おまけ:おめでたいお花畑
森の中を歩くアルフ一行。
特に変わった様子は無いが獣の気配すら無いのはやや不自然か。
人の姿は見えないがそれなりに往来のある痕跡が見える。
ベルタはいつになく周囲を気にしている。
アルフ「さっきから何を見ているんだ。何か霊でも居たのか?」
ベルタ「畏怖していても賊は狙ってくるみたいね。森に入る前から付けられているわよ」
アルフ「お? 賊が来ているのか」
賊であれば魅了されていなくてもティアラを狙って来る事は当然であった。
アルフ一行の噂を知らぬか命知らずの愚者に限定されるが。
周囲を確認してみるがアルフには賊の姿など見えない。
アルフ「霊以外についても探し易くなっているのかね。俺には全然分からねぇわ」
ベルタ「姿は見えていないのよ。でも隠れていても分かる。見えていないのに見えているみたいな変な感覚よ」
アルフ「接触して来る人が残っていて良かったな」
人に避けられる事を哀しんでいたベルタには気休めになるのかもしれないと思うアルフ。
ベルタ「幾ら前向きに考えると言ってもそれは無いわ」
人恋しくなっても賊に会いたくはならない。
望みと現状が真逆である事を改めて悲観するベルタ。
アルフ「んじゃどうする。襲って来るまでは手出しをする気が無いんだろ」
ベルタ「一応は警告をしておきますか」
賊が潜んでいる場所を順に指しながらベルタは大声で叫ぶ。
ベルタ「この場に20人ほど居られる賊の皆さん。隠れてもムダですよ」
呼びかけても森には何の変化も見えない。
ベルタ「断っておきますけど一人でも手を出して来たら全員を捕らえます。来るのであればその覚悟でどうぞ」
叫び終えて一息つくと再び歩き始めるベルタ。
ベルタ「行きましょ」
アルフ「よっゆー♪」
雰囲気が変わって行くベルタを面白く感じてアルフはからかう。
ベルタ「色々と気にしないようにしたら冷静になれたのよ。それにあたしがやる訳じゃないし。ねマアマさん」
マアマ「あはははは」
今のベルタであれば警戒が必要な要素は皆無に等しい。
今まではその自覚が余りにも欠けていたが故に過剰に警戒していた。
だが今では自身の置かれた状態を少しは自覚する事が出来るようになっている。
余計な事までを気にしないようにした結果、心に余裕が生まれたのだ。
今まで警戒していた事の要否を個別に確認して取捨選択した成果だ。
ベルタ「あら。一人だけを残して他は引き上げたみたい」
アルフ「一人は監視役か? なら策を練り直しに一旦下がっただけかな」
ベルタ「面倒臭くしちゃったかな。まぁ賊が何をどうした所で一緒なんだけど」
ベルタにとっては賊が何人居ても一緒なので、一人でも残っていればうざったさは変わらない。
おまけに賊が出直して来るとなれば現状を長引かせた分だけムダな事をしてしまったと言える。
アルフ「いいんじゃね。これも余計な事を気にしないようにする練習に使えそうだ」
前向きな発想のお手本とばかりに賊が残る事を歓迎するアルフ。
ベルタ「えー。賊は気にした方がいいでしょ」
アルフ「気にして何か状況が変わるのか? 賊に気付かなかった頃の以前の状態に戻るだけだろ」
普通なら気にすべき状況である事はアルフでも認識している。
だが現状は普通では無い。
警戒した挙句に襲われても、無視して不意に襲われても、結果は全員捕縛と決まっているのだ。
ベルタ「・・・そっかそっか。気にする事で状況が変わるかどうかで判断するのだったわね」
アルフ「そうそう。どうでもいい事を気にする暇があったら次の飯の献立でも考えていた方がよほど有意義だ」
アルフが能天気なのは飯の事だけを考えたいからなのかもしれない。
ベルタ「あはは。さすがにどうでもよくは無いけどね。それにコソコソされるとやっぱり気になるわね」
アルフ「訓練してくれているんだ。ありがたいな」
ベルタ「あんたポジティブ過ぎよ」
アルフに感心しつつもそこまでは能天気になりきれないベルタ。
危害を加えられる恐れが無いとは言え、おぞましい害虫が徘徊する様を見せつけられている気分である。
アルフ「賊以外の事も分かるのか」
ベルタ「うん。動物も虫も分かるわよ。おまけに草や木も分かるし、精霊様ぽい方々まで分かるわ」
アルフ「え。ここにも精霊が居るのか」
ケルピーやガーゴ並の精霊が徘徊しているのかと焦るアルフ。
一体でも影響が大きいのに、複数と言われては暢気なアルフでも警戒せざるを得ない。
逆にベルタの方が全く警戒心を見せず、むしろ嬉しそうに話す。
ベルタ「断定は出来ないけどそんな風に感じる。とっても弱々しい感じの小さい方々で、い~っぱい居るのよ」
アルフ「へぇ。精霊なんて滅多に遭遇するもんじゃ無いと思っていたんだけどな」
懸念したような強力な精霊では無さそうなのでアルフは警戒を解く。
ベルタ「今まで見えていなかったけど沢山の精霊様が自然を育んで下さっているみたい。ステキだわ」
アルフ「賊以外の動きも気になって仕方が無さそうだな」
ベルタの言い方からして、虫や微生物のような役割の精霊が大量に居るのであろうとアルフは推測する。
だが興味深い対象が大量に居ては気が散って仕方が無いであろうし、どうしたものかと考える。
ベルタ「動物や精霊様は和むから気分的には全然問題が無いんだけどねぇ」
アルフ「なるほど。和む対象なら気にしても問題は無いか」
気にする方が好ましい状況もある。
注意を削がれる問題はあるが、和む対象であれば気持ちを穏やかにして思考を前向きにする効果が有る。
アルフが対策を考える必要は無さそうだ。
ベルタ「そこら中に浮いているし、あんたの頭の上でも踊っておられるわよ」
アルフ「な? 何でだよ。俺の頭はステージか?」
ベルタの心配をしている場合では無かったと驚くアルフ。
精霊に寄り付かれる覚えは無いし、まして無断で頭の上で踊られるなど論外だ。
ベルタ「お花畑にでも見えるのかしらね」
アルフ「ひでぇな。今のお前が言うとマジでシャレになんねぇし」
人の頭を花畑と呼ぶ事は普通に捉えれば天然ボケの蔑称である。
だがもしかしたらベルタには本当に花畑が見えているのかもしれないと懸念するアルフ。
アルフからは見えない存在を今のベルタは知覚しているのだから有り得ないとは言えない。
ベルタ「どうしてアルフの頭で踊るのかは、あたしには分からないわ」
アルフ「邪霊って事はねぇだろな」
精霊に憑かれる覚えは無いが邪霊なら納得がいく。
ベルタ「うん。感じ方が全然違うみたい。精霊様は影じゃなくて炎みたいな感じがするのよ」
アルフ「まぁ邪霊ならガーゴが浄化してくれるか。しかし炎も怖いな。俺の頭に火がついているのかよ」
人型の蝋燭となった自身の姿を想像するアルフ。
ベルタ「あぁ。ん~。炎と言うよりも灯りかな。危ない感じは全然しないわよ」
アルフ「なるほど。それでさっきの賊も一般人では無いと分かった訳か」
襲って来る前から賊と断定したベルタに違和感を感じていたアルフ。
確かに森での人との遭遇は不自然だが、狩人や隣国の革命軍にも森で遭遇しているのだ。
ベルタ「そっちは微妙。確かに嫌な感じはするけど一般人と大差は無いのよね。今回は仕草とかで判断したわ」
アルフ「ふむ? あぁそうか。一般人も邪は祓えないのか。誰からでも少しは嫌な感じがしてしまうんだな」
ベルタの心情を察するアルフ。
邪に囚われた人の心の醜さを今のベルタは嫌でも認識してしまうのだ。
人を護りたいと思っているベルタには相当辛い筈だ。
アルフ「ちなみに俺はどう見えるんだ」
せめて自分は救いになってやりたいと思うが自信の無いアルフが問う。
邪とは何を指すのかすら具体的には分からないので祓った覚えも無いのだ。
ベルタ「・・・お花畑?」
アルフ「やっぱりそうなのかよ!」
懸念どおりで落ち込みながらも、嫌な感じがするよりはマシかと納得しようとするアルフ。
ベルタ「あはは。うそうそ。とっても優しくて暖かい感じよ。嫌な感じは全くしないから安心して」
アルフ「おぉ。ひょっとして俺も邪とやらを祓えているのか。俺かっけー」
予想外の高評価に気を取り直して喜ぶアルフだがベルタは首をかしげる。
ベルタ「ん~。あんたの場合は祓う以前の問題だって感じがするのよね」
アルフ「へ」
ベルタ「祓わずとも寄り付かないみたいな」
アルフの異質さをベルタも少しは感じ取れるようになっていた。
極一部の例外を除けば誰もが持っているであろう邪な雰囲気をアルフからは全く感じ取れないのだ。
アルフ「・・・それ誉めているんだよな?」
ベルタ「邪すら避けるほどの能天気なのかしらね。あははは」
あながち間違ってはいないのかもしれない。
能天気であるが故に邪な発想が湧かない事も確かなのだ。
アルフとしては喜ぶべきかどうかを判断しかねるが、嫌な感じがしないなら問題無しとみなす。
アルフ「じゃぁガルマさんやマアマはどうなんだ。物凄い化け物なんだろな」
ベルタ「それが見えないのよ。見えないと言うのはおかしいか。以前と一緒なの」
アルフ「へぇ?」
むしろ真っ先に目に付く筈の強大な存在が見えないと言うベルタ。
大き過ぎて埋もれてしまうから分からないのかなと推測するアルフ。
下手したら世界を覆っていてもおかしくないと思った。
ガルマ「お主の知覚は非物理的な存在に対して有効だ。我やマアマは該当せぬ」
ベルタ「ガルマさんやマアマさんが存在していないと言う事ですか? 意味が分かりません」
明らかに存在しているからこそ話せているのだから納得は出来ない。
ガルマ「お主らは肉体、精霊は霊体、それぞれ体を持っておるが、我々は竜力そのものなのだ」
要は存在とは体の事であり、体などから生み出したエネルギーそのものである力は該当しないと言う事だ。
ベルタ「霊ですら無かったのですね。認識不足でした。でもその力としては存在しておられるのですよね」
ベルタにはよく分からない。
体であろうが力であろうが存在するのであれば見えるのではないのかと。
霊と力の区別すら曖昧で、物理的に見えないものは全て一緒くたなのだ。
ガルマ「うむ。だが物理的に此処に在る訳では無い。我々は竜神を核とする竜力なのだ」
脳筋のベルタへの説明は面倒なので、霊と力の違いでは無く位置で説明しようとするガルマ。
アルフ「うん。前にも聞いた覚えはあるけどやっぱり分からん」
ベルタ「物理的には遠くに居られるという事ですか・・・」
実際には空の果てにでも居て、ここに幻覚でも作り上げているのかなと想像するベルタ。
ガルマ「物理的には繋がっておらぬ。存在する次元が違うからな」
ベルタ「あたしにもさっぱり分かりません」
物理的に繋がらないと言われては想像すら出来ず、お手上げのベルタ。
強いて言えばガーゴに遭遇した時のように夢の中にでも居ると言うのであろうかと考える。
ガルマ「お主の視覚は目というセンサーで得ておる。人には次元を知覚するセンサーが無い故に分からぬのだ」
ベルタ「あたしには見えぬ物だらけと言う事ですか。ガーゴ様の力をお借りしている今でも・・・」
ガルマ「物と呼ぶのは少し違うがそのような感じだ。人は物を知覚する為の物質のセンサーしか備えておらぬ」
人が備える五感は物理現象しか知覚出来ない。
故に人は物理法則のみで判断しようとするが、世界を構成する要素は物理だけでは無いのだ。
それを人に教えようにも、生まれつき視覚の無い生物に色を教えるようなものであり容易では無い。
ガルマから見れば、例えるならこの世界は絵本に描かれた絵だ。
描かれた者からガルマに干渉する事は出来ない。
だがガルマから絵に手を加える事は造作もない。
力の大小以前に、全く次元の異なる存在なのだ。
世界を消滅させる事は絵本に火をつける程度の容易い事だ。
逆に優れた絵本を完成させるには緻密な作業を続けねばならない。
故に絵を壊してしまわないように力の加減に苦労しているのだ。
ベルタ「やっぱりガルマさんやマアマさんて桁違いだわ。ここまで力をお借りしても見る事すら叶わぬなんて」
ガルマ「そうでも無いぞ。既に我々の次・・・っと何でも無い」
ベルタ「・・・あたしも聞かない方が良い気がしてきました」
ガルマとベルタの間には進化抜きでは決して越えられぬ壁がある。
だがベルタはその壁に手をかける所まで到達しているのだ。
それを聞いてしまっては逆にモチベーションが下がりかねない。
進化以外には何をしてもムダと言う事になるのだから。
アルフ「そうそう。気にすんな。進化するって事は人を超える、つまり人じゃなくなるんだろ。計算どおりだ」
ベルタ「どんな計算よ。でもそうか。竜神様のお話し相手になる事が大願なら、それなりの力も要るのよね」
次元を越えねば会いに行く事も出来ず、寿命を克服しなければ話し続ける事も出来ない。
数え上げればキリが無い程に能力不足だ。
大願を果たすには今のベルタでも全く力が足りていないのだ。
アルフ「そうそう。順調順ちょ・・・あれ。血か?」
木を背にして血まみれで座り込む男をアルフが見つけて駆け寄る。
大怪我をしているようだ。
アルフ「どうした兄ちゃん。大丈夫か」
男「く。賊に襲われた。助けて欲しい」
アルフ「さっきの連中か。しまったな、俺達の代わりに兄ちゃんを狙っちまったのか」
ゆっくりと歩いてきたベルタが冷たい口調で蔑むように男に告げる。
ベルタ「賊ってお仲間の事ですか」
男「な、何を言っている。俺はこの森に狩りをしに来て、突然現れた賊の集団に襲われたんだ」
男は苦痛に顔を歪める素振りを見せながら弁明する。
アルフ「どうしたんだベルタ。お前いつもと様子が違うぞ。怪我をしているし、まずは治してやらねぇと」
アルフはベルタの態度を不審に思う。
普段のベルタならアルフよりも先に対応していた筈なのだ。
状況から考えて、一旦引き上げた賊が他の人を襲う事は十分に考えられる。
何かを疑うにしてもまずは怪我の治療をしてやらないと命に関わりかねない。
ベルタは首を振ってアルフに答える。
ベルタ「この人、さっきの賊の一人よ」
男「ちぃ」
演技がムダだと察した男は突然元気に走って逃げ出す。
怪我は偽装だったのだ。
アルフ「おぉ。隠れてもムダだし正攻法でも敵いそうに無いと気付いて搦め手で来たって事か」
囮には用心すべきだったなと反省するアルフ。
だが囮かどうかを考える間も無く手当てが必要に見える様相だったので仕方が無いかもしれない。
仮に罠だったとしても実質的な危険は無いのだから用心していても助けようとしたであろう。
ベルタ「慌てて逃げる必要も無いのにねぇ。捕らえる気ならとっくに全員を捕らえているんだから」
アルフ「流石に賊はマアマの力を知らないだろ」
ベルタ「そうなんだけど。滑稽よね。はぁ」
アルフ「どうした」
賊が逃げて何故ベルタが落ち込むのかを理解出来ないアルフ。
確かにこちらから見れば滑稽だが賊から見れば当然の成り行きだ。
ため息をついて落ち込むような事ではなかろうと疑問に思う。
ベルタ「ガルマさんやマアマさんからは、あたし達がこんな滑稽な存在に見えているのかと思うとね・・・」
アルフも理解した。
賊が滑稽に見えるのはマアマの力を知らない故、つまりは無知だからだ。
そしてガルマやマアマから見ればベルタもあまりに無知なのだ。
ベルタの言動の全てが滑稽に見られているのであろうと察してしまったのだ。
アルフ「だからこそ進化を目指すんだろ。しっかりしろ」
ベルタ「うん・・・人じゃ話し相手にすらならないって意味が少しづつ分かってきた気がするわ」
アルフ「お前も人と話すのがバカらしくなってきたのか」
ほぼ全ての人から邪な感じを受けるのなら、人の相手をする事がバカらしくなってしまっても仕方が無い。
恐らくは錬金術師が隠者になった時の感覚をベルタが味わっているのでは無いかとアルフは察する。
だがそうでは無かった。
人がどんなに探究を重ねて知識を積み上げても高が知れているという事実をベルタは実感していたのだ。
ベルタ「まさか。ただ人が築いてきた文明も竜神様から見れば子供の砂遊びみたいなものじゃないかってね」
ベルタの想定でもまだ甘かった。
子供程度にでも成長できていたなら話し相手はムリでも、あやして遊ぶ相手にはなれる。
現実には赤子どころか虫以下と言わざるを得ない差があった。
アルフ「あぁ。俺たちが凄ぇと思う事でも児戯でしか無いって事な。そんなのは分かりきっていた事じゃん」
ベルタ「うん。理屈では分かっていたつもりだったんだけどね。実際に見える範囲が広がると実感が凄いのよ」
アルフ「それも気にしない方がいい事だろな」
ベルタ「そうね。少なくとも今は気にしても状況は変わらないわね」
気にしないと決めたベルタだが気分は落ち込んだままだ。
アルフ「さ~て次はどんな手を使って来るのかな。賊のお手並み拝見といくか」
気分転換も兼ねて話題を逸らそうとするアルフ。
本心では賊なんかどうでも良いがベルタの落ち込みが気になる。
ベルタ「この先にさっきの賊が集まっていたんだけど。全員が移動しているわね」
アルフ「一斉攻撃でもして来る気か。或いは罠でも仕掛けておいて遠くから観察するつもりか」
ベルタ「離れて行くから攻撃では無いような。罠にしても、あたしたちがそこへ行くのかは読めない筈だけど」
アルフ「ふむ。集まっていたのはどこだ」
ベルタ「進路から少しだけずれるのよ。あの辺り」
少し木に登ってベルタの指す方角を調べるアルフ。
アルフ「小屋が幾つか見えるな。集落が襲われていたのかな」
ベルタ「誰も居ない状態になっているし、誰かが殺されちゃったような様子も無いのよね」
アルフ「被害者が見当たらないって事か。こっちを狙っていた連中だし一応は確認をしておくか」
現地には生活の痕があった。
食べかけの料理をも放り出して荷物を纏めて逃げ出した様相だ。
アルフ「これ賊のアジトじゃね。ベルタを襲うと言うよりも此処から遠ざけたかっただけなのかも」
賊からしてみれば竜人がアジトへ向って来るのである。
何とか進路を変えさせたいと思うのは当然であろう。
ベルタ「可哀想な事を・・・って思う事も無いか。後ろめたいことをしているからムダに逃げるのよね」
アルフ「だな。同情はしなくて良いと思う。こっちを監視していたぽい奴はまだ居るのか」
ベルタ「ううん。他の賊に合流して移動しているわ。移動先で迷惑をかけなければ良いのだけど」
アルフ「賊にそれを期待するのはムリだろ。此処に居ようが何処へ行こうが迷惑はかけるさ」
ベルタ「そうなんだけど。怯えて逃げるくらいなら反省して更生してくれないかな」
アルフ「そんな奴も居るといいな」
居る訳が無いと思うアルフだったが発言を飲み込んで同意する。
竜神ですら人を見捨てていないのに、同じ人である自分が賊を見捨てる事は傲慢かと思い考え直していた。
それに集落を見渡すとそれなりに秩序立った生活を営んでいたように見える。
アルフ「こんな集団生活が出来るのなら町やら村でもまともに生活が出来そうだよな」
ベルタ「ね。何でわざわざ道を踏み外しちゃうのかなぁ」
あちこちを観察するつもりでも食べ物が視界に入ると注意を惹かれてしまうアルフ。
アルフ「食べかけの料理を見ると食欲が湧くよな。俺たちも飯にしようぜ」
ベルタ「あんたの食欲はいつでも湧いているでしょ。あっちに良い場所があるみたいよ」
呆れたような台詞を並べながらも待っていましたという雰囲気で特に何も無さそうな方角を指すベルタ。
アルフ「飯に良さそうな場所も分かるのか」
ベルタ「場所が分かるというか、精霊様が誘ってくれているみたいに感じるわね」
アルフ「おぉ。そりゃ期待出来そうだな」
ベルタの指す方へ行って見ると広がる花畑に小川が流れていた。
花の良い香りが漂い小川が涼しさを運んで来る。
アルフ「いいねいいね。まさに飯を食うためのスポット。花畑って俺への当て付けじゃねぇよな」
喜びながらも頭をお花畑と言われた事を思い返すアルフ。
ベルタ「でも精霊様は食事なんてしないわよね。こんな場所で食べたがるのは人だけなのに何故分かるのかな」
アルフ「精霊だから?」
ベルタ「身も蓋も無いわね。あたし達が精霊様の事を知らなくても精霊様はあたし達を知っているって事か」
人は無知の話にまた戻りそうなので慌ててアルフが話題を変える。
アルフ「もしかして献立のお勧めもあるのか。特産の食材とか」
ベルタ「ちょっと待ってね・・・こんなもんか。マアマさんお願い」
マアマ「てやー」
ベルタがマアマを振ると様々な種類の肉・魚・貝と山菜・野草の料理が現れる。
30品目ほどあろうか、これほどに色々と作ったのは初めてだ。
アルフ「おおおお。何これ。フルコースってやつ?」
ベルタ「森にある香辛料とかレシピなんかも色々教えてくれてね。試してたらこんなに出来ちゃった」
アルフ「どれどれ」
当然ながらまずは肉にかぶりつくアルフ。
アルフ「おー! 美味い! 食ったことねぇ味だけどいけるぞ」
期待していた、いつもの味付けでは無い。
だが期待以上とも言える素晴らしい美味しさだった。
ベルタ「香りもすっごく良いわよね。まぁ作ってくれたのがマアマさんだから当然なんだけど」
マアマ「えっへん」
大量の料理を片端から平らげていく一行。
どこに入るのか不思議なほどだ。
アルフ「やべぇな。食欲をそそる香りが半端無い。まだ肉があるのにこの俺が山菜に手を出しているぞ」
自分の行動が信じられないかのようなアルフ。
自然に山菜へと手が伸びてしまうのだ。
ベルタ「一緒に食べた方が肉の味も引き立つからね。この料理に限った事じゃないわ」
アルフ「だな。今まで勿体無い事をしていたかもな」
ベルタは明るさを取り戻し、満腹になって満足するアルフ。
やっぱり飯は万能だなと実感する。
アルフ「かー。食ったー。もう食えねー」
ベルタ「あら。デザートはこれからなのに」
ベルタが笑いながらマアマを振ると食べ易くカットされた木の実や果実が現れる。
アルフ「当然デザートは別腹だ」
ベルタ「なら良かったわ。一気に料理のレパートリーが増えたわね」
ジューシーな甘味と酸味を楽しむ一行。
満腹でも苦にならない爽やかな口当たりと喉越しだ。
アルフ「そういえば。レシピを教えてもらったんだよな。精霊が見えるだけじゃなくて意思疎通も出来るのか」
ベルタ「ううん。ただ素材の上で跳ねたりぐるぐる回ったりするだけ。でも何となく分かるのよ」
アルフ「そんなんでレシピが分かるのかよ。別の意味ですげぇな」
ベルタ「ね。自分でも不思議だわ。でももう不思議には慣れたわ」
アルフ「ボディランゲージって奴か? 違うか。でも言葉に頼らぬ意思疎通って奴が出来ているぽいな」
ベルタ「一方的に教えてもらうだけだけどねぇ。なんか凄く嬉しいわね」
仮に話せるとしても精霊で一杯の状況なので会話では混乱してしまうであろう。
具体的に意思伝達されている仕組みは分からないが精霊の意図を汲めている事にベルタは喜びを感じていた。
アルフ「ガーゴ様々だな」
ベルタ「うん。町では本当に焦ったけどねぇ」
思い出したように手をたたくアルフ。
アルフ「それなんだけどさ。ひょっとしてマアマがガルマさんの口封じをしたんじゃねぇの」
ベルタ「へ。マアマさん?」
マアマ「あはははは」
まさかと思いつつ問いかけるベルタに、あっさりと肯定して笑うマアマ。
アルフ「やっぱな。あれだけ影響力の高い力をガルマさんが事前に説明しないのはおかしいと思ったんだ」
ベルタ「そういう事だったのですか・・・」
かつてガルマはマアマの経験を敬っていると言っていた。
ならばマアマからの要請であれば受け入れても仕方が無いかと納得するベルタ。
ガルマ「それもまた経験になると我も考えたのだ」
少し言い訳ぽくガルマも肯定する。
ベルタ「確かに大きく動揺してしまいました。落ち着いて対処を出来るようにならねばという事ですね」
実際には危険が無い状況で危機感を煽られたのだから経験を積む訓練としては申し分無かった。
アルフ「慌てるべき状況で落ち着いていても困るけどな。見極めが難しいよな」
ベルタ「そうね。でも今回はガーゴ様との問答とかを思い出せれば対処も出来たんだろうな」
アルフ「ガーゴ絡みで何か起きる事は予測すべきだったか。でもまぁ大差無いって言葉に騙されていたしな」
ベルタ「まさにそれよね。ガルマさんにとっての大差はあたし達とスケールが違う事を肝に銘じておかなきゃ」
ガルマの言葉で安心していなければ警戒していた可能性は十分にあったのだ。
感覚の差は分かっている筈なのに、つい見逃してしまう事の怖さを改めて思い知るベルタ。
アルフ「ちなみにまだ隠している能力とかあるの?」
視線を逸らすガルマ。
アルフ「なるほど」
頷くアルフ。
もはやツーカーの仲の様相だ。
ベルタ「ガルマさんて、そういう所は分かり易いですよね。お優しいから正視も出来なくなるのでは」
ベルタの一言に天を仰いで呟くガルマ。
ガルマ「マアマが物に宿る訳を痛感するわ」
マアマ「あはははは」
アルフ「目線すら読ませない為って事か。それ、たまたまじゃなくてマジで考えてやってんのか」
マアマ「えっへん」
本心での肯定なのか或いは誤魔化そうとしているのかをマアマの反応から読み取ろうと試みるアルフ。
判別に使えそうな情報としては発音くらいだが全く読み取れない。
アルフ「どこまで本気なのか全然わっかんねーよ。分からせないように振舞っているのならやっぱ凄いのか」
ガルマ「我も人と接してはおったが、行動を共にするのは初めて故な。経験不足は否めぬ」
アルフの旅に加わる事はガルマにとっても想定外だった。
そもそも人と行動を共にする機会が訪れる可能性などは考えてもいなかったのだ。
ベルタ「無理をお願いして申し訳ありません」
ガルマ「良い。我が問いに答えぬ機会は増えるかも知れぬが察せよ」
ベルタ「はい。それについては今回の件で十分に学ばせていただきました」
ガルマの不審な態度の原因が判明してベルタの気分もすっきりした。
今後は理不尽だと思うような事があってもそれはベルタの為であると察するべきなのであろう。
アルフ「一服もしたし行くか。飯の場所も教えてもらえるなら今後はお任せだな」
ベルタ「うーんどうだろ。ここは陽気な精霊様だらけなんだけど、森の外はそうでもなかったし」
アルフ「なるほど。自然を育んでいるとしたら自然豊かな場所じゃないとダメって事か」
ベルタ「性質も性格も本当に色々って感じよ」
アルフ「言われてみれば当然か」
歩き出したアルフが突然立ち止まって振り返る。
アルフ「ところで俺の頭にまだ精霊は居るのか」
ベルタ「順調に増えているわよ。もう百体は居るかな。大きな輪を作って楽しそうに踊っておられるわね」
アルフ「増えてって・・・頭を掻く事もできねぇのかよ」
両手で頬を押さえて変な顔をつくって嘆くアルフ。
身体の上に森を造られた巨人の気持ちが分かるような分からないような。
ベルタ「あぁ。それは大丈夫よ。触ろうとしてもすり抜けちゃうから」
アルフ「先に言えよ。ずっと我慢していたぜ」
すり抜けると言われても慎重に摩るように頭を掻くアルフ。
ベルタ「あはは。そこら中に浮いているって言ったでしょ。ぶつかるのなら歩くことも出来ないわ」
アルフ「うーむ。精霊は俺の頭に乗れるのに、俺の手はすり抜けるのか。矛盾してはいねぇか」
見えない故に確かめる事も出来ず、疑念はベルタに問うしか無いアルフ。
ベルタ「あたしに言われてもな。そもそも頭に乗っているのか浮いているのかもよく分かんないし」
アルフ「おぉ。そうか。頭に居るからと言っても乗っているとは限らないのか。だー。ややこしい」
思い返してみればベルタは一度も乗っているとは言っていない。
ベルタ「気にしなくても良いと思うわよ。人からは見えない前提で精霊様は活動しておられるのでしょうから」
アルフ「おう。そうさせてもらおう。つーか本物の花畑もあるのに何で俺の頭なんだよ・・・」
頭の上で踊る理由が一層分からなくなった。
ベルタ「ずっと踊っておられるしねぇ。ん~・・・精霊様の雰囲気からして、おめでたいとか?」
アルフ「そりゃ頭の上じゃなくて中身の話だろ」
疲れきったようにつっこむアルフ。
待ってましたと言わぬばかりに白々しくつっこみ返すベルタ。
ベルタ「酷い事を言うわね」
アルフ「言わせてんじゃねー」
花畑を後にアルフ一行は旅を再開した。




