おまけ:消え行く仲間
空一面に広がる黒く厚い雷雲。
まだ雨は降っていないが何時嵐になってもおかしくは無い様相だ。
アルフ一行は町に泊まっていた。
宿屋に入る前からティアラを手で隠しておけば過剰なサービスは回避できていた。
食事中は両手を使いたいので配膳だけを頼んで給仕を断る事にしていた。
朝を迎えてベルタが目覚める。
ベルタ「ん~いい朝・・・でも無いか。一晩明けても酷い空模様のままね。もう一日泊まった方が良いかな」
アルフを起こして相談しようと思うベルタだが既にアルフの姿は無い。
ベルタ「あら? トイレにでも起きたのかしら」
ガルマ「アルフなら外だ」
窓の外を見やるガルマ。
ベルタ「へ。早起きして散歩? アルフが? 一気に老けたのかしら」
窓からアルフを探してみるベルタ。
宿屋の前の掲示板を見ているアルフを発見する。
アルフ以外にも結構な数の人が集まっていた。
ベルタ「寝ている間に何かがあったのかな」
ベルタも清算を済ませてアルフに合流する。
ベルタの登場で人々は下がって掲示板の前を空ける。
掲示板の前はアルフとベルタだけになり、人々は遠巻きに見ている。
だがベルタに見惚れるだけではなく、何かを願っているようにも見える。
ベルタ「おはよアルフ。こんなに早起きしてどうしたのよ」
アルフ「おぉ。昨日宿屋に入る前にこの掲示板が視界の端に入ったんだ。何故か気になり続けていてな」
ベルタ「掲示板なんて町のお知らせの類でしょ。でもそういえば人だかりが出来ていたわね。何かあったの?」
アルフ「ここは天気が悪いままだろ。どうもシルフが関係しているみたいだって話になっている」
発言した直後に異様な雰囲気を感じて身が竦むアルフ。
ベルタ「・・・シ・・・シルフ様を・・・悪者呼ばわりする気なの・・・この町は!!」
ベルタが炎に包まれているが如く見えるような怒りに震える。
アルフ「ちょー! 落ち着け! そうじゃない、逆だ」
シューっと音が噴出しているような感覚すら覚える勢いでベルタの怒りが萎む。
ベルタ「どういう事よ」
アルフ「シルフが寄らなくなったから雲が晴れないって解釈みたいだな」
ベルタ「なるほど。それなら納得がいくわね」
恩恵が途絶えれば災厄になると解釈する事は、シルフの偉大さや有り難さを理解していると言う事だ。
だがそれでもベルタには疑問が残る。
ベルタ「でもシルフ様がそんな差別をするとは思えないのだけど」
世界を支えているとまで謳われる四大元素精霊の一角が特定の地域を避けるような狭量である筈は無い。
アルフ「寄らないんじゃなくて寄れないのかもしれない。詳しくは分からんけどそんな雰囲気の話だな」
ベルタ「シルフ様が寄れない? それこそ有り得なく無い?」
シルフが寄れないほどの障害など、それこそ神格相応で無ければ作れない筈である。
アルフ「俺も違うとは思う。ただの一般人の推測だ」
ベルタ「そんな推測をするような根拠はあるの?」
アルフ「雲の上まで届く塔が見えるだろ。昔からあるらしいが、今は周辺が危険な状態になっているらしい」
ベルタ「危険? シルフ様が近づけないと思えるほどのって事? ん~・・・確かに妙な気配はあるけど」
塔はかすかに見える程度だが、何か良くない者が存在する事をベルタには感じ取れた。
だがシルフが手を焼くとは到底思えない微力しか感じなかった。
アルフ「生物が一切見えないそうだ。草木も含めて。雷雲もその頃から立ち込めたままらしい」
ベルタ「それは確かに尋常じゃ無いわね。調べてはみたの?」
強大な存在は感じないが、現象自体は明らかに脅威だ。
一般人であればシルフですら寄りつけないと考えても仕方が無い。
アルフ「近づこうとした人は突然絶命したそうだ」
ベルタ「ちょ! 何よそれ。死んだ理由も分からないの?」
ベルタの感覚からは遥かに乖離した力が働いているとしか思えない。
塔から感じる良くない者がそれほどまでに強力な存在とは到底思えないのだ。
アルフ「人に危害を加える見えない力・・・って事は邪霊かもな」
ベルタ「ガーゴ様に遭遇したとたんに御登場なんて都合が良過ぎない」
これまでの旅で邪霊の脅威に遭遇する事は無かった。
そもそも強力な邪霊があちこちで暴れていたら人の世界はとっくに危機に瀕している。
尤もガルマが居る以上は邪霊に遭遇したとしても即座に祓って終わるだけだ。
アルフやベルタに見えぬ以上は対応も出来ないので成長の糧にはなりえないのだから。
アルフ「俺を呼んでいる奴が画策した可能性も有るとは思うけど。邪霊と言うのはただの推測だ」
ベルタ「軍隊には相談したの? 対霊術もあるって聞いた事があるわよ」
人に霊は見えないが、居る事が分かっていれば対霊結界や破邪系魔法で対抗する事は可能だ。
だが場合によっては可能と言える程度の微力であり、弱い邪霊への対応ですら軍隊にも容易な事ではなかった。
アルフ「死んだのがその軍隊の尖兵らしい。少なくともすぐに対応出来る状態では無いみたいだ」
ベルタ「ひゃー。でも軍隊が検討しているのなら、あたし達の出る幕じゃないか」
ベルタの心情としては助けてやりたい。
だが人々が乗り越えるべき苦難を祓ってしまっては驕りになるからと我慢する。
アルフ「おう。そうだな・・・」
ベルタ「どうしたの? 助けてあげたいの?」
いつになく歯切れの悪いアルフを見て嬉しそうに期待するベルタ。
アルフが助けたいと言うなら、アルフの旅に同行する者として助ける大義名分が立つのだ。
アルフ「いや。ただ気になる事が二つあってな」
ベルタ「もったいぶるほどの事なの」
アルフ「いや。どうでも良さそうな事なんで言うほどでも無いかなと」
ベルタ「つまんない事でもいいわよ。ここまで言ったなら話しなさいよ」
本当にどうでも良い事なら能天気なアルフが気にする筈は無いと思うベルタ。
気にしなければならない要素が含まれていると考える。
アルフ「おぉ。一つには呼ばれている方角に塔があって、元々空から呼ばれていたけどさらに高くなっている」
ベルタ「塔の上から呼ばれているって事?」
アルフ「分からん。塔の上なのか空なのか或いはさらにその先の星なのか」
分かるのは方角だけで距離感が全く無いのだ。
ベルタ「・・・あんまり考えたくない事から切って行くと塔が残るわね。行くなら塔からじゃない?」
アルフ「もう一つには、さっきも言った通り昨日からこの掲示板が気になったままなんだ」
ベルタ「掲示板そのもの?」
アルフ「さすがに掲示物の方だとは思うけど。でもここには食い物の知らせが無いんだよ」
ベルタ「それは確かに不思議ね。食べ物の話が無いのにアルフが惹かれるなんて」
アルフ「で塔の説明を見ていたんだけど。なんかこの塔の絵が気になるというか」
ピンと閃くベルタ。
気になると言う事は見覚えがあると言う事かも知れない。
ベルタ「あんた。まさか記憶が戻りそうなんじゃないの。塔が関係するんじゃないの」
アルフ「あぁ。記憶はどうでもいいんだが」
ベルタ「よ・く・な・い・で・しょ」
アルフの両方の頬をつねって引張るベルタ。
アルフ「お、おぉ。ただなぁ。気になるのと記憶が戻りそうって言うのは違う気がするぞ」
頬をさすりながら記憶との関連を否定するアルフ。
ベルタ「いいわよ。元々何のアテも無いんだから。そのついでの除霊なら驕りでも何でも無いでしょ」
気兼ねなく人助けが出来そうで嬉々とするベルタ。
アルフ「そうだな。人が乗り越えるべき苦難という雰囲気でもねぇし。問題は一つだけか」
ガルマの方を不安気に見やるアルフ。
ベルタ「え。ガルマさんがどうかしたの」
アルフ「塔の攻略は旅とは言えない。ガルマさんにも同行してもらえるのかなと」
ベルタ「あ。そっか。あくまでもガルマさんも旅をしていて目的が同じだからって話だったわね」
ガルマを見つめるアルフとベルタ。
ガルマ「旅に寄り道は付き物だ。気にする事は無い」
ベルタ「わ。ありがとうございます。なら決まりね」
アルフ「おぉ。行って見るか」
意気揚々とするアルフとベルタ。
いざ塔を目指そうとして周囲の人々が目に入り、ベルタの起床前から掲示板の前に集っていた事を思い出す。
ベルタ「で。掲示板に居た人だかりは何だったの。軍隊が動いた後って事は結構以前からの災厄って事よね」
長く続いている災厄であれば今更掲示板に集う理由が無いのだ。
これまでのアルフの話では説明がつかない。
アルフ「昨晩から塔付近が一層荒れているらしい。俺たちの到着に脅えるみたいにだとさ」
ベルタ「いよいよ行かなきゃならない場所みたいね」
先方も待ち構えているのかと納得して気合いを入れるベルタ。
アルフ「それでベルタが泊まっている宿屋の前まで来て拝んでいたみたいだ」
入った気合いを根こそぎ引っこ抜かれるベルタ。
ベルタ「ぶ。拝んでどうするのよ! あたしは神様じゃないわよ。掲示板を見ていた訳じゃなかったのか」
アルフ「神様の力を振り回しているんだから仕方が無いんじゃね」
ベルタ「・・・確かにマアマさんを振り回してはいるけどさ。それじゃ意味が違って聞こえるわよ」
アルフ「寄り道って扱いだし、ちゃっちゃっと行って済ませるかね」
敢えてベルタには答えずにアルフが先導して町を出る。
塔の周辺は極めて危険なのでバリケードが張られている。
バリケードを抜けた付近は大勢の人で埋め尽くされていた。
危険区域に注意する事を口頭で確認すれば誰でもバリケード内に入れるようになっていたのだ。
軽く見ても最寄の町の人口の数倍は集まって居そうだ。
「おぉ。ベルタ様が来られた」
「どうか宜しくお願いします」
口々に何かを叫んで拝んだり跪いたりする人々が半数ほど。
残りはアルフ一行が活躍する様を見物に来た感じか。
アルフ「どう見ても塔へ挑もうって連中じゃねぇよな。ベルタの噂の真偽を確認しに来たって所か」
ベルタ「それは違うでしょ。何であたし達がここに来るって知っているのよ」
アルフの言葉を理解しつつも認めたくないベルタ。
アルフ「掲示板の前で騒いでいたからじゃね」
ベルタ「それにしては人数がおかしいでしょ。あの町の人を全員連れて来てもこんなには居ないわよ」
人々が集った事には別の理由がある筈だと反証を試みるベルタ。
アルフ「瞬間帰還器があるからな。ベルタの活躍を見る絶好の機会って事で集まって来たんじゃね」
ベルタ「掲示板を見ていたのって、ついさっきよ」
のんびり歩いてきたとは言え、塔の攻略を決めてから一時間も経っていないのだ。
アルフ「町同士の連絡は容易だからな。興味深い話なら一瞬で噂が広がるんだろ」
ベルタ「みんなどれだけ暇なのよ・・・」
アルフ「全くだな。俺なら普段は寝ている時間だったのに」
論破されて反証を諦めるベルタ。
集った人々が多過ぎるとはアルフも感じていたのでベルタの感想には同意する。
ベルタ「・・・随分と期待されているみたいだけど。あたし達でも近づけなかったらどうすんのよこれ」
アルフ「ガルマさんが居る時点でそれはありえないけど。挑むと公言はしていないしスルーしてもいいだろ」
アルフの指摘で自身の失言に気付いてため息をつくベルタ。
ベルタ「はぁ。いけない、いけない。また余計な事を気にしていたのね。まずは前向きにやってみましょうか」
気落ちするとくだらない事を考えてしまうクセは簡単には抜けない。
気を取り直して塔周辺に徘徊しているであろう邪霊を探してみるベルタ。
アルフ「何か見えるか」
ベルタ「危険区域って場所には特に何も見えないわね。塔から攻撃してくるのかな」
キンッ!
ベルタが塔を見上げた直後に何かが壊れたような澄んだ音が響き渡る。
そして雲間から陽が差し込み、次第に雲が晴れていく。
集った人々から大きなどよめきが湧き起こる。
アルフ「もう終わったのかよ」
ベルタ「あたしは何もしていないわよ」
呆れて呟くアルフだがベルタにとって意識した行動は塔を見上げた事だけだ。
アルフ「見せ場も何もねぇな。見世物なら見料返せって騒がれる所だ」
周囲を見渡すとベルタの功績である事がそれなりに理解されていそうな雰囲気ではある。
ベルタ「塔に一杯邪霊が見えた直後に消えちゃった。弱そうな小さいのばかり。一体は微妙に大きかったかな」
アルフ「どんだけつえぇんだよガーゴ様は・・・」
少なくとも軍隊が動き出せないほどの邪霊を瞬時に祓った事は間違いない。
ベルタ「まぁ除霊はついでだし。さっさと塔に入りましょ」
大騒ぎしながらも近づく事は出来ない人々を置いてアルフ一行は塔に入る。
ベルタ「結局ガーゴ様が祓った邪霊は何だったのでしょうか。見えたと思ったら消されちゃいました」
ガルマ「この塔の守護精霊だな」
ギクっとするベルタ。
ベルタ「え。もしかして祓っちゃ不味かったのですか」
自分が祓った訳では無いが、祓うべきだと言ったのは自分だし、と頭の中を責任論が駆け巡る。
ガルマ「いや。貪欲な精霊使いの邪気に当てられて堕ちておった。本来の役目を果たしてはおらぬ」
ベルタ「精霊使いって事はやっぱり人が原因なのですね。我ながら呆れちゃいます」
邪霊を造り出したのは人だった。
それなのに人の為に邪霊を祓うなど、堕とされた守護精霊が不憫でならないベルタだった。
はたと立ち止まるアルフ。
ベルタ「どうしたの」
アルフ「次はどうしようかと思ってさ」
ベルタ「は? 塔を攻略するんじゃないの」
アルフ「呆れるほどに高い塔なんだぜ。攻略以前の問題だな。登ろうと思っただけで萎える」
アルフは本気なので真顔で力説している。
ベルタ「ここまで来て何を言っているのよ」
アルフ「攻略とは言っても邪霊の全てをもう祓っちまったんだろ」
ベルタ「魔物は一杯居るみたいよ」
アルフ「あぁ。魔物は祓わないのか。ならそれもマアマで・・・いや、いっそ塔ごと消した方が早いか」
道中のギミックも考えれば塔ごと消す事が手っ取り早いと思い至るが、それを攻略と呼べるのだろうか。
ベルタ「何でそうなるのよ。とりあえずは塔に入ったんだし、思い出した事とかは無いの?」
アルフ「おぉ。一つ大事な事を思い出した」
ベルタ「やったじゃない! 何? 何を思い出したの」
ベルタにとってはアルフの記憶回復は主目的の一つだ。
その進捗が得られたのであれば、ここで引き返したとしても塔に入った意義は十分にあるのだ。
アルフ「まだ朝飯も食ってねぇ事だ」
ベルタ「・・・」
喜んだ顔のまま硬直するベルタ。
アルフのモチベーション低下には空腹が絡んでいたのだ。
アルフ「早起きなんてするもんじゃねぇな。朝飯を食うタイミングを逃しちまう」
ベルタ「一瞬でも喜んだあたしの気持ちをどうしてくれるのよ」
喜びをそのまま怒りに転化するベルタ。
だが突然アルフがやる気を無くした原因だと察して納得する。
アルフ「へ。お、おぉ。飯を食えば気も晴れると思うぞ」
ベルタ「全くもう。とは言ってもこの辺りは生物が居ないのよね。王都近くのをいただきましょうか」
アルフ「え。気付いたのか」
思いがけないベルタの言葉に驚くアルフ。
脳筋矯正の為の課題をクリアしていたのだ。
ベルタ「ん? あぁ遠くの獲物でも狩れるって事かな。あんたのお陰で色々と考え直せて気付いたわよ」
アルフ「よーしよしよし。もう一段上まで気付けたら脳筋卒業だな」
食材など土からでも作れるという事には未だ気付いていない。
既に水は大気の湿気から作っているのだが湿気を集める発想は出来ても物質変換する所迄は思い至っていない。
さらに言えば無からの創造も可能だが世界の素粒子量が変わるので効果に対する影響が大きい。
故に基本的には変換で賄う事になる。
ベルタ「もう一段? ノーキン? よく分からないけどまだ気付いていない事があるのね。考え直してみるか」
アルフ「飯を食ってからな」
ベルタは考え出すと嵌るので咄嗟に制するアルフ。
下手に付き合うと朝飯抜きで昼飯の時間になってしまう
ベルタ「そうね。じゃぁマアマさんお願いします」
マアマ「どかーん」
ベルタがマアマを振ると焼肉が現れる。
アルフ「朝からノーム様育成の肉をマアマの料理で食えるとは。これぞ至福って奴だな」
ベルタ「時間が遅くなっちゃったし肉メインの方が良いでしょ」
アルフ「うんうん。最高!」
肉を頬張りながらモチベーションを回復していくアルフ。
ベルタ「で。塔をどうするかよね。壊すのは除外として、順に登るか飛ばしちゃうかかな」
アルフ「この塔を攻略する過程で得られるものが有るかどうか次第か」
旅の過程では仲間・装備・知識や経験といった大きな糧を得られる機会が多かった。
故に今回も挑戦したい所だが、余りに距離がある割りに糧となりえる要素は思いつかない。
ベルタ「そんなのは、やってみないと分からないわよ」
アルフ「それらしい物があるかは分からないか」
ベルタ「ん~。魔物が居るだけぽいかな。一番上に他よりは大きいのが居るけどそれでも弱々しいわね」
アルフ「一番上って雲の上だぞ。そんな遠くまで見えるのか」
町では視界に入った邪霊を確認していたので、霊の知覚範囲は視覚と同じだと思っていた。
ベルタ「視界の先でも意識すれば分かるみたいね。外からでも塔の中が分かっていたし。床や壁も無視みたい」
アルフ「千里眼て奴か。まともに迷宮を攻略している冒険者達がかわいそうになるな」
ベルタ「いつかは進化してみんなの役にも立ちたいわよね。その為にも今は甘えて進みましょ」
得られた情報から今後の行動を考える振りをするアルフ。
考えるまでもなく結論は出ていたが、考え無しと思われるとムダにつっこまれるのだ。
アルフ「魔物を狩る意義は思い当たらない。宝の類が有るとしても俺たちには必要が無いと言うか邪魔だろ」
ベルタ「そうね。どっちも冒険者の方々に残しておく方が良いか」
冒険者にとっては魔物討伐も経験を積む良い機会となりうる。
その報酬となる宝が無ければ挑む気にはならないであろう。
今のベルタに役立つような特殊な宝があるなら此処からでも認識出来そうだ。
アルフ「罠や障壁もマアマの前には無意味だろう。お前の糧になるとは思えない」
ベルタ「あんたの糧にでもなるなら良いんだけど。まぁどっちにしても無意味なのは確かね」
アルフ「でも攻略はしたい、となれば最上階に飛んで大将だけを倒せば良いのかな」
アルフのモチベーションは戻ったが、それでも塔を一から攻略する意義は見出せなかった。
ベルタ「過程を飛ばすのは初だからちょっと不安だけどね。想定外の何かが隠されているかもだし」
納得しつつも不安が残るベルタだが、アルフも同じ事は考えていた。
アルフ「同感だ。だが何かがある可能性は此処だけじゃないし、今回は魔物も宝も残すって決めているからな」
ベルタ「想定外を気にしだしたらキリが無いって事か。塔の周囲や外壁も調べようって話になるわね」
アルフ「確かに今までの流れなら調べる事が自然だと思う。だが今までみたいに調べる気が起きないんだよな」
ベルタ「あんたの言う事って根拠無しに当たっている事が多いしねぇ」
アルフ「この状況で最良の手とやらを考えたらどうなる?」
ベルタ「・・・話せそうな者も居なければ蛇のような強力な魔物も居ない。恐らく道中は時間のムダね」
アルフ「よし。意見は纏まったな」
情報と確率と所要時間を考慮すれば過程を省くべきだとの結論で一致した。
人の寿命は短い上に進化への道筋は見えていないのだから期待値が低い場所の探索は避けたい。
いきなりのボス戦だなと鼻息も荒く立ち上がるベルタ。
ベルタ「よーし。んじゃ早速最上階に」
アルフ「落ち着け。飯くらいは最後までゆっくり食わせろよ」
まだ食事は半分程度しか進んでいなかった。
ベルタ「あ。あはは。あたしは落ち着きも足りないわね。目の前に目標があると、何か気が急いちゃうのよね」
アルフ「そこは長所でもあるんだけどな。ま、腹ごしらえは最重要課題だ。全力で食えー」
ベルタ「おー」
食事を堪能して一服も済ませる一行。
ベルタ「さぁて。今度こそ行きますか」
アルフ「おぉ。準備は万端だ」
ベルタ「あんたの準備って腹具合だけよね」
アルフ「他に必要な物があるなら教えてくれ」
ベルタ「それだけで十分だと思うわよ。じゃぁマアマさんお願いします」
マアマ「どかーん」
ベルタがマアマを振ると目の前に人型の化け物が現れた。
人型と言っても輪郭だけであり、不気味な腫瘍と触手で全身が覆われていて人の姿には見えない。
化け物「ひ、ば、化け物!」
突然目前に現れたベルタの顔を見た化け物がたじろぐ。
無論顔の事を言った訳では無く、塔の防衛を無視して現れた脅威に対して出た言葉だ。
ベルタにとってはイメージ通りの状況なので驚きはしないが化け物の発言を聞いてぶち切れる。
ベルタ「化け物はそっちでしょ! って会話の出来る化け物?」
化け物「この大精霊使い様を化け物呼ばわりするとは。死んで贖え!」
かつて精霊使いは死闘の果てに守護精霊を使役する事が可能になった。
だが使いこなすには役不足の力量故に肉体が耐え切れなかったのだ。
邪霊となった守護精霊の力に曝され続けた肉体は醜く変質していた。
ベルタ「精霊使い? あんたが守護精霊様をあんなにしたのね」
化け物が大層に杖を振るが何も起きない。
化け物「何? 守護精霊が来ない。何故だ。何をした」
アルフ「問答無用でいいんじゃね。既に人じゃねぇぞこれ。今も邪霊をけしかけようとしていたみたいだし」
後ろから見物しているアルフがベルタに促す。
化け物になったとは言え、仮にも今回は人が相手なのだ。
屠る事をベルタだけに決断させる事は酷だと思った。
ベルタ「・・・そうね。でも消滅させても分解されて散らばるんでしょ。気味が悪いわよねこんなの」
ベルタ自身はとうに屠ると決めていた。
邪まで感じ取れるベルタにとって、既に化け物は人と呼べる存在では無かったのだ。
化け物「よ、余裕があるのも今の内だ。お前も精霊を使役している事は分かっている。それを奪ってくれるわ」
ベルタ「・・・ガーゴ様の事? あんた如き矮小で微力な化け物に使役出来るとでも?」
ベルタの怒りがさらに増す。
発言内容がベルタとは思えないほど居丈高になっている。
ガーゴを奪う為なのか化け物は集中して何かをしている感じだ。
アルフ「落ち着き過ぎじゃねぇか。一応は精霊使いなんだろこいつ。ガーゴの天敵みたいなもんじゃないのか」
精霊使いの相手をするのは初めてなのだ。
精霊に対して想定外の攻撃、もしくは懐柔手段などを持っている可能性を懸念する。
ベルタ「確かに相性は悪いわね。でもそんなの全く関係が無いほどに力の差を感じるのよ」
アルフ「いや、塔の周囲の生物を死滅させちまうほどに、やばい守護精霊を従えていたんだぞ」
アルフの言葉を理解してはいそうだが、それでも化け物を見下すベルタに違和感を感じるアルフ。
本来のベルタは明白に格下の相手にでも過剰に警戒するほど慎重だ。
怒りに呑まれているとしても未知の敵に対峙して今の態度は明らかにおかしい。
いつもなら最初に行う筈の拘束すらしていないのだ。
ベルタ「それも一瞬で祓ったでしょ。こんな奴が何をした所で無意味よ。ただ居るだけ。石っころも同然だわ」
化け物「・・・」
ベルタ「言い返さないの? もう減らず口も叩けないの? ガーゴ様を奪うんじゃなかったの?」
怒りのあまり化け物の目前にマアマを突き出して挑発するベルタ。
アルフ「いや。待て。変だぞ。お前は何をしたんだ」
化け物の異変に気付いてベルタを制止するアルフ。
ベルタ「へ」
アルフ「そいつは石になっていねぇか」
化け物に近づいて観察し、突っついてみせるアルフ。
ベルタ「・・・ちょ! どういう事? あたしはまだ何もしていないわよ」
どう始末しようかと考えていたら勝手に石になっていたのである。
自殺するとは思えないし、まさか防御のつもりなのかと勘繰らざるを得ない。
ガルマ「石化で驚く事は無かろう。石化だろうが黄金化だろうがマアマなら容易だと知っておろう」
ベルタ「でも、そんな事はお願いしていなかったですよ。マアマさんが勝手に動く状況でも無かったですよね」
ガルマ「こやつの全身の水分と併せて生命力をガーゴが奪ったのだ。結果として石になった」
ガルマの言葉で今度はベルタが石になったように固まる。
アルフ「おー。前に蛇の能力として俺が予想した奴に近いな。ガーゴがやるとは予想していなかったぜ」
ベルタ「ちょ、ちょっと待って下さい。これは邪霊じゃないですよね。それに祓うんじゃなくて石化ですよね」
ガーゴが手を出す条件や行動内容がガルマの以前の説明からは乖離している。
自発的にガーゴが処理するのは邪霊を祓う事のみの筈なのだ。
ガーゴに対する認識を誤ると、とんでも無い事になりかねないのでベルタは慌てて再確認する。
ガルマ「お主はこやつを屠る意志を先に示しておる。その上でマアマによる消滅を躊躇ったであろう」
ベルタ「それでガーゴ様が手を出す事をあたしが了承したとみなした訳ですか」
ガルマ「散らばる事が好ましくなく、石ころも同然と言われては、石で固めてしまえば良いとなる」
ベルタ「見事にそのまんまですね」
まさにベルタが口にした事をそのまま反映していたのだから納得せざるを得ない。
ガルマ「何よりガーゴが直接狙われていたのだ。むしろ良く我慢していたと言えるのでは無いか」
ベルタ「あ。そうですよね。あたしはガーゴ様を盾にして余裕ぶっていたのですね。本当に申し訳有りません」
ガルマの言葉に強い衝撃を受けるベルタ。
今冷静に考えてみると、ガーゴに対して極めて失礼な有り得ない行動をしていたのだ。
ガルマ「そこは問題無い。よくぞ言ってくれたとガーゴは喜んでおる」
ベルタ「あ、あはは。でも変ですね。あたしが強くなった訳じゃ無いのに、化け物がか弱く見えてしまって」
想定外の返答にずっこけるしか無いベルタ。
一方で自身の言動が腑に落ちない。
明らかに素のベルタよりも強大であろう化け物を見ても本当に石ころ程度にしか感じられなかったのだ。
ガルマ「お主の生命力はティアラを通してガーゴに繋がっておる。ガーゴの感覚で相手の力を感じるであろう」
アルフ「もうグールに遭遇してもびびらないって事か」
ガルマ「こやつの方がグールよりも強い」
ベルタが初めて塔を見た時から、邪霊や魔物の力を見縊り続けた原因であった。
長い間人々を脅かし続けていた邪霊と化した守護精霊ですら弱々しく見えてしまうのだ。
ベルタ「それはひょっとして、とっても強い人を見ても弱く感じてしまうと言う事でしょうか」
ガルマ「人の力の差異を感じた事があるか?」
ベルタ「誤差すら感じた事がありません・・・」
ガルマ「以前に遭遇した達人や錬金術師であれば誤差程度には分かるかもしれぬな」
ベルタ「あ、あはは・・・はぁ」
人を極めし者とまで呼ばれた錬金術師を誤差と言われては笑う他無かった。
ガーゴと人の力の差はあまりにも大きかったのだ。
アルフ「結局この化け物はここで何をしていたんだ。ここには食い物もねぇぞ」
壁際に何か無いかと見て周っていたアルフがぼやく。
ベルタ「そういえば。普通は攻略したら戦利品を持って帰るわよね」
何も無い事も変だが、何も無いのに化け物が居座っていた事も妙だ。
アルフ「石になっちまっちゃ聞く事もできねぇな」
ベルタ「ぐ。本当に何も口に出来ないわね。例えを言っただけなのに現実になっちゃうなんて」
もう何度目だろうか。
散々注意してきた筈なのに、何気ない一言が想定外の結果を生み出してしまう。
今回は化け物が相手だから良かったが、一般人を相手にしていたとしたら笑えない。
アルフ「しっかし本当に何もねぇ部屋だな。部屋の中央に変な模様があるくらいか」
ぼやきながら模様の上に立ったアルフの姿が忽然と消えた。
ベルタ「え。アルフ? アルフ!? アルフが消えちゃった」
物理的に見えなくなっただけでは無い。
存在を知覚出来なくなっている。
文字通りの消滅だ。
ガルマ「ふむ」
ガルマもアルフが消えた模様の上に歩いて行き、そのまま消える。
ベルタ「えー! ガルマさんまで。もう何なのよ」
マアマ「あはははは」
動揺しながらも落ち着いて考えようとするベルタ。
ベルタ「あたしはどうすればいいの。ガルマさんが消滅する訳は無いし。どこかへ転移させられたって事?」
マアマ「びゅーん」
マアマが肯定してくれて安堵するベルタ。
ベルタ「じゃぁガルマさんとアルフをここに釣れば解決よね」
マアマ「えー」
マアマに否定されて膝を付くベルタ。
ベルタ「・・・やっぱり、あたしも行けって事ですよね」
マアマ「あはははは」
忘れ物が無いか周囲を確認して息を整えるベルタ。
ベルタ「信じますよ。信じますとも! 余計な事は気にしない!!」
観念して叫びながら模様の上に飛び込むベルタ。
降り立った場所は模様の上では無く深い森の中の草地だった。
アルフ「おせぇよベルタ」
ベルタ「説明もせずにいきなり勝手に飛ばないでよ!」
出会い頭のアルフの暢気な一言には怒鳴り返さざるを得なかった。
どれだけ葛藤したと思っているのかと腸が煮え返る思いのベルタ。
アルフ「おぉ。いや。勝手に飛ばされたんだから。俺のせいにすんなよ」
アルフにしてみれば意図した事では無いので責められる事は理不尽と思わざるを得なかった。
ベルタ「ガルマさんも! 今回の事は飛ぶ前に説明してくれても良かったんじゃないですか」
ガルマ「自分で判断する機会としては面白かろう。お主にとって斬新な状況では無かったか」
ベルタ「マアマさんが否定しなかったら釣って戻していましたよ・・・」
今回はガルマが飛んだ時点でベルタも続いて飛ぶ事が正しい判断と言える。
仮に飛び先が地獄だとしても、ガルマの傍らに在る方が安全なのだから。
行き先が別になるような仕組みであれば、護衛を放棄してガルマが飛ぶ道理が無いので考慮する必要も無い。
だが基本的に警戒心の強いベルタは、まずは状態を戻そうと考えてしまうのだ。
アルフ「なるほど。そういう手もあるか。それにしてもお前はすぐ怒るよな。今日も既に何回怒ったのやら」
ベルタ「ぐ。自覚して抑えようとはしているのだけどね。怒り始めると自覚出来なくなっちゃうのよね」
アルフ「あぁ分かる分かる。俺を殴らないだけマシにはなってきているし気長に鍛えるべきか」
怒る機会が多いという事は怒りを抑える訓練をし易いとも言える。
自覚があるのなら時間の問題であろうとアルフは楽観した。
ベルタ「で。ここは何処なのよ。旅を続けるのなら戻らないといけないんじゃないの」
全く見覚えの無い風景。
空に雲は無く冬が近づいたかのような涼しさ。
まだ昼前で日は高いが青空と言うよりも紺空だ。
空気は綺麗だが薄くなった気もする。
おまけに原因は分からないがどうにも浮き足立った感じが治まらない。
アルフ「呼ばれる高さが以前と同じくらいにまで低くなっているからこっちで良いのかも」
ベルタ「そうなんだ・・・って。高さが変わったのか」
そういえば高い山に登った時の感覚に似ているかなと思い返すベルタ。
アルフ「おぉ。多分ここは雲の上だな」
アルフの一言で思考停止するベルタ。
このフリーズ感、今日は何度目だろうなと無意味な感慨が湧き上がる。
ベルタ「・・・あんた。飛ばされた時に頭を打った? 大丈夫?」
ここはどう見ても大地に根を張る森の中である。
断じて空の上では無い・・・ように見える。
ガルマ「空に浮かぶ大陸だ」
あっさり肯定するガルマに現実逃避を始めるベルタ。
ベルタ「・・・あは。あはは。あたしったら、こんな夢を見るなんてまだまだ幼稚だな」
アルフ「現実を直視しろ」
ベルタ「現実に大陸が浮いたりはしないわよ!」
知っている現実にそぐわないからこそ信じられない状況なのだ。
ガルマ「無論自然現象では無い。魔法で浮かせておる」
ベルタ「・・・本当に現実なんだ。あはは。隣の国はおろか海すらまだだって言うのに。いやここも別の国か」
ガルマの説明でようやくベルタも認識を改める。
アルフ「そっか。他国になるのか。俺たちは不法入国者って事になるのかな」
ベルタ「あ~もう前途多難ね。結局さっきの化け物はここを侵略しようとしていたって事なのかな」
面倒になりそうな先を考える前に現状を整理しようとするベルタ。
アルフ「かもな。すっげぇ気持ちの良い森だし。欲しくなるのは分かる」
ベルタ「まさか化け物が作った国って事は無いわよね」
アルフ「だとしたら塔じゃなくてこっちに居るだろ。ん? そういや、あいつは何で塔に居たんだ」
ベルタ「へ。だからこっちを侵略する為じゃないの」
アルフ「いや。攻略されたのはずっと前らしいじゃん。あんな何も無い所へ残ったり戻る意味なんてあるか?」
ベルタ「・・・化け物は飛べなかったって事?」
マアマ「ぴんぽーん」
化け物に対しては転移紋が作動しなかったのだ。
だが転移機能が有ると知っていた化け物は何とか作動させようと試みていたのだ。
ベルタ「なるほど。不法入国を防ぐ仕組みは有る訳か。なら何であたし達は飛べたんだろう」
アルフ「どうでもよくね?」
仕組みとしては興味深いが全員飛べた後である今、調べる意義が思い当たらないアルフ。
ベルタ「他の冒険者さん達が来たら戻れなくなって困らないかしら」
アルフ「瞬間帰還器くらいは持っているだろ」
ベルタ「瞬間帰還器で国境は跨げないわよ」
アルフ「え。そうだったのか」
一般人がここに飛ばされたら地上へ戻る手段が見当たらないのだ。
ベルタ「国境を跨いで飛べるなら通行証なんて無意味じゃない」
アルフ「なるほど。まぁ戻れないような奴は飛べないんじゃね? 知らんけど」
ベルタ「うーん。化け物が飛べていないのならセーフティが設定されている事は確かよね。大丈夫なのかなぁ」
アルフ「仮に飛んで来たとしても、こっちで食い繋げば良いんじゃねぇの。それともこの森は危険なのか」
ベルタ「ううん。見た目通りにステキな森よ。そうね、塔を攻略出来た人なら大丈夫か」
アルフ「そうそう。冒険者なら冒険出来た方が喜ぶだろ」
誤って子供が飛んで来るような可能性は実質的に無いのだ。
当面の問題は無さそうなので改めて今後の行動を確認するベルタ。
ベルタ「これからどうすんのよ」
アルフ「どうもしねぇよ。今まで通り、呼ばれている方向に向うだけだろ」
ベルタ「どこへ行っても迷わないのは本当に便利ね。その結果が空の上なんだけど・・・本当にいいのかなぁ」
空に浮いていると言う大陸の森の中、アルフ一行は旅を再開した。
地上ではベルタの噂が飛び交っていた。
神格化する噂と魔神化する噂の二系統だ。
今回は危険区域を解放した事とティアラの神々しさから神格化の噂の方が圧倒的に優勢だ。
全国から見物人が集まっていたので以前の噂よりも精度や信憑性が高く、おかしな噂は矯正されつつあった。
だが下界の喧騒など当のベルタには知る由も無かった。




