おまけ:毒ガスへーき
草原を進むアルフ一行。
特に何も見当たらない辺鄙な場所なのに長蛇の列が出来ていた。
行列の先を見ると、かなり遠くに町らしきものが見える。
アルフ「なんだこりゃ。あの町に入るには何kmも並ばないといけないのか?」
ベルタ「これに並ぶくらいなら瞬間帰還器を使うでしょ。何か理由があるんじゃないの」
行列最後尾の男に寄って話しかけるアルフ。
アルフ「おっちゃん。これは何の行列なんだ」
男「町への入場さ」
退屈していた男は喜んで答える。
アルフ「瞬間帰還器は使えないのか」
男「使えるさ。けど拠点でのチェックの方が時間がかかるそうだ。だから並んだ方が良いって聞いたのさ」
拠点はパンク状態になっており訪れた人は一旦待機所に移されていた。
待機所で待たされている人は行列に並ぶ人よりも多かった。
アルフ「なんだそりゃ。チェックが厳しい町なのか? それとも人気が高い町なのか?」
男「両方かな。兵器を販売している町なんだ。商人も職人も学者も役人も軍人もみ~んなから需要があるのさ」
アルフ「嫌な人気だな。おっちゃんもその一人なのか」
この国では罠アイテムや瞬間帰還器が普及しており人々はかなり安全に保護されている。
にも関わらず兵器に需要があると言うのだ。
男「俺は小さな村の村長さ。厄介そうな大型獣を近くで見かけてね。それで使えそうな物を探しに来たのさ」
アルフ「あぁ。罠アイテムで対処出来ない奴に対して欲しいって事か。軍隊は呼べないのか」
人は逃げられても村は逃げられない。
大型獣などの脅威に対する兵器の需要は必然であった。
男「頼んだけど何時対応出来るかは分からないってさ。で代わりにここを紹介してくれたのさ」
アルフ「へぇ。自衛させようって国の方針なのか。それは良いかも知れないけど一般人に兵器って物騒だな」
賊が兵器を悪用しようとする事は目に見えている。
だが心配性の王がそんな事を見過ごす訳は無い。
男「俺も最初に聞いた時はとんでもねぇって断ったんだけどさ。対象に特化した安全策を施してくれるそうだ」
アルフ「なるほど。悪用対策はしっかりとしているのか」
男「うろ覚えだけどさ。俺の場合だと、人の近くでは使えないとか指定区域でしか使えない制限が付くってさ」
アルフ「ありがと。すげぇ助かったぜ」
興味深い話ではあったがアルフ一行に必要な町とは思えない。
ムダに入ろうとすれば行列を長くして迷惑をかけるだけだろう。
アルフ「と言う事なんだが。この町はパスでよくね」
ベルタ「そうね。この行列に並んでまで泊まりたいとは思わないわね。兵器にも興味は無いし」
アルフ一行が去ろうとすると行列の先から全力疾走という雰囲気の三人が駆け寄ってくる。
デジャブを感じるアルフとベルタ。
アルフ「馬車では無いけど王様を思い出す」
ベルタ「そうね。兵器の町だからこんな遠くまで警戒しているのかしら」
三人はアルフ一行の前に跪き、一人が挨拶する。
もはやアルフもベルタも驚かず、ガルマ並に平然としている。
施設長「ベ、ベルタ様、ぜぇぜぇ、お、お待たせして、申し訳ありません、ぶはぁ。私めが、施設長です」
急いで息を整えようとしながら男は施設長を名乗った。
ベルタ「へ。待っていないですよ。行列に並んでいる方とお話をしていただけです。もう去りますよ」
施設長「え。施設の御視察にいらしたのでは無いのですか」
明らかに幾つもの誤解が混じった発言にカチンと来るベルタ。
ベルタ「・・・あたしは旅をしているだけの村娘なんですけど。視察なんてする立場にありませんよ」
アルフ「王様はどんな説明をしたんだろうな」
不燃物廃棄場の見回りの話では全国営施設に触れが出ているらしい。
つまり施設長と同じ様な誤解をした者が全国営施設に居るであろうという事だ。
施設長「そうですか。旅の邪魔をする気はございませんが、もう日も暮れますし町へお泊りになって下さい」
ベルタ「そう言われても。並んでいる人を置いて先に入るのは気が引けますし」
施設長「いえいえ。国の関係者は別の入口を使っておりますし、ベルタ様方はその遥か上であらせられるので」
ベルタ「ただの村娘ですってば」
施設長「も、申し訳ありません」
ただの村娘だと如何に力説してもガルマの傍らに立っていては説得力が皆無だった。
アルフ「いいんじゃねぇの。進化出来れば上になる訳だし。町を見て欲しいと言うなら優先されてもいいだろ」
ベルタ「さすがに進化すればって理屈はちょっと。まぁ見て欲しいと言うなら分からないでも無いけど」
王とベルタから板ばさみ状態の施設長を少し哀れに思ったアルフが口を挟む。
町へ入りたいのでは無く呼ばれたと言うのであれば行列を飛ばしても文句は出ないであろう。
施設長「はい。ここで皆様に去られましては、私めが御機嫌を損ねたとみなされましょう」
王にしてみれば視察を受ければベルタやガルマのお墨付きを貰ったとみなせて安心出来るのだ。
ベルタ「御機嫌て。あたし達の機嫌なんて関係無いでしょうに。まぁいいわ。アルフも泊まる気みたいだし」
施設長「は。ではこちらの瞬間帰還器で御案内させていただきます」
施設長が用意した瞬間帰還器で町に入るアルフ一行。
他にも次々と飛んでくる人は居るが一旦待機所の方へ案内されて行く。
アルフ「おぉ。町って言うより工場って感じだな」
ベルタ「殺風景ね」
町としての最低限の機能を兵器工場に追加した施設であり、訪れた人を楽しませるような要素は皆無だった。
施設長「申し訳ありません。直ちに外観の変更を」
ベルタの感想に反応して即座に配下に指示を出そうとする施設長。
ベルタ「しなくていいです。施設長さんならお忙しい立場なのでしょう。職務に戻ってくださいな」
うっとおしくなって、気を使う振りをしながら施設長を追い返そうとするベルタ。
施設長「は。最優先の職務はベルタ様の御意向を伺う事になっております」
ベルタの意向は施設長に立ち去って欲しいという事なのだが通じていない。
ベルタ「・・・この人、王様より毒されてない?」
アルフ「いいんじゃね。見てて面白いし」
ベルタ「あんたねぇ。なら折角だからこの町について聞いておきましょうか。見て楽しめる品も無さそうだし」
諦めてしばらく施設長の相手をする。
施設長「は。ではまずセキュリティについて。拠点を含め町への入場には厳重なチェックがあります」
アルフ「チェックは要るだろうけど、あんな行列にはならないようにしないとな」
施設長「申し訳ありません。国に要請はしているのですがゴミ対策とやらで人手不足でして当面難しいです」
強烈に思い当たる節があって気まずい雰囲気になるアルフとベルタ。
アルフ「お、おぉ。そりゃ仕方ねぇな」
ベルタ「ゴミ対策って・・・やっぱアレよね」
この町への出入りが渋滞している原因のきっかけはベルタの一言であった。
施設長「次に町の中からの瞬間帰還器の使用を魔法封じの結界で封じております」
アルフ「封じなくても飛び先で捕らえればいいんじゃねぇの」
施設長「一般の警備兵にも見せるべきでは無い品や技術も取り扱っております故」
捕らえる事に心配は無いが秘匿された技術が漏れてはならないのだ。
アルフ「なるほど。それにしても魔法封じの結界って実在するんだ。前に賊が張ったとぬかしてはいたんだが」
施設長「効果が無かったのですよね。魔法封じとは言っても低位の魔法しか封じられないからでしょう」
アルフ「あくまで瞬間帰還器を使った持ち逃げ対策って事なんだな。で、この町では何をやっているんだ」
瞬間帰還器で出られないなら町から出る時も行列なんだろうなと思い話題を逸らしたいアルフ。
施設長「は。ここでは軍隊用の兵器から個人の護身用武器まで兵器全般を取り扱っております」
アルフ「罠アイテムで対応出来ない状況用って事だよな」
施設長「はい。研究・開発・生産・販売を行っております。販売時は個別のカスタマイズも行っております」
アルフ「安全策を施すって奴だな。行列に並んでいる人から聞いた通りじゃね」
ベルタ「そうね。この人が王様と似た感じだし安全策は徹底していそうよね。やっぱり気にする事は無いか」
認識していた通りの説明だが、行列に並ぶ人には聞けなかった疑問がアルフにはあった。
アルフ「俺は少しあるな。罠アイテムを超える性能って事はやっぱり魔アイテムなのか」
施設長「はい。生産をここで行っていると申しましたが、魔法は王都で付与しております」
アルフ「罠アイテム自体を強化する訳にはいかないのか」
施設長「罠アイテムは如何なる状況でも使われます。効果を高めるには個別の制限が必要とみなされました」
アルフ「あぁ。人の近くで使えないなんて制限を罠アイテムに付けたら使い物にならないか」
施設長「おっしゃる通りでございます」
どうせ提供するなら罠アイテムを強化すれば良いと思っていたアルフの疑問は解けた。
強化するには利便性を犠牲にしなければ危険なのだ。
アルフ「こないだ軍隊が砲台を使っているのを見たけど、あれにも制限が入っているのか」
施設長「はい。軍隊も無敵ではありませんので略奪などに備えて数々の制限を施しております」
アルフ「使用区域制限じゃ不便だよな。使える奴を制限するとかになるのか」
施設長「はい。軍隊の中でも砲兵にしか扱えませんし、軍隊の管理下を離れれば自動的に溶解されます」
知識があっても砲兵として登録されていなければ使えないという事だ。
砲台を残して退却していた軍隊を見て生じていた懸念が晴れた。
アルフ「魔法は何が込められているんだ」
施設長「対象に応じて様々です。最も使われているのは爆裂魔法です。あとは転移・溶解・凝結が多いですね」
アルフ「転移? 大砲で撃たれたらどっかに飛ばされるのか」
施設長「はい。戦闘に不向きな場所もあります故。捕獲したい場合もありますね。砲弾の射出にも使います」
下手に転移させては戦闘区域を広げるだけだが、戦闘をしたく無い場所に対象が篭っている場合もあるのだ。
重要施設の近くであったり、対象が回復してしまうような場所であったり、倒しても邪魔になる場所などだ。
アルフ「砲弾の射出で転移? 砲台から飛び出したように見えたけど転移させているのか?」
施設長「砲弾で貫通させたい場合は、砲台に空気を転移させて爆発的に内部圧力を上げる事で射出しています」
アルフ「なるほど。貫通不要の場合は対象まで砲弾を転移か」
施設長「はい。ですが動く対象への転移は至難です。大型獣が相手の場合は射出が主になっている現状です」
アルフ「射出で当てるのも難しくね?」
射撃の難しさを弓で痛感しているアルフには納得し難い説明だった。
ベルタ「位置を決めてからの詠唱に相当する時間が問題なんじゃないの」
アルフ「瞬間帰還器はすぐに発動するぞ」
ベルタ「そういえば。瞬間帰還器の方が不思議ね。位置を決めてからじゃないと準備出来ないと思うのだけど」
施設長「瞬間帰還器の場合は拠点の位置が予め分かっているので準備完了状態で待機しているのです」
瞬間帰還器で飛べるのは登録済みの拠点と最後に通った拠点と最寄の拠点のみ。
移動中に最寄の拠点を自動更新する仕組みになっていた。
直前の最寄の拠点への帰還を準備完了状態でバックアップしているので更新中の緊急避難にも問題は無い。
アルフ「おぉ。飛べる場所が三種類しか無いのは瞬時発動の目的もあるからか」
ベルタ「襲われてから準備してたんじゃ緊急避難には使えないしね」
アルフ「サンキュ。これで俺も聞きたい事は聞けたわ」
ベルタ「では。ありがとうございました。あたしたちは宿をとって休みますね」
施設長「は。どうぞごゆるりと」
施設長も満足したであろうと別れを告げ、宿を探しながら町を散策するアルフ一行。
だが施設長が付いてきている事に気付く。
アルフ「どうしたんだ? もうベルタの意向とやらは聞いただろ。まだ何か用があるのか」
施設長「いえ。何かお気づきになられたら即お伺い出来るようにと」
殆ど病気である。
面白くはあるが、さすがにベルタが切れかけないのでアルフが追い払う。
アルフ「やめとけおっちゃん。ベルタは一応娘だぞ。それ以上ついてきたらストーカー扱いされるぞ」
施設長「こ、これはとんだ無礼を。では、何かありましたら近くの警備兵を通じてお呼び下さいませ」
施設長は一礼して慌てて立ち去る。
ベルタは何故か喜ばずに不機嫌になっていた。
ベルタ「アルフ、ちょっと聞きたいんだけど」
アルフ「どうした」
ベルタ「一応娘って何よ。れっきとした娘でしょ」
アルフ「そんな細かい言い回しを俺につっこむなよ」
ベルタの理不尽な怒りに呆れて散策を再開するアルフ。
「うわぁあああ。突然どうしたお前達。落ち着け」
前方の店から男の慌てた声が聞こえる。
近づくと凄まじい量の虫の羽音がした。
原因は間違いなく虫除けの魔アイテムであろう。
アルフ「あ。ベルタ。離れてやれ」
ベルタ「いっけない。虫を扱っている店もあるのね。て、ここ兵器の町よね。まさか暗殺虫?」
アルフ「俺が見てくるわ」
暗殺虫は王を狙う刺客が使っていた。
そんな特殊な暗殺手段を国直轄の施設で扱うとは思い難い。
店の主「ふぅ。落ち着いたか。何があったんだ。地震でも起きる前兆か?」
アルフ「すまんなおっちゃん。虫除けの装置のせいだろう。持ち主は離れたからもう大丈夫だ」
店に入って話しかけるアルフ。
この町なら問題が無いかもしれないが、ただの商人に魔アイテムとは言い辛いので単に装置と言って誤魔化す。
店内には大量の虫かごが積まれている。
店の主「へ。これほどの威力の虫除けって・・・まさかベルタ様?」
アルフ「おぉ。知っているのか」
店の主「そりゃこの町の者は王や王都と密接に関係しておりやすし。虫に関してはあっしは専門なんで」
知っているなら言い訳は不要と考えて本題を切り出すアルフ。
アルフ「ちょっと話を聞いてもいいか」
店の主「へい。アルフ様ですよね。王より協力を厳命されておりやす」
アルフ「兵器の町で虫を扱うという事は暗殺虫なんかも扱っているんじゃねぇの」
店の主「へい。扱っておりやす」
懸念どおりだが、店の主は当然のように答える。
アルフと店の主では蟲使いや暗殺虫に対する認識が違うのだ。
アルフ「虫に使用制限なんて出来るのか? 奪われたりしたら危なくね?」
店の主「虫は道具と違って誰にでも使える訳ではありやせん。少し制約が緩くなっている事は確かでやす」
その虫を使える者が刺客だったから問題なのに制約を緩くしてどうするのかと。
かみ合わない会話を訝しみつつも先に説明を聞いておく事にするアルフ。
アルフ「少し緩いって事は有るには有るのか」
店の主「はい。基本的に販売は無しで蟲使いを派遣する契約になりやす。虫には保護措置を二つ施しやす」
アルフ「自由には使えないって事か。保護措置ってなんだ」
店の主「一つには一定時間で発動する瞬間帰還器でやす。盗まれても時間経過で戻ってきやす」
アルフ「おぉ。それだけで十分じゃね」
拠点に飛んでくると犯罪対策で個室に隔離された状態になるので暗殺虫でも危険は無い。
店の主「時間経過前に瞬間帰還器を外されてしまう可能性がありやす。もう一つとして遅効性の毒を使いやす」
アルフ「それは虫の身になるとえげつないな。虫にとっては保護にもなってねぇし」
店の主「毒が効く前に戻れば解毒しやす。餌に混ぜやすし、戻った虫に毒の影響は全くありやせん」
アルフ「それ制約として全然緩くないと思うぞ」
緩いと言われて警戒していたが厳しすぎるくらいに感じるアルフ。
使用制限に関する懸念は晴れた。
店の主「解毒される可能性も0ではありやせんからね。無論0に近くなるよう配慮してはおりやすが」
アルフ「俺としては十分だと思うわ。んで蟲使いって刺客でしか見た事がないんだが需要はあるのか」
一般的に虫が使われているとしたら旅の途中で見かけていそうなものなのだ。
店の主「それなりに。人の入れない狭い場所や、迷路状態で捜索し辛い場所など、虫を使えば容易でやす」
アルフ「なるほど。俺たちがそういう場所に行っていないから見ないだけか」
蟲使いの職は秘匿されてもいないのだが、認知度が低い為に知らない者が多いだけだった。
虫に嫌悪感を持つ者が多い故に便利でも敬遠されて話題にならないのだ。
店の主「噂には聞いていやしたが虫除けの装置の効果は凄いでやすね。高めた耐性が無意味でやした」
アルフ「化け物になった虫用に作られた物だからな。ただの虫のままじゃどれだけ強化してもダメだろうな」
店の主「化け物でやすか。上には上が居るもんでやすな。虫専門としてもっと勉強せねばなりやせん」
アルフ「ほどほどでいいと思うけどな。あれは例外だと思うし。ま、ありがと。こっちは勉強になったわ」
店の主「いえ、こちらこそ。また寄られた際はお話を聞かせてくだせえ」
虫除けの魔アイテムを造った小人は千年も生きているのだ。
店の主がいくら勉強したところで追いつけないだろうと婉曲に流すアルフ。
店から戻ってベルタに説明する。
ベルタ「へぇ。蟲使いって刺客専用職かとも思っていたけど一般的なのね」
アルフ「言われて見れば便利だわな。殺傷能力が無い虫でもロープや瞬間帰還器を運ばせて救助にも使えるし」
ベルタ「確かに。使いこなせれば色々と便利そうね。そういうのは普通の町でも扱えば良いのに」
一時的には幾つかの町で扱われていたが、町人に受け入れられずに軒並み閉店していた。
町中では利便性よりも不快感の問題が重視されるのだ。
アルフ「この町も思っていたよりは面白い物があるのかもな」
ベルタ「そうは言っても兵器として使える事が前提の物なのよね」
探せばあるのだろうが、ウインドウショッピングを楽しむにはあまりにも殺風景であった。
アルフ「そういや魔法封じの結界がある筈なのに虫除けは効いていたな。高位の魔法って事なのか」
ベルタ「もしかしたら隣国の盗賊に襲われた時も瞬間帰還器は封じられていたのかもね」
再び散策を始めると横の店から出てきた男が声をかける。
研究者「これはベルタ様御一行ではありませんか。ご無沙汰しております」
アルフ「ん? おぉ増幅器の研究者さんか。久しぶり。こんな所で知り合いに会うとは思わなかったな」
ベルタ「え・・・あぁ、あの凍結騒ぎの時の。声が普通になっていますね」
かつてはおかしな発音しか出来なかったサイボーグの研究者に再会した。
研究者「あの時は失礼しました。いざという時の会話に不便なので、ここで発音装置も変更しました」
アルフ「ここで? 兵器の町だぞ」
研究者の出てきた店を見ると、サイボーグ魔改造しますという看板が見えた。
アルフ「魔改造って発音装置の事を指すのか・・・」
研究者「発音装置はおまけですね。主目的は自爆装置のパワーアップです」
アルフ「待て。研究はもう王都でやっているんじゃねぇのか」
この研究者は機密の秘匿の為に自爆する覚悟がある事をアルフも知っている。
しかし王都で研究するのであれば、研究者が自爆せずとも最悪の場合はノームが呑み込んでくれる手筈なのだ。
研究者「はい。お陰様で研究に没頭する幸せな日々を送っております」
アルフ「なら自爆する機会なんて無いだろう」
研究者「自爆はロマンです!」
アルフ「・・・」
研究者が生真面目な性格だったと覚えていたアルフは困惑する。
研究者「失礼。ロマンは冗談です。王都の外で私が拉致されてメモリを悪用されるなどの危険がありますので」
アルフ「お、おぉ。それなら自爆以外にも手がありそうだけどつっこまない方が良さそうだな」
ベルタ「目が輝いていたものね」
冗談と言われても冗談には見えない迫力だった。
アルフ「そういやサイボーグの機械部分も魔アイテムなのか。その身体自体が機密だらけぽいな」
研究者「動力炉は電撃魔法の魔アイテムですが、他は電気で駆動させています」
アルフ「全部魔アイテムにしてはいないのか。やっぱ機密を詰め込み過ぎるのは良くないって事か」
アルフは納得するが首を横に振る研究者。
研究者「電子精密機器はエクスタシー!」
アルフ「俺、お前を誤解していたみたいだわ」
生真面目というよりひょうきんという認識の方が正しそうである。
研究者「またまた失礼。魔法が無ければ主流になっていたであろう技術です。なかなか楽しいのですよこれが」
アルフ「なるほど趣味か。まぁ研究者らしくはあるか」
電子・機械技術も研究されてはいるが趣味の分野であった。
魔法の方が便利で強力なのだ。
研究者「よろしければ私めの趣味の作品の数々をお見せしますよ」
アルフ「俺はそういうのは苦手だからいいや。今は何を研究しているんだ。機密なら言わなくてもいいけど」
研究していた増幅器がとんでもなく危険だったので次の研究が気になるアルフ。
研究者「皆様に隠し事をすると王に叱られてしまいます。現在は分子分解装置を研究しております」
アルフ「増幅から分解かよ。何と無く真逆ぽいイメージだな」
研究者「はい。何でも、ゴミを分解する技術が至急必要になったとかで研究者が総動員されております」
目を合わせるアルフとベルタ。
アルフ「こっちもか。お前の一言で総動員だってよ。すげぇな」
ベルタ「ありがたいけど本当に大袈裟なのよね。下手に要望も出来ないわね」
王にしてみれば当然の対応だが、ベルタには国を滅ぼす気など微塵も無いので大袈裟にしか思えない。
アルフ「研究者さんはそれでいいのか。増幅系の研究をやりたいって事は無いのか」
研究者「いえ。現代社会に生きる我ら研究者の喫緊の課題として、実にふさわしいと満足しております」
研究を趣味にするような男なので、没頭できる研究対象さえあれば満足するのだ。
おまけに社会貢献度も高い課題なのだから文句無しに喜んでいた。
ベルタ「はぁ。その言葉はせめてもの救いですね」
研究者「いけない、その会議の時間が近いのでした。まだお話したい事はありますが失礼させていただきます」
アルフ「おぉ。がんばれよ。期待しているぜ」
ベルタ「研究の成功を信じています」
研究者は頷くと一礼して町の外へ歩いていった。
やはり瞬間帰還器は使えないようだが、流石に行列には並ばずに町を出られる立場だった。
アルフ「兵器の町と聞いて警戒していたけど、それほどでもない気がしてきたな」
ベルタ「兵器以外はおまけ程度なんでしょうけどね」
散策を再開して宿屋を見つけるアルフ一行。
王都に泊まる事も考えたが、施設長に泊まれと言われて来ていたので一応泊まる事にしていた。
宿屋は思いのほか普通だった。
ベルタ「良かった。普通に気持ち良さそうなベッドだわ」
アルフ「問題は飯だな。周囲が平原だったけど、長い行列が襲われないくらいに獣も居なかったし」
ベルタ「軍隊用の携帯食料とかを楽しめるのかもよ」
アルフ「そういうのは要らね。食い物はやっぱ素材の鮮度が重要だぜ」
ベルタ「ベッドが普通だったし心配するほどでも無いと思うけどね。行ってみましょ」
給仕された料理を口にしてアルフが驚く。
アルフ「おぉ。これ王都の食材じゃね? うめー」
ベルタ「本当だ。食材は王都から仕入れているのかしら。食材を納入する村とかは近くに無いのかな」
宿の主「兵器の町ですので。搬入ルートも厳選されているのです」
予想外の美味しさに凄まじい勢いで料理を平らげていく。
アルフ「なるほど。村人を装った変な奴が変な物を持ち込んだり持ち出したりするかもか」
ベルタ「こっちの特産品を味わえないのは残念だけど仕方がないわね」
アルフ「ここの特産品ってさっきの虫とかか」
ベルタ「やめてよ。虫は店で扱っているだけで、近くで採集した訳じゃ無いと思うわよ」
宿の主「ここは特に何も無いからこそ、この町が作られたようなもんですわ。兵器のテストもし易いですし」
あっという間に食べ尽くして一服する。
アルフ「空き地の有効利用か」
ベルタ「耕作しようにも水源が見当たらなかったし。出来て放牧か。わざわざここでやる必要は無いわね」
アルフ「兵器のテストねぇ。お、この臭いは毒ガスじゃね」
暢気に物騒な発言をするアルフ。
この場に居る者はティアラの光で護られているが町の人々は危険だ。
ベルタ「え! 大変、警報を出さなきゃ・・・って、これおならの臭いじゃないの。あんたすかしたんでしょ」
アルフ「俺の屁気だ」
硬直するベルタと宿の主。
ベルタ「お願いだから人前でそんな恥ずかしい事を言わないでよ」
脱力してテーブルに突っ伏して呟くベルタ。
宿の主も我に返る。
宿の主「え。あ、あはは。では食器をお下げしますね」
ベルタ「色々すいません。ほら、部屋に戻るわよ」
アルフ「え。一服・・・ぐほ」
宿の主に一言謝ってからアルフを仰向けに肩に担いで部屋へ戻るベルタ。
ベッドの上にアルフを放り投げる。
アルフ「あ~死ぬかと思った。マジで背骨がやばいぞ今のは」
ベルタ「うつ伏せだとお腹を圧迫しちゃうでしょ。食後だから仰向けの方がいいかなぁと思って」
わざとだが白々しく答えるベルタ。
まさに顔から火が出る思いをさせられたのだ。
アルフ「勘弁してくれ。兵器と屁気は受けると思ったんだけどなぁ」
ベルタ「あの瞬間、この世界から色が消えて見えてたわよ」
アルフ「センスの無い奴だ」
アルフをじっと見つめて考えるベルタ。
アルフに記憶は無いし、錬金術を使えば若返りは可能だ。
ベルタ「あんた、子供に見えるけど実はオヤジなんじゃないの」
アルフ「否定出来る根拠はねぇな。まぁどっちでもいいけど」
自分の過去や記憶に興味の無いアルフにはどうでもよかった。
仮にオヤジだったとしても今は子供であり、他人からは子供扱いしかされないのだ。
ベルタ「どっと疲れたわ。お風呂に入って寝ましょ」
アルフ「おやすみ~」
翌朝、町を出ようとすると整理券が配られていた。
町中で行列を作っては邪魔だからであろう。
アルフ「こりゃ下手したら夕方まで町の見物かな」
ベルタ「昨日は夜が近かったからここに泊まったのに意味が無いわね」
アルフ「まぁしゃあない」
整理券を配布している警備兵に話しかけるアルフ。
アルフ「兄ちゃん。町を出たいから俺にもくれ」
警備兵「は。ベルタ様御一行は即座にお通しするように通達を受けております。どうぞこちらへ」
アルフ「ありゃ。助かるけど気が引けるな」
ベルタ「渋滞のきっかけもあたしの一言だしね。でも虫を連れた人がきたら迷惑になるしお言葉に甘えましょ」
兵器の町を後にアルフ一行は旅を再開した。




