戻して!副官に殺される!」
「かしこまりました。データを更新いたします。」
アンセル大佐は人間が疲れた事を現わす溜息を大きく吐き出した。
私はこれはいけないと、彼の右手を取った。
「フェブ。」
「お静かに。血圧を測っております。」
「病気じゃないよ。溜息って奴。俺は君にそっけなくされて心が死にそうなの。ねえ、フェブ。僕の恋心はどうしたら君に受け取って貰えるのだろうね。」
「申し訳ありません。実体の無いものはクロークでお預かりできませんので、そのご希望に添えることは一生出来ないと申し上げます。」
アンセル大佐は肩を落とすと、自分のいなければならない指令室へととぼとぼと戻っていった。
彼はどうして私が答えられない質問や言葉しか話さず、私が答えられて実行できる航行についての質問を一切してくれないのだろう。