勇者として召喚されたのが幼馴染だった。【新作】
転生した主人公と転移して来た親戚/友人が再会するお話という希望をもらったので書いてみました。
「――久しぶりだね。喜恵」
目の前にいる男を見て、私は驚いて目を見開いてしまう。
「え、智広?」
思わず目の前の男――前世で幼馴染だった男を見てその名を呼んだ私。
そうすれば智広の後ろにいた高貴な方々が、「勇者様を呼び捨てにするなんて」と声をあげていた。
勇者? 智広が? というかそもそも智広がどうしてこの世界に? と私の頭は大混乱である。
「煩い。喜恵と話しているんだ。黙ってろ」
智広がそう言って、後ろにいた人たちを黙らせる。そして次にはころりと表情を変えて、私に向かって笑みを浮かべた。
「喜恵にまた会えてうれしいよ。転生しても喜恵は可愛いね」
……智広はそう言って、蕩けるような甘い笑みを浮かべる。
こいつ、こんなやつだったっけ? などと考えている私はヘルガ・マスエル。マスエル男爵家の四女で、この国において下位の貴族にあたる。間違っても勇者なんていう尊い存在に訪問を受ける立場ではない。
しかし私には一つだけ秘密があった。
――それは、私が地球と呼ばれる世界から来た転生者だということだった。
そして、前世の私は目の前にいる勇者である智広と幼馴染だった。
*
前世の私。北川喜恵と勇者末次智広は幼馴染であった。
赤ちゃんの頃からの知り合いであったのは、親同士が親友だったからという理由がある。仲が良すぎて、家も隣同士に建て、幼いころは「子供同士で結婚させようね」などと口にしていたぐらいである。
私と智広は仲が良い方だった。
智広は私にとって大切な幼馴染だった。
智広はすくすくと成長して、美形になっていった。そのため中学では王子様なんてあだ名をつけられていたぐらいだ。
しかし王子様というあだ名をつけられていても智広は口が悪かったし、王子様と言えるほど人にやさしい人ではなかった。
けどそんなところも素敵とキャーキャー言われていた。
対して私は、どちらかというと地味な方だった。何処にでもいる普通な見た目。可愛いとか、綺麗だとか、そういう言葉を言われたことなんて両親や智広からぐらいしかない。智広の言葉はただ幼馴染をからかうためなのか冗談めいていたし、そんな私が智広の傍にいると女子生徒たちが面倒だった。
とはいえ、距離を置こうとしたら智広が「なんとかしてくる」と話をつけたので結局智広の傍に私は居ることになったわけだが。
しかしそのころには幼いころに両親が言っていた――「子供同士で結婚させようね」と言っていた言葉が実現することはあり得ないだろうと私は思っていた。
なんせ、智広はそれはもうモテるのだ。驚くほどにモテモテでモデルをしているような可愛い子に告白されたりもしていたぐらいだ。全部智広は断っていたが、きっと可愛い子と付き合い、結婚していくのだろうと思っていた。
そしてある日、出かけた先で、運が悪く暴走車に轢かれ、私は即死した。
その後、気づいたらこの世界に生まれ変わっていた。生まれ変わっても私は普通だった。男爵令嬢の四女という微妙な立場に生まれたのも私らしいと思った。
美しくもない四女の私は家族に愛されていないわけではなかったが、割と放っておかれる立場だった。両親は上の姉たちに良い縁談を持ってこようと必死だったのだ。姉たちは両親の良い部分をもらって美しかったからというのもあっただろう。
さて、ヘルガとして生まれ変わって早14年。
私は男爵家でのんびり暮らしていたわけだが、世の中は魔王が復活すると騒がしくなった。
この世界は魔法がある。しかし私には魔法の才能も欠片もなかった。
なので勇者を召喚して魔王を倒してもらうと聞いた時は、魔王の脅威がなくなるのだとほっとした。ただ勇者召喚は拉致なのではないか? と思ったが、この世界の召喚は神が勇者に二度と帰れないことをちゃんと確認してから召喚するということなので問題ないかと思った。
それで召喚されたのが智広であるらしい。
それは良いとして、私は今の状況にとても困惑している。
「智広……」
「ん、どうしたの。ヘルガ」
「……なんで私は膝にのせられているの?」
私はソファに座る智広の膝の上に乗せられていた。
というか、智広は今十代半ばぐらいの外見に見えるけど、地球ではこの世界ほど時が経ってないということなのだろうか? 世界が違えば時間の流れも違うとかあるだろうし。
しかしどうして私は膝にのせられているのか……。
「俺がヘルガを膝に乗せたいから。ああ、可愛い」
「あと、それ何? 前世ではそんな甘い顔私にむけてないじゃん!! どうしたの、あんた!」
私の今世の名を知ってからは「ヘルガ、ヘルガ」と私の名を呼ぶ智広は、何だか甘い。前世ではそんなことなかったし、私を膝に乗せるなんてなかったのに!!
「どうしたのって、俺は自分に嘘をつかないことにしたんだ。折角またヘルガに出会えたわけだし」
「嘘をつかないように?」
「そうだ。喜恵の頃ははずかしくてこんなこと出来なかった。でも喜恵が死んで、俺は信じられなかった。そしたら神が喜恵がこの世界にいるっていって、ヘルガに出会えた。なら素直になるのは当然だろう」
「はい……? 何それ、あんた、私の事好きなの?」
「うん。愛してるよ、ヘルガ」
「……っ」
おおう……さらっと言われて顔が赤くなる。というか美形の愛しているよっていうのは反則だと思う。
甘い表情で見つめられるとドキドキしないわけがない。
「照れてるの? 可愛いー」
智広はずっとにこにこしている。可愛い可愛いと口にして、私を膝にのせて満足気だ。
「ヘルガ、すぐに魔王を倒してくるから終わったら結婚しよ?」
「は?」
「結婚だよ、結婚。俺はヘルガと結婚したいから。いい?」
「えええ、と」
「駄目?」
「だ、駄目じゃない!!」
縋るような目で見られたら断れなかったよ!!
というか前世も智広は可愛い子と結婚するんだろうなと思いながらも、私は智広にひかれてたんだよ!! でも諦めてたんだよ!! だからこそ、こんな風に愛を囁かれて断れるはずなんてなかった。
「ありがとう。じゃあ、すぐに倒してくる」
智広はそう言って私に口づけを落として、一緒についてきた人達に魔王退治の間私のことを守るように指示を出していた。
「もしヘルガに何かあったらわかるよね?」
と脅しつけていた。……私に何かあったらどうするつもりなのだろうか。
それからすぐに魔王退治に出かけた智広は、三か月ほどでさっさと魔王を倒してしまった。
そして私は戻ってきた智広と結婚をするのだった。
「可愛いなぁ、ヘルガ、もう二度と離さないからね?」
智広はそう言って笑みを溢す。
……私がまた先に死んだりしたら智広はどうなるのだろうかとそんな不安は覚えるものの、智広の傍に居れることが私は幸せで仕方がなのであった。
――勇者として召喚されたのが幼馴染だった。
(転生先の世界で勇者として召喚された幼馴染、その幼馴染の隣で私は幸せに生きている)