おまけ:進化せし魔物
火山の麓の広大な森を歩くアルフ一行。
火山からは噴煙が絶え間なく上がっているのが見える。
ベルタ「火山かぁ。マアマさんが居た温泉も火山地帯だったわよね」
マアマ「ほかほかー」
アルフ「また温泉があるのかもな」
ベルタ「でもこんなに噴煙を上げているのは初めてね。今にも噴火しそうで怖いわ」
アルフ「いざとなったら火山ごと消してしまえば良いんじゃねぇの」
ベルタ「やる訳無いでしょ!」
噴火による被害は甚大だ。
この森が消滅する可能性だってある。
被害を防ぎたくはあるが、噴火活動も自然の一環なのだ。
アルフ「実際、火山を消したら下のマグマが噴出すだけだろうな」
ベルタ「下手に止めたら地下で力が溜まり過ぎてどっかで暴発しちゃうんじゃない」
アルフ「逃げの一手だな」
森は普通に見えるが、妙に心地よさを感じる。
空気が澄んでいる事もあるが、それ以外にも何かの力に満ちた様相だ。
ベルタ「なんでか分かんないけど気持ちの良い森よね」
アルフ「肌に当たる風とかじゃなくて、気持ちが直接スーっとする感じだよな」
ガルマ「良気に満ちておるのだ。微弱ではあるが、ベルタがティアラから放つ光に近い効果がある」
アルフ「おぉ。すげぇ。毒や病気も治せるのか」
ガルマ「うむ。時間はかかるがな」
アルフとベルタは知らないが有名な療養地だ。
治せると言っても症状によっては年単位でかかる。
アルフ「ここに住めば医者要らずか。狩りには困らなそうだし誰も住まないのかな」
ベルタ「森の外に柵があったし私有地なのかな。進入は自由みたいだったけど」
森を抜けると町が在った。
周囲は森に囲まれており、村ならともかく町を造る場所では無いように見える。
アルフ「おぉ。やっぱり住んでいたか」
ベルタ「大型獣の村もやばかったけど、噴火しそうな火山の麓の町も負けていないわね。たくましいわ」
アルフ「泊まって行くか?」
ベルタ「そうね。まさか丁度あたし達が来た日に噴火なんてしないでしょうし」
口にしながらも自信が無いベルタ。
狙ったかのようにトラブルが発生し過ぎの旅なのだ。
思いのほか町の中は賑わっていた。
あちこちに獣の像が祭られている。
ベルタ「うわ。まさかまた神獣様かな」
偽の神と言いかけて口を噤むベルタ。
どこで聞かれているか分からない。
ガルマ「神獣では無い。が、魔物から進化を果たした獣だ。聖獣と呼ばれておる」
ベルタ「魔物が進化出来るのですか。最も進化から遠い存在では無いのですか。人にも例が無いというのに」
理性を失って堕ちた亜人や獣が魔物となる。
強い理性を必要とする進化には至れる筈が無く唖然とするベルタ。
ガルマ「残念ながら大願には届いておらぬがな。人の力を凌駕する存在になっておる」
アルフ「QBは綺麗だったけど、この像はすげぇ怖い顔をしているな」
ベルタ「魔物から進化したからなのかな。でも理性を失った筈の魔物がどうして進化に至れたのですか」
像を見ると魔物からの進化という言葉にも信憑性がある。
ガルマ「人の供物と祈りがきっかけだ」
ベルタ「え。そんな事で理性を取り戻して進化にまで至ったと言うのですか」
ガルマ「獣使いの先祖が成したと言えば分かり易いか」
アルフ「おぉ。対等の目線で飯を食わせたって事か」
ベルタ「やっぱりそういう血筋だったんですねぇ」
供物と祈りと言われてもピンと来なかったベルタも獣使いを引き合いに出されて納得する。
上っ面だけではなく心の底から獣の立場で接したのであろうと。
ガルマ「魔物でも意思疎通は出来る。理性を取り戻し、護りたくなるほどの気持ちを感じ取ったのだ」
アルフ「なるほどな。今でも護ってくれているとしたら、町の人達にそういう気持ちがあるって事か」
ベルタの進化の助けになる情報を得られるかもしれないとアルフは思いつく。
像に祈りを捧げる老婆に話しかける。
アルフ「婆ちゃん。この獣の像って何?」
老婆「森の王である聖獣じゃよ。この町が栄えておるのは聖獣のお陰なのじゃ」
アルフ「聖獣て何してくれるの」
老婆「色々じゃ。森の恵みを我らに与え、自然災害を防ぎ、疫病なども祓って下さる」
事実だとしたら人からすれば神の如き力と言えよう。
アルフ「マジか。すげぇな。どこに居るの」
老婆「森の中に居られる」
アルフ「森に囲まれているから探すのは厳しいな。婆ちゃんは見たことがあるのか」
老婆「お姿を見たことは無い」
アルフ「会えないんじゃ疫病も祓えないよな。伝承があるだけって事か」
老婆「旅の者には信じられぬかもしれぬな。この町が栄えておる事こそが聖獣の存在を証明しておるのじゃ」
町人の信仰は妄想の神に対するものと同じと考えるアルフ。
実在するとしても、根拠も無しに信じるのであれば同じ事だ。
そんなアルフを、またかと言いたげに一瞥する老婆。
むしろ聖獣の姿を見た所で護ってもらえる根拠にはならない。
恩恵を受け続けている事こそが根拠であり、存在を疑う余地が無いのだ。
アルフ「あぁ実際に居る事を聞いているから信じてはいるぜ。ただ皆が信じているなら会えるのかと思ってさ」
老婆「そうか信じるかい。ならばお主も護ってもらえようて」
アルフ「町の人は聖獣に何かしているのか? 餌をやっているとかさ」
老婆「森を買って開拓から護っておるくらいじゃな。後はこうして欠かさず祈って供物を捧げて感謝しておる」
アルフ「ありがと。感謝の気持ちか」
老婆の思いは聖獣が町を護り続ける理由にはなりそうだ。
だが進化に至る情報は得られなかった。
アルフ「婆ちゃんは信じていれば護ってもらえると思っているみたいだな」
ベルタ「本気で信じていれば通じるって事なんでしょうね」
アルフ「妄想の神で無ければ信仰にも意味が有るって事か」
ベルタ「そうね。姿を見せてくれないんじゃ妄想かどうかも確認出来ないだろうけど」
アルフ「でもさ。護りたいって気持ちならベルタも負けてねぇと思うけど。何が足りないんだろうな」
ガルマ「ベルタを含め、人の場合は愚かさが邪魔になっておる。至極当然の簡単な事を理解出来ぬのだ」
アルフ「だとさ」
ベルタ「曖昧過ぎて分かんないわよ。期待は持てたけど。当然で簡単なのに理解出来ていない事? 何だろ」
既にベルタはガルマから諭されている。
だがそれはベルタにとって納得し難い事実であり、無意識に除外して考えていた。
「そっちに逃げたぞー」
「封鎖してある」
何やら騒ぎが起きている。
人だかりができていた。
アルフ「何かあったのか」
町人「聖獣の像を壊してまわるバカが居たんで捕まえていたのさ」
見ると酔っ払いが連行されているようだ。
温泉客が悪酔いしたのだろう。
が、連行しているのは警備兵では無くただの町人だ。
それ以前にこの町では警備兵が見当たらない事に気づく。
アルフ「警備兵が居ないみたいだけど。呼ばないのか」
町人「この町は町人全員が警備兵を兼ねているのさ」
アルフ「そりゃすげぇな。でも効率悪くねぇか。危険そうだし」
町人「聖獣に恥ずかしい所は見せられない。やれる事は自分でやってこそ護っていただけるのさ」
アルフ「やれる事って。狩りとか農耕とか炊事とか全部か」
町人「そうだ。無論全部一人で同時にやる訳じゃない。状況に応じてどの役割でもこなすのさ」
アルフ「お、おぉ。なんかこの町に住むのは大変そうだな」
町人「楽では無いな。だが心も身体も充実するぜ。死ななきゃ聖獣に癒してもらえるんだし」
アルフ「その考え方はこえぇけど。なるほどな」
信仰心が自意識の向上に役立っている。
ただ祈るだけではなく、努力を怠れば護ってもらえないという認識だ。
ベルタは進化に足りない理解について未だ悩んでいた。
アルフ「陽が落ちてきているぞ。宿を取らないと間に合わなくならね」
ベルタ「いっけない。温泉があるかもだし何としても取らなきゃ」
期待通りに温泉宿があった。
こんな場所で町として栄えていたのは温泉のお陰だった。
ベルタ「やっぱり温泉は潰れていない宿が良いわね」
マアマ「あはははは」
アルフ「森に囲まれているから飯も期待出来そうだ」
町の場所は辺鄙だが拠点が有るので知名度があれば賑わう。
温泉宿は人気が高く、本来なら簡単には部屋を取れないくらいだ。
だがベルタは難無く夕食と一泊を取れていた。
ベルタ「ついているわねぇ。なんか凄い人気みたいだけど部屋を取れたわよ」
アルフ「あ、あぁ。ついてたな」
ベルタ「何か言いたそうね。あぁガルマさんが居るからか」
アルフ「そう。その通りだ。他に理由は無いぞ。早速飯にしようぜ」
華やかに彩った料理を給仕されるが不満そうなアルフ。
アルフ「ここおかしいぞ。何でわざわざ不味く料理するんだ」
ベルタ「味より見た目って感じね」
料理は食べるのが勿体無いくらいに綺麗に飾られている。
だが色づけの為なのか調味料の味しかしないほどに味付けが濃い。
薬臭いと思える品まである。
アルフ「料理は見るもんじゃねぇ。食うもんだ」
ベルタ「まぁあんまり見た目が酷くても食べる気がしないけどね」
アルフ「贅沢を言う気は無いけどこれは無いわ。素材の味が殺されて勿体無さ過ぎる」
ここまで食が進まないアルフを見るのは初めてで心配になるベルタ。
ベルタ「他のお店に行く?」
アルフ「いや。食わないと勿体無いから食うけどさ。森に期待していたから落差でダメージが酷いわ」
ベルタ「明日の朝食はマアマさんに焼き鳥づくしでもお願いしましょうか」
マアマ「まかせろー」
アルフ「おぉ。希望が持てたわ。今晩はこれで我慢するぜ」
流し込むように食べ始めるアルフ。
ベルタ「でもここは料理も人気があるのよねぇ。見た目の方が大事な人が多いのかしら」
アルフ「この肉も塩をかけて焼くだけの方が遥かに美味いだろうになぁ。あぁクソ泣けてくる」
文句を言いながらも全て平らげるアルフ一行。
アルフ「んじゃ明日の焼き鳥に期待して寝るわ」
ベルタ「あんた温泉は」
アルフ「マアマが綺麗にしてくれるんだから風呂なんていらね」
ベルタ「風情が無いわね。露天風呂とか特に気持ち良いのに」
アルフ「俺の場合は気持ち良いと言うより猛烈に疲れるんだよな。体質の違いかも」
ベルタ「そうだったんだ。なら仕方ないわね。おやすみ」
露天風呂から火山を眺めるベルタ。
ベルタ「絶景ね。これは人気が出る筈だわ。夜でも火口が赤く見えて綺麗。でも・・・」
暗くなって見え辛くなっている筈なのに、噴煙が増えているように見える。
だが他の客も従業員も慌てた様子は無いので気にしない事にする。
温泉を出て部屋へ戻る途中、屋内にも獣の像が祭られている事に気づく。
貼られた説明文には、何かあったら祈りましょうと書かれていた。
ベルタ「祈って解決するならそりゃ祈りますけどね」
聖獣に祈るならともかく、像に祈るのは違うんじゃないかと思うベルタ。
だがQBの件があるので口には出さない。
神獣よりも信仰されている様子も気になる。
恐らくは人に苦難を与える役目を担っていないからか。
部屋へ戻って就寝する。
アルフとベルタが深い眠りに落ちた頃、地震が発生して飛び起きる。
アルフ「おおおおお」
ベルタ「まさかこの地震て」
窓から火山を見ると噴煙が増し、火口付近が変形しているようにすら見える。
ベルタ「あれ噴火するんじゃないの。町の人を避難させないと危ないかも」
アルフ「この町の住人の方が詳しいんじゃね。って、何やってんだあいつら」
路上では獣の像に祈りを捧げるような人々の姿が見えた。
地震だけでも緊迫した状況の筈だが、祈る人々の様子は落ち着いている。
温泉客は瞬間帰還器で逃げたのか見当たらない。
アルフ「神頼みかよ」
ベルタ「神じゃなくて聖獣だけど。聖獣で何とか出来るものなのですか」
ガルマ「その気があればな」
アルフ「マジか。進化すっげー。ただの魔物が火山噴火をどうにかするほどまでに強くなれるのか」
ベルタ「でもその気があるかどうかなんて分からないし。ここじゃ火砕流に呑まれたりしそうよ」
路上に飛び出し、対応方法を考えるベルタ。
町を護りたくはあるが苦難を乗り越えて進化を目指す事が人の役割。
ベルタが町ごとバリアなどで護る選択は正しく無いであろう。
だが避難をさせようにも聖獣を信じきっている者は動かないであろう。
安直に護るべきでは無いと気づいたベルタは葛藤する。
彼らは自由な選択肢の中から信仰を選んだのだ。
果たして信仰で苦難を乗り越えようとする事は正しいのか。
自力で何とかしようと挑戦すべきでは無いのか。
だが考える内に、ベルタがマアマに頼る事も実質的に同じと気付く。
ではベルタがマアマに頼る事は正しいのか。
周囲の力に頼ってでも最善の選択を考える事が大事だと教わった。
自分の力が及ばぬ状況で頼る事は正しい選択なのだ。
現状で町人が聖獣に頼る事は正しいのか。
噴火から町を護る力は人々には無い。
人が避難出来ても町は滅ぶ。
頼れる力があるなら頼る事が正しい状況だ。
ベルタがマアマに対して抱くほどの信頼を、町人が聖獣に対して抱いているのなら、頼る事こそが正しい。
妄想の神などでは無く実在する聖獣なのだから。
信頼が裏切られた時は滅ぶ。
それは覚悟しているという事だ。
葛藤の末、今回は手を出さないとベルタは結論する。
手を出す事はマアマに対する裏切りのようにすら思えたのだ。
その時、強烈な突風が町を襲い吹き飛ばされそうになる。
何かが駆け抜けるような音が遠くから響いた。
ベルタ「きゃー。嵐まで来るの」
アルフ「なんか白くてでかいのが森の中を飛んでいったぞ」
ベルタ「へ。空じゃなくて森の中を飛んでたの?」
アルフ「走っていたのかもだけど飛んでるみたいなスピードだったな」
ズガーン!
噴火したかのような爆音が轟き、地震に別の地響きが加わる。
ベルタ「噴火!?」
火口を凝視するアルフとベルタ。
アルフ「・・・には見えないな。むしろ噴煙は減ってきてるみたいだぞ」
地震と地響きも徐々に収まっていく。
町人は祈りを終えて像に供物を捧げていた。
ベルタ「聖獣が噴火を防いでくれたのでしょうか」
ガルマ「火山の下に溜まっていたマグマを食いおったな」
ベルタ「食うって・・・」
能力としては凄いが、進化のイメージとは合わないベルタ。
ガルマ「太陽の象徴とも呼ばれておる」
ベルタ「信仰されるだけの事はあるのですね」
アルフ「信仰されているから護ってやりたいと思うって事か。でも神頼みじゃ人が堕落しそうだな」
ガルマ「堕落すれば見捨てるであろう」
聖獣が魔物から進化した事を町人は知っている。
元々は人を襲う恐ろしい魔物だったのだ。
だからこそ堕落してはならぬ事も深く理解していた。
アルフ「そういや全員が警備兵で、やれる事は何でもやるとか言ってたもんな。大丈夫そうか」
ベルタ「こんな事が続いているのなら、姿を見せなくても信じられるでしょうね」
ガルマ「隠れている訳では無いのだがな。普段は人には見えぬ」
アルフ「あれ。んじゃ噴火前に森の中を飛んでいた白い奴とは違うのか」
ガルマ「それが顕現した姿だ。普段は良気として森に漂っておる」
アルフ「おぉ! ベルタの光に近い効果って、聖獣の仕業だったのか。婆ちゃんの言った通りだったんだな」
森で療養すれば疫病も祓われる。
姿は見えずとも聖獣の恩恵である事を町人は理解していたのだ。
ベルタ「森に入った時から会っていたのですね。本当にどこに何が潜んでるか分かりませんね・・・」
下手な事を口走らなくて良かったと一息つくベルタ。
もし機嫌を損ねていたら町が犠牲になりかねなかった。
アルフ「まだ夜中だし寝なおすか」
ベルタ「完全に目が覚めちゃったけどね」
アルフ「ティアラの光があるから大丈夫だろ」
ベルタ「そうね。出発するにはまだ暗いわね」
翌朝に宿を出るアルフ一行。
町は何事も無かったかの様相だ。
ベルタ「あんなの日常茶飯事って感じね。誰も気にして無いみたい」
アルフ「この町が栄えているのは聖獣のお陰って婆ちゃんが言ってた。今ならよく分かるわ」
ベルタ「でも聖獣が寿命とかで死んだらどうなるのかしら」
ガルマ「この聖獣は死んでもすぐに復活する」
ベルタ「不死じゃなくて死んで復活ですか」
そもそも普段が良気の状態で、いつでも顕現出来るとなれば死の概念も異なりそうだ。
アルフ「ベルタもそうなるのか・・・」
ベルタ「あんたも進化は目指しなさいよ」
ガルマ「どう進化するかはその者次第だ」
進化の先は決まっていない。
だからこそ直接には導けないのだ。
アルフ「よーし。朝飯目指して出発しようぜ。やっきっとり♪ やっきっとり♪」
ベルタ「なんで進化が朝飯に置き換わるのよ・・・」
町を後にアルフ一行は旅を再開した。




