鬼が降る町
アルフの足の向くままに、旅を続ける一行。
道中に大きな町があったので、見物を兼ねて泊まる事にした。
ベルタ「今日はベッドで眠れるわね~」
浮き足だって、真っ先に町に入ったベルタ。
だが町中を見渡してから、怯えるように動きを止めた。
アルフ「どうかしたか?」
ベルタ「この町の娘達、みんなかわい過ぎない?なんかおかしいよ」
アルフ「そうか?まぁ、かわいさでベルタに勝てる奴が居る訳ねぇし。気にしなくても、いいんじゃね」
突然且つ想定外の、告白に聞こえなくも無い発言に、混乱するベルタ。
実際にベルタはかわいい。
修辞の上で、ゴリラが付いてくる事は多いが、そこは好みの問題である。
ガルマ「この町は、色々な美しさを競う事で有名だな。コンテスト等の興行が頻繁で、美容系の店が多い」
アルフ「へぇ。美しさって何だっけ」
舞い上がった気分から、一瞬で覚めて、我に返るベルタ。
ベルタ「アルフ、かわいさの意味は分かってるの?」
アルフ「当然よ、お前が読んでくれた本に書いてたぜ。バカな子ほどかわいいって。つまり」
アルフは突如、何かに殴られて気絶した。
旅を続けますか? っYes
アルフが目を覚ますと、噴水前のベンチに寝かされていた。
アルフ「いって~、いきなり何かに殴られたぞ?」
ベルタ「ただの天罰よ」
アルフは記憶を手繰り、今のベルタの態度から、かわいさの意味が違うのであろう事を推察する。
アルフ「殴らなくても・・・間違ってるなら教えてほしいよな」
ベルタ「間が悪過ぎるのよ。てか、あんたにバカだと思われてるとか、ありえないでしょ」
アルフは不快そうに周囲を見回しながら、自分の鼻を気にしだした。
アルフ「何か・・・臭くね?」
驚いて自分の臭いを確かめるベルタ。
ベルタ「え?やだ、あたし臭う?どんな臭い?」
アルフ「いや、ベルタじゃなくて空気が臭い」
ベルタ「そう?どっちかというと良い香りのような。ちょっときついけど」
ガルマ「香料の臭いかな。良い香りを出すアイテムではあるが、合わない者には臭く感じるな」
アルフ「ぐぁ!今そこを通った人が、めっちゃくちゃくせぇ!俺、臭いで攻撃されたのか?」
ベルタ「あれはあたしでも臭いと思うわね」
ガルマ「常に香料を使っておると、当人の嗅覚が麻痺してしまう。故、どんどんきつくなる傾向があるな」
アルフ「俺もう無理」
アルフは窒息して気絶した。
旅を続けますか? っYes
アルフが目を覚ますと、噴水前のベンチに寝かされていた。
アルフ「うぇ~、気分わりぃ。この町出ようぜ」
ガルマ「ここは隣の区画だ。香料の臭いは薄いであろう」
アルフ「お?確かに。むしろ好きな臭いかも」
ベルタ「そう?汗臭い人が多い気がするんだけど」
ガルマ「ここは肉体美を競う区画のようだな」
丁度噴水の傍で、コンテストが行われていた。
司会「さぁ、もう飛び入り参加する人は居ないかな?賞品は最高級の大地の肉一年分だよ!」
大地の肉は、蛋白質を豊富に含む穀物である。脂質が少なく、肉体美を競う者達には欠かせない食品である。
ベルタの実家も栽培しており、ベルタにとっては主食でもある。
ベルタ「最高級か~、うちで作ってるのよりも美味しいのかな」
アルフ「しらねーけど、取れたてじゃないだろし、味は期待できないんじゃね」
ベルタ「そっかー、でも気になるな」
賞品の説明を読もうと、舞台に近づくベルタ。
司会「お~っと、かわいらしいお嬢さんの飛び入りだ~!」
突然、舞台上に抱き上げられて、混乱するベルタ。
司会「ではまずは着替えてきてくださいね~」
ベルタ「え?え?何?」
状況が理解出来ぬまま、更衣室に案内されるベルタ。
司会は熟練のプロである。数々のコンテストで目が肥えていた。
飛び入り参加者を探していた司会は、会場に来たベルタのスタイルを服の上から見抜き、気に留めていたのだ。
ベルタは明らかに一般の観客とは違う、筋肉の権化である。
司会がベルタを、コンテストへの参加希望者であろうと推測したのは当然と言えた。
司会はベルタに声をかけようとまでしていたのだが、傍らに立つ竜人に気付き、恐ろしくて躊躇していた。
そのベルタが一人で舞台に近づいてきた事で、飛び入り参加だと思いこんで、即座に舞台に上げたのだった。
更衣室でベルタは不安に思う。
どうしてアルフは来てくれないの?
もしかして、あっちでも何かあったの?
衣装係には、ベルタが戸惑っている事は見て取れた。
コンテスト参加者には、よくある事である。
緊張や不安で挙動がぎこちなくなる人は多いのだ。
まして子供なのだから、リラックスさせてやりたくなる。
緊張をほぐす為にも、ベルタに優しく話しかけながら、似合いそうな衣装を探していた。
衣装係「子供用なんてあったかな・・・体格は大人顔負けだし、これならいけるかな」
ベルタ「え?あたしがこれ着るんですか」
筋肉を魅せる為の衣装なので、生地は薄く露出は多い。柄や彩色は派手である。
辺境の小さな村育ちで、水着も着た事が無いベルタには、異様且つ魅力的な衣装に見えて興味が涌いた。
不安ではあるが、部屋には優しそうな衣装係の女性一人。危害を加えられそうな雰囲気では無い。
ベルタは、目の前の衣装を見ているうちに、着てみたいという気持ちが募り、好奇心が不安に勝った。
ベルタは衣装を着てみた。
軽くて動き易い割りに丈夫そうで、造りや装着感も気に入った。
さすがは大きな町ね、変わった服もあるわ。
普段着もこういうのにしようかな。
などと考える余裕も生まれた。
ベルタの不安が少し和らいだ事を鋭く察した衣装係。
衣装係も司会に並ぶ程に熟練のプロである。
ここだとばかりに機を逃さぬように、優しくベルタに声をかける。
衣装係「ぴったりね、よかった。舞台中央まで歩いていって、そこで格好良くポーズ決めてね」
ベルタ「ポーズ?」
衣装係は、うんうんと笑顔で頷くだけで具体的な説明はしない。
ベルタの肉体があまりに見事なので、コンテストに関する知識が無いとは思えなかったのだ。
困惑しつつも勧められるままに舞台に出るベルタ。
アルフ「ベルタがんばれぇえええええええ」
ベルタにアルフの声が届いた。
声の方向を見渡すと、アルフは舞台正面の観客席からベルタを見物しているではないか。
困っているベルタを見物しているだけのアルフを見て、怒りが涌くベルタ。
ベルタ「あんた何やってんのよ!」
アルフ「え?お、応援?」
応援したら怒られて混乱するアルフ。
ベルタ「あたし突然連れていかれたのよ?助けに来るくらいしなさいよ!」
アルフ「え、え~?」
ベルタは賞品が気になると言いながら舞台に向ったので、自主参加したのだとアルフは思っていた。
ベルタは、自分同様にアルフにも何かあって、追って来れない状況なのだろうと推測していた。
ところがアルフは、何事も無かったかのように、暢気に声援を送っているのである。
あたしが攫われても、居なくなっても、どうでもいいの!?
そう思うベルタに、かつて無い程の半端無い怒りがこみ上げて来た。
アルフに殴りかかるべく、全身に力を漲らせるベルタ。
舞台でポーズを決める事も忘れ、助走をつけてアルフめがけて大きくジャンプする。
突如観客が沸き立ち得点が伸びていく。歓声の大きさが得点になる仕組みのようだ。
司会「最っ高っ得点だ~~~!」
あまりの突然の声量に怯え、怒りを忘れて、しゃがみこむベルタ。アルフは命拾いした。
ベルタの肉体は、他のコンテスト参加者とは異なり、魅せる為に作られたものでは無い。
働く為に作られたものなので、筋肉を魅せるコンテストでは不利だ。
派手さが無く、徹底的に鍛え絞り込まれているので、魅力は低いのだ。
だが筋肉量が少ない訳では無い。
毎日大量に大地の肉を摂取し、力仕事を率先してきたので、仕事で使う部位ではむしろ人並外れて多いのだ。
観客が今まで観慣れてきたのは、全身バランス良く肥大化させた筋肉の静止ポーズである。
ベルタの筋肉バランスはまるで異質に見えた。
しかも子供である。
注目が集まった所で、想定外の大ジャンプ。
元々身体能力が高い事に加え、ガルマの加護で倍増された跳躍力。
拳を引き、エビのように上体を大きく反る柔軟さ。
力を漲らせ、はちきれんばかりに宙でパンプアップする、観た事も無いような見事な筋肉。
その躍動美は強烈且つ斬新で、観客は驚嘆し、思わず歓声をあげたのだった。
賞品の大地の肉一年分は、流石に持ち歩けないので、ベルタの家に送る事にした。
竜人に助けられたから安心して欲しいと手紙を添えて。
これが本当の「親を想う娘心」なのだが、ベルタに自覚は無い。
だがベルタの娘心は、親をさらに不安にさせていた。
竜人が人と旅するなど聞いた事も無いのだ。
それどころか俗説では、竜人は危険な場所に現れ、ただ人を粛清する者なのだ。
アルフ「しっかし、すげぇ声だったな」
ガルマ「うむ。あの瞬間皆には、ベルタが美の化身にでも見えたのであろうな」
アルフ「美?美しさってやつか。そうか、美しさってのは、鬼が降ってくるような見た目を意味するんだな」
アルフは意識を失った。
そのダメージは大きく、翌日に町の外に引きずり出されるまで、旅を再開する事は出来なかった。
一行が旅立った後、町では新たに躍動美コンテストが新設された。
きっかけとなった記念に、ベルタ賞が設けられたが、当のベルタには知る由も無かった。