眠った少女の目を覚ますのは【眠った少女の本音】
眠った少女が目を覚まさず、私は途方にくれている。なんとしてもフラノアに目を覚ましてほしいのだが……そして目が覚めたら全力でサポートをしたい。
そう考え、学園でのフラノアの誤解は解くことが出来た。しかし肝心のフラノアが目を覚まさないことには、前に進めない。このままフラノアが命を落としてしまったり、二度と目を覚まさなかったら――そう考えるだけでも申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
息子のせいでこんなことになってしまったのだから。
フラノアの日記に書かれていたジガ兄とは、誰であろうかというのはまだ分かっていない。
というのもフラノアは辺境の男爵の出で、そこまでの連絡に時間がかかっており、問い合わせの返事が来ていないこと。
フラノアは学園には親しい存在がいない。それも息子が原因である。息子たちがフラノアを囲むばかりに、フラノアは誰とも親しくなれなかったのだ。それを思うと、本当にあの息子たちは……と憤りの気持ちしかわかない。
フラノアに夢中になっていた息子を含む生徒たちは、それぞれの婚約者と結果的に以前より親しくなっていた。そんな息子たちは婚約者と共にフラノアのことを心配そうに様子見に来ている。そして「原因は私たちにあるのです。心を尽くさなければ」と息子の婚約者は言っていた。
息子がフラノアに夢中になってしまっていたというのもあり、フラノアに対して良い感情を抱いていなかったようだが、本音を知って青ざめていた。嫌がらせは一切していなかったようだが、困っている様子を見ても助けはしなかったようだ。
フラノアの言うジガ兄――その存在を必死に探しながら、フラノアの故郷からの返事を待っていた。
そんな中で、急に王宮が騒がしくなった。
「これは何の騒ぎです!?」
「それが、王妃様……国境に任務で出ていたはずの王宮魔術師のゴドーが任務を放棄して戻ってきたのです。しかも、王妃様にお目にかかりたいと、急に……」
「……ゴドーとは、若くして王宮魔術師になったジガドッデ・ゴドーのことですか? 彼はそんな無礼なことをするようには見えないですが……」
と、そこまで口にして、私ははっとなった。
「……も、もしかしたらフラノアの言うジガ兄とは、ゴドーのことかもしれないわ!! いいわ、通しなさい!!」
私はそう思い至って、慌ててそう言った。
そうだわ。フラノアの日記には、ジガ兄に近づけた、頑張って会うと書いてあった。それは王宮魔術師として活躍しているゴドーに追いつきたいと頑張っていたということなのだろうか。
私はこれでフラノアが目を覚ますのではないかと期待して、ゴドーと会った。
ゴトーは美しい黒髪を持つ、美青年だ。王宮魔術師であるゴトーとは、王宮魔術師に任命される時に会ったことがある。若く将来有望な魔術師として噂が耳に入ってくるような魔術師だ。
「王妃殿下、急な訪問を許していただきありがとうございます。無礼なこととは承知ですが、報せを受けて確認のために急ぎ戻らせていただきました。任務の放棄の件も含めて処罰は受けます。ただ、お願いがございます」
「……ええ。フラノアのことでしょうか」
「……やはり、あの噂は本当なのですか!?」
私はその言い回しに不思議な気持ちになりながら、口を開こうとする。しかし、その前にゴドーが口を開いた。
「フラノアが王太子殿下たちをたぶらかし、王宮に監禁されていると聞きました。しかし、フラノアはそのようなことをするような人間ではありません。どうか、もう一度フラノアに話を聞いて――」
「待ちなさい! ゴトー。それは違います」
思わず驚いてゴトーの言葉を止める。
もしかしたら国境にまでは正しく情報が伝わっていないのかもしれない。慌ててここまでやってきたというのならば、周りの噂を聞けなかったのかもしれない。
というか、それで慌てて戻ってくるとはゴドーもフラノアのことを大切に思っていることがうかがえる。これはもしかして両想いということなのだろうか。そう思うと何だか心が躍った。単純に恋の話が好きなのもあるが、フラノアが目を覚ましてくれたら嬉しいと期待する。
「実はですね……」
私がそれからゴトーに、フラノアの身に起きたことやゴトーに対して処罰をするつもりもないことを説明した。
ゴトーは黙ったままその話を聞いていた。
「そうですか……そんなことが」
「ええ。なので私としてもフラノアに目を覚ましてもらいたいのです。そしてこちらから謝罪をし、どうにか彼女が生きやすいように手助けしたいと思います。フラノアと会ってくださいますか?」
「もちろんです」
私の言葉にゴトーは頷いてくれた。
しかし、フラノアの元へゴトーと共に声をかけにいってもフラノアは目を覚ますことはなかった。その後、ゴトーからフラノアとの話を聞いた。
フラノアとゴトーは同じ村出身らしい。それで一緒に育ってきたのだという。ゴトーは魔術師としての才能があり、学園に入学し、王宮魔術師になった。こちらでの生活が忙しくて村には帰れていなかったようだが、手紙のやり取りはしていたらしい。丁度、フラノアが学園に入学する時に任務が入り、再会は出来ていなかったという話だ。
……それからゴトーは何度も何度も王宮に足を運んだ。こんな事情だというのもあって、王宮魔術師団の方には連絡をして休暇を取ってもらっている。
「……フラノアはどうやったら目を覚ますでしょうか」
「……そうね。まだまだ全く目を覚ます気配がありませんものね。しかしそうですね。童話などではお姫様の目を覚まさせるのはキスというのが定番なので、口づけをしてみたらどうでしょうか?」
そう提案してみたら、いつも冷静なゴトーがブッと噴き出した。
「王妃殿下、それは冗談がすぎます。本人の同意もなしにそんなことが出来るはずがありません」
あら、同意があればやるということかしら。これはあまりにも目を覚まさなかったら、ゴトーが口づけをしたりするのだろうか。是非とも、二人っきりにさせてみたいわね。
フラノアのことは一方的に色々と知ってしまっているけれど、実際のフラノアと話したことはないもの。話してみたいものだわ。もしかしたらフラノアは私と話したくなんてないかもしれないけれど……その場合は諦めましょう。
そんなことを思いながら、二人きりにするように指示を出してみた。
そしたらしばらくしたら、「ジ、ジガ兄!?」というかわいらしい声が聞こえてきた。口づけしたのかしら? と気になりながら、二人の空間に割り込むのを……と思っていたら泣き声が聞こえてきた。
……本当に息子たちのやらかしたことで辛かったのね、と思わず悲しみの気持ちでいっぱいになる。王族として感情を制御する術を学んでいなければ泣いてしまうほどだった。
それからフラノアはゴトーに説明を受けたのか、恐る恐る、おずおずと私の元へ現れた。
かわいらしい少女だ。その目は不安に揺れている。
そんなフラノアに安心していいという言葉と、息子たちのやってしまった事に対する謝罪を口にした。息子たちにも謝罪をさせた。
そこでようやく「……良かった」とほっとしたような表情を浮かべた。その表情がかわいらしくて、こういう愛らしい部分に息子たちは惹かれたのだろうかと思った。本当にこのような少女に苦痛を味合わせるんて……っ。とそんな思いでいっぱいになって、フラノアが学園に復帰する手助けをすること、フラノアの邪魔をしないことを息子たちに言い聞かせた。
フラノアはそれから、ゴトーに付き添われて学園の寮に戻っていった。
ゴトーはフラノアが心配だというので、王宮魔術師に働きかけて王都勤務に変えてもらうことになった。ゴトーとフラノアは思いを伝えあったようだし、フラノアが不安定な状況では共に居た方が良いということでそうなったのである。
それにしてもゴトーと一緒に居るフラノアは幸せそうに笑っている。
本当に、フラノアが幸せそうで良かった!! と私は嬉しくなって仕方がない。
「……王妃よ、また報告書を見ているのか」
「ええ、ええ。フラノアには幸せになってほしいもの」
「……しかし、直接本人からも聞いているのだろう?」
「ええ。しかし、見守りたいもの」
私はフラノアが幸せになっているようで、思わず笑みを溢してしまう。そんな私を見て、陛下は呆れているのだった。
――眠った少女の目を覚ますのは。
(眠った少女の目を覚ますのは、少女が焦がれた一人の青年)
希望の多かった眠った少女の本音の続きです。