おまけ:絶望の味
森の中を歩くアルフ一行。
ベルタは時折足を止めて会釈している。
アルフ「精霊に挨拶をしているのか? 人の会釈なんて意味があるのか」
人気の無い森の中である。
ベルタが精霊に構うのは分かるが会釈は違うだろうと思うアルフ。
ベルタ「人が居るのよ。いやエルフかな」
アルフ「へ。ここはエルフの国なのか」
国境を跨いだ事を認識はしていたが、どこの国に入ったのかまでは不明なままだった。
ベルタはエルフに遭遇した覚えは無いが、自身の知識を基に知覚した特長からエルフであろうと認識した。
ベルタ「そうみたい。魔法で大陸を浮かせているって話だから納得はいくかも」
アルフ「エルフが挨拶をしてくるのか」
エルフなら挨拶をする事に疑問は無い。
だが、ただ遠くに見かけただけの見知らぬ者にはしないだろうと思うアルフ。
ベルタ「とっても礼儀正しいのよ。こっちに気付いた方は必ず止まって会釈をしてくれているわ」
アルフ「という事はティアラを見ても畏怖しないのか」
ティアラに気を取られた一般人は様々な反応を示すが畏怖するので普通の挨拶をする事は無いのだ。
ベルタ「そうなのよ。挨拶を済ませたら、そのまま平気で狩りに行っちゃうわ」
アルフ「へぇ~。魔法に強いって事は物理よりも精神面で強いって事なのかね」
ティアラが気にならない、もしくは気になっても抑えられるだけの精神力があると言う事だ。
ベルタ「そうそう。精神面と言えばすっごいのよ。みんな綺麗なの。邪を全く感じないの」
アルフ「おぉ。人とは逆だな。みんなが邪を祓えているのか」
ベルタ「種の特性なのか、祓う術が広まっているのは分からないけどね。羨ましいわ」
精神が強い事も確かだが、邪を祓えているからティアラを手に入れたいとすら思わないのだ。
興味深そうに周囲を見渡すアルフ。
アルフ「でも俺にはエルフなんて全然見えないぞ」
ベルタ「それがね・・・動きの方もとんでもないのよ」
アルフ「へ」
ベルタ「一つには、まるで羽根が生えているかのように身が軽いの。枝の上をかろやかに渡り歩いているわ」
アルフ「そりゃ見えねぇ訳だ。木の上は気にもしていなかったぜ」
言われて上方も見渡してみるが、やはりアルフには分からない。
ベルタ「弓もすっごいのよ。矢が木を避けて飛んだり、すり抜けたり、一発で複数の獲物を射止めたり」
アルフ「なんだそりゃ。魔法の弓矢かよ」
是非見てみたいと目をサラのようにして探すアルフだが、やはり分からない。
ベルタ「もう一つには転移魔法を混ぜながら移動しているのよ。視覚だけじゃ追いようが無いわ」
アルフ「ゴリラの獣人の時にも思ったけど亜人というのは半端ねぇな」
先に言えよと思いつつ探す事を諦めるアルフ。
アルフ「・・・と言う事はだ。ここでは魔法が禁忌じゃないって事か」
ベルタ「そういう事になるわね」
ガルマ「エルフの国では魔法を禁忌としてはおらぬ」
ベルタ「それは、とても危険な事なのでは」
大した魔法を扱えない人ですら魔法を禁忌にせねば危険なのだ。
大陸を浮かせるほどの魔法を操るエルフに枷が無いとすれば危険極まりないと言う他無い。
ガルマ「エルフは国を二つに分けておるのだ。それぞれを内界と外界と呼んでおり、ここは外界だ」
アルフ「町の中と外みたいなもんか」
ガルマ「いや。教育中の者の世界と、教育を受け終えた者の世界だ」
ベルタ「なるほど。ここで見かける方々は既に教育を受け終えているという事ですか」
ガルマ「うむ。千年ほど正邪や魔法の危険性について内界で学ぶ。完全に身に付けるまでは内界から出られぬ」
魔法を禁忌にする代わりに、危険な行為に及ぶ者が外に出ないようにしているのだ。
ベルタ「千・・・年ですか。寿命が長いからこそ可能な方針ですね」
アルフ「千年も勉強し続けるとか俺にはムリ。いや百年くらいで死ぬだろうけど百年もムリ」
ガルマ「そんな堅苦しいものではない。人の国のような生活の中で自然に学び日常の言動から審査されるのだ」
内界の広さは大陸の半分を占める。
一生を内界だけで過ごしたとしても息苦しさを感じるものでは無い。
広大な自然の中に多くの町や村が散在しており、平均的な一国に匹敵する規模を誇る。
ベルタ「日常の言動で審査ですか。悪知恵の働く方は審査をすり抜けて外界に出てきそうな気がしますね」
ガルマ「内界は結界で護られておる。転移魔法では往来出来ぬのだ。出入りするには転移紋を使うしか無い」
ベルタ「紋・・・もしかして塔からここへ飛ばされた時の模様の事ですか」
ガルマ「うむ。邪を祓えておらぬ者は飛べぬ。故に出入りは出来ぬ」
外界と内界、及び外界と地上との往来には転移紋を使うしか無い。
つまり外界に立ち入った者が邪な行動をしない事は実質的に保障されているのだ。
ベルタ「そういう仕組みだったのですか。それで化け物はここに飛べなかったのですね」
アルフ「つまりは冒険者も来れないと。我欲にまみれて攻略するんだろうし」
ベルタ「それでここで見かける方々は邪を感じさせないのか。入国審査も不要って考えなのね」
邪を祓う術とは長い寿命にものを言わせた力技であったのだ。
寿命の短い人が参考に出来るものでは無い。
謎が解けたのは嬉しいが残念に思うベルタ。
ベルタ「でもそうなると・・・外界に子供は居ないのですか」
ガルマ「居らぬな」
ベルタ「それは何か寂しいですね」
ここに居る子供はアルフとベルタだけという事だ。
ガルマ「無論、内界へ戻る転移紋も在る。内界に居を構えながら外界で活動する者も居る」
ベルタ「なるほど。邪を祓えている事が前提だから往来で悪用される事も無いと」
外界に入れた者であれば何時でも子供に会いに行く事は出来るのだ。
それは部外者であるアルフ一行も例外では無い。
アルフ「理に叶っているな。人が真似したら、ほぼ全員が飛べないけど」
ベルタ「そうなのよね・・・やっぱり魔法や技術がどうのと言うよりも先に人が変わらないとダメなのよね」
エルフでも内界から出られるまでには千年程度かかると言うのだから今の人ではどうしようも無い。
ベルタは考えるのを諦めて気を取り直すと、狩りをするエルフに再び意識を移す。
ベルタ「それにしてもエルフの皆さんは魅入っちゃうような動きだわ。まるで風そのものよ」
ガルマ「エルフはシルフの眷属にあたるからな」
すかさずガルマに迫り詰めて興奮しながら問い掛けるベルタ。
ベルタ「シ、シルフ様の! なんて羨ましい。どうやって眷属になったのですか」
ガルマ「エルフは風の妖精の能力を得た人だ。故に生まれつきシルフの眷属だ」
ベルタ「いいなぁ。人はどなたの眷属にあたるのでしょうか」
ガルマ「人は誰の眷属でも無い」
ベルタ「えー。人はどなたの恩恵も受けられないという事ですか・・・」
落ち込むベルタの頭を優しく撫でるガルマ。
ガルマ「お主らしいな。眷属を制約される身と捉えず、恩恵を受ける身と解釈するか」
ベルタ「違うのですか」
眷属はあらゆる面に於いて、主となった者の特性から大きく影響を受ける。
主の長所も短所も等しく眷属に影響するのだ。
だが眷属にするかどうかを決められるのは強者である主となる者のみだ。
故に一方的に眷属にされる側は被害妄想に陥り易く、短所から生じる制約を不満にする者が多い。
ガルマ「どちらも間違ってはおらぬ。そうだな。全ての生物は竜の眷属と言える。そこには人も含まれる」
ベルタ「竜直属の眷属って事ですか。そういう事なら嬉しいかも」
ガルマの加護を感じ取って満足するベルタ。
アルフの腹の虫が鳴く。
虫除けの魔アイテムでも腹の虫には対処出来ないようだ。
アルフ「ここなら精霊も多いんだろ。飯に良さそうな場所も教えて貰えるんじゃねぇの」
ベルタ「うん・・・そうね。もうお昼か」
精霊から花畑に誘われた時の浮かれた様子と違って悩ましそうなベルタ。
アルフ「どうかしたか」
ベルタ「誘ってくれては居るんだけど。食事目的である事も伝わってはいると思うんだけど。何か違うのよね」
アルフ「何が」
ベルタ「そこだけど、そこではない、みたいな妙なニュアンスなのよ」
言葉によらぬ意思疎通に慣れていないベルタにとっては難解な状況であった。
アルフにとってはベルタの言葉が難解である。
アルフ「訳が分からねぇな。行ってみるのが早いだろ」
ベルタ「そうね。そこの明るい場所よ」
ベルタが指す方角には照明でもあるかのような明るさを保つ空間があった。
アルフ「明かり? 食事の施設? 森の中で施設を使うのもどうかとは思うが。郷に入れば郷に従えだっけか」
率先して明るい空間に踏み込んだアルフがそのまま消える。
アルフが消えた地を見ると転移紋が描かれていた。
ベルタ「・・・またですか」
精霊の様子を確認すると、アルフが飛んだ事は精霊の意図通りのようだ。
ベルタ「どこが食事の場所なのよ」
ぼやきながらも、今度は躊躇わずにアルフの後を追ってベルタも飛ぶ。
飛んだ先は町の中だった。
アルフはモストマスキュラーのポーズで何かを懸命に耐えている。
ベルタ「どうしたのよアルフ。顔を真っ赤にして」
アルフ「ぶはぁー! ・・・お? おぉぉ!」
アルフは息を止めていたようだ。
呼吸を始めると周囲を見回して驚いている。
ベルタ「何なのよ。一人で遊んでいないでよ」
アルフ「いや。周囲を見てみろよ。すんげぇ美形しか居ねぇだろ」
町でくつろぐ者達は全て若く美しく見えた。
だが気取った雰囲気はまるでなく、自然に優雅に明るく振舞い、それがまた美しさを際立たせていた。
アルフ「また香料の臭いが酷いのかと思って息を止めていたんだけど。全然臭わないな」
以前に訪れた美しさを競う町でのトラウマがアルフには残っていた。
その時は強烈な香料に当てられて気絶していたのだ。
ベルタ「素で綺麗な方達なんでしょうね。これで千年くらいは生きている方々と言うのだから信じ難いわよね」
アルフ「そう言えばそうだったな。百歳のじいさんの十倍以上の歳でもこの外観か。実感が湧かねぇわ」
アルフ一行が揃ったタイミングを見計らったかのように忽然と目前に現れた男が会釈する。
案内役「ようこそエルフの町へ。私は皆様の案内役を仰せつかった者にございます」
ベルタ「あ、その。ごめんなさい。勝手に入国しちゃって。意図して越境した訳じゃなくてですね」
入国して以来、初めてエルフに話しかけられて慌てるベルタ。
ベルタのいい訳を笑顔で制して続ける案内人。
案内役「歓迎致します。宴の用意をさせていただきました。こちらから御案内差し上げても宜しいでしょうか」
宴と聞いて空腹を思い出し即答するアルフ。
アルフ「おぉ。飯を食わせてくれるのか。行く行く」
ベルタ「もうアルフったら。でもとても嬉しいお誘いですね。是非宜しくお願いします」
精霊が伝えたかったのは、この宴の事なのかなと察するベルタ。
食事をする場所と言うよりも機会であるが。
見知らぬ者からの招待故に不安はあるが、無断で入国した身である事を考えれば断れる立場では無い。
それに竜人を伴う侵入者に不安を感じているのは先方なのであろうから。
案内役「では」
案内役の言葉が終わった時には、アルフ一行は料理の配膳された円卓を囲んで立っていた。
各々が腰を下ろすだけで椅子に座れるようになっている。
アルフ「あれ。突然飯が湧いてきたぞ」
ベルタ「な、何。町が突然室内に変わっちゃったわよ」
ガルマ「転移しただけだ」
ベルタ「へ。詠唱も無しに、あたし達全員をですか」
幾度も瞬間帰還器や転移紋を使ってきたので転移する事には慣れている筈だった。
だが今回は転移した時に生じる移動感が全く無かったのだ。
自分は全く動かずに周囲の方が変化したような感じを受けていた。
ガルマ「案内すると言っておったであろう。エルフが魔法に向いておるとも教えておる」
ベルタ「はい・・・伺ってはおりましたが、凄く強力な破壊の魔法を使えるようなイメージでした」
破壊力では無く、利便性や快適さや無詠唱化を追求しているのかと感心するベルタ。
もはや芸術と感銘を受けるほどに見事な転移であった。
ガルマ「無論それも可能だ。地上を消滅させるくらいは出来よう」
ベルタの感心をカウンターとばかりに一蹴するガルマ。
ベルタ「ちょ。そんなとんでもない魔法を一体何の為に。戦争、いや世界を支配するつもりなのですか」
争う気が無ければ、そのような魔法を研究する必要は無い筈である。
ガルマ「星が降って来た時の対処手段として備えておる」
ベルタ「・・・星って降ってくるものなのですか・・・」
巨大隕石の脅威をベルタは知らずに呆ける。
降った時には人の世界が滅んでいるのだから知る由も無い。
だがエルフは既に対策を講じていた。
ガルマ「長く生きておれば遭遇する苦難も多い。精進した結果だ。魔法に於いては、あらゆる面で長けておる」
「ガルマ様に言われては赤面してしまう程度の微力なものではありますがね」
いつの間にか円卓の一席に苦笑した青年が立っていた。
皇太子「お久しぶりです。ベルタさん。自己紹介は初になりますね。この国の第一王子です。お見知りおきを」
ベルタ「えぇ? エルフの王子様に謁見した覚えは無いのですが」
見覚えは無いが聞き覚えはあるような声だ。
皇太子「旅の途中で鍋の実を分けて頂きました。まさに残り物に福。このようなご縁に繋がろうとは」
残り物と聞いて最後の一杯を配った相手を思い出すベルタ。
ベルタ「・・・もしかしてフードを被っておられました?」
皇太子「はい。人の町では耳が目立ってしまうもので」
その後に起こった騒ぎも思い出すベルタ。
ベルタ「・・・もしかして封術紙を下さったのも?」
皇太子「もう少しマシなお返しをしたかったのですが。あの場では思いつきませんでした」
ずっと礼を言いたかった相手が目前に現れていたのだ。
慌ててお辞儀を繰り返すベルタ。
ベルタ「とんでもない! ものすごく助かりました。本当にありがとうございます」
皇太子「お役に立てたようなら良かった」
リュックを探り封術紙を取り出すベルタ。
ベルタ「その、かなり使ってしまったのですが、あたしには過ぎた物ですし残りはお返しします」
皇太子「マアマ様が居られるのなら既に不要ですね。まだ持ち歩いて下さっていたとは嬉しい限りです」
皇太子が手をかざすと、近づきもしていないのにベルタの手の封術紙が皇太子の手に移る。
ベルタ「え。マアマさんが分かるのですか。精霊様や神獣様を除けば、気付かれた方は初めてかもしれません」
ガーゴの力を借りたベルタですらマアマの存在は認識出来ないのだ。
皇太子「寿命だけは長いので多少の知識は持ち合わせております」
周囲を観察していたアルフが感心したように呟く。
アルフ「ガルマさんが来た事を知っていてもエルフの王様はすっ飛んで来ないんだな」
皇太子「竜神様に責められるような事をした覚えはありませぬ故。ありのままを見ていただく所存です」
アルフ「かっけー。そっか。人が幾度も滅ぼされてきた理由もちゃんと理解しているって事か」
皇太子「最も重要な事ですので肝に銘じております」
あまりの展開だった為かアルフですらまだ食事を始めていない。
再び苦笑した皇太子は着席して開宴を告げる。
皇太子「御挨拶が長引いて申し訳無い。どうぞ、大した物ではありませんがお召し上がり下さい」
アルフ「おぉ。いっただきまーす」
食事を始める一行。
皇太子「まずは繋ぎの塔を解放して下さった事に感謝申し上げます」
ベルタ「あの塔はエルフの所轄だったのですか」
エルフが天空に居る訳は人との交流を拒む為では無い。
邪な者でなければ誰とでも喜んで交流するのだ。
塔はエルフの国へ訪れる為の手段として幾つか用意していた。
守護精霊が堕ちていなければ本来は魔物など居ない塔なのだ。
皇太子「はい。守護精霊を置いて護っていたのですが。奪われてしまうとは配慮が足りませんでした」
ベルタ「でもエルフの皆さんなら邪霊と化した守護精霊様でも対処は出来そうですよね」
大陸を浮かせるほどの魔法を操れるのであれば塔ごと破壊してしまう事も容易な筈だ。
降る星に対処するほどの破壊の魔法を放てるとガルマも言っている。
それなのに邪霊が長い間放置されていた事は腑に落ちない。
皇太子「魔法を使っても良いのであれば。地上で派手な魔法を見せる事は躊躇われまして」
ベルタ「あ。そっか。人には禁忌である事が厄介なのですね」
塔がエルフの所轄でも、塔が置かれている土地は他国の領土である。
勝手に他国の民を排除して除霊する訳には行かないのだ。
そもそも問題が発生した際は、まずは地上側で対応する取り決めになっていた。
今回の場合は、地上側では手に余るのでエルフへの協力要請を検討していた。
しかし人が原因であろう事を推測出来ていた為にエルフには頼み辛い状況に陥っていた。
塔を守護精霊が護っている事は知らされており、手配中の精霊使いが塔に入っていた情報も掴んでいたのだ。
皇太子「お陰で此度は本当に助かりました。どうかお好きなだけこの国で寛いでいただきたい」
ベルタ「いえ、あたし達も除霊はついでだったので気にしないで下さい。お礼ならアルフに」
元々ベルタは驕りを恐れて除霊には来ないつもりだったのだ。
それを覆したのはアルフだ。
礼を言われるならアルフに振ろうと視線を移すが・・・
アルフ「もが?」
ドングリを大量に頬張ったリスのような顔をして、食べる事に夢中なアルフ。
ベルタ「いえ。何でもないです」
皇太子の視線をアルフから逸らそうと両掌を振るベルタ。
恥ずかし過ぎて他人に見せられる姿では無かった。
ベルタの心中を察して話題を変える皇太子。
皇太子「恥ずかしながら私も進化を目指しております。足りない物を求めて地上を旅しておりました」
ベルタ「見つかったのですか」
ベルタにとっては極めて興味深い話なので身を乗り出して応じる。
皇太子「幾つかは。ですがまだ全く足りていないようです」
ベルタ「そうですか。やはり厳しい道なのですね。あたしに選べるのかなぁ」
探るかのようにしばらくベルタを見つめていた皇太子が答える。
皇太子「貴方は既に進化に至れる状態に在るように見えます」
ベルタ「えぇ? では何故未だに進化出来ていないのでしょうか」
皇太子「それは」
答えかけた言葉を中断し、一旦ガルマに目を向けて頷く皇太子。
皇太子「貴方は既に御承知のようです。ただ信じておられないだけかと」
ベルタ「あたしが知っているのに信じていない事ですか。でもガルマさんの言葉を疑った事なんて・・・」
進化に関わる要素であればガルマの助言である可能性が高いと察するベルタ。
だがガルマの言葉を疑う要素など無いと思い込んでいるベルタには考え難い話だ。
皇太子「申し訳ありませんが、これ以上はご自身で気付かれる必要があるようです」
ベルタ「ありがとうございます。とても助かります」
似たような言葉を以前にも言われていた件をふと思い出す。
聖獣の進化について話した時の事だ。
ベルタ「至極当然の簡単な事って前に言われたわよね。しかもそれは既にあたしが知っている事なのか」
ガルマとの出会いの頃からの記憶を手繰ってみるものの、やはり大事な部分を無意識にすっ飛ばすベルタ。
仮に今、具体的に指摘されたとしても前回同様にベルタには認められないのかもしれない。
理屈を理解出来たとしても心が拒んでいては本質を理解出来ないのだから。
皇太子「貴方から見た私はどうでしょうか。足りない部分に気付かれたなら教えていただけると助かります」
ベルタ「えぇ? 非の打ち所が見えないんですけど・・・」
外見も能力も性格も知識も礼儀も見れば見るほどお手本のような存在であった。
まさに御伽噺に出てくる理想の王子様である。
ガルマ「己が学んで来た事と照らし合わせてやるがよい」
ガルマにまで言われては考えるしかない。
皇太子との接点は料理配布の時のみ。
その時に進化を目指す者として問題になる行動があったとすれば・・・
ベルタ「そのぉ。あたしは本当にとても助かりましたけど、封術紙をくれたのは安易だったかなぁと」
ベルタの意図する事を即座に察して頷く皇太子。
皇太子「なるほど。魔法は禁忌。当時の貴方に渡すべきでは無かったのかもしれません。そうか驕りでしたね」
ベルタ「え、いえ。本当に助かったんですよ。マアマさんと一緒になれたのも封術紙のお陰のようなもので」
マアマが宿る武器は、封術紙による救助活動のお礼で貰った物だ。
封術紙を貰っていなければマアマが同行する事も無かったかもしれない。
皇太子「お気遣いに感謝します。ですが結果には運の力が大きく作用します。故にあまり意味は無いのです」
行動の良し悪しを結果論で評価する事は出来ないのだ。
少なくとも進化を目指して成長しようとする者にとっては。
ベルタ「運ですか。そうですね、思い返してみると今ここに居る事も含めて凄い力ですよね」
今更だが、村娘がエルフの皇太子と天空で会食している状況に改めて呆れるベルタ。
旅の全てが夢だったと言われた方が納得がいく。
ありえないほどの強運の積み重ねでここまで来た事を実感せざるを得ない。
ようやく食事のペースに落ち着きを取り戻したアルフ。
話に夢中になってロクに食べていないベルタを気遣って声を掛ける。
アルフ「話し込むのもいいけど食わないと勿体無いぞこれ。なかなかに美味い」
料理長「なかなか?・・・この料理に匹敵する味が地上にも在るとおっしゃるのですか」
近くに控えていた料理長がアルフの言葉に反応する。
アルフは誉めていたのだが、それでも心外な低評価だったという面持ちでふてくされる。
皇太子「料理長」
料理長「あ。失礼しました」
客人に対する態度では無かったと気づいて即座に謝罪する料理長。
所詮は子供の味覚であり戯言に過ぎぬではないかと自分を戒める。
そのまま下がろうとする料理長をアルフが止める。
アルフ「いや気にすんな。確かに自信を持てるであろう、すっげぇ腕だぞ。でも大事な事を忘れているぜ」
珍しく食事を中断して料理長の方を向くアルフ。
嬉しそうに料理長に話しかける。
料理長「む。私が忘れている事ですと」
自信有り気なアルフの態度に少し怯みながらも、子供の戯言だと頭の中で連呼して自制する料理長。
アルフ「おぉ。素材だ。地上にはノーム様が居る。王都周辺はノーム様が直接肥やしている。どうなると思う」
アルフの言葉に驚愕する料理長。
既に自制という言葉は頭の中に無い。
料理長「おおおおお。そ、そうか。ノーム様ならば我らの魔法を越える素材も容易に作り出せよう」
アルフ「それだけじゃねぇぞ。巨人の体の上の森も同じ感じだったし、妖精や精霊の珍味も捨てがたかったな」
アルフの一言一言に痙攣するかのように反応する料理長。
料理長「た、確かに。地上には我らの魔法と互角以上の力が溢れている。それを料理に活かしておられるとは」
強大で不思議な力を持つ者たちが地上で跋扈している事くらいは当然料理長も熟知している。
だがそれらがよもや料理に貢献しているなどとは夢にも思っていなかったので強い衝撃を受けていた。
アルフ「ふっふっふ。修行が足りないぜおっちゃん」
料理長「感服つかまつった。ありがたき助言、必ずや活かしてみせましょう」
僅かな会話の間に憔悴しきったかの様相で応える料理長。
もはやアルフを子供と侮る気持ちは微塵も無い。
むしろ今や心の師匠である。
皇太子「すまぬな料理長。私が王都にも寄っていれば気付いて教えてやれていたかも知れぬのに」
嬉しそうでもあり哀しそうでもあり申し訳なさそうでもある複雑な雰囲気で料理長をいたわる皇太子。
ベルタがピクリと反応して声を掛けようとするがアルフの言葉に遮られる。
アルフ「折角だし、この料理のお礼に理想の料理のお手本を出してやったらどうだ? ベルタ」
アルフは料理をしてくれる人が大好きである。
向上心を見せる者には協力したいと思うのだ。
料理長「り、理想ですと? そのような物が存在すると?」
普段の料理長なら一笑に付して相手にしない言葉だが、今のアルフの言葉なら何でも信じられる思いだった。
ベルタ「あ~。いいのかな。凄い人ほど違いが分かるだろうからショックが大きいと思うんだけど」
お手本があった方が目指し易いだろうと思うアルフだが、ベルタは逆効果を懸念する。
アルフ「そうなのか? 美味くするヒントとか掴めるんじゃねぇの」
ベルタ「罠アイテムのおじいさんもウンディーネ様のティアラは参考に出来なかったでしょ」
四大元素精霊が造り出す物の凄さは理解出来ても仕組みは全く理解出来ないのだ。
ましてやマアマの作となれば論外であろう。
アルフ「あぁ。そういう事か。どうするおっちゃん。参考に出来ないかも知れない究極の味。食ってみるか?」
アルフも理解して少し心配になるが、料理長の向上心に任せる事にする。
アルフとベルタの会話から、自慢の料理を遥かに超える究極の料理が実在する事を察する料理長。
唾を飲んで神妙に答える。
料理長「是非ともお願いします」
ベルタ「希望されるのでしたら。じゃぁマアマさん、王都付近の鳥の焼き鳥でお願いしましょうか」
マアマ「どかーん」
ベルタがマアマを振ると料理長の前に焼き鳥が現れる。
味や食感が至高である事は言うまでも無いがそれだけでは無い。
地に落としても汚れる事は無く、時間が経っても焼きたての状態が維持される、まさに別次元の料理。
料理長「こ、これがマアマ様のお力。ありがたく頂戴いたします」
焼き加減を見ながら香りを嗅いだ後、一口齧って噛み締めてから飲み込む料理長。
目を閉じて何かを堪えるような険しい顔つきをしている。
アルフ「どうだ。活かせそうか」
料理長「・・・絶望・・・しました」
目を閉じた険しい顔つきのまま涙を流す料理長。
アルフ「え? 不味かったのか」
不味い物を我慢してムリに食べたように見えなくも無い顔だ。
味覚は人それぞれだがマアマの焼き鳥を不味いと感じる人が居るとは思えなかったので不思議に思うアルフ。
料理長「・・・頂がこれほどまでに果てしなく遠いものだったとは。この味に至る道筋が全く見えません」
悔しさから生じた苦渋の表情だった。
逆効果だったかとフォローを考えるアルフ。
アルフ「進化を目指すみたいな感想だな」
料理長「進化。そうですね。まさにこれは進化を果たした料理なのでしょう」
アルフ「だったら料理長なら目指すべき味じゃねぇのか。絶望している場合じゃねぇだろ」
料理長「まさにおっしゃる通り。今の料理を極めても辿り着けないのであれば進化を目指すべきでしたな」
アルフ「よっしゃ。がんばれよ」
アルフの発破に頷いて、やれる事からやっていこうと思考を巡らせる料理長。
料理長「味に手はつけられぬが旨みを外部干渉から守る事は魔法で可能かも知れぬな。まずはそこからか」
料理長は深々と頭を下げると転移魔法で下がった。
ようやく一段落したかとばかりに皇太子に問いかけるベルタ。
ベルタ「ところで先程聞きそびれたのですが。あたしの祖国を旅しながらも王都へは寄られなかったのですか」
他国を旅するならまずは王都であろうと思うベルタ。
ましてベルタの祖国の王都にはノームが居り、マアマをも知っている皇太子がそれを知らぬ訳は無い。
皇太子「・・・はい。その、申し上げにくいのですが相性の問題と言うのがございまして」
何でも明確に即答していた皇太子が言い辛そうに婉曲に答える。
ベルタ「へ? ん~・・・王様には顔を知られていて外交が面倒とか? そういうのですかね」
王都に入ると魔アイテムで素性を確認されるので、あの王なら飛んでくるであろう。
国を挙げて魔法の研究を進める王にとってエルフの助言は代え難い価値が有るのだから。
ガルマ「察してやれ。風は土に遮られるのだ」
ベルタ「え・・・まさかノーム様がお嫌いなのですか」
シルフの眷属になると他の四大元素精霊を拒むのかなと推察するベルタ。
皇太子「とんでもない。ノーム様を敬愛せぬエルフなど居りませぬ」
ベルタ「では何故」
ベルタの憶測を強く否定し、観念したように説明する皇太子。
皇太子「ガルマ様のおっしゃる通りです。ノーム様のお傍では力を思うように扱えぬのです」
ベルタ「相性ってそういう事なのですか」
好き嫌いでは無く能力的な相性問題が発生するのだ。
だが制約が生じる事を口にはしたくない皇太子。
主であるシルフを冒涜するかの行為に思えるからだ。
皇太子「大地の恵みは我らエルフにとっても極めて重要。故、決して嫌ってはおらぬと御理解いただきたい」
ベルタ「はい。よく分かりました。それで大陸ごと浮かせている訳ですか」
ノームとの距離を維持して制約を回避する事が目的ではないかと推察するベルタ。
皇太子「他にも理由はありますが。天空こそはシルフ様の領域。我らエルフにとっては最適な場所なのです」
ベルタ「そっかぁ。眷属になると恩恵を活かして制約を回避する事が重要なのね」
ベルタが考えていた以上に眷属が受ける影響は大きい。
今でもシルフの眷属となる事には憧れるが、ノームを避けねばならなくなるのは辛いと葛藤する。
アルフ「んじゃ目一杯食ったし行くか」
ポンと腹を鳴らして立ち上がるアルフ。
ベルタ「もう少し言いようは無いのかな」
高貴な者に対しても過剰に謙る必要は無いと学んだベルタ。
だが、全く無頓着なアルフの態度には未だ抵抗が残る。
ベルタ「ごちそうさまでした。旅の途中ですので、おいとまさせていただきますね」
皇太子「是非またいらして下さい。いつでも歓迎させていただきます」
案内役が再び現れ、町の中へ戻るアルフ一行。
アルフ「町かぁ。ここに泊まってみたいか?」
ベルタ「別にいいわよ。まだお昼過ぎだし先に進みましょ」
アルフ「エルフのベッドに興味は無いのか」
ベルタ「あたしはベッドマニアじゃないわよ。野宿よりはベッドで寝たいってだけだからね」
アルフ「なるほど」
アルフもベルタも町を散策する気にはならなかった。
エルフの町だけに珍しいのではあるが、珍し過ぎて訳が分からないのだ。
王都が次世代ならこっちは別世界だ。
大半の店には入口すら無い。
転移魔法で入る事が前提のようだ。
警備兵らしき者は見当たらない。
くつろぎ談笑する者達は居るが、子供が居らず歩く者も居ないので町中なのに喧騒も無い。
殺風景と言う訳でも無いがすぐには馴染めそうになかった。
エルフの町を後にアルフ一行は旅を再開した。




