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あたしのせいじゃなーい  作者: わかいんだー
本章~ファンタジックな旅の日常~
46/52

おまけ:お忍びの村娘

ごく普通の何の変哲も無い町に着いたアルフ一行。

だがベルタの緊張は半端無い。

ティアラを隠さずに大勢の人前に出るのだから。

元々魅了の問題が有ったから隠していたのに、魅力はさらに増幅されている状況でだ。


道中ですれ違った人々が魅了された様子は無かった。

見惚れて呆然とする者や拝みだす者や怯える者まで居たが、自我を失ったような様子は無かった。

ガーゴの言った通り、宝石に魅了されても我に返るほどの威圧感があるのだ。


町の入口の警備兵は緊張してベルタの方を見ないようにしている。

ガルマに気付いた人の反応に似ている。


ベルタ「はぁ。ガルマさんの気持ちが少しだけ分かるような気がするわ」

アルフ「お前の方が辛いと思うぞ。ガルマさんは元々立場が違うから畏れられて当然だしな」

ベルタ「・・・そうね。人もトカゲも大差無いと言っておられたし。でも辛いほど鍛錬の効果はあるわよね」


町へ入ると次々に人々の動きが止まる。

ここまでは今までと大差無い。

遠くからでもティアラの光で目立つので注目を浴びるのだ。


散策しながら人々の様子を観察する。

注目する人は多いが、やはり魅了された様子の人は居ない。

今までとの大きな違いと言えば、全ての人が距離を取るようになっている事だ。

ベルタには近づき難い雰囲気になっているのだ。

何人かの欲深そうな商人や貴族、それに領主にも見られたが近づいてすら来ない。


ベルタ「ガーゴ様の言った通りね。人の欲には限りが無いらしいし、一層強引になると思っていたんだけど」

アルフ「だな。多分だけど、あいつらはティアラその物じゃなくてお前を格上だと感じて動けないんだろうな」


ガーゴの思惑通り、手の届かぬ品であると人々は諦めているのであろうとアルフも思う。

だが、ティアラの価値が高過ぎるだけなら強欲な者は諦め無いという推測だ。

ベルタにこそふさわしい、他者では魅力を引き出せないと感じてしまうからこそ諦めざるを得ないのだと。

何せベルタの魅力を引き出すためだけに特化したデザインなのだ。


ベルタ「何よそれ。装飾品一つで装着者を格上とみなすなんて有りえないでしょ」

アルフ「俺も現状を見るまではそう思っていたけどさ」

ベルタ「うーん。確かにティアラの魅力を上げただけで諦めるのは変だとも思うけれど」

アルフ「考えてもみろよ。大精霊様と最上位に属する精霊様の合作だぞ。それもガルマさんが笑う程の傑作だ」


初めてティアラを装着した時にもガルマは面白いと言った。

だが今回は堪えきれずに大笑いするほどだ。

恐らくは桁違いの何かがあると考えるべきであろう。


ベルタ「・・・そうよね。そもそも装飾品一つで魅了しちゃうなんて事が本来なら有りえないのよね」

アルフ「あいつらでも格上の王様に王冠をよこせとは言わないだろ。同じ感じになっているのかと思う」


ベルタにこそふさわしいと感じずとも魅了されていなければ、ガルマの傍らに立つベルタは格上に見えるのだ。

それは国民の頂点に君臨する王ですら例外では無い。


周囲の人々を見渡すベルタ。

魅了と言う最悪の事態を免れたにも関わらず表情は暗い。


ベルタ「貴族の人達が高慢になり易い理由が分かる気がするわ」

アルフ「お前も高慢になるのか」

ベルタ「やめてよ。でも貴族が人々を差別すると言うより、人々が自ら差別されるように振舞って見えるのよ」

アルフ「確かにな。貴族が幼い頃からこんな風に周囲から扱われていたら敬われて当然に感じるか」


貴族も社会の犠牲者なのかもしれないと思うベルタ。

人々が勝手に卑屈になって下手に出るが故に、自然に高慢に仕立て上げられてしまうのであろうと。

その結果、信じられる仲間に巡り会う事も無く、身内も敵となる謀略の中で荒んだ心のまま孤独に朽ち果てる。

貴族に生まれただけで経済的には恵まれようが、果てしてそれを幸せと呼べるのであろうか。


ベルタ「あんたの礼儀知らずには頭が痛かったけど。間違っていたのはあたしの方だったのね」


誰に対しても平等に接する意義を痛感するベルタ。

居丈高になる事も卑屈になる事も同等に好ましく無いのだ。


アルフ「いやいや。それは早計だろ。ケースバイケースだと思うぞ」


礼儀はコミニュケーションを円滑にする手段の一つであり、全て否定するべきでも無い。

程度の問題であるが、その基準が人によって曖昧である事が難しさの要因の一つになっている。


ベルタ「そうね。決め付けも良くなかったわね。でも決まりが無いというのは不安ね。どうすれば良いのやら」

アルフ「そっか?」

ベルタ「例えば初対面の人にはどう接すれば良いかが分からないでしょ」

アルフ「相手次第だけど。こっちから接する場合はそうか。そういう時の限定なら礼儀を守ればいいんじゃね」

ベルタ「そう思うのなら、あんたもそうしてよ」

アルフ「え。しているだろ。初めてガルマさんに話しかけた時だって」

ベルタ「あの時の挨拶の一言だけじゃない。それにあれは本に書いてあった真似をしてみたかっただけでしょ」


アルフが礼を尽くそうと思っていたのは事実だ。

一言だけだったのは挨拶以外の礼儀作法を知らなかったのだから仕方が無い。

だが真似してみたかった事も事実なので如何にも図星というリアクションで驚いてみせるアルフ。


アルフ「何で知っているんだ」

ベルタ「自分で言っていたじゃない」

アルフ「え~? そうだったかなぁ。参考にしたと言った覚えはあるんだけど」

ベルタ「そんなに前の事を覚えているのに何であたしに会う前の事を全然覚えていないのよ」

アルフ「俺に聞くなよ」

ベルタ「じゃぁ誰に聞くのよ」

アルフ「・・・あっち?」


呼ばれている方向を指すアルフ。

ベルタが熱くなって冷静さを欠いてきたように感じるが少し様子を見る事にする。


ベルタ「結局この旅があんたの記憶に関係するのかも未だに分からないのよね」

アルフ「今の所は戻った記憶は皆無だな」

ベルタ「少しは思い出そうとしなさいよ」

アルフ「思い出さない方が良い事かもしれないぞ。気にしても仕方がないって」


不必要に気にし過ぎである事をベルタに指摘して抑えようとするアルフ。

この旅をする目的と記憶が無関係な事はベルタにも説明済みだし、衆目の中で今話す事でも無い。

懸念した通りに冷静さを失ってると判断した。


ベルタ「それ当人の台詞じゃないから。他人事にしちゃダメでしょ」

アルフ「落ち着け。何で俺の記憶の話になっているんだよ。他人事と言うならまずはお前のティアラの話だろ」


指摘しても終わりそうにないのでつっこみを入れるアルフ。

熱くなっているのはベルタの思いやりではあろうが、今はすぐに検討すべき課題に直面した状況なのだ。


ベルタ「あれ。そういえばティアラの話をしていたのよね」

アルフ「すぐ熱くなるのも精神の脆さかな。いやこれは違うか? いずれにせよ冷静さを失うのは良くねぇな」


気にしだすと止まらないのはベルタの欠点だとは思うが指摘しても止まらなかった程に根が深い。

過度に気にしても仕方が無いと言う事を言葉面だけでなく身をもって理解させねばならないだろう。

まずは目の前の課題に対処しながら策を練って機会を待とうとアルフは考える。


ベルタ「本当に欠点だらけよね、あたしって。一つづつ潰していかないとなぁ」

アルフ「一つづつってのは良いな。既に並行して幾つもやっているから、まずはそれを終わらせてからだな」

ベルタ「う。終わるのかしら。精神耐性の成長は確認できたけど、どこまで上げれば良いのかも分からないし」

アルフ「そうだな。長期目標の鍛錬とは別に、短期目標の課題を一つづつ用意すると良いのかもな」

ベルタ「あんた時々格好良い事を言うわよね。要は現状に短期目標を一つ加えれば良いのよね。何が良いかな」

アルフ「さぁ」


期待の絶頂から突き落とされた思いのベルタ。

いつも通りのアルフなのだが頼りたい状況なので大きく落胆する。


ベルタ「盛り上げておいていきなり落とさないでよ」

アルフ「いや、だって俺は思った事を口にするだけだからさ。そんな先の事までは考えていねぇよ」

ベルタ「長所なんだか短所なんだか分かんないわね。でもまぁこれはあたしが考えるべき事ね」


自身で決めるべき課題をアルフに選んでもらおうとしていた事に気付いて恥じるベルタ。

アドバイスは貰えても選んで決めるのは自身なのだ。


一応アルフもベルタの課題を考えてみる。


アルフ「当面の課題は他人との接触かな。下手に近づくと逃げそうだ。解決するまでは俺だけでやっておくか」

ベルタ「うぅ。あんたは無礼過ぎるからあたしに任せろ、と言った事を思い出して恥ずかしいわ」

アルフ「気にすんな。それは俺も間違っているとは思わない。ケースバイケースだ」

ベルタ「ありがと。でも当面の課題と言われてもな。隠す訳にもいかないし説得して周るのも変よね」


せめて人々が逃げないように、リュックに説明の張り紙でもしようかと考えるベルタ。

だがティアラが注目されるのだから意味が無いし、何を書けば良いのかも分からない。


アルフ「この状況でどう人と接するべきかだろうな」

ベルタ「うーん。似た立場の人はどうしてるのかな。貴族の人は町人と殆ど接しないから参考にはならないし」

アルフ「畏れられる立場で町人に接すると言えば王様じゃね」

ベルタ「・・・村娘が王様の立場で考えなきゃならないとは。理不尽な世界ね」

アルフ「理不尽な力に囲まれているんだから仕方がない」


アルフの言葉に納得しながらも、どっと疲れるベルタ。

つい先日まではただの村娘だったのにと異常な状況を改めて自覚する。


ベルタ「そういえば王様は貴族よりも特別視されて育った筈なのに大衆の視点で見て考えているわよね」


王の生き様は、王は民の為に在ると行動で示しているようなものだ。

最も高慢になり易い立場に生まれ育ちながら、高慢さの欠片も持ち合わせていない。


アルフ「周囲に恵まれていたんだろうな。ガキの頃から罠アイテム研究のじいさんらが相手をしていたんだろ」

ベルタ「あ~。代々王家に仕えているって言っていたわね。やっぱり育った環境次第か」

アルフ「でも王様と町人の接触は基本的に兵を介していたか。やっぱ参考にはならないかもな」


求められれば誰とでも話すではあろうが、王から一般人に話しかける機会は実質的に無いだろう。


ベルタ「まさかもう誰とも話せないのかしら」


如何に精神鍛錬の為とは言え、誰とも話せなくなるという状況はベルタには過酷であった。


アルフ「さすがに捕まえれば話すだろうけど。どうしてもって時だけはティアラを隠してもいいんじゃね」

ベルタ「あ、そうか。精神鍛錬の為に見せているだけだから話す時は隠しても良いのよね」


ベルタは安堵するが、提案したアルフは考え込む。


アルフ「嫌な予感がしないでもないけど」

ベルタ「へ。どういう事? 今まではずっと隠していたんだし問題なんてある筈が無いじゃない」

アルフ「んじゃ試しに隠してみな」

ベルタ「そこまで言うなら。でも気にする要素なんて無いと思うんだけどな」


手拭いを出して鉢巻をしようとするベルタ。

だが手拭いがティアラに触れる前に消滅する。


ベルタ「きゃぁ。何? 手拭いが消えちゃった?」

アルフ「やっぱな」

ベルタ「どういう事よ」

アルフ「ガーゴの居た建物を汚せなかっただろ。同じように手拭いはティアラを汚す物とみなしたんじゃね」


聖堂が綺麗過ぎた事をアルフは懸念していた。

汚れとは即ち聖堂本来の美しさを隠す物だ。

加えてガーゴの力は攻めの浄化だ。

隠そうしただけでも消してしまうのでは無いかと思ったのが的中してしまった。


ベルタ「ガ、ガーゴ様・・・潔癖過ぎですよ・・・」


大衆に注目されている事も忘れて膝を折り地に手を付くベルタ。

ようやく見つけた解決策を問答無用で粉砕されてしまったショックが大きい。


アルフ「寝る時に枕が消えたりはしていないから、隠そうとしなければ大丈夫なんだろうとは思うけどな」

ベルタ「クイズでもやっている気分ね。隠そうとせずに隠せか」


しばし考えるが思いつかないので発想の転換をするアルフ。

消されない物を探した方が良いのでは無いかと。

ガーゴが絶対に消さないであろう物と言えばベルタの身体だ。


アルフ「話す時だけなら正面の宝石周辺を手で隠せば十分じゃね。全部を隠さなくても多分大丈夫だろ」

ベルタ「なるほど。一々額に手を当てながら話すのも怪し過ぎるけど仕方がないか」


チッチッチと人差し指を振るアルフ。


アルフ「それは心配すんな。元々怪しさ満点の格好になっているから」

ベルタ「ぐ。目立つ事は望んだけど畏れられる事は想定外だなぁ。魅了しちゃうよりは確かに良いのだけど」


暫定対策も纏まって宿屋を探す。

町の人混みの中でもアルフ一行の周囲だけは常に広く空いている。

明らかに避けられている雰囲気に哀しくなるベルタ。


アルフ「虫除けの魔アイテムに続いて人避けのティアラか」

ベルタ「あたしが世界から嫌われちゃった気分だわ」

アルフ「みんなの顔を見ろ。嫌ってはいねぇだろ」


観察してみると、畏れてはいるが恐れている感じでは無い。

手出し出来ぬ存在と察して敬い憧れているような雰囲気だ。

一部には例外も見受けられるが、それはガルマに気付いたせいかもしれない。


ベルタ「嫌われている訳じゃないだけマシか。それでもみんなが離れて行くのは哀しいけどね」

アルフ「哀しみの耐性が低いから余計にそう感じるのかもな。辛さが糧になっていると思うしかねぇ」

ベルタ「うん。強くなるまでの辛抱よね」


ベルタの正気が怪しくなる感情の筆頭が哀しみで次点が怒りだ。

今までは哀しみの耐性を上げる為の実質的な手段が無かったので、辛くとも好ましい状況になったと言える。


アルフ「しっかしまぁベルタよりもガルマさんの方が遥かにやばいのに。やっぱ目立つかどうかって大事だな」

ベルタ「そうね。気が付かなければ気にならないのよね」


口にして思い付く。

町に入った時に気が付いて、ずっと気になっている事がベルタにはあったのだ。

丁度良いタイミングかと思いアルフに相談する。


ベルタ「ところでアルフは気付いている? 変な影が見える事」

アルフ「いや? 影がどうかしたのか」


視界内の影に変な様子は見当たらない。


ベルタ「何かね。視界に入ったばかりの人から、もやもやした影が見える事があるんだけどすぐに消えるのよ」

アルフ「へぇ。気が付かなかったな。正体の推測は出来るのか」

ベルタ「ううん。初めて見たし見当がつかないわ。最初は気のせいだと思っていたんだけど続いているのよね」


すぐに消えるなら害は無さそうだが、続いているというのは気掛かりだ。

アルフも意識して視界ギリギリを注意して見るがそれらしい物は見えない。


アルフ「視界に入ったばかりの人だけか。タイミングで考えると、お前に気付いて隠れているって事かね」

ベルタ「そうかも知れないけど。隠れると言うより消えるのよ。いや消されている感じか。あ。あの消え方は」


聖堂で土が消滅した時の消え方に類似している事を思い出すベルタ。

まるで水に溶かし流され浄化されて消えるような。


ベルタ「もしかしてガーゴ様が何かを消しておられるのですか?」

ガルマ「邪霊を祓っておるだけだ」

ベルタ「あの、もやもやした影が邪霊なのですか」

ガルマ「ここに現れたのは憑依も出来ずに寄生しておるだけの弱々しい奴ばかりだがな」

アルフ「おぉ。俺には見えていない訳だな。本当にベルタは霊も見えるようになっていたんだ」


ベルタも霊を確認したのは初めてなので驚く。

恐ろしい姿を想像していたが弱々しさすら感じるただの小さな影であった。


ベルタ「でも対峙していた訳じゃないのに祓ってましたよ」

ガルマ「お主のお陰で能力が向上して対処可能な範囲が広がっておる」


能力向上だけで説明する事は正確さに欠ける。

マアマから入れ知恵されている上、説明の必要が無いのでガルマは省いていた。


ガーゴの霊的な大きさから見ればベルタの視界の端は対峙しているとも言える距離なのだ。

能力的には町内の邪霊を瞬時に祓う事も容易だ。

だが仕事ぶりをベルタに見て欲しかったガーゴは邪霊が視界に入るのを待ってから祓っていた。


ガーゴの知覚で見ているベルタにはガーゴ自身の姿は見えていない。


ベルタ「勝手に邪霊を祓ってくれるのですか。・・・それって、以前と大差無いとは言えなく無いですか」


マアマやティアラの力についてはガルマから説明されていた。

だがガーゴの影響については大差無いで済まされたままだ。

大笑いする程の何かがある筈であり、視界に除霊と次々に未知の能力も発現しているのだ。

ガルマを不審に思わざるを得ないベルタであった。


ガルマ「お主の意志とは無関係に勝手に祓っておるのだ。お主自身には何の変化も無かろう」

ベルタ「ぐ。確かにガーゴ様の御意志で祓っておられるのですから、あたしのせいじゃないとも言えますが」


屁理屈な気がしてならないベルタ。

ベルタに付いて来ているのだから説明くらいはしてくれても良いのではないかと思う。


アルフ「ほらほら気にし過ぎ。そもそも誰の害にもなっていない所か助けてやっているんだから気にすんな」

ベルタ「でも何か強過ぎない? 気付いた瞬間、姿を確認しようとしたらもう消されているのよ」


ベルタの認識とは裏腹に、ガーゴにしてみれば散々待った挙句に限界まで手加減した結果だった。


ガルマ「当然だ。今のガーゴであればその程度は見ただけで、っと何でも無い」


恨むような鋭い目つきでベルタはガルマを睨む。

やはり言うべき事を隠していると察したのだ。


ベルタ「・・・ガールーマーさーん」

ガルマ「いかんな。どうにも我は口が軽い。竜に連なる者としてありえぬのだが。感化されておるのか」

マアマ「あはははは」


マアマの力を説明する時の失言以来、意識して口数を抑えてきたガルマだが、それでも一言漏れてしまった。

アルフとベルタに打ち解けた事もあるが、それだけでも無い。

多くの強力な力が集い、口を挟まずには居れぬ状況になっているのだ。

かつてここまでの力を扱える人など存在しなかったのだから。


アルフ「見ただけって。あの巨人の森に居た蛇の石化能力みたいな感じか」


アルフの言葉に青ざめるベルタ。


ベルタ「ちょ。そんなとんでもない力を町中で使い捲っているって事?」

ガルマ「ガーゴを舐めるな。蛇如きの力は誤差にも・・・うーむ。本格的にマアマに師事せねばならぬか」

マアマ「あはははは」


呆れて呆然とするベルタ。

とんでもなく危険過ぎると認識していた強大な力を、誤差にもならぬとガルマは言いかけたのだ。

しかもそれは極めて攻撃的な上、ベルタの意志に依らずに人込みの中でも発動しているのだ。


ガルマがつい口を滑らせてしまうのは、力に対するベルタの認識があまりにも見当違いだからだ。

竜力を直接操れる者を除けば、ベルタが望んでも消滅せぬ者など既に存在しない状況であった。

事情を知らない者から見ればガルマに挑もうとしているかの様相なのだ。

それを蛇と比べるなど、人と微生物で力比べをするようなものであり全くの無意味であった。


ベルタ「あのぉ。ほんっとうに大丈夫なんですか。他の人や町に危害は無いのですか」

ガルマ「うむ。見ての通りだ」

ベルタ「見て不安だから聞いているのですけどね・・・」


ガルマを問い詰めたいが立場上は不可能でジレンマに陥るベルタ。


葛藤するベルタを見て、アルフも発生し得る危険を想定してみる。


アルフ「邪な人はベルタが気付く前に消されていそうだよな」

ベルタ「ちょ! すぐに町を出るわよ」


慌てて走り出そうとするベルタを制するガルマ。


ガルマ「その心配は無い」

ベルタ「何故ですか。人は我欲に阻まれて邪を祓う事が難しいと伺いましたよ」


ガーゴが邪を祓うのであれば、殆どの人が危険に曝されているという事に他ならない。


ガルマ「ガーゴとの問答だ。邪霊以外を祓う事についてはお主の了解を得ておらぬ」

ベルタ「あ・・・あの時の質問はこういう意図だったのですか」


邪霊への対処について詳しく問われた事を思い出すベルタ。

確かにガーゴが勝手に祓っても構わないという旨の返答をしていた。


ガルマ「邪霊は問答無用で容赦なく殲滅しろと命じたのであろう。張り切っておるぞ」


問答を要約すれば合っているかもしれない。

だがベルタとしてはニュアンスが違い過ぎる。


ベルタ「あたしがガーゴ様に命じるなんて出来る訳がありません!」

ガルマ「些細な解釈の違いだ」


ベルタの望みや願いは命令として受け取られるのだ。

自身の発言が意図しない受け取られ方をした上にとんでもない影響力を生み出す状況に辟易する。


ベルタ「重い。重過ぎるわよ。何であたしばっかりが背負わされているのよ」

アルフ「へ。荷物はお前が勝手に集めて背負っているんだろ」

ベルタ「荷物の話じゃないわよ! 責任の話よ。あんたの旅なのに何であたしばっかり責任が重くなるのよ」


ベルタが不安に呑まれてかなり熱くなっている。

気にし過ぎが良くない事を体感させる為に練った策を実行に移す機会だと考えるアルフ。


アルフ「だから気にし過ぎだって学べよ。仮に俺に付いて来ていてもガーゴがやる事は一緒だろ?」

ベルタ「・・・それもそう・・・なのかな?」


まずは不安で昂ぶった状態から安心させる。


アルフ「まぁ俺だけで行ったなら付いて来なかったのだろうけど」

ベルタ「やっぱりあたしの責任なんじゃない」


そして不安に突き落とす。


アルフ「でも付いて来なければ、いずれは他の奴に付いて行ったかもしれない。その方が不安じゃね?」

ベルタ「確かにその方が怖いわね。付いて来てくれて良かったと言えるのか」


また安心させて。


アルフ「まぁあんな所に行く奴は他に居ないと思うけど」

ベルタ「だったらやっぱり、あたしがあそこに行かなければ」


突き落とす。


アルフ「でも多くの名で呼ばれていたって話だし人との接触は多いんだろう。なら付いて行く可能性が高いな」

ベルタ「そうだけど・・・って。もしかしてあんた、あたしを安心させたり不安にさせたりで遊んでいない?」


安心した所で冷静さを取り戻したベルタがアルフとのやり取りの違和感に気付く。


アルフ「ばれたか」

ベルタ「あんたねぇ」

アルフ「考え方次第で気分なんて簡単に変わるだろ。楽な方に考えろって事さ」


切れかけたベルタだがアルフの真意を察する。


ベルタ「・・・それを教えてくれようとしていたのか」

アルフ「さっきから何度も言っているだろ。気にし過ぎだって。悪い方に考えてもメリットなんて無いぞ」

ベルタ「そうね。今のやり取りでよく分かったわ。状況が変わらなくても考え方一つで気分は逆転するのね」

アルフ「そうそう。状況は全く変わっていない」

ベルタ「分かってる。落ち込まずに前向きに捉えながら対処するのよね。負の感情に嵌らないように」


不安に呑まれた状態で前向きに考える事は難しい。

まずは不必要に気にする事をやめて冷静に考えられる状況を作り出す事が大事なのだ。

気にしていようがいまいが状況に影響は与えないのだから。


アルフ「確かに恐ろしいほどの力なんだろうけど、実害は見えないしガルマさんのお墨付きだ」

ベルタ「不安がってもムダでしか無いって事ね。うん、もう大丈夫よ。ありがとアルフ」


アルフの策は成功した。

ベルタの身に付くまでに時間はかかるであろうが。


アルフ「となれば次は」

ベルタ「食事ね。丁度宿屋が見つかったわ」


宿屋に入るアルフ一行。

受付で手続き中の客も勝手に中断して場所を空ける。


アルフ「んじゃ今日は俺が」

ベルタ「待って。あたしにやらせて。宿屋さんには迷惑かもしれないけどガーゴ様の好意に応えたい」

アルフ「そっか。んじゃ任せた」


ベルタが近づいても宿の主は逃げない。

と言うか動けずに硬直している。

営業スマイルがこわばってしまっていて哀れだ。


ベルタはティアラを隠さずに交渉出来ないかを試みる。


ベルタ「夕食と一泊をお願いできますか」

宿の主「は。よ、ようこそベルタ様。その、当宿では御満足いただけるサービスを提供しかねると思いま」


たどたどしい発音で棒読み台詞のように応じる宿の主。


痛々しくて直視し難いベルタは宿の主の言葉を遮って頼む。


ベルタ「お願いします」

宿の主「か、かしこまりました! 本日は貸切にして精一杯」


緊張のあまり無茶な選択をしそうになる宿の主。


それを抑えるように再び宿の主の言葉を遮ってベルタは頼む。


ベルタ「特別扱いはしないでいただきたいのです。一般客として扱って下さい」

宿の主「は。お忍びという事ですか。承知しました。では無礼を承知で一般客として扱わせていただきます」


言葉とは裏腹に警備の増員を要請したり高級食材を注文したり接待要員を召集したりと忙しい宿の主。


手続きを済ませてアルフの傍らに戻るベルタ。

普段の手続きはサインして終わりなのだが妙に時間がかかった。

だが緊張のせいであろうと特に気にはしなかった。


ベルタ「ふぅ。きっついわねこれは」

アルフ「見ている分には面白い」


アルフの笑いにベルタも笑みを返しながら愚痴る。


ベルタ「お忍びって何よ。どこのお偉いさんだと思っているのよ」

アルフ「少なくともただの村娘とは思っていないな」

ベルタ「お偉いさんがこんなリュックを背負って歩く訳が無いわよね」

アルフ「お忍びなんて言葉が出るくらいだし、カモフラージュだと思われているんじゃね」

ベルタ「カモフラージュなら真っ先にティアラを隠すでしょうに。完全に思考停止しちゃうのね」

アルフ「見るからに緊張してたからな。まぁ荷物を置いて飯にしようぜ」


部屋に向うと、部屋から大勢の人が雪崩を打って飛び出して行くのが見えた。


アルフ「何だありゃ。掃除でもしていたのか」

ベルタ「清掃係ぽい人も居たけど何であんなに慌てていたのかしら。しかも大勢で」


不審に思いながら部屋の中を見ると違和感が凄まじかった。

宿の雰囲気にそぐわない高級な調度品を慌てて搬入した事が丸分かりである。


アルフ「マジか? 手続きをしてから5分くらいしか経っていねぇよな」

ベルタ「その手続きにも5分くらい掛かっていたけど。まさかこの為に時間稼ぎをしていたのかしら」

アルフ「10分でもこれはムリだろ。どんな魔法を使ったんだろな」


宿の主は王都の宿に協力を要請していたのだ。


・・・


宿の主「す、すまねぇ。突然ベルタ様が泊まる事になった! 大至急部屋を改装したい! 1秒が惜しい程だ」

王都の宿「ベルタ様が! 承知した。即座に向う」

宿の主「こっちでやれる事は無いか」

王都の宿「家具等は全て持って行く故、据付の家具は全て瞬間帰還器で王都へ送っておいてくれ」


王都の施設はベルタの名を聞けば即座に全力で動く。

簡易拠点を室内に設置し、貴賓室の家具を瞬間帰還器で移し、大規模な人海戦術で一気に入れ替えていた。


・・・


ベルタ「参ったわねぇ。一般客として扱ってくれと念を押していてもこれかぁ」

アルフ「やっぱティアラを手で隠すくらいの配慮は要るかな」

ベルタ「そうね。受付の時くらいは商売だし我慢してもらおうと思ったけど。ここまで影響するならダメだわ」


多少は宿屋に迷惑をかけても仕方が無いと割り切ってはいた。

だが迷惑と言っても精々宿の主を緊張させる程度としか思って居なかった。

設備変更までされる事は完全に想定外だ。


アルフ「俺は毎回王都に飛んでも構わないぞ。あっちなら最初から良い部屋もあるだろうし」

ベルタ「普通の部屋の方が落ち着くわよ。次は手で隠して、それでもダメならアルフにお願いするしか無いわ」

アルフ「俺は全然構わないぜ。まぁ考えるにしても飯を食いながらにしよう」


アルフ一行が部屋を出るのを見計らって、再び大勢が部屋に侵入していた。


食堂に入ると他に客は居らず、全面改装した直後なのが丸分かりの様相だった。

人は大勢居るが全て給仕のようだ。


ベルタ「泣きたくなってきたんだけど」

アルフ「ガルマさんを接待していると思えばこれでも足りないくらいだろ」

ベルタ「なるほど、そう考えるのか。本当に勉強になるわ」


給仕する者の手が震えているのが分かる。


アルフ「これはさっさと食って部屋に戻った方が良さそうだな」

ベルタ「うん。額を押さえながらの食事はムリがあるわ」


早々に食事を済ませ一服もせずに食堂を出る。

部屋に戻ると何故か部屋が広くなっていた。


アルフ「おぉ。空間魔法か」

ベルタ「・・・壁を壊して隣の部屋と繋げたのね。無茶苦茶過ぎるわよ」

アルフ「こりゃ店は大赤字だな」

ベルタ「悪いことしちゃったわね」


実質的に与えてしまった損失分は償いたいと思うベルタ。

狩りながらの旅なので副産物を売却する事で所持金は十分にある。

序盤はガルマが出してくれていたが今ではその気になれば幾らでも稼げるので使い切っても問題は無い。

だが流石に部屋の改修費には手持ちでは足りない筈だ。


ベルタ「そうだ、王様にもらった小切手があったわね。使わせてもらいましょうか」

アルフ「いいんじゃね。王様も使って欲しくてしょうがないって感じだったし」


リュックの底を漁って小切手を取り出し拝んでみるベルタ。


ベルタ「ふぅ。まさか役立つ時が来るなんてね。受け取っておいて良かったのか」

アルフ「備えあれば憂い無しって奴か」

ベルタ「でも幾らくらい書けばいいんだろ。どれだけ使ったのか見当がつかないわよ」

アルフ「清算の時に直接聞けばいいんじゃね。幾らでも出せるって余裕を見せれば遠慮せずに答えるだろ」

ベルタ「うーん。万一ふっかけられると王様に悪いんだけど。それしか無いか」

アルフ「今日は寝よう。なるだけさっさと出て行った方が迷惑をかける度合いも減るだろ」

ベルタ「うん。そうしましょう。おやすみ」


一夜明けて清算手続きをするベルタ。

今回はティアラを手で隠している。


ベルタ「随分と気を使わせてしまって申し訳ありません。改修費など全て払いますので金額を教えて下さい」

宿の主「は。そのような費用はありません。一般客としての扱いですので通常の宿泊料で十分です」


今回はさほど緊張もしていない筈だが、すっとぼけているとしか思えない返答をする宿の主。


ベルタ「ウソをおっしゃらないで下さい。突貫工事をなされていたのは明白ですよ」

宿の主「は。確かに工事は致しましたが、誓って費用は発生していないのです」


確かに最初の問いに改修していないとは答えず、発生した費用が無いと答えていた。


ベルタ「どういう事ですか」

宿の主「王都に協力を要請した所、費用はあちらもちで全て対応していただけたのです。料理や人員もです」

ベルタ「そういう事でしたか・・・」


ここだけでは無く王都にまで迷惑を掛けていたと知って萎えるベルタ。


宿の主「余計な請求をしては私めが詐欺師扱いされてしまいます。どうか規定料金だけでお願いします」

ベルタ「散々迷惑をおかけして申し訳有りません。では規定料金をお支払いします」


納得し難いが余計に支払う方が迷惑になると言われては仕方が無い。

どうにか詫びたいと思うベルタに宿の主が興奮して叫ぶ。


宿の主「迷惑? とんでもありません! ベルタ様に御利用いただいたとなれば大繁盛が約束されますので」

ベルタ「は?」


宿の主は嬉しそうに台帳を取り出して見せながら説明する。


宿の主「この通り既に一年先まで予約が埋まりました。その先も予約させろとクレームが来ているほどです」

ベルタ「そ、そうですか。少しでもお役に立てるなら幸いです。ではありがとうございました」

宿の主「恐縮です。ありがとうございました」


狐につままれたような顔で清算を終えて宿屋を出るベルタ。


ベルタ「あたし達が泊まっただけで繁盛するってどういう事よ」

アルフ「まぁ想像はつくけどな。知らない方が良いと思うぞ」


気にしろと言わぬばかりに意味深な事を言うアルフ。


ベルタ「そんな言い方をされたら一層気になるじゃない。教えなさいよ」

アルフ「気にしない訓練だ」

ベルタ「ぐ。あんたってスパルタよね」


訓練の為にわざと気になる言い方をしていたのだ。


アルフ「一応はマアマに頼んで、宿屋に残した物は全て消してもらった方がいいかな」

ベルタ「へ。何も置いてきていないわよ」

アルフ「だったら頼まなくてもいいぞ」


曖昧な提案を不審に思いながらも昨日からのアルフとのやり取りを思い出すベルタ。


ベルタ「・・・何だかんだ言いながらもあんたの発言ていつもあたしの為なのよね。マアマさんお願いします」

マアマ「おっけー」


ベルタがマアマを振る。

しかし何が起こったのかは分からない。


ベルタ「何か消してくれたの?」

マアマ「いろいろー」

ベルタ「えぇ? 本当に残した物なんて有ったんだ。大事な物じゃないわよね」

マアマ「あはははは」

アルフ「これからは宿屋に泊まる度に消した方が良いかもな」

ベルタ「分かったわ。ガーゴ様に関係する事なのかしら。でも・・・いやいや気にしちゃダメだった」


何が消されたのかは永遠の秘密である。


町を後にアルフ一行は旅を再開した。


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