おまけ:運を運ぶ運
風の妖精が舞う野原を歩くアルフ一行。
身体に風の妖精が当たった感触は無いが、何時当たってもおかしくはない程に周囲を舞っている。
アルフ「これだけ小さい妖精が大量に飛んでいると口の中に入って飲み込んでしまいそうだな」
呼吸で鼻から吸い込むほど小さくは無いが、もし喉に突っ込んできたら確実に飲み込みそうに思える。
ベルタ「それは無いと思うけど気をつけた方がいいわね」
妖精たちは人にぶつからないように風を操作していたのでベルタはそれほど危険視していない。
アルフ「食べたらシルフの眷属になれたりしてな」
ふと思いついた冗談を口にしたアルフ。
ベルタの方を振り返って見て目が点になる。
ベルタ「そんな・・・訳が・・・ないで・・・しょ?」
否定しながらもベルタの目つきはマジになっていた。
獲物を狙うような目つきで風の妖精の動きを追っている。
アルフ「真に受けてんじゃねー。絶対に眷属になれたりはしないって。食うんじゃねぇぞ」
食物連鎖で眷属になる訳では無いのだ。
ベルタ「と、当然じゃない。食べる気なんて微塵も無かったわよ」
竜の眷属と言われて満足していた筈のベルタだが、まだシルフの眷属になる事への未練が垣間見える。
ため息混じりにガルマが助言する。
ガルマ「どうしても四大元素精霊の眷属になりたいと言うのであればお主の場合は風より水であろうな」
ベルタ「そういえば。あたしが水属性と相性の良い資質とはガーゴ様も言っておられましたね」
四大元素精霊の眷属になれる可能性を示唆されて、ようやく風の精霊から視線を外すベルタ。
食べてみようかと狙っていたわけではない・・・筈である。
ガルマ「ウンディーネの眷属になればノームからは避けられるかも知れぬがな」
ぼそっと呟くガルマの一言に鋭く反応するベルタ。
現状でノームは最も会いに行き易い四大元素精霊なのだ。
ベルタ「えぇ? まさかお二方の仲が悪いのですか」
言われてみれば四大元素精霊は離れた位置で活動している。
ガルマ「相変わらず、そういう所は疎いな。地は水に浸食されるのだ」
ベルタ「あ。エルフとノーム様のような関係があるのですか」
エルフがノームを避ける件を覚えてはいたが、四大元素精霊自身までが影響を受けるとは思っていなかった。
ガルマ「水は火で気化され、火は風を絶たれれば燃え盛れぬ」
ベルタ「相克って奴ですか。習いましたけど・・・逆じゃないですか? 火は水に消されますよね」
人の認識では相克の関係を真逆に捉えている。
現に発生している物理現象がそのような関係にあるように見えているのだから。
ガルマ「それは相克では無く量のバランス問題だ。精霊であるガーゴに対しても精霊使いは無力であったろう」
相性が悪くてもエネルギー量で優劣を逆転させる事は出来るのだ。
人には四大元素のエネルギー量を比較する術が無いので分からない。
ベルタ「えぇ? あたしたちは間違った事を教えられてきたのですか」
ガルマ「エルフがノームを避けている時点で察せよ」
これも固定観念として刷り込まれていたのかと絶句するベルタ。
固定観念の問題を認識していながらも、地と風の関係を聞いた時に気付けなかった事が悔しい。
またそれとは別に、そもそもの問題は誤った教育にあると憤る。
ベルタ「なんで人は真逆の解釈なんてしたんだろう・・・四大元素なんて日常的に接しているのに」
ガルマ「それが人というものだ」
ベルタ「うぅ」
人に与えられた感覚が五感のみである為に人は五感で判断しようとする。
故に昔の人は地を中心に天が回転していると思い込んで疑わなかった。
ガルマから見れば人は当然のように真逆の解釈をする者なのだ。
ベルタ「でもちょっと待って下さい。量で逆転するのであれば、あたしもノーム様に避けられないのでは」
エルフがノームを避けるとは言え、イフリートがエルフを避けるとは思い難い。
ただの人であるベルタがウンディーネの眷属になった所でノームから見れば誤差の力でしか無いであろう。
ガルマ「それくらいは察せよ」
ベルタ「うーん・・・やっぱり大丈夫って事ですよね」
熟考してみるが問題が思い当たらないベルタ。
如何に自身が水属性と相性の良い資質とは言え四大元素精霊たるノームの脅威にはなりえないと結論する。
ガルマ「やれやれ。ガーゴは最上位の精霊だ。ティアラで力も増しておる。さらにお主が眷属となるのだぞ」
ベルタ「え・・・まさか」
ガルマ「察せよ」
アルフ「水の力が大集合ってやつだな。いや単に集合じゃなくて補完して増幅する関係にあるのか」
あまりにも疎いベルタに思わず口を挟むアルフ。
眷属の力がベルタに足されるだけでは済まないのだ。
ティアラとガーゴによって乗算効果が発生し、ノームにすら脅威となる水の力場を生じるであろう。
ベルタ「四大元素が同居しながらも相克で避けあっている世界って何か哀しいですね」
四大元素精霊が協力しあって世界を支えていると認識していたベルタには信じたくない話であった。
ガルマ「単独で完璧であれば協調せぬであろう。調和を保つには長所と短所のバランスが重要になる」
ベルタ「そっか。相克と一緒に習った相生が絡むのですね」
一部の関係に問題があるからこそ他者の協力が必要になる。
その問題を作り出したり協力手段を提供するのが相克であり相生である。
調和を維持する上ではどちらも欠かせない要素なのだ。
ガルマ「うむ。そもそも四大元素の相克は状況に応じて量で覆せる程度に軽い。人が真逆に捉える程にな」
協力関係を必須にすると状況によっては詰んでしまいかねない。
相克の程度は慎重に検討された結果なのだ。
ベルタ「量では覆せない相克もあるのですか」
ガルマ「例えば霊に物理攻撃は効かぬであろう」
ベルタ「あー。なるほど」
霊と言われて邪霊と化した守護精霊を思い出すベルタ。
なるかどうか分からない眷属の相克に悩むよりも先に片付けるべき課題が有ると気付く。
ベルタ「・・・驕りを気にし過ぎる事も問題かぁ」
アルフ「どうした突然。相克の話をしていたんじゃないのか」
ベルタ「霊と言われて塔の守護精霊様を思い出してさ。あんたが言わなきゃ祓いに行かなかったのよね」
アルフ「まぁ俺が先導する旅だし、それはいいんじゃねぇの」
驕りを恐れて塔を避けて邪霊も祓わないつもりだったが、今となっては祓った事が正解だったと思える。
つまりは避けようと判断した事が失敗だったという事だ。
ベルタ「麒麟様の件以来、驕りが怖くて注意していたんだけどね。塔の件は避けるべきじゃ無かったかなぁと」
アルフ「かもな」
それとなくアドバイスを求めたつもりのベルタだが軽く流すアルフ。
めげずに具体的にぼやいてみるベルタ。
ベルタ「でも驕りかどうかなんて、どうやって事前に判断すれば良いのやら」
アルフ「ガルマさんに聞けば一発じゃん」
間違ってはいないが納得する訳にもいかないベルタ。
ベルタ「それはダメよ。自分で考えて行動する事に意義があるんでしょ」
アルフ「なら失敗も覚悟するっきゃねぇな」
ベルタ「あたしが困る程度の失敗で済むならいいんだけどねぇ。既に未来の人達まで巻き込んじゃっているし」
麒麟の時のような過ちだけは何としても避けねばならない。
アルフ「驕りねぇ。実際問題になったのは麒麟の件くらいだよな」
ベルタ「蛇もそうかな。ウンディーネ様のティアラが無かったら、あたしは死んでいたわ」
アルフ「マアマが居る時点でそれは無かっただろうけど。まぁ驕りと言えば驕りか」
見られただけで石化する事を想定して警戒しろと言うのは実質的に無理であった。
だが危険な存在であることを予め知っていたにも関わらずに、手にとっていた事は驕りであろう。
ベルタ「隣国の王様を捕縛しちゃった件もかな。どれも結果オーライではあったけど」
アルフ「おぉ。思い返せば次々に出てくる感じか」
何者であろうと無抵抗状態にした後は王に任せれば良いと思い込んで確認もしなかった事は驕りであろう。
ベルタ「気にし過ぎなくらいに気をつけていても足りなかったりしているのよね。難しいわ」
気にしてもしなくてもダメならどうすれば良いのかと葛藤する。
アルフ「簡単なら誰も苦労しないだろ。考えた末にやりたいと思った事ならやればいいと思うぞ俺は」
ベルタ「驕りになると結論していてもって事?」
麒麟の教訓を活かさないと言う意見に聞こえて不機嫌に答えるベルタ。
アルフ「そりゃ確定しているならやめた方がいいさ。麒麟の時もガルマさんが神獣の裁きだって言っていたし」
ベルタ「考えるだけじゃダメな時はガルマさんなら教えてくれるか」
麒麟の裁きについては事前に説明を受けていた。
その上で判断を誤ったからこその驕りであった。
ガルマの言葉のような確定した情報を考慮するという前提であれば好きにやれとアルフと言っているのだ。
アルフ「どうしても答えが出ない時はさ。極論で考えれば良いと思うぞ」
ベルタ「極論?」
能天気の秘訣を伝授するときのアルフの顔に期待するベルタ。
アルフ「条件によって良し悪しが変わるような事を条件不明な状態で決められる訳がねぇ。悩むのはムダだ」
ベルタ「そうよね。で? 驕りを極論するとどうなるの」
驕りを気にするか気にしないか決めようが無いのは何故か。
アルフの言う通りで条件が不明だからだ。
麒麟の件にしても、現状のままではベルタの失敗だが、進化を果たす条件を満たせば成功に繋がる。
そんなジレンマに陥っていたベルタにとってはまさに聞きたかった話であり身を乗り出す。
アルフ「何もしなければ驕りにはならん。何かをすれば驕りになるかもしれない。ならどっちを取るかだ」
ベルタ「・・・驕りに繋がるかもしれない事の全てから逃げようとすれば前者になるって事か」
今まで意図的に驕った事など無い。
驕りに繋がるかどうかを幾ら考えた所で正解など導き出せてはいないと言う事だ。
驕りを完全に排除したいと言うのであれば、何もしないという選択肢以外は残らないと言う極論だ。
アルフ「何もせずにお前が目指す進化に辿り着けるのかって事だな」
答えは考えるまでも無いと言う事だ。
ベルタ「そう考えるのかぁ。うーん。驕りが明確で無い時は好きなようにやれって事なのね」
アルフ「やりたい事を決めたら影響と副作用くらいは考えるべきだと思うけどな」
悩みが吹っ切れて満面の笑みを湛えるベルタ。
やりたくてもムリに我慢していた状況から脱せられそうなのだから嬉しい事この上ない。
ベルタ「ありがと。今までのケースに当てはめて考えてみるわ」
アルフ「ほどほどにな」
過去に驕りを恐れて回避したケースを思い返し、回避しなければどうなっていたかをシミュレートするベルタ。
アルフは先導を再開しようとして、風の妖精とは異なる色の光を見つける。
アルフ「お。なんか一匹だけ色違いが居るぞ。赤い光を放っているのが混じっているな。とりゃ」
赤い光を放つ者の背後に回って抱き上げるアルフ。
ベルタ「え。それ妖精さんじゃないわよ」
シミュレートを中断したベルタが気付いた時にはアルフが捕らえた後だった。
アルフ「何だこりゃ。でかいねずみ? うさぎ? 額に赤い宝石みたいなのが付いているな」
見た事の無い動物だった。
額に角がある動物は珍しく無いが、光る宝石となると思い当たらない。
UMAだ。
ベルタ「あはは。あたしと色違いね」
ベルタはティアラを外せない状況なので似た者と言えるかもしれない。
アルフ「なんだこいつ全然動かないな。じっとベルタを見ているのか」
鼓動や呼吸が止まっていると言う意味では無い。
捕らえられても逃れようと暴れたりしないのだ。
ベルタ「貸して貸して。可愛い子じゃない」
モーニングスターの柄にUMAをしがみつかせるような姿勢で両手に受け取るベルタ。
ベルタ「きゃー。もっふもふ。やっぱり触り心地は妖精さんより毛並みの良い動物ね」
満足そうにUMAをもふるベルタだが、やはりUMAはベルタを見据えたまま動かない。
エルフ「おや。先を越されたか。御見事です」
目の前に転移してきたエルフが拍手をしながら言葉をかけて会釈する。
ベルタ「はい? この子を探していたのですか。あたし達は、たまたま見かけただけなのでお譲りしますよ」
目的はさておき、邪気の無い者が探していた者であれば譲ろうとするベルタ。
エルフ「いや。そいつを捕らえると幸運が訪れるって言い伝えがあってね。捕らえては放すゲームなんだ」
エルフは受け取りをジェスチャーで拒否して説明する。
アルフ「言い伝えねぇ。実際に誰かが幸せになれたのか」
不死鳥の尾羽の話を思い出すアルフ。
エルフが話す言い伝えはどうにも眉唾に感じる。
エルフ「さて。ここ数千年は捕らえた者が居なかったようだし。僕が見かけたのだって何時以来やら」
アルフ「へ」
殆ど動かないような動物を数千年の間に誰も捕らえる事が出来なかったと言うのは理解しがたい。
幸運が訪れるとまで言われる動物であるにも関わらず、敏捷特化とも言えるエルフが言うのだから尚の事だ。
エルフ「君たち凄いね。そいつは凄く臆病で素早いから捕らえる事は至難の業なのに」
アルフの疑問とは逆の疑問で感心するエルフ。
アルフ「いや。こっちをボケっと見ていたから近づいて捕まえただけだぞ」
もしかしたらエルフが言っている動物とは似ているだけで別の種じゃないのかと察するアルフ。
エルフ「そっちを見ていた? ははは。もしかしたらお嬢ちゃんを仲間だと思ったのかな」
エルフはアルフの答えに一瞬考えた様子だが、ありえる話のように頷いて納得する。
ベルタ「えー。全然外見が違いますし宝石の色も違いますよ」
エルフ「そうだね。でも色を区別出来るかは動物によるし、外見で判断するかもまた然り。わかんないよ~?」
エルフは笑顔で真面目に解説する。
ベルタ「そうなの?」
UMA「きゅ?」
ベルタが首をかしげて問いかけると真似をするUMA。
初めて動きを見せたが言葉を理解している様子では無い。
エルフ「ははは。お似合いだね。君たちには最高の幸運が訪れるかもね。ではグッドラック」
エルフは会釈すると転移魔法で去った。
アルフ「運か。確かに欲しい力ではあるが、お前は元々強運だよな」
大願を果たす上で必要であると竜神が認めるほどの力なのだ。
エルフの言い伝えが事実であれば嬉しい話だが信憑性はまるで無い。
ベルタ「捕まえたのはアルフでしょ。それに運は誰にも制御出来ないんですよね」
ベルタもエルフの言い伝えとやらを真に受けてはいない。
一応は確認の為にガルマに振ってみる。
ガルマ「う・・・うむ・・・」
ベルタ「どうかされました?」
予想外にガルマが歯切れの悪い妙な反応をする。
ガルマ「もしも運そのものに意思が有るとすれば別だ」
ベルタ「はぁ?」
また訳の分からない事を言い出したなと思うベルタ。
だがはたと気付く。
運は力だと学んだ。
ガルマが竜力に宿った意思であれば、運の力にも可能性があると言う事か。
しかしそれは竜神にすら認識されていない。
ガルマ「マアマよ。どう思う」
マアマ「うーん」
ガルマ「そうか。やはりな」
真面目に聞いていたアルフがずっこける。
アルフ「いや、今の会話で何が分かるんだよ。うーんってダジャレじゃねぇのかよ」
マアマ「あはははは」
ガルマ「経験豊富なマアマですら分からぬという事が分かったのだ」
言葉を使わずに意思疎通を図っていた訳では無かった。
ベルタ「もしかして、本当にこの子から運の力を感じたのですか?」
エルフの言い伝えが事実だったのかと驚くベルタ。
ただのおまじないの類としか思えなかった。
ガルマ「現れた瞬間にな」
ベルタ「現れた瞬間にだけと言う事ですか? アルフが捕らえる前と言う事なのですよね」
言い伝えでは捕らえると幸運が訪れるのだ。
捕らえる前に消えてしまうのでは捕らえる意味が無い筈だ。
ガルマ「うむ。そやつはお主と対峙するように現れてお主に見入っておった。が、運の力はすぐに消えた」
ガルマやマアマの知覚範囲外、つまりはこの世界の外から突然ベルタの前方に現れたのだ。
エルフが何千年かけようと捕らえられる訳の無い存在だった。
だがその驚異的な力は既にUMAから消えている。
ベルタ「まさか本当に仲間だと思われちゃったのかな。それでその消えた運はどこへ」
ベルタにはガルマの言葉の意味を理解出来ておらず、たまたま歩いて近づいてきた程度に捉えている。
ガルマ「まさに消えたのだ。少なくともこの世界には存在しない。移動したとすれば高位の次元か」
ガルマが探れぬとなれば竜力が存在する竜神の次元と同等以上の可能性も否定できない。
ベルタ「なんだ。捕らえると幸運になる訳では無いのですね」
ガルマ「分からぬ。運の力は普通は突発的に現れて行使される。動物に付いて来てそのまま消えるなど・・・」
分からないと言う事は、今後戻ってくる可能性が残っていると言う事だ。
ベルタ「ガルマさんですら分からないのですか。運の力って本当に不思議ですね」
アルフ「今の話だとさ。捕まえた人に幸運が訪れるんじゃなくて、幸運を与えたい人にわざと捕まるって事か」
ガルマ「可能性はある」
運が自らの意志で運を運んでいるかもしれないと言う事だ。
だがそうであればUMAを介している事は解せない。
人や動物に干渉する為の媒介と推測するがガルマにも分からない。
ベルタ「へぇ。幸運を運んできてくれたのかもか。ありがとね」
UMA「きゅ」
UMAに額を合わせるベルタ。
消えたのなら気にしても仕方が無いとUMAを降ろそうとした所でガルマが神妙に告げる。
ガルマ「幸運とは限らぬ」
ベルタ「ちょ。不運てことですか」
驚いて飛び上がりそうになるベルタ。
ガルマ「分からぬ。凄まじい力ではあったが指向性を感じなかった」
アルフ「つまり気にすんなって事だな」
凄まじい不運かも知れないと聞いたにも関わらず気にするなと言うアルフに呆れるベルタ。
ベルタ「あんたねぇ。ガルマさんが凄まじいって言ったのよ。初耳よ。どういう意味か考えてみなさいよ」
少なくとも容易に世界を消滅させられるであろうし、それ以上は想定するだけムダである。
アルフ「いや、だからこそ俺なんかが考えるだけムダだろ。気にしてもどうしようもねぇ」
常識離れした力を振るえる今のベルタであろうとも到底太刀打ち出来る訳が無いのだ。
運は物理どころか霊的存在ですら無い力だ。
マアマやガーゴでも対応出来ない上、力の大きさもガルマの折り紙つきだ。
ベルタ「それはそうだけど。何でこう悩ましい話ばかり舞い込むのかな」
UMA「きゅ」
落ち込むベルタの顔を舐めるUMA。
ベルタ「貴方を責めている訳じゃないのよ。幸運が続く現状をも不運に感じるあたしの心が不憫だわ」
アルフ「自分を憐れむって恥ずかしくねぇか」
ベルタ「恥ずかしいわよ。恥ずかしくなるような感覚をしているから不憫なのよ」
アルフ「お、おぉ。何かよくわかんねぇわ」
つっこんだつもりが煙に巻かれて引き下がるアルフ。
ベルタ「この子は捕まえたら放すって話だったわね。元気でね」
ベルタはUMAを野原に放す。
アルフ「味は気になるけど、あんまり食う所は無さそうだしいいか」
UMA「きゅ」
アルフの言葉に驚くように消えるUMA。
ベルタ「何でも食べようとしないでよ。エルフの話だと希少生物みたいなのよ」
弱肉強食とは言え、弱い者を全て食べなければいけない訳では無い。
アルフ「つまり希少な味って可能性も高いよな。でも美味いのに二度と食えないって事になっても困るな」
食べる事に固執するアルフの態度から飯時である事に気付く。
ベルタ「あぁお腹が空いているのね。もうお昼時か。何かリクエストはある?」
アルフ「森が近いなら森の恵みを食いたいけど、森ばっか続いていると魚介類も食いたくなるよな」
ベルタ「要は何でもいいのね」
普段なら任せると答えそうなアルフが手を挙げて制止する。
アルフ「まったまった。焦るなって。やはりここは風の恩恵があるかもって事で鳥のから揚げを頼もう」
ベルタ「はいはい。流石に風が肉質に影響するとは思わないけどねぇ」
ベルタがマアマを振るとから揚げが現れる。
早速つまんで口に放り込むアルフ。
アルフ「ん? おぉ! 美味い珍味きたー!」
ベルタ「へ。変わった味のする鳥だったの」
ベルタもつまんでみる。
アルフ「おぉ。食感は鶏肉で独特の旨みがあるぞ」
アルフはバカスカと口に放り込むがベルタは不安になる。
ベルタ「確かに変わった味の鶏肉みたいな・・・マアマさん、まさか不死鳥の肉じゃないわよね」
マアマ「ちがーう」
不死鳥の肉は硬すぎて食べられたものでは無い筈だが、マアマなら何とかしそうだと懸念していた。
だが別の鳥の肉だった。
ベルタ「良かった。あれは残しておかないと不味いみたいだからね」
不死鳥が居なくなれば邪霊が溢れて天空も地上もえらい事になりかねない。
その事はマアマも理解している筈だが、分かっていながらも遊びでやりそうだから怖いのだ。
アルフ「から揚げにしたのがベストチョイスだったか。ジューシーでうめー」
ベルタ「運が良かったわね」
運と口にしてUMAを思い出す。
ベルタ「もしかして、さっきの子のお陰じゃないの」
アルフ「おぉ。俺にも運のおすそわけが来たのか。なら幸運で確定だな」
喜ぶアルフをじと目で嗜めるベルタ。
ベルタ「あの子を食べていたら不運になっていたかもね」
アルフ「おおう。そりゃこえぇな。飯が不味くなったら絶望しちまうぜ」
ベルタ「アルフには一番大事な運かもね。数千年に一度の運としては無駄遣いにしか思えないけど」
口にしながらも本当にUMAが運んできた運だとは思っていない。
コーッ・・・
不死鳥の声が聞こえる。
だが驚くような大声では無く、遠くに聞こえるだけだ。
アルフ「あれ。不死鳥が弱ったのか? 随分と声の威力が落ちているぞ」
から揚げとマアマを見ながらまさかと思いつつ不死鳥を確認するベルタ。
ベルタ「向きを変えているわね。今はこっちに尻尾を向けているわ」
不死鳥の強さに変化は見当たらなかった。
アルフ「おぉ。これも運なのか。俺がクレームしていた事を改善してくれているみたいだな」
ベルタ「まぁ偶然なんでしょうけど。偶然を起こすのが運と考えればそうか」
タイミング良く幸運な偶然が続くけど、まさかなと思うベルタ。
アルフ「あとはエルフが狩る所を見られたら完璧だな」
ベルタ「あはは。そこまで願いが叶ったら幸運と言うより神様よね」
20mほど前方に転移で現れたエルフが鳥を射落とすと、アルフ一行に会釈して去るのが見えた。
呆気に取られるアルフとベルタ。
ベルタ「・・・見えた?」
アルフ「・・・おぉ」
アルフの手を取って興奮するベルタ。
ベルタ「これ運なんて話じゃ無いと思うんだけど。願望を現実にするみたいな」
アルフ「すげぇ偶然だな」
アルフは驚きつつもただの偶然という認識を変えていない。
ベルタ「願い事があるなら今の内じゃない?」
アルフ「んじゃベルタが進化して大願を果たせますように」
ベルタのノリに合わせてお祈りをしてみせるアルフ。
ベルタ「嬉しいけど自分の事じゃないとダメじゃない?」
アルフ「ん~。たまたまの偶然だろ。遊びで祈る程度でいいと思うぞ」
運ばれた運か、ただの偶然か、見解が一致しないままのアルフとベルタ。
どちらにも確たる根拠は無い。
ベルタ「えー。ガルマさんが運の力を確認していたのよ」
アルフ「でも消えたんだろ」
性格的に物事を気にするか否かの差が出ていた。
ベルタ「タイミング的に関係があると思うんだけどなぁ」
アルフ「とは言ってもな。関係が有るとしても願い事なんて特にねぇな。十分に楽しい毎日を送っているし」
アルフが一歩譲るが、突然言われても願う事が思いつかない。
ベルタ「記憶を取り戻したいとかさ」
アルフ「それはどうでもいい」
ベルタ「あ・ん・た・は・ねぇ」
頬をつねろうと近づくベルタから飛びのくアルフ。
アルフ「いや。だから今が楽しいんだって。記憶が戻って今が壊れたら嫌じゃん。この旅を続ける必要もある」
ベルタ「・・・あたしのためか」
アルフの最後の一言で気を落とすベルタ。
アルフ「またか。前向きに考えろって。俺が今を維持したいんだ」
悪い癖が再発したと自覚して気を取り直すベルタ。
ベルタ「うん。じゃぁ呼び主にアルフの魅力を聞き出すって目的はどうなの」
アルフ「それも旅を続けるモチベーションになっているしな。知りたいけど今すぐ必要でもねぇし」
慎み深いという訳では無く、本当に願いが思いつかない様子のアルフを面白く思うベルタ。
ベルタ「無欲ねぇ~」
アルフ「いや。考えてもみろよ。毎日最高の料理を食いながら気ままに旅してんだぜ。何を望めばいいんだよ」
アルフに願いがあるとすれば、まさにそれは現状維持なのかもしれない。
代わりに願い事を考えてやろうと思うベルタ。
ベルタ「金品は邪魔なだけか。権力も無意味ね。何か長所が欲しいとかは?」
アルフ「それって運で何とかなるのか」
嫌味か本気か疑いながらつっこむアルフ。
ベルタ「あはは。もし仮に存在するなら気付く機会とかが得られるんじゃない?」
アルフ「つまりは存在しないかもしれないって事をサラっと言いやがったな。認めるけどさ」
無論ベルタはアルフの魅力・長所を理解しているので冗談だ。
能天気な発想でベルタを想い護り続けてくれているアルフには強く感謝しているのだ。
ベルタ「そっかぁ。運なんて貰わなくても既に十分に幸運なのよね。あたしたちは」
ベルタも自身の願いとなれば大願くらいしか無い事に気付く。
驕りや精神耐性などの課題は全て大願の為なのだから。
それほどに恵まれた充実した日々を送って来たのだ。
アルフ「おぉ。願うとしたら不運にならないようにって所か」
ベルタ「それは大事ね。残りの運はそれに使っちゃえ」
アルフ「いや使い方なんて知らねぇから。そもそも運で運を願うとかおかしいだろ。まぁ一応祈ってはおこう」
願いを考える過程で過去を思い返し、エルフの国の素晴らしさを改めて実感するベルタ。
ベルタ「エルフの国かぁ。な~んの問題も無さそうでいいわよね。未だに獣すら襲って来ないし」
アルフ「鳥は美味かったしな」
ベルタ「精霊様も妖精さんも多いし、さっきの子も可愛かったし」
アルフ「食えない奴はどうでもいいかな」
ベルタ「アルフだって喜んでいたじゃない」
アルフ「おぉ。でももう十分だ。見慣れると感動しねぇ」
ベルタ「風も凄く気持ち良いわよ」
アルフ「それは捨て難いな。代わりに風以外が微妙になるから特にこっちが良いとは思わないかも」
ベルタ「・・・そっかぁ」
残念そうに答えるベルタの気持ちを察するアルフ。
アルフ「お前にはこっちが良いだろうな。エルフには邪気がねぇんだろ。人が邪に見えるんじゃ嫌になるよな」
ベルタ「・・・分かっちゃうか。でもあたしも地上の人の一人なのよね。それに邪だからこそ導かなきゃ」
平静を取り繕ってきてはいたが、今のベルタにとっては人を見る事が辛いのだ。
見えない頃の方が良かったと切に思う。
アルフ「知らない方が幸せな事もあるって分かるだろ」
ベルタ「え・・・そっか。あんたの記憶の事ね」
アルフが記憶に興味を示さない理由を身をもって理解するベルタ。
今までは言葉で言われても言い訳にしか聞こえていなかったが、記憶を邪に置き換えれば分かる。
見えない人には見えた方が便利だと言われるだろう。
でも大事な人にまで邪が見えてしまう時の辛さには耐え難いものがある。
記憶についても第三者から見れば思い出させてやりたいが、当人にとっては不幸になるかもしれない。
アルフ「俺も怖いんだ。幸せな今が消えちまいそうで。だから必要が無いなら失くしたままでいいと思うんだ」
ベルタ「うん。今なら何となく分かるかも。そっか、思い出したくなってから考えればいいか」
アルフ「おぉ」
アルフ一行の旅は続く。
アルフに生じた幸運はUMAが運んだ運の余波だ。
運の狙いはやはりベルタだが、ガルマが脅威に感じたその力は未だ行使されずにいた。
ここまでの挿入話を読む事に貴重な時間を割いていただき深く感謝します。
まともな長文を書いた経験が無かったので書き方に試行錯誤した挙句読み辛い文章になってしまい申し訳無い。
書き残したかった事はこの話で一段落しました。
今後は思いついた時に、ほのぼの系の話を追加する程度になると思います。




