竜に連なる者
罠アイテムの説明を受けながら、アルフはふと疑問に思った。
竜人と言えば、伝説に登場する最強無比の存在である。罠アイテムなんて要らないのではと。
アルフ「ねぇ、ガルマさんは、罠アイテムなんて要らないんじゃないの?」
ガルマ「ぬ?人の如く振舞う上で重宝しておるぞ」
アルフ「竜人て無茶苦茶強いんでしょ。ガルマさんは戦わないの?」
ガルマ「うむ。我が戦うのは、基本的には導きが示された時のみだな」
アルフ「導き?があればガルマさんも戦うんだ!」
ベルタ「伝説のような強さなのですか?例えば世界を脅かす帝国を一人で滅ぼした竜人ガル・・・マ?あれ?」
アルフ「そういや、伝説の竜人と同じ名前だ。聞き覚えあるなとは思ってたんだ」
ガルマ「そうか、あの粛清は伝記になっておったか。伝える者が残らぬ程に滅ぼしたつもりであったが」
ベルタ「え?五百年以上前のお話ですよ。ガルマさんとは別の人ですよね」
ガルマ「もうそんなになるか。あれ以来、人の道が矯正されて、滅ぼす必要も無くなっておったな」
ベルタ「・・・そういえば前に寿命が無いとかおっしゃってましたけど」
ガルマ「うむ。我は若輩故、生を受けてからまだ二億年程だがな」
人類の歴史の記録は精々数万年であった。学んだ歴史と照合しながらベルタは問いかける。
ベルタ「億・・・ですか?あたしが学んだ歴史より遥かに前?人類が生まれる前から生きてらしたのですか」
ガルマ「いや?我は母なる竜神と人の間に生まれた。故に我より先に人は居た」
ベルタが学んだ歴史と史実は異なるようだ。
ガルマ「人の世界は何度か滅ぼしておる。滅び以前の歴史は、人の記録としては残っておらぬのであろうな」
アルフとベルタは頭の中でガルマの言葉を繰り返す。
理解し難いが、ガルマが伝説上の人物である事が何となく少しづつ実感として涌いてきた。
アルフ「な!?なんでそんな凄い人が俺らと旅してるの?」
ガルマ「誘ったのはお主ではないか」
アルフ「いや、だから、そうじゃなくて!旅人じゃなく王様とかになってそうじゃないか」
ガルマ「我は導きで動く。人の王は人がやればよい」
ベルタ「人の世界を何度かって、また滅ぼす事になるのですか?」
ガルマ「導きが示されればそうするであろう。だがまた人が道を違えぬ限りは示されぬであろう」
実際、竜神に見えぬ物が人に在るなら、一旦人を滅ぼすべきか、ガルマは確認していた。
だが人に関わる可能性が高いというだけで在るとは確定していない。
そもそも消滅させるべき物かも分からない。
加えてガルマに在る人の因子には、滅ぼさねばならぬような要因は生まれていなかった。
ベルタ「道を違えるとは、滅ぼされた時に人は何をしたのですか?」
ガルマ「基礎無しに着火魔法を覚えるようなものだ。己が身すら護れぬ破壊の術ばかりを磨いておったわ」
ベルタ「えー、あたしみたいな大人が多かったって事ですか?」
ガルマ「お主は壊れておらぬ。危険性を説けば即座に理解して習得を諦めた。奴等は諦めずに暴走しておった」
ベルタ「・・・わかんない、自分が危なくなる力を求め続けていたなんて」
ガルマ「死した後に土に還る事すらも拒んでおったわ。種として狂っておったのであろうな。それ故の導きだ」
ベルタ「また狂うかもしれないのですね」
ガルマ「今の人は護りを第一にしておる。この世界の在り様を護る、その思想が崩れぬ限りは大丈夫であろう」
ベルタ「護りなんて教えられた覚え無いですよ?」
ガルマ「魔法は秘匿されておるし瞬間帰還器にせよ罠アイテムにせよ護りを前提に設計されているであろう」
ベルタ「罠アイテムについてはフェールセーフでしたよね。瞬間帰還器にも護りなんてあるのですか」
ガルマ「転移ならどこにでも飛べた方が便利だ。だが悪用を防ぐ為に、警備の厳しい拠点に制限するとかだな」
ベルタ「そうだったんだ。それで村には飛べないのね。今の世界は何度もやり直した結果だったのですね」
アルフ「ねぇねぇ、その導きって誰が示すの?竜人の王様とか居るの?」
ガルマ「導きを示すのは竜神だ。王でもある」
アルフ「竜の神様かぁ。見たり話したりできる神様って事なのか。なんかよくわかんねー」
ガルマ「竜に連なる者は全て、母であり王である竜神より生まれる。父が人であれば竜人となる」
アルフ「人が竜の神に選ばれるの?すげぇ人なんだろうな」
ガルマ「父となる者に特別な力がある訳では無い。種の因子を受け継ぐ為の依代だな」
ベルタ「竜と竜人で何か違うのですか」
ガルマ「保持する因子が異なるだけで実質的には変わらぬ。人の因子を判断する時には竜人に在る因子を診る」
アルフ「じゃぁ折角強いのに、導きが示されないと戦わずに逃げなきゃいけないのかぁ」
ガルマ「いや戦うのは自由だが・・・人や獣を相手にして町や自然を壊すのもな」
本音は未だ見えぬ目的自体を消滅させかねないからであった。
アルフが関係する可能性もあるが、当人に自覚は無く、説明すべき状況では無いとガルマは考えていた。
アルフ「へ?人を殴っても町は壊れないぞ」
ガルマ「壊れるぞ」
話が通じず目を合わせるアルフとベルタ。
ガルマ「やってみせるのが早いか」
ガルマはアルフとベルタを小さな防御結界の珠で囲う。
さらに半径 10m 程の巨大な防御結界の壁を作ってから足元の小石を拾う。
ガルマ「よく見ておけ」
ガルマが軽く指で小石を弾いた瞬間に世界が歪んで見えた。
歪はすぐにおさまったが、アルフとベルタを護る防御結界の珠は底の見えない穴の上に浮いてた。
防御結界の壁の内側が消滅したのだ。
ガルマ「な?」
アルフ「な!?」
ベルタ「な!?な!?」
ベルタは地面だけでなく空の雲も消滅している事に気付いて二度驚く。
ガルマ「加減が難しいのだ。力が大き過ぎて、少し制御し損ねただけでも人の町くらいは簡単に消し飛ぶ」
伝説が小事に思える程の現実を突然目の当たりにして理解が追いつかないアルフとベルタ。
理解が追いつかないので怖いという感情が湧いてこない。
ガルマ「小石が分解されたら止める、という方法で適当に力を抑制したのだが・・・適当過ぎたな」
穴の深さを見て少し反省しているようなガルマ。
小石は素粒子にまで分解され、竜力に吹き飛ばされて嵐となり、素粒子砲さながらに結界内を分解していた。
ベルタ「で、でもそれじゃどうして、アイテムを壊さずに使えたりするのですか」
ガルマ「固定の力量で動かせるものや、時間をかけて調整可能な状況なら加減も容易だ」
ベルタ「そっか、咄嗟の加減が難しいというのはあたしにも分かります」
ガルマ「うむ、破壊や戦闘となると咄嗟に対象や状況に合わせて調整せねばならぬのが難しいのだ」
ガルマとベルタを見比べていたアルフが閃いた。
アルフ「ガルマさんの腕の太さってベルタと大差ねぇよな。もしかしてベルタもやれるようになるのか」
ベルタ「あたしが何人居てもこんなのムリよ。どんな力で小石を殴ってもこんな事にならないわ」
ガルマ「腕から力を出す訳では無い。我は竜力であり、竜に連なる者の力が集っているのだ」
ベルタ「集っている?見えない竜が近くに一杯居るのですか?」
ガルマ「いや・・・我はお主ら動物のように筋力で動いている訳ではない。竜力を行使しているのだ」
ベルタ「筋力が筋肉の力だから、竜の肉で出すのが竜力?いや集うって話だから竜の人達が肉に入ってくる?」
ガルマ「肉から離れよ。我は竜神を核とする竜力そのものなのだ。竜に連なる者は一体なのだ」
ベルタ「ガルマさんが竜神様でもあるって事?」
ガルマ「力の行使においては実質的にその通りだ。だが我は竜神では無い。我と竜神の意思は独立している」
ベルタ「神の力がありながら実質的に使えないという事ですか・・・なんかストレス溜まりそうですね」
ガルマ「ストレスを感じるのはお主達、個の器が小さいからであろう。我には使いたいという欲望すら無い」
ベルタ「力の調整が難し過ぎてストレス溜まりません?」
ガルマ「ふむ。基本的に何かあったら逃げておるし、時間をかければ調整も難しくないからな」
ベルタ「町で生活せずに旅しておられるのは、うっかり壊したりするからかなぁと思っちゃいました」
ガルマ「旅は故あって続けておる。普段はお主達のような個の存在には関わらぬ故、町に住む理由も無い」
ベルタ「そうですか・・・ストレスでいきなり暴れだすような事は無いのですね。ちょっと安心しました」
ガルマ「ははははは、その心配は無い。仮に我がそのような事になれば全て消える故、案ずる事も無い」
ベルタ「全て、ですか。そうですね、小石であんな穴が空くなら大地が全部消えちゃいそうですね」
ガルマ「大地も含めた全てだな」
ベルタ「は?」
ガルマ「並列世界を含めた全てだ。原初の位相から、あらゆる歴史が消滅するであろう」
アルフ「ベルタすげぇな、俺はお前達が何を話してるのかさっぱり分からん」
ベルタ「あたしに分かったのは、説明されても分からないって事だけよ」
ガルマ「要は戦闘においては期待に応えられぬ。人の作りしアイテムで対処しきれねば逃げれば良い事」
いつの間にか大地の穴はガルマによって埋められていたが、雲は消失したままだった。
興奮していたアルフとベルタであったが、普段と変わらぬガルマの態度で落ち着いていった。
そしてベルタは思った。あたしやアルフがあんまり変な事したら、この世界が滅ぼされかねないのねと。
「ガルマ・・・見つかったのか?」
ガルマ「シイタ、邪魔してしまったか」
シイタ「僅かとは言え、お主が破壊に力を使うのは珍しい。少々気になってな」
ガルマ「まだ見つけてはいない。が、この少年を診てくれ」
アルフをしばらく覗き込むシイタ
シイタ「・・・断定は出来ぬが・・・可能性はあるな」
ガルマ「こやつを観察しながら探す事にした。さっきのは我が戦わぬ理由を説明する為の戯れだ」
シイタ「過去消失も気にはなるが、それよりも未来を診せぬ霧の力の根源」
ガルマ「我の力に感じたが、何か思い当たるのか?」
シイタ「全てを見通す竜神に見えぬ物を連想したのだ。その正体が竜神自身であったなら?」
ガルマ「自分には自分が見えぬ・・・ということか。ならば別位相の竜神?だとしたら厄介だな」
シイタ「仮にこの者が関わるとすれば、人の寿命から考えて精々百年前後の位相に限定されよう」
ガルマ「竜神が導きを示している以上は竜神自身に自覚は無かろう。ならばしらみ潰しに」
シイタ「そちらは我が考えてみよう。まだ可能性に過ぎぬし、別位相の竜神相手ならお主でなくともよかろう」
ガルマ「おぉ・・・我の役なのにすまぬな。こやつを放置して行くのも気がかり故、頼みたい」
シイタ「仕方あるまい。人の因子をもたぬ我ではその者の全ては診えぬ。お主はそのまま導きに従え」
ガルマ「我の方角から迫っておる、という前提だった故に人の因子に注目し過ぎておったな」
シイタ「うむ、竜神と人の絡みにも着目せねばならぬか。位相は関わってないと良いのだがな・・・」
ガルマ「過去はともかく、未来は不確定な位相が無数にある。百年の範囲としても容易くは無いぞ」
シイタ「やってみるさ。伊達に長生きはしておらぬところをみせてやろう」
雲が消滅した空をじっと見つめて動かないガルマ。
ベルタ「ねぇ、ガルマさんなんか神妙になってない?」
アルフ「また雰囲気てやつか?俺には全然分かんねーよ」
ふとアルフはガルマの見ている方角を見る。
太陽しか残ってない・・・と思いきや空に何か・・・在る?
ガラスで出来ているかのように透き通って見える巨大な・・・眼!?
アルフ「ちょ、あ、あっち」
ベルタ「何よ、またあっちが呼んでるの?」
アルフ「あ、あっちがこっちを見てる!」
ベルタ「あんたねぇ、そんな事ばかり言ってると誰も相手に・・・」
ベルタも見た。それは確かに上空に浮かぶ巨大な眼であった。
ベルタ「きゃぁあああああああああああああああ し、瞬間帰還器!」
取り乱し過ぎて瞬間帰還器の場所すら把握できないベルタ。
ガルマ「すまぬな、少し話こんでおった」
ようやくガルマが動いた。
ベルタ「目、目、目」
ベルタが空の眼の在った方角を指すが既に眼は消えていた。
ガルマ「落ち着いて良い。あれも竜に連なる者だ」
アルフ「あれが竜?空にも目があるのかと思ったぜ」
ベルタ「え、え?見えない竜も居たんだ。集ってお肉じゃなくて空だったのね?」
ベルタは混乱していた。
だが恥ずかしい発言をしてしまった事を自覚した事で冷静さを取り戻す。
あっちが呼んでるから旅に出るという言動で、アルフはバカじゃないのかとベルタは懸念していた。
だが、あっちがこっちを見てると言う言葉は事実だった。ベルタは反省し、アルフを信じてみようと思った。
ガルマ「あやつもこの世界に居たのでな。さっきの小石に気付いて様子を見に来たのだ」
ベルタ「この世界?他にも世界があるのですか?そういえばさっき並列世界とかおっしゃってましたね」
ガルマ「一つで済めば良いのだがな。綻びが出る度に破壊・分離・改変・創造を繰り返して無数に存在する」
アルフ「また分からない事言い出したぞ」
ベルタ「大丈夫よ、あたしにも分からない。あんたがバカという訳じゃないと思うわ」
アルフ「そっか、俺がかわいくないって事か。だからベルタはすぐ怒るんだな」
何言ってんだこいつ?やっぱり会話が成立しない。
ベルタはついさっきの反省を忘れ、アルフはバカじゃないのかと再び懸念する。
最後にハプニングがあったものの旅のレクチャーは終わった。
これからが旅の本番だ。
何とか壊れ設定の序章終わりです。
本章では今までの設定をベースにどつき漫才的な短編を続けたい。