おまけ:普通の娘になりたい
毛羽毛羽しい町に近づいたアルフ一行。
派手な彩色のよく分からない絵が隙間無く壁や地面に描かれている。
町の入口では見覚えの無い奇妙な生物が踊っていた。
アルフ「なんだありゃ。町だよな」
ベルタ「見るからに怪しい町ね。避けるのも手だけど、もう夜だしねぇ」
期待のベッドも不気味な装飾になっていそうでげんなりするベルタ。
夜通し騒いでいそうで安眠出来るかも怪しい。
アルフ「拠点を登録してから王都に飛んで泊まるのもありじゃね」
ベルタ「そうね。入って出るくらいなら問題も無いか」
町へ入ろうとすると奇妙な生物が話しかけてくる。
案内人「よぉお~こそ! わぁ~れらが仮装の町へ~♪」
奇妙な生物は仮装した人だった。
案内人「こ~の町で~わっ! す~べての人にかっそ~をた~のしんでい~ただきまっす~♪」
アルフ「全てって。俺達もか」
案内人は動きを止めてアルフ一行の容姿を確認すると大きく頷いて再び踊りだす。
案内人「ベ~ルタ一行の! かっそ~ですねぇ~~おっみ~ごとでぇす~♪」
アルフ「いや。仮装じゃなくて、そのベルタ一行なんだけど」
ベルタ「ちょっと。何であたしの旅みたいな扱いになっているのよ。あんたの旅でしょ」
アルフ「お前が一番目立っているんだから仕方が無いだろ」
アルフは傍目にどう見られていようと気にならない。
どうでも良い事は相手に合わせて話した方がムダが無いのだ。
案内人「な~りきっておい~ででぇすね~~おぉおおおおいに結構! どうぞおはい~り~く~ださい~♪」
アルフ「まぁいいか」
仮装しなくて済むなら手間が省けて良いのでスルーするアルフ。
騙してはおらずちゃんと説明したのだから納得するかどうかまでは知った事では無い。
町の中は一層派手で、そこいら中をスポットライトで照らしノリの良い音楽を流している。
おまけに全員が仮装しているのでベルタ一行も全く目立たなかった。
アルフ「ベルタには良い町じゃね? 久しぶりに注目されずに町を歩けるじゃん」
ベルタ「注目されないのは良いけど落ち着かないわね。町と言うよりイベント会場じゃない」
アナウンスが流れる。
テーマ別仮装コンテストを開始します。参加者はステージの方へお集まり下さい。
アルフ「イベントもやるみたいだな。うるさいだけだし王都へ行くか」
ベルタ「そうね。こんな状況でやるようなイベントはどうでもいいわ。拠点はどこかしら」
アナウンスが続く。
最初のテーマはベルタ一行です。
アルフ「拠点ねぇ。警備兵が居れば聞けるんだが。警備兵も仮装しているのか? 全然分からねぇな」
ベルタ「それどころじゃないでしょ」
アナウンスをスルーするアルフにつっこむベルタ。
アルフはイベントを見たく無い、と言うよりベルタに見せたくなくて意図的にスルーしていた。
アルフ「へ」
ベルタ「あたし達がテーマって何よ」
アルフ「同名の別人かもよ」
ベルタ「今まで噂で接触してきた人って、全部あたしで合っていたじゃない」
アルフ「そうだっけか。まぁ仮装するくらいなら良いんじゃね」
ベルタ「良くないわよ。あたしってどんなイメージなのよ。見ておかないと」
とぼけるアルフを置いてステージを探し出すベルタ。
変なのが受賞したらおかしな噂が立ちかねないと懸念する。
アルフ「みんな妄想で仮装しているんだからマジになんなよ。興醒めするぞ」
仕方がないのでアルフもベルタに付いて行く。
人気の有るコンテンストなのかステージ付近は凄い人ごみだった。
司会「では一番の方~」
丁度コンテストが始まった。
出演者はステージの後方に並んでいるので進行を待たなくても全員を見ることが出来た。
ベルタの容姿については噂でも普通の娘となっているので化け物に仮装している者は居なかった。
だが・・・
アルフ「みんなリュックとモーニングスターとライトを背負っているだけって感じの娘だよな。問題無いだろ」
わなわなと怒りに震えるベルタを静めようと、何でも無い事のように誤魔化そうとするアルフ。
ベルタ「大有りよ! 何よあの血糊。肉を咥えている人とか、人形を幾つか積んで背負っている人も居るわよ」
アルフ「返り血を浴びたり食事で肉を食ったりするだろ。人形は救護で運んでいるイメージとかじゃね」
ベルタ「どう見ても違うわよ。凶暴なイメージしか伝わってこないわ」
アルフ「落ち着けって。これも精神鍛錬だ。変に見えるのは仮装が下手なだけだって」
隠しようが無いなら糧にすべきだと考えるアルフ。
ベルタが怒ってはいるが切れなかっただけ良かったと安堵する。
ベルタ「ぐ。あんたの仮装は気にならないの?」
アルフ「みんな俺より格好良いじゃん。剣だけは俺の方が格好良いかな」
全く気にもならないので見てもいなかったアルフ。
言われて確認してみたがアルフの噂は無いに等しいので目立つ要素は無い。
ベルタ「あたしの仮装はおかしいと思うでしょ? 思うわよね?」
アルフ「だから落ち着けって。ガルマさんの仮装も酷いけど当人は何も言わないだろ」
焦燥して同意を求めるベルタに不安を感じるアルフ。
精神的にやばそうに見えるのでガルマを手本として引き合いに出す。
ベルタ「そりゃガルマさんは気にしないでしょうけど」
アルフ「まだ哀しみとか怒りへの耐性が低いんだろうな。丁度良い機会だと思ってしっかりと耐えておけ」
ベルタ「う。それは自覚しているけど。嫌な鍛え方ね・・・」
アルフ「そうか? 本当に哀しい思いをして鍛えるよりは、誤解されて哀しいって程度の方がマシだと思うぞ」
ベルタ「うぅ。我慢我慢我慢我慢・・・」
感情を理屈で抑え込んで耐えようとするベルタ。
感情の暴発は乗り越えたか、と思った矢先にコンテストの審査結果が発表される。
司会「さぁテーマベルタ一行の最優秀賞は・・・三番の方!」
血まみれで肉を咥えたベルタに仮装したチームだ。
ベルタ「ちょっと待ちなさいよ! 何でその娘なのよ!」
アルフ「鍛錬鍛錬」
怒鳴るベルタにしがみ付いて押さえるアルフ。
幸いベルタの怒鳴り声は拍手と歓声に呑まれた。
アルフに当たりだすベルタ。
ベルタ「あんなのが選ばれるなんて有りえないでしょ」
アルフ「みんな噂で聞いただけなんだろ。お前を見たことも無いのだろうから仕方がないって」
ベルタ「だからってあんな格好はした事が無いわよ。どんな噂になっているって言うのよ」
アルフ「チーム制だからな。俺やガルマさんの仮装が評価されたのかもよ」
必死で誤魔化すアルフの言葉を否定するかのようにタイミング良く解説する司会。
司会「ベルタの仮装が真に迫っていると、特に高い評価を受けました!」
ベルタ「ふー!」
アルフ「もしここで乱入してみろ。一層荒くれ者のイメージが大きくなるぞ」
誤魔化すのはムリと判断して、騒ぐデメリットを強調してベルタを抑えようとするアルフ。
ベルタ「じゃぁどうしろって言うのよ」
アルフ「耐えろって。精神を鍛えたいんだろ」
ベルタ「・・・こんな思いをしながら耐えなきゃいけないなんて。泣けてくるわ」
本当に涙をにじませているベルタ。
実際年頃の娘にとって、覚えの無い凶暴な姿だと他人から思われることは絶望しかねないほどに辛い事だ。
アルフ「目の前で惨劇が起きて、怒りや哀しみに呑まれたらどうなると思う。マアマを握っているんだぞ」
ベルタ「! そうよね。これくらいは笑って見過ごせなきゃ本当に危険なのよね・・・でも、あー!」
マアマ「べるたー。よしよし」
アルフの言葉で自分の今の立場を再認識するベルタ。
もし感情に呑まれて一時でも世界の消滅を願ったりすれば現実に消滅させかねない。
理屈で理解しながらも感情に呑まれそうで葛藤する。
司会「次のテーマは動物です」
出演者が入れ替わる。
今度は動物の被り物だらけだ。
アルフ「あとは見なくても良さそうだな」
ベルタ「もう精神力のげんかーい」
虚ろにステージを眺めるベルタの手を引いてこの場を去ろうとするアルフ。
司会「では一番の方~」
ズーン
大型獣の足音のような地響きがする。
アルフ「おぉ? 何だ」
ベルタ「大型獣にでも仮装してきたんじゃないの」
アルフ「どうやって。出来る訳ねぇだろ」
ベルタ「だってほら」
アルフがステージの方へ振り向くと、ステージの屋根の上に大型獣が足を上げているのが見えた。
アルフ「あれ本物だ! やばいぞ」
ベルタ「え」
アルフの緊迫した叫び声で、憔悴して呆けていたベルタが正気に戻る。
慌てて救出をイメージしてマアマを振る。
ステージ付近に居た者達がまとめて釣られる。
直後にステージは踏み潰された。
観客も気付いて大騒ぎになる。
ベルタ「間に合ったぁ。ありがとうマアマさん。心を読まれている事もこういう時には助かるわね」
マアマ「あはははは」
ステージを踏み潰した状態で大型獣は止まっており、人的被害は出ていない様子。
アルフ「こんな町中に来るまで警報も出さないなんて。警備兵は何をやっているんだ」
大型獣が町に侵入する事はそれほど珍しくは無い。
だが侵入される前に警報を出すのが当然だ。
ベルタ「とにかく被害が出る前にどうにかしないと。拘束しても他の人が怖がるだろうし消しちゃうべきか」
アルフ「いや。どうせなら焼肉にしようぜ」
ベルタ「あんたはねぇ。まぁこれだけ人が居れば食べきれるか。マアマさんお願い」
マアマ「どっかーん」
ベルタがマアマを振るとステージが復元され、その上に大量の焼肉が積み上げられた。
だが大型獣が焼肉になったなどと観客は思わない。
復元したステージに驚いたり、消えた大型獣の行方を懸念して戸惑う。
男「あぁ~? 僕のペットがぁ。消えちゃったぁ」
ベルタ「へ」
近くで警備兵に取り押さえられていた男が泣き叫び出した。
やはり警備兵も仮装していて分かり辛いが、よく見るとそれらしい装備はしている。
アルフ「どういう事」
警備兵「こいつが大型獣を仮装だと言い張って町に連れ込んだんだ」
アルフ「いや。見ればウソだって分かるだろ」
警備兵「そうなのだが。大型獣に話しかけると返事をしたんだ。それで強引に押しきられた」
警備兵は男を取り押さえても連行しようとはしない。
物証となる大型獣が消えてしまって困惑していた。
アルフ「大型獣が返事?」
男「へへへ~。腹話術さ。上手かっただろぉ」
泣き止んだ男が笑って答える。
明らかに頭のネジが抜けている感じだ。
アルフ「お前が大型獣を調教したと言うのか」
獣使いならともかく、こんな男に出来る訳が無いと思うアルフ。
遭遇した時点で食われて終わる筈だ。
もし獣使いから盗んだりした個体なら焼肉にしたのは不味かったかなと焦る。
男「凄いだろう。家来にやらせたんだ。大型獣の巣から卵を盗んできて孵化させて育てたんだぞ~」
アルフ「大型獣が卵から孵るとは知らなかったな。それでこいつを親だと思ったのか」
獣使いが関係なくて安堵するアルフ。
一方でこんな輩が大型獣を操れる事例に恐怖を感じる。
男「そうだ僕の子だ。隠したのは誰だぁ。どこに隠した。次のコンテストこそ上手くやるんだぁ」
アルフ「全然反省してねぇなこいつ」
男「ステージに立たたせて腹話術を使えば最優秀賞も確実なんだぁ」
ステージを踏み潰したのは、ステージの上に立たせようとした結果だった。
アルフ「お前は分かってんのか。人を大勢殺すところだったんだぞ」
ステージの背後には壁があったので、男からは出演者が見えていない可能性があった。
だがコンテスト中のステージに人が居ない訳が無い。
仮に大型獣の入場が認められていたとしても、見えなかったで済まされる問題では無いのだ。
男「そんなのはパパが何とかしてくれるもーん」
アルフ「は?」
そんなのとは無差別大量殺人の事だろうか。
言い訳が返る事を想定していたアルフは、あまりにも常軌を逸した男の言葉が理解出来なくて考える。
傍で聞いていた警備兵が察して説明する。
警備兵「こいつは富豪の嫡男なんだ。問題を起こす度に捕らえるのだが、すぐに金で解放されてしまうんだ」
要は誰を何人殺しても何とも思わない輩だという事だ。
アルフ「はぁ。やっぱり他にもクソ領主もどきが居たか。ベルタ任せた」
ベルタ「どうしようかな。確か保釈や示談の制度が有るからお金で解決する事も違法では無いのよね」
クソ領主の時と違って、司法権限を侵食したり警備兵を懐柔している訳では無い。
法に則って金で解決しているのであれば違法行為には当たらない。
アルフ「へ。放っておくのか」
ベルタ「まさか。富豪の関係者全員にするか富豪親子だけにするか、対象の絞り方に迷うのよ」
ベルタにも法を破る気は無い。
法で裁けないのであれば法の上に立つ者の力を借りるまでである。
アルフ「ここじゃ有名なバカみたいだし。そんなのに協力している奴はまとめて処理で良いんじゃねぇの」
ベルタ「それもそっか。一応はここに一旦まとめますか」
ベルタがマアマを振ると200人ほど拘束された状態で現れた。
人ごみの中に現れたので非常に目立つ上に邪魔だ。
アルフ「何だ。武装した奴が結構居るぞ」
半数以上が軍隊に匹敵しそうな装備をしていた。
警備兵「な・・・何故ここに突然富豪の関係者が。武装しているのは私設軍隊の連中だ」
理解出来ない現象が続いて混乱しながらもアルフに答える警備兵。
アルフ「軍隊て・・・クーデターでも起こす気だったのかよ」
警備兵「これはどういう事なんだ。まさかお前達の仕業だとでも言うのか?」
アルフ一行が直接的に何もしていない事は見ていた警備兵。
だが話しぶりからして無関係とは思えない。
関係するとしても目の前の現象を説明する方法が思いつかずに闇雲に問いかける。
説明が面倒だがウソはつきたくないので適当に省いて答えるアルフ。
アルフ「こんな真似を人に出来る訳がねぇだろ。神の裁きじゃね」
警備兵「!」
絶句して状況を整理し直す警備兵。
普段なら相手にもしない台詞だが目の前で起きた現象を説明するには他に無い。
観客の中には富豪一味と因縁を持つ者が居るのか、ちょっかいを出す者も現れた。
このまま放置しては別の事件に発展しかねないとベルタは懸念してさっさと片付ける事にする。
衆目に晒されて動揺している富豪らしき男の胸倉を掴んで吊り上げる。
ベルタ「断っておきますけど。お金で牢から解放されても拘束は解けませんからね。ちゃんと更生して下さい」
それだけ告げてから富豪らしき男をおろしてマアマを振るベルタ。
富豪一味はその場から消えた。
観客はどよめいて後ずさり、アルフ一行と警備兵を囲んだ空間が出来る。
警備兵「な。何をした!」
震えながらベルタに問いかける警備兵。
ベルタが富豪一味に何かをしたようには今回も見えなかった。
だが発言の内容とモーニングスターを振るタイミングで富豪一味が消えた現象から考えて無関係とも思えない。
神の裁きというアルフの言葉が脳裏を過ぎるが目の前に見えるのは人の娘なのだ。
ベルタ「王様の所へ送っただけですよ。彼らの状況が知りたければ王様に聞いて下さい」
警備兵「何を言っている。そんな事を出来る訳が無いだろう」
アルフ「今見ていただろ。神の力じゃ無ければ何だって言うんだ」
アルフの言葉を信じたくはあるが、上に報告した所で信じて貰えるとは思えない。
実際自分の目で見ていても信じられない警備兵なのだから。
警備兵「お、俺は秩序を守る警備兵として、ほ、法に基づいて判断しなければ」
自分を戒めるようにつぶやき出す警備兵。
相手が人である以上はどれほど強大な力を持っていたとしても法に則って取り締まる義務があるのだ。
アルフ「やっぱ面倒くせぇな。わりぃ、ガルマさん頼む」
ベルタ「毎々すみません・・・」
ガルマ「うむ」
ガルマが警備兵の前に歩み出る。
警備兵「竜人に仮装した者か。お前が何だと言うのだ」
ベルタ一行をテーマにした仮装コンテンストの直後なので竜人に仮装した者は大勢居た。
その先入観で、本物が実在する事は警備兵の意識から除外されていた。
アルフ「はぁ。お前、ガルマさんが仮装に見えるのか」
警備兵「え・・・よく出来てはいるが・・・ま、まさか!?」
アルフのつっこみで、まさかと思いながらもガルマを観察する警備兵。
仮装では無い事に気付き、神の力と言われた現象を思い出して、血の気が引いて青ざめる。
よりにもよって本物の竜人をお前呼ばわりしてしまったのだと。
アルフ「富豪を処理した時に察しろよ」
警備兵「し、失礼しました! 竜人様の差配と言う事で処理させていただきます!」
警備兵は逃げるように下がり、他の警備兵に連絡を取り始める。
「あれ本物だって」
「なんか噂と違って普通じゃない」
「でもあの光は不思議」
イベント参加者にも正体がばれて普段よりも注目を浴びるアルフ一行。
ベルタ「結局こうなるのよね。さっさと王都へ行きましょ」
去ろうとするベルタを尻目にステージへ上がって焼肉を食い始めるアルフ。
アルフ「いやいや。これはお前にとっては絶好の機会じゃね」
ベルタ「何がよ」
アルフ「ここで普通の娘らしくしていれば、次のコンテストでは普通の娘が選ばれるんじゃね」
アルフとしても過激に燃え上がる噂の炎を少しでも鎮火しておきたい。
おまけに現状のように注目度が高ければ精神鍛錬の効果も期待出来る。
そして何より焼肉を置いて去る事が辛かった。
ベルタ「アルフ天才! そうよね。傍目にはあたしは何もしていないのだから普通に見えるわよね」
この町に来て初めて明るさを取り戻すベルタ。
大の男の胸倉を掴んで吊り上げた事は娘に相応しくないが些事過ぎて覚えていない。
アルフ「そうそう。焼肉が冷めちまうからさっさと食おうぜ」
コンテスト最優秀賞の姿を思い出すベルタ。
ベルタ「う。肉を咥えたイメージは消したいのよね」
アルフ「みんなー! これはさっきの大型獣の肉だ! 勿体無いから食おうぜ」
何人かは寄ってきて食べ始めるが肉の量に対して少なすぎる。
イベント会場の喧騒の中で叫んでも届く範囲がしれているのだ。
アナウンスしてもらおうと司会を探すアルフ。
司会はステージを見ながら呆然としていた。
イベントが中断されてどうすれば良いのか分からないのだ。
アルフ「司会の姉ちゃん。アナウンスしてくれ。焼肉無料配布だ」
司会「え。ステージの上のあれ? 食べても大丈夫なんですか。突然現れて怖いんですけど」
手に持った焼肉をかじって安全性をアピールしながら説明するアルフ。
アルフ「さっきの騒ぎを見ていただろ。神様のお手製料理だぞ」
司会「えーと、そのぉ・・・何の肉なんですか?」
焼肉を司会の目の前に突き出して、見た目や臭いを確認させるアルフ。
アルフ「さっき襲ってきた大型獣だ」
司会「おぉー。てっきり人の、いや何でもないです。まずステージを空けないとだしね。了解しましたー」
懸念していた事を口にしかけて引っ込める司会。
人喰いの噂の先入観で、消された富豪一味の肉かとも思っていたが、焼肉が現れたのはその前だと思い出す。
マイクを握ってアナウンスを始めた。
司会「みなっさーん! 本物のベルタ一行から大型獣の焼肉の差し入れだそうです。頂いちゃいましょう!」
アナウンスを聞いた人が大勢集まってきたが、ベルタが動かないのでアルフも戻る。
アルフ「今晩はここに泊まるか。普通のベルタを見せつけておこう。宿屋に行って飯にしようぜ」
ベルタ「う。今日は食事はいいかな。焼肉をお腹一杯食べてきなさいよ」
アルフ「普通に食事をするところも見せておいた方が良いぞ。空腹で凶暴な顔つきになったらどうするんだ」
ベルタ「ならないわよ! でもそうね、普通に食事をするってイメージの上書きは必要よね」
食事のイメージを変えておかないと肉を咥えたイメージは残りかねない。
ただ焼肉を置いて普通の食事をするならマアマの料理はムダになる。
アルフ「すまんなマアマ。焼肉は美味かったけど今回はみんなに御馳走しておくわ」
マアマ「おっけー」
ベルタ「あ。お願いしておいてごめんなさい。その、あたしのイメージがですね」
マアマ「あはははは」
慌てて取り繕うベルタ。
心を読んでいるマアマに説明の必要は無いのだが。
宿屋もやはり派手だったが、妖精の姿をあしらった明るい雰囲気の宿屋をベルタが気に入って泊まる事にする。
その宿屋で夕食を取るアルフ一行。
アルフ「普通にって意識し過ぎなんじゃね。食べ方がぎこちなくなってるぞ」
ベルタ「そうなのよ。じれったいわね」
自覚はしているが、自然に振舞わねばという気持ちを拭いきれないベルタ。
ふざけた噂を訂正する貴重な機会なのだからと、まさに全身全霊で挑む心情で力んでしまう。
アルフ「意識しなければ普通になるんじゃねぇの」
ベルタ「簡単に言うけどそれが難しいのよ」
少し考えるアルフ。
アルフ「そういや富豪の一味を送った時の話だが。警備兵の視界の外でマアマを振るべきだったな」
ベルタ「それね。前に打ち合わせをしておいたのにごめん」
アルフ「まぁ人目が多かったし警備兵に引き渡してから送る事は想定していなかったしな。次からだな」
ベルタ「ちゃんと更生するかしらねぇ」
アルフ「バカ過ぎて更生を理解出来ないかもな」
ベルタ「それ不味くない」
アルフ「大丈夫だろ。親が更生したらその場で学ばせるだろ」
ベルタ「一緒に送ったから大丈夫か」
アルフ「世直しの旅をしている訳じゃ無いんだけどな。巻き込まれて放置は出来ないわな」
ベルタ「そうね。本来なら町の人達で何とかすべきだったのだろうけど。私設軍隊は無いわぁ」
アルフ「警備兵を懐柔出来なくて作ったのかな。だとしたらここの警備兵はまともだな」
雑談に意識を向ける事でベルタも普通に食事を終える。
ベルタ「ふぅ。ごちそうさま」
アルフ「普通に食えたな。これで変な噂も訂正されるかもな」
ベルタ「あ。本当だ。雑談で意識を逸らしてくれたのか」
アルフ「精神の脆さって言うのは気にし過ぎるところから来るのかもな。気楽にいこうぜ」
肉体的な苦痛を除けば、見なかった聞かなかったと忘れてしまえば殆どの感情は抑えられるのだ。
意識する事は重要だが、感情に呑まれない程度に自制する必要がある。
ベルタ「言っている事は分かるんだけどなぁ。簡単そうで難しいのよね」
アルフ「この町はこんなもんでいいだろ。今日は寝て明日さっさと出よう」
ベルタ「そうね。辛かったけど経験としては良かったのかな。でももう十分だわ」
アルフ一行は就寝する。
翌朝、宿屋を出ようとすると宿の主が呼び止める。
宿の主「よろしかったらこれをどうぞ」
仮装セットと書かれた袋をアルフが受け取る。
アルフ「何だこれ」
宿の主「この町を訪れた思い出にと旅の方に配っている粗品です。お手軽に仮装を楽しめますよ」
アルフ「へぇ。ありがと。おぉ角とかあるな。ベルタに良さそうだ」
ベルタ「分かっているわよ。似合わないようになれって言うんでしょ」
アルフ「おぉ。すげぇ。怒らないのか。昨日だけでかなり成長してねぇか」
テストを兼ねてベルタを怒らせるつもりで言っていたのでアルフは驚いた。
ベルタ「昨日の今日だからかもね。まだ身についてはいないと思うけど意識してみるわ」
アルフ「気にし過ぎも注意な」
ベルタ「あー。バランスが難し過ぎるわよ・・・」
町を後にアルフ一行は旅を再開した。




