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あたしのせいじゃなーい  作者: わかいんだー
本章~ファンタジックな旅の日常~
45/52

おまけ:受けと攻め

全くと言って良いほどに陽が差し込まず真っ暗な森を進むアルフ一行。

ティアラの光のお陰で移動の視界に困る事は無い。

前方に少し大き目という程度の怪物が見えた。


アルフ「うぉ。何か出た」

ベルタ「見た事の無い生物ね。化け物の類かな」


警戒して観察するが怪物は動かない。

近づいて突っついてみるアルフ。


アルフ「・・・これ、石像じゃね」

ベルタ「本当だ。石だ。でも何でこんな所に」


ふと顔を上げると目前に大きく美しい聖堂が聳え立っていた。


アルフ「あれ。こんな建物あったっけ」

ベルタ「ティアラの光の外は全然見えないからね。近づかないと分からなかったんでしょ」


聖堂は今完成したばかりと思わせるほどに美しく磨き上げられた感じだ。

しかし人の気配が無いどころか、森の獣の気配すら無くなっている。


ベルタ「如何にも信仰系の建物よね。また厄介な事にならないといいんだけど」


むしろ妄想の神を祭っている方が良いとすら思えてきたベルタ。

実在する者が祭られているとロクな事にならないと身に染みていた。


アルフ「ここなら他人を巻き込む懸念が無さそうなだけマシか。さっきの石像の怪物を祭っているのかな」

ベルタ「うーん。あれは祭っていると言うよりも番をしているみたいに見えたけど」

アルフ「番ねぇ。じゃぁこの建物は番で造られているのかも」

ベルタ「へ・・・うわ。何これ趣味悪」


建物を注意深く見て、たじろぐベルタ。

外壁の柱も壁面も怪物の彫像が多数埋め込まれており、訪れる者を睨み付けているかのようだ。


アルフ「怪しさ満点過ぎるだろ。これは旅に関係すると見た。内部調査してみるしかねぇな。入ってみようぜ」

ベルタ「勝手に入っちゃダメでしょ」

アルフ「こういう施設って誰でも入っていいんじゃねぇの」


少し考えるベルタ。

あまり関わりたくは無いがアルフの言い分も理解出来る。


ベルタ「何の施設か分からないから断定は出来ないけど。案内の人も居ないし中で聞くしか無いか」


入口から中を見ると外装以上に美しい内装だった。

無数の蝋燭で照らされてはいるが、何故か屋内を満たす光は青白いので蝋燭の灯によるものでは無い。

彫像は台座にも置かれ、床や天井にも巨大なレリーフが彫られていた。

土足で入る事を躊躇うほどに塵一つ見えない。


アルフ「すんげぇ数の蝋燭。これ全部灯す前に最初のが燃え尽きるんじゃね」

ベルタ「変よ変よ変よ。蝋燭が灯っているのに人の気配が全く無いなんて。これ幻覚か何かじゃないの」


結局土足で聖堂に入り、色々触って確認するアルフ。


アルフ「実体はあるな。蝋燭の炎も熱い。仕掛けは分からない。お?」


ベルタの所へ戻ろうとしたアルフが床を見て驚く。


ベルタ「どうかした? 床に変化は無いと思うんだけど」

アルフ「おぉ。変化が無いぞ・・・」


ボケをかます状況では無いだろうとずっこけそうになるベルタ。


ベルタ「何を言っているのよあんた。だったら何を驚いているのよ」

アルフ「土足で綺麗な床を歩いているのに足跡がつかない」

ベルタ「え。うそ何これ」


ベルタも聖堂に入って確認してみるが、土を落としても消えてしまう。


ベルタ「マアマさんが掃除してくれた訳じゃないわよね」

マアマ「してないー」


靴が消えて行く様子は無い。

建物を汚す物だけが消されている感じだ。


アルフ「妄想の神を祭る場所じゃないのは確実ぽいな。何かあるぞここは」

ベルタ「だったら中に居るのは危険じゃない? 一度外に出てどうするかを考えましょ」


聖堂の外へ出ようとするベルタの手を掴んで止めるアルフ。


アルフ「俺は中に居る方が良いと思う。まず第一に襲ってくる気が有るなら既に動きがある筈だろ」

ベルタ「可能性としてはそうだけど。警戒して様子を見ているだけの可能性もあるわよ」

アルフ「第二に外は真っ暗だ。こっちの方が視界が広いだけ警戒し易い」

ベルタ「相手からも丸見えと言いたいけどティアラがあるからこっちは外でも丸見えか。確かに不利ね」

アルフ「第三に聖獣の森と似た気持ち良さを感じる。ここは邪な感じが全くしないんだ」

ベルタ「言われてみれば。見た目が気になって意識していなかったわ」


怪しい要素は多いが害となる要素は見当たらないのだ。

現状では外の方が危険と言える。


アルフ「第四にガルマさんとマアマが居るから何が起こっても心配しなくて良い!」

ベルタ「それを言っちゃ身も蓋も無いわよ。なるべく頼らないように意識しているのに」

アルフ「まぁそれは最後の保険だ。とりあえず此処の正体を確認する上でも中で出方を待ちたいな」

ベルタ「分かったわ。彫像から見られている感じなのを除けば居心地も良いしね」


土が消された事は怖いが、消すというよりも浄化されたような感覚をベルタは受けていた。

何となくだが親近感すら感じていたのでアルフの提案を了承する。


アルフ「じゃぁ飯にしようぜ」

ベルタ「ここで?」

アルフ「匂いに釣られて何か出てくるかもよ」

ベルタ「あんたじゃあるまいし」


呆れながらもベルタは聖堂中央に向って叫ぶ。

何でも飯に結びつけるのはどうかと思うが筋は通っているのだ。


ベルタ「ここで食べちゃダメなら早く出てきて警告してくださいね」


問いかけても反応は無い。


ベルタ「森の中だし食材には困らないか。マアマさん、適当に美味しそうな肉と木の実をお願いして良いかな」

マアマ「まかせろー」


もはや料理のイメージすらせず献立もマアマ任せである。

ベルタがマアマを振ると聖堂の中央に焼肉と木の実が現れた。

おびき寄せるなら中央が良かろうという事だ。


ベルタ「下手に注文をつけるより、あたしの食べたい物をマアマさんに探って貰った方が正確なのよね」

アルフ「それはそれでどうかと思うが。意思疎通の練習もあるんじゃなかったっけ」

ベルタ「あ・・・うっかりしていたわ。空気を読む練習だけじゃなくて思いを言葉で伝える工夫も大事よね」


言葉に頼り過ぎてはいけないと学んだが言葉を捨てる訳にもいかない。

伝えるべき事を誤解を与えないように言葉で紡ぐのは思いのほか難しいのだ。


アルフ「何もしていない俺が忠告するのも変だけどな。か~、やっぱマアマの飯は最高だな」

ベルタ「忠告には感謝しているわよ。やりたいのはあたしなんだしね。ん~おいし。マアマさんありがとね」

マアマ「えへへへへ」


誘いを兼ねて、これ見よがしに料理の美味さをアピールするアルフとベルタ。

食べながらも周囲を観察する。


アルフ「しっかし彫像は多いけど、どれも祭っているって感じじゃねぇよな」

ベルタ「ねぇ。何の施設なのかしら。建物のデザインからして信仰系に違い無いとは思うんだけどなぁ」


食事を終えても聖堂内には全く変化が無い。


アルフ「マアマの飯の誘惑に勝つとは化け物か」

ベルタ「あたしたちと同じ物を食べるとは限らないでしょ。そもそも本当に何か居るのかしら」


土が勝手に消えた事から考えて、蝋燭を勝手に灯す仕組みになっている事も考えられる。

最初は人が居る筈だと思ったが、錬金術を思い出すと不思議は無かった。


アルフ「蝋燭も全然減ってねぇし。誰かが近くで管理しているって訳じゃ無いのかもな」

ベルタ「だったらもう出る? 家捜しなんてしたくないわよ」


無断で入るだけでも気が引けているのに屋内の品を漁る気は毛頭無かった。

今此処に人が居ないとしても何者かが管理を維持している事は明白なのだ。


アルフ「同感だ。だから最後の手段を使おう」

ベルタ「最後って何よそれ。まさか破壊活動なんてもっと嫌よ」


マアマを背後に隠すベルタ。

冗談とは言え、火山を消せば良いなどと言い出すアルフなのだ。


アルフ「寝よう」

ベルタ「・・・それが最後の手段?」


飯の次はそれだったなと思い出して脱力するベルタ。

予想できた筈の事を思いつかなかった事に落ち込んでいた。


アルフ「おぉ。寝込みも襲ってこないなら接触しようが無いと諦めよう」

ベルタ「無用心過ぎるわよ。そもそも寝ていたら現れても確認出来ないじゃない」


相変わらず筋が通っていそうな言い訳をするアルフだがムリがあった。

だがそのムリを通せる根拠があった。


アルフ「ガルマさん、大丈夫だよな」

ガルマ「我は起きておる」

ベルタ「え。誰か来てもガルマさんが対応したら逃げちゃうんじゃ」

ガルマ「その時は起こしてやろう」


極力ガルマには頼らずに済ませたいが、起こすだけなら力も使わないので問題は無いかと考えるベルタ。


ベルタ「ガルマさんがそうおっしゃってくださるなら・・・寝ちゃいますか」

アルフ「おぉ。ここの光も眠りの邪魔にはならない感じだし。陰に行かなくてもいいだろ」

ベルタ「壁際は気分的に彫像が怖いしね。ここで寝ちゃいましょ」


アルフとベルタは聖堂の中央で就寝した。



・・・


「ベルタ」


呼ばれて目を覚ますベルタだがガルマの姿は無い。

それどころかアルフもマアマも居らず荷物も無い。

聖堂の中央にベルタは一人で佇んでいた。


ベルタ「ん~。ありえない。つまりこれは夢ね」


ガルマの傍らに在りながらこのような状況になる可能性は皆無であると咄嗟に気づくベルタ。


ベルタ「それにしても変な夢ねぇ。これから何か起きるのかしら」


周囲を観察すると聖堂の奥から一人で歩いてくる者が見えた。

その姿に驚いて思わず叫ぶベルタ。


ベルタ「お、おかあさん!」


母と呼ばれた者は足を止めて告げる。


「待て。私はお主の母では無い。お主と話をしたくて、お主が最も会いたい者の姿を借りたのだ」


母の声だがその言葉は母のものでは無かった。


ベルタ「な。ふざけないで! おかあさんはお前の道具じゃない!」


烈火の如く怒るベルタ。

即座に母の姿をした者は消える。


「すまぬ。母と死に別れておったのだな。そこまでは見ておらなかった」


姿を消したまま謝罪する声にベルタも落ち着きを取り戻す。

話しかけてくる者はガルマに似た声に変えていた。


ベルタ「あたしと話をしたい? いや、これはあたしの夢だったか」

「ここはお主の夢に相違ない。だが私は夢では無い。お主の夢に介入させてもらっている」


状況を整理して冷静になるベルタ。

だが声の主は肯定しつつも、ただの夢では無い事を説明する。


ベルタ「そんな真似をせずとも、話したいなら直接会いに来れば良いでは無いですか」

「それが出来ぬ故だ。ガルマ様に仲介を頼んでもみたが、直接話した方が面白かろうと言われてな」


ガルマの名を聞けば大方事実であろう事を察する状況だ。


ベルタ「面白って・・・本当に言いそうね。でも話すだけならおかあさんの姿を借りなくても良いのでは」

「姿を見せずに話しかけても警戒されると思ってな。私には本来の肉体が無い故、お主に見せる姿が無いのだ」


ガルマの傍らで眠るベルタの夢に介入できるような、肉体を持たぬ存在と言えば。


ベルタ「精霊様とかですか」

精霊「うむ。だが結果として余計に警戒させてしまったな。あさはかであったわ」


だが本当に精霊であれば、わざわざ話しかけてくる意図が掴めない。


ベルタ「おかあさんの姿を読み取れるのなら、話さずともあたしの考えを読めるのではありませんか」

精霊「問わねば考えぬであろう。考えた結果を聞きたいのだ」


聖堂の雰囲気は良く、ガルマは未だベルタを起こさない。

会話のやり取りから考えても声の主を信用出来ると判断したベルタ。


ベルタ「御配慮を察せず申し訳ありませんでした。失礼ながらもう一度母の姿を見せてはいただけませんか」


ベルタを騙そうとするのでは無く、好意で母の姿を見せてくれると言うのであれば拒む理由など無かった。


精霊「良いのか。私はこのままでも良いし別の姿にもなれるのだぞ」

ベルタ「はい。一番会いたい姿である事に相違ありませんので」

精霊「・・・本当にすまなかったな。ここはお主の夢の中だ。存分に見るが良い」


再び母の姿で現れる精霊。

夢の中だと分かっていながらも涙がこみ上げるベルタ。

思い出せない記憶の底まで読み取って作り上げた姿はまさに生き写しであった。


ベルタ「ありがとうございます。お話とやらをお聞かせください」


ベルタが望むであろう母の優しい笑顔を湛えて精霊は頷く。


精霊「まずは尋ねたい。お主からウンディーネ様の力を感じるのは何故だ」

ベルタ「ウンディーネ様から頂いたティアラを装着しているからだと思います」

精霊「・・・確かにティアラからも感じるが、お主の内からも似た力を感じる」

ベルタ「えぇ!? それは初耳です。あたしはただの人なんですけど」

精霊「・・・溢れるほどに満ちた生命力。それに穢れを拒む心。そうか水属性と相性の良い資質を持つ者か」

ベルタ「はぁ。そうなのですか」


勝手に納得する精霊にきょとんとするベルタ。

やっぱり話す必要など無いのではと思う。


精霊「お主はガルマ様とマアマ様とウンディーネ様のお力に護られておる。だが欠けた要素も残ってはおるか」

ベルタ「過剰なほどに護っていただいております。これ以上はあたし自身が強くならねばならないでしょう」


欠けた要素とは精神の脆さであろうとベルタは察していた。


精霊「ふむ。お主は調和の維持の為に、人を襲う獣でも逃がしておる。人を襲う邪霊も逃すべきだと思うか」

ベルタ「思いません。邪霊は食物連鎖には含まれません。ですがあたしには邪霊を祓う術がありません」

精霊「うむ。一つには非物理的存在への対処手段が欠けておるな。では邪霊に遭遇したらどうする」

ベルタ「現状では逃げる他ありません。状況によってはガルマさんが対応されるかも知れませんが」

精霊「ガルマ様以外の者が勝手に祓う事に異存は無いか」

ベルタ「術師とかですか・・・邪は祓うべきと認識しております。真に邪霊であれば異存はありません」


肉体を持たぬ意思に襲われた時の対処を未だ考えていなかった事に気付くベルタ。

自身が護られているとは言え、目の前で襲われる人を見過ごしたくは無い。

慌てて考えを整理する。


精霊「お主の経験を見る限り、物理対象への措置には慣れておる。非物理対象として引き続き邪霊で問うぞ」

ベルタ「はい。考えておかねばならぬ事でした。考える機会を与えていただいた事に感謝します」


邪霊とは邪な霊の総称であり、独立した種が有る訳では無い。

肉体から独立した邪な者を総じて指し、堕ちた精霊なども含まれる。

憑依や受肉で肉体を持っていたとしても、肉体の破壊で滅びないのであれば邪霊として扱われる。


精霊「お主は弱者を救いたいと思っておる。直接には人を害せぬような弱々しい邪霊も祓うべきだと思うか」

ベルタ「・・・食物連鎖には人より弱い者も含まれます。自然を害するような邪であれば祓うべきです」


精霊の問いを真剣に考えてから答えるベルタ。

わざわざベルタに会いに来て問う以上はそれなりの意味が有る筈だ。


精霊「お主は驕りを恐れておる。邪霊を祓う事が出来たなら、祓う事は驕りに繋がると思うか」

ベルタ「・・・他人の功を奪うような場合は繋がるのかも知れません。驕りの判断は難しいです」

精霊「その他人が確実に祓える状況が存在すると思うのか? 任せて殺されても自業自得とみなすのか?」

ベルタ「・・・人に確実などありえませんね。考えを改めます。邪霊を祓う事は驕りに繋がりません」


驕りが絡むと判断が鈍るベルタ。

だが対象が邪であり、祓う事が出来ると前提されているのであれば迷う要素は無い。


精霊「お主の母の姿を借りる邪霊が現れたとしよう。お主に祓えるか? 或いは祓う事を他者に望めるか?」

ベルタ「・・・そのような事態は避けたいですが・・・断言出来るものではありませんが祓えると思います」

精霊「その根拠は」

ベルタ「おかあさんが死んだ事は理解しております。何より邪霊がおかあさんの姿を借りるなど許せません」


精霊が母の姿で最初に現れた時にも、実質的に怒りで祓っているのだから出来るであろう。


精霊「質問を変えよう。お主はティアラで目立つ事を精神鍛錬に活用しておる。さらに目立つ事を望むか」

ベルタ「あう。心情的には辛いですが望みます。現状には慣れてきているので鍛錬効果が薄れていそうです」


今でも注目を浴びたくは無いが、目立つ辛さが麻痺してきた事を自覚していた。


精霊「確かに面白いなお主は。目的の為には苦痛を厭わぬのだな。では最後に。お主は何故ここへ来た」

ベルタ「え。あたしはアルフの旅に同行しているだけです。ここに来たのはあたしの意志ではありません」

精霊「そのアルフは何故ここへ来た」

ベルタ「正体不明の何かに呼ばれているそうです」

精霊「つまり未だ旅の途中であり、その先に何が待ち受けているかは分からぬのだな」

ベルタ「その通りです。でもあたしは進化しなければならないので旅を続けねばなりません」


母の優しい笑顔を保ち続けていた精霊が突如険しい顔つきになる。


精霊「進化を目指す意義は大きい。だが成した人など居らぬ。進化を責務などと考える事は驕りでは無いのか」

ベルタ「はい。あたしは過ちを犯してしまいました。何としても進化して導かねばならぬ人々が居るのです」

精霊「成せると思っておるのか」

ベルタ「正直に申せば分かりません。ですが人の寿命など精々100年。最後まで尽力してみせます」

精霊「赤の他人の為に短い一生を犠牲にすると言うのか」

ベルタ「犠牲ではありません。そもそも人は大願を果たす為に創られたと聞いております。渡りに船でしょう」


大願も竜神の望みでありベルタの望みでは無い筈だ。

如何に和を望むとは言え、ここまで自身の望みを交えぬベルタに恐怖のような違和感を感じる精霊。


精霊「人には選択の自由が与えられておる。大願成就や過ちを無視する選択肢もあるのだぞ。望みは無いのか」

ベルタ「世界が滅べば全ての望みが消えます。大願成就は必要です。あたしは最も目指し易い立場にあります」

精霊「ほぉ。お主が最も大願成就に近い人であると? そう自覚していると言う事か」

ベルタ「驕りと思われて結構です。確かにあたしは未熟ですが、この最高の環境で目指さぬ選択は有りません」


進化を目指すベルタの目的が贖罪である、と精霊は読み取った故に機嫌を損ねて問うた。

目的が贖罪だけであれば進化出来たとしても大願へ届く前に終わってしまうであろう。

だがベルタは人にとっての大願成就の意義を理解した上で、驕る事無く自身の立ち位置を正確に把握していた。

大願成就は竜神の為では無く、紛れも無くベルタ自身の望みとなっていたのだ。

精霊の顔に笑みが戻り空を見上げる。


精霊「ふ。なるほど。直接話せとはそういう事でしたか」

ベルタ「はい?」


精霊はベルタに向き直して告げる。


精霊「惚れた」

ベルタ「は?」


母の顔で突然告白されて困惑するベルタ。


精霊「私も付いて行こう。お主に欠けた要素を少しは与えてやれそうだ」

ベルタ「え? 付いてくるとおっしゃられても直接会えないのでは無かったのですか」

精霊「その訳はこれだ」


ベルタに石ころを手渡す精霊。


ベルタ「石ですか?」

精霊「説明する時間は無さそうだ。朝が来た」


精霊の言葉が終わると同時に目を覚ますベルタ。

アルフもガルマもマアマも居る。


アルフ「おはよ。俺より起床が遅いなんて珍しいな」

ベルタ「うん。夢とは思えないような夢を見ていたのよ」

アルフ「夢なんてそんなもんだろ」

ベルタ「そうなんだけど」


右手で目をこすろうとして、何かを握っている事に気付くベルタ。


ベルタ「え。これ。夢の中で貰った石だ」

アルフ「石? 妙だな。ここには塵一つ見えないぞ。どこから拾ったんだ。うぉ!?」


周囲を見回していたアルフが驚きの声を上げる。


ベルタ「何? 遂に何か出たの」

アルフ「いや消えた」

ベルタ「何がよ」

アルフ「大量にあった彫像だ。全部消えている」


聖堂を埋め尽くさぬばかりだった彫像やレリーフが全て消えていた。

彫像の痕跡すら無く、元々何も無かったかのような綺麗な壁面になっている。


ベルタ「え。えー。寝ている間に全部消えちゃったの? 何で」

アルフ「寝ている間に動き出したとか?」

ベルタ「んな訳無いで・・・しょとも言えないのかな。不思議な場所だしね」


勝手に土が消える事にも驚いたが、元々あった彫像が消えるとは夢にも思っていなかった。


アルフ「寝ている間の変化は彫像の消失と、代わりに現れた石ころか」

ベルタ「夢の中で精霊様に会ったのよ。夢でしか会えない訳がこれだと言われて渡された石なのよ」

アルフ「分からん。色んな意味で」

ベルタ「あたしもよ。ガルマさんとも話したと言っておられましたけど?」


会えない訳も分からなければ、夢で貰った石を現実に持っている訳も分からない。

ただ今回はガルマも当事者の可能性が高いので話を振ってみるベルタ。


ガルマ「水の精霊だ。大精霊では無いが最上位に属する」

ベルタ「水? 石では無いのですか。ケルピー様と同じ感じですか」


この聖堂でも夢の中でも水など全く出てきていないのだ。

精霊が居るなら石の精霊だろうとベルタは思っていた。


ガルマ「ウンディーネやケルピーと同じ水の精霊ではあるが、受けと攻めの違いがある」

ベルタ「え? え? 突然何をおっしゃる気ですか」


突然赤面して慌てだしたのはベルタの方である。

何かを勘違いしていた。


ガルマ「ティアラの光を見ての通りウンディーネの力は自らの生命力を高め降りかかる禍を浄化する。受けだ」

ベルタ「あ、なるほど」


何故か残念そうにベルタは納得する。


ガルマ「対して夢に訪れた精霊は対峙する邪を祓う。禍が降りかかる前に生命力を牙として浄化する。攻めだ」

ベルタ「水は生命と浄化の源とおっしゃっていましたが、同じ水でも扱い方が違うのですね」


力の根源が同じでも能力によって扱い方は異なる。

今回の精霊とウンディーネは、能力的に互いを補完し合う関係にあった。


ガルマ「だがその石については聞いておらぬな。全員で一つの石に受肉する意味か」


石を観察すると鉤のような物が付いていて、腰紐などに引っ掛けられそうだ。


ベルタ「全員? お一方でしたよ。憑依じゃなくて受肉って事はこの石が精霊様なのかぁ」


ガルマに答えながら、しばらく石を見つめていたベルタは意味深な笑みを湛えながら鉢巻を外す。


ベルタ「石なら付いてこれるって意味だったのかな? 受けと攻めなら一緒に居たいですよねぇ」


ベルタはティアラのバンドに石を引っ掛けてみようとする。

石がティアラに当たると、引っ掛からずに溶けるようにバンドを伝って広がった。


ベルタ「え、何? 何?」

アルフ「おぉ。すっげぇ、かっけぇ!」


ベルタには石が消えてしまったような感覚しか無い。

慌てて手鏡を出してティアラを確認する。

ティアラの質素だったバンドが美しいレリーフで飾られ荘厳な雰囲気を醸しだし威圧感を生み出している。

まるでベルタの魅力を最大限に引き立てる為に専用に拵えたかのように。


ベルタ「うっそー。石がティアラに融合しちゃったの? これ大丈夫なんですか?」

ガルマ「・・・」


何かを堪えるように俯くガルマを見て不安になるベルタ。

深刻な事態にでもなったのであろうかと。


ベルタ「ガルマさん?」

ガルマ「ふ、ふは、ふはははは」


久しくガルマが笑うことなど無かった。

出会った頃はアルフやベルタと打ち解ける為に笑っていたが、このような笑いは大願の話以来だろうか。


マアマ「あははははは」


ベルタとしては逆に怖くなる。

ガルマとマアマが大笑いの合唱などただ事では無い。

双方にとっては笑い事でも人の世界にとってはとんでもない災厄となる可能性がある。


ベルタ「ガルマさん!」

ガルマ「す、すまぬ。受肉した意味を考えておったら先にお主が答えを出してしまったので思わずな」

アルフ「おぉ。遂にベルタはガルマさんを超えたのか」

ベルタ「シャレにもなっていないわよ。あたしが答えを出したんじゃなくて勝手に融合したのよ」

ガルマ「うむ。その結果としてお主はさらに面白い人となった。笑わずには居れぬ」


面白い人とはどういう意味か。

人が使う場合とガルマが使う場合では全く意味が異なる。


ベルタ「・・・あたしがじゃなくて、協力してくれる力がですよね。あたしが面白いって言い方は酷いです」

ガルマ「そうだな。お主の穴がまた一つ埋まったのだ。しかもこれは・・・ふ、ふはは」

ベルタ「またぁ」


ベルタを観察して再び笑いが漏れるガルマ。

だがさっきとは異なり少し困っているかのような雰囲気だ。

ティアラの外見の変化以上の何かが有った事は確かだろうが、ベルタには見当が付かない。


ガルマ「過去にもマアマを手にした者は数人居たが自惚れて自滅した。対してお主は力を自覚すらしておらぬ」

ベルタ「えぇ? マアマさんの怖さなら十分自覚していると思いますよ」

ガルマ「マアマよ。どう思う」

マアマ「べるたー。すきー」

ガルマ「そうだな。好ましい愚かさと言えるか」

ベルタ「ひっどーい。でもそっか。精霊様もあたしを助けて下さるのですね。ありがとうございます」


説明した所で自覚できないであろうと言う意味なのだろうか。

つまりは自覚できないほどの力を得てしまったのであろうとベルタは察する。


ガルマ「ティアラと融合する事でベルタの生命力を使える上に、ティアラとの相乗効果もある。考えたものだ」


要は精霊の能力が向上して、ガルマの予想を遥かに超える結果になっていたという事だ。


ベルタ「考える時間なんて無かったと思いますけど。精霊様だからか。ところでお名前は無いのですか?」

ガルマ「多くの名で呼ばれておったな。全部聞くか?」


世界中で活動する精霊であり、時代や地域によって様々な名で呼ばれていた。


ベルタ「いえ。あたしは何とお呼びすれば良いのかと思いまして」

ガルマ「好きに呼べと言っておる」

ベルタ「そんな畏れ多い。マアマさんみたいに自分で作るとかして特定できませんかね」

ガルマ「ガーゴと名乗る事にしたそうだ。マアマと同じ命名方法を認められるとはと喜んでおったぞ」

ベルタ「え。認めるってそんな大層な。ガーゴ様もあたしの事を誤解していませんか」

ガルマ「お主を一番誤解しておるのはお主自身だ」

ベルタ「う。客観的に自分を見ろって事ですよね。気をつけます」


精霊からすればマアマを手にする者に逆らえはしない。

実質的に説明されてはいてもベルタは全く理解していなかった。

ベルタにとってマアマの力はマアマの物であり、ベルタの物では無いからだ。


ガルマ「残る穴は精神的な自滅を除けば時間と次元くらいか。よくもここまで。感心したぞ」

ベルタ「だからガーゴ様が来てくれたのも、ただの運ですってば」


努力して身に着けた力では無いので感心されても困るベルタ。


ガルマ「運の脅威は説明したであろう。運を味方につける事。これ以上に感心出来る事があろうか」

ベルタ「うぅ。そんなのはあたしが意識してやった事じゃ無いんですぅ」


ガルマの感心は身に着けた力に対してでは無く強運に対してであった。

運は竜神すら頼る力であり感心するのも当然なのではあるが、やはりベルタが努力した事では無い。


ガルマ「意識して運を引き寄せるなど竜神にも出来ぬわ。まぁ今はアルフを呼ぶ者の力も多分にあろうがな」

ベルタ「そう、それですよ。とんでもない事になっちゃうのはあたしのせいじゃないです・・・」

マアマ「べるたー。いいこー」


誉められているのに責められているように感じて落ち込むベルタ。


アルフ「よく分かんねぇけど、とりあえずは見た目が格好良くなったって事だろ。いいんじゃね」

ベルタ「お気楽過ぎるのよあんたは。そう言えば具体的に何が変わったのかは分からないわね。邪を祓うの?」


ガーゴの能力の性質は聞いたが、ティアラと融合した結果どう影響するのかは聞いていない。


アルフ「お前は常に邪を祓い正を求めてるって言われてたじゃん。実質的に今までと変わらないって事だろ」

ガルマ「大差は無い」

アルフ「ならやっぱ気にしなくていいんじゃね。邪を祓う力が強くなったとしても問題になる事はねぇだろ」

ベルタ「本当に? ガルマさんの笑いが凄く気になるんですけど」


目を逸らすガルマ。

黙っていた方が面白いとマアマから入れ知恵されていた。

大差が無いと言うのは無限の竜力と比較すればの話なのでウソでは無い。


ベルタ「マアマさん・・・は教えてくれないわよね」

マアマ「あははははは」

ベルタ「はぁ。まぁ元々過剰な力に護られてるし、さらに増えても同じなのは確かね。気にせずに行きますか」

アルフ「そうそう。気にしない訓練も大事だぞ。お前は色々気にし過ぎだ」

ベルタ「そうだったわね」


再び手拭で鉢巻をしようとして手を止めるベルタ。


ベルタ「あ。ガーゴ様申し訳ありません。ティアラは人を魅了してしまうので手拭で隠しますね」


告げてから再び鉢巻をしようとするベルタをガルマが制する。


ガルマ「隠さなくても問題にならぬように対処したと言っておる」

ベルタ「え。さっき手鏡で見た時は宝石が綺麗に見えたままでしたけど。と言うか格段に綺麗な外観に・・・」

ガルマ「うむ。気高い威厳を持たせる事で畏怖せしめて手の届かぬ品だと諦めさせるそうだ」

ベルタ「そんな無茶な」


ショック療法の類であろうか。

強欲な人が簡単に諦めるとは思い難い。


アルフ「他の人の反応を見てから決めりゃいいんじゃね。魅了されてからでも隠せば大丈夫だったし」

ベルタ「うぅ。恥ずかしいけど精神鍛錬もあるし試してみますか。夢での質問はこういう事だったのか」


さらに目立ちたいかと問われて肯定しているのだから文句は言えない。

ガーゴの問いの多くは、付いて行くべきかの判断をするためのものであった。


アルフ「んじゃ行くか。仲間が増えて精神鍛錬効果もアップしそうときた。良い事ずくめだ」

ベルタ「そうよね。前向きに捉えないと」


聖堂を出るアルフ一行。


ベルタ「あら。森の中も明るくなったのね」


ベルタには森の奥まで見通せるようになっていた。


アルフ「へ。真っ暗なままだぞ」

ベルタ「え・・・確かに明るくは無いわね。でも暗い所も分かるわよ?」

ガルマ「非物理的な存在をも知覚する能力だ。故に物理的な明るさに関係なく視界を確保出来る」


ガーゴの影響の一端であった。


ベルタ「・・・今までと変わらないのではなかったのですか」

ガルマ「大差では無かろう。次にノームに会った時は姿も見えよう」

ベルタ「す、すてき! ガーゴ様ありがとう!」


機嫌が悪くなったり良くなったり忙しいベルタだった。


聖堂を後にアルフ一行は旅を再開した。



ガーゴが一体だけ付いてきたとベルタは認識しているが、実際には一万体以上が集結していた。

しかもベルタとティアラの影響で飛躍的に能力が向上している。


ガルマの二度目の笑いはその桁違いの戦力にだ。

今後ベルタの成長を促せるような苦難が無さ過ぎて笑うほか無かった。

能力向上無しで一体だけ付いてくると想定していたが、結果は桁が幾つも違ってしまったのだ。

もはやガルマにとっての試練である。


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