おまけ:名前で察しろ
静かな町に入ったアルフ一行。
活気はあまり感じないが人々は明るいようだ。
町の中央には獣を模した大きな彫像が設置されている。
かなり古いようで、尻尾は折れてしまったのか見当たらない。
アルフ「獣を祭る町なのかね。肉の恩恵って意味では俺も祭りたいくらいだな」
ベルタ「感謝する事は大事ね。でも偽の神として崇拝していなければ良いけれど」
近くに木は無いが、どこからか一枚の木の葉が降って来る。
木の葉はベルタの手に付いた直後にカードに変わった。
ベルタ「え。降ってきた葉っぱがカードに変化したわよ」
アルフ「へ。カードが飛んできたのを見間違えたんじゃねぇの」
ベルタ「葉っぱが手にくっついてから変わったから見間違いじゃ無いと思うんだけどな」
曲げたり透かしたりして、葉っぱでは無い事を確認するベルタ。
仕掛けがあるようには見えない、ただのカードだ。
アルフ「手品かね。何のカードだ」
ベルタ「何か書かれているだけみたいね。クセが強くて読みづらい字だわ。読み上げるわよ」
今晩モーニングスターを頂戴に参上する 怪盗QB様
ベルタ「だ、そうです」
馬鹿馬鹿しいとばかりにカードを見せて茶化すベルタ。
マアマ「あはははは」
アルフ「自分で書いてるって事は”様”も名前の一部なのか。ネーミングセンスがひでぇな」
「うるさい」
アルフ「え。誰だ」
突然入ったクレーム。
アルフは慌てて周囲を見回すが近くに人影は無い。
ベルタ「どうしたの」
アルフ「知らない声で文句を言われたんだが。誰も居ないな」
ベルタ「あたしは気付かなかったな。空耳では無い?」
アルフの傍から呟くように聞こえた小さな声だったのでベルタには届いていない。
アルフ「そうかも。まぁどうでも良いし宿を決めようぜ」
ベルタ「どうしよう。今晩来るって書いてあるし、宿屋に迷惑をかけちゃいそう」
騒ぎを起こしたくは無いがベッドで寝たい気持ちも強いベルタ。
いっそ今から捕らえてしまうべきか。
だが現状では予告されただけであり、子供のいたずらにも見える。
この程度の事でマアマで釣ってトラウマでも残しては酷だ。
アルフ「迷惑な予告だな。宿屋に相談してみようぜ」
ベルタ「そうね。こんな予告をするなら有名人かも知れないか。宿屋で対策をしているかも知れないわね」
アルフ一行がその場を去ると、置かれていた樽が一つ消えた。
代わりに現れた木の葉が、アルフ一行を追うように飛んでいった。
宿屋でカードを見せて相談するベルタ。
ベルタ「先ほどこんな予告を貰ったのですが。今晩こちらに泊めていただくのは御迷惑でしょうか」
宿の主「あちゃぁ。旅の人を狙っちまったか。宿泊は大歓迎ですが、うちじゃ盗難は防げないと思いますぜ」
ここでは盗まれる事が常態化しているようで困った様子の宿の主。
予告されていても防げない事をベルタは察するが、泊めてもらえれば十分なので安堵する。
ベルタ「お知り合いなのですか」
宿の主「まさか。有名なんですよ、そいつ」
ベルタ「有名な盗賊ですか。何か特徴でもあるのですか」
宿の主「予告をしたら、必ず盗んで、必ず返すんですわ」
ベルタ「は?」
宿の主「盗む手口は色々なんですがね。数日したら何時の間にか元の場所に戻されているんですわ」
とんでもない実力をひけらかしたいだけの愉快犯なのだろうか。
それならもう少しマシな手段がありそうだが。
賊が来てもなるべく宿屋に迷惑をかけたくないので、予め情報を集めようとするベルタ。
ベルタ「盗むと言うより勝手に借りている感じですか」
宿の主「えぇ。神出鬼没で借りて返す感じです。今では警備兵も打つ手無しの状態なんですわ」
警備兵が既に打つ手無しと言う事は、罠を仕掛けて人海戦術をとってもダメだったのであろう。
盗み以外の犯罪にまで手を広げられると極めて危険そうだ。
ベルタ「それで野放しの状態だと」
宿の主「実質的な被害は今まで無かったですしね。でも旅の人を対象にされちゃ返せないでしょうしねぇ」
旅人が狙われるのは初めてらしく、宿の主は困惑している。
ベルタ「そうですね。普通は翌朝に発ちますから数日も戻って来ないとなると困るでしょうね」
宿の主「でしょうねって・・・他人事じゃ無いですよ」
盗まれる可能性を全く考慮していないベルタ。
仮にわざと盗ませたとしても、呼ぶだけでマアマは戻ってくるのだから心配する要素が無い。
敢えて心配するとすればQBの身の安全くらいか。
ベルタ「あ。お気遣いありがとうございます。でも大丈夫な根拠があるので御気になさらず」
宿の主「竜人様ですか。確かに如何にQBと言えど竜人様が相手となれば・・・」
ベルタ「いえ。ガルマさんは見ているだけじゃないかな。あはは」
宿の主「そうですか。ではお部屋へ御案内しますが、QBに対する警備は期待しないで下さいね。申し訳無い」
ベルタ「了解しました」
宿の主は確実に盗まれると思っているのか、警備を増やして対抗する意思は見せない。
どんな手を使っても正体すら掴めなかった経験があるのだ。
部屋に荷を下ろして対応を検討するアルフ一行。
アルフ「町や宿の警備を無視して確実に盗むなんて結構な凄腕みたいだな」
ベルタ「そうね」
アルフ「でも命名とかベルタを狙う時点でマヌケなのは確定だな」
「マヌケはお前だ」
知らない声がして会話を止めるアルフ一行。
アルフ「あれ。また空耳だ」
ベルタ「今のは、あたしにも聞こえたわ。部屋の中に誰か居るの?」
ベルタの呼びかけに返事は無い。
人が隠れられそうな場所も見当たらない。
アルフ「状況からしてQBって野郎だろうけど。捕まえちまうか?」
挑発を兼ねて捕縛を提案するアルフ。
さっきのQBの一言は失言だったのか、新たな発言は無い。
ベルタ「ん~。盗み以外の危害は加えないみたいな噂だし」
手に持つマアマを見つめ少し考えるベルタ。
ベルタ「相談しておきたい事もあるんで今は様子を見ますか」
アルフ「おぉ。必ず盗まれるって手口も気になるしな」
QBが潜んで居る事に気付きながらも手の内を明かすように検討を進めるアルフ一行。
ベルタ「で。その相談なんですが。襲って来たらどうしましょうかね、マアマさん」
マアマ「あそぶー」
ベルタ「ですよねー。少し付き合ってみましょうか」
苦笑いしながら了承するベルタ。
さっさとQBを捕らえてしまいたくもあるが、マアマが遊びたいであろうと察していた。
アルフ「気のせいかマアマが喜んでるような」
ベルタ「あたしもそんな感じがしてたのよ。いつも無視されて不機嫌だったから狙われて嬉しいのかな」
マアマ「うれしー」
ベルタ「あはは。でもかなり不安なんで、なるべく早く戻ってきて下さいね」
マアマ「べるたー。すきー」
アルフ「え。一旦盗ませる気かよ。前にマアマを狙われた時には譲れないって捕らえてたじゃん」
わざと賊に盗ませる様子のベルタに驚くアルフ。
もしもマアマが賊を気に入れば、それこそ世界の終わりに繋がりかねない。
それくらいの事をベルタが気付かないのはおかしい。
ベルタ「マアマさん次第かな。あたしはモーニングスターの持ち主だけどマアマさんとは遊び相手だからねぇ」
アルフ「あぁ。お願いは出来ても強制は出来ないのか。そりゃそうだな」
傍目にはベルタがマアマの主のように振舞っているが、実際にはマアマは完全に自由だ。
マアマはベルタに好意を抱いているので、願いを全て叶えて喜ばせようとしている。
だが立場と実力だけで言えば、何時ベルタを見捨てて殺してもおかしくは無い存在なのだ。
ベルタは驕りを捨て、自身が遊び相手でしか無い事を強く自覚し、マアマの意思を尊重していた。
ベルタ「物凄く心配ではあるけどね。マアマさんが遊びたがってる以上、わがままは言えないわ」
マアマ「だいじょうぶー」
ベルタ「はい。信じていますよ」
アルフ「なら今晩に備えて飯だな。いっくぜー」
ベルタ「はいはい」
食堂でメニューを眺めるアルフ一行。
QB対策の名残なのか、眠気覚ましや疲労回復のメニューが充実していた。
ベルタ「苦労のあとが見えるような品揃えですね」
宿の主「一時期は材料が追いつかないくらいに需要があったんですがね。今は皆諦めてますよ」
アルフ「特別な効果は要らないから美味い肉を頼むぜ!」
宿の主「へいへい。元々そっちの方がメインなんで任せてくだせぇ」
夜遅くまでQBが来ないかも知れないので少し多めに食べるアルフ一行。
ベルタ「町に活気が無いのは皆疲れ果てちゃったからなのかな」
アルフ「がんばっても成果が無かったときの虚脱感か」
ベルタ「町ぐるみで対応してダメだったって雰囲気だし仕方ないか」
アルフ「QBは明らかにマヌケぽいのにな」
聞き耳を立てるアルフとベルタ。
ベルタ「流石にもう反応しないわね」
アルフ「少しは理性も残っているみたいだな」
新たな情報は得られそうに無いが、食事のついでの挑発だったので気にしない。
食事を終えて部屋に戻るアルフ一行。
どこからともなく現れた木の葉が一枚アルフの頭に舞い落ちる。
アルフ「あぁ食った食った。食ったせいか眠くなったな。俺は寝るぜ」
さっさと着替えて寝床に就くアルフ。
何に備えて腹ごしらえをしたのかは既に頭の中に無い。
ベルタ「あたしはお風呂に入っておくかな」
アルフ?「おい」
ベルタ「きゃ。あんた、さっき寝てなかった?」
寝室へ入った筈のアルフが背後に立っていたので驚くベルタ。
アルフ?「QB様が来ると予告しているのに風呂に入るとは何事だ」
ベルタ「へ」
アルフ?「もういい。俺がモーニングスターを護っておくから預けておけ」
ベルタは目の前のアルフがQBだと察する。
QBは被害者の身内や持ち主に化ける事で、ばれないように盗み出していたのであろう。
だがあまりにもアルフにそっくりで、本人が操られている可能性も否定出来ない。
寝室を確認するかマアマで釣るかを考えていたら当人が出てきた。
アルフ「ふあぁ。寝る前に出すもん出しておくのを忘れていたぜ」
ベルタ「変装だったか。なら万一の時は拘束しても問題は無いわね」
QB様「貴様? 何故起きられる」
ありえない物を見るように驚くQB。
寝ぼけていたアルフは声をかけられてようやくQBに気付く。
アルフ「おぉ! 俺が居る。ドッペルゲンガーて奴?」
QB様「違うわ! そんな事よりどうやって術を破った」
アルフ「術って何だ」
QB様「しらばっくれるな。貴様の頭に付けた葉で一晩は睡魔から逃れられぬ筈」
言われて頭に手をやるアルフ。
頭頂部に木の葉が一枚張り付いていた。
アルフ「へ。おぉ。頭に葉が付いてた。術とやらが害とみなされて浄化されたんじゃね」
QB様「害? 浄化? 未知の防御術式でもあるのか」
混乱して葛藤するQBを突っつくベルタ。
ベルタ「ところで。正体がばれちゃいましたけど、どうします?」
QB様「お、俺が本物だ。モーニングスターを渡せ」
混乱に焦りが加わって、状況を理解出来ずにごり押ししようとするQB。
アルフ「マヌケなのは分かっていたけど。底抜けだなコイツ」
ベルタ「こんなのだったけど、いいの?」
マアマ「あそぶー」
思ったよりも残念な醜態を見せるQBに呆れるアルフとベルタ。
だがマアマはやる気なので予定通りに盗ませる。
ベルタ「ではどうぞ。乱暴に扱っちゃダメよ」
QB様「おう。って、重! こいつは運ぶのも一苦労だな」
モーニングスターを手にして正気を取り戻すQB。
あまりの重さにヨタヨタとふらつきながら部屋を出て行く。
QBの背を生暖かい目で見送るアルフ一行。
ベルタ「じゃぁ寝ましょうか」
アルフ「え。マアマが戻るのを待たなくても良いのか」
ベルタ「待っていたら急かしているみたいでしょ。ゆっくり遊ばせてあげたいし」
アルフ「なるほど。おっと俺は出すもん出さなきゃ」
ベルタ「あ。あたしもお風呂に入っておくんだったわ」
アルフとベルタが用を足している頃、QBは歯を食いしばってモーニングスターを運んでいた。
何とか宿屋を出て路地裏に入る。
QB様「だ、だめだ。どんどん重くなっていく気がするぞ」
モーニングスターを路上に着けて休むQB。
持ち運ぶのはムリと判断して台車を探しに行こうとする。
しかしモーニングスターから手が離れない。
QB様「な? モーニングスターが手にくっついてる。接着剤でも塗りやがったのか? ひでぇ事しやがる」
しばらく奮闘するが指一本離せない。
おまけにモーニングスターは重くなり過ぎて持ち上げるどころか動かす事も出来なくなっていた。
QB様「どんな仕掛けかは知らないがQB様を舐めるなよ。こんなのは変化すればどうにでもなる」
ボールに変化して転がり離れようとするQB。
だがモーニングスターとの接点は点なのに離れない。
液体に変化して流れて離れようとするQB。
それでもやはり離れない。
QB様「どうなってんだよ! くっつく仕組みが見当つかない。とりあえず離すのは後回しか」
馬に変化して引張ろうとするQB。
微動だにしない。
QB様「はぁはぁ。力ずくはムリか。だが俺様の術は変化だけじゃ無いんだぜ!」
疲労困憊しつつも効き目のありそうな妖術を駆使して状況を打破しようとするQB。
QB様「分身を作って台車を持ってくるか」
分身しても全員モーニングスターにくっついて動けない。
QB様「熱すれば接着点が溶けるか接着剤が変質するかな」
QB自身にはダメージを与えない焔を生み出してモーニングスターを熱するが熱くもならない。
QB様「ここまで何も通用しないとなると。こいつは意思をもって対抗しているのか?」
そもそもただの物質が重くなって行く事がおかしい。
姿はモーニングスターだが、QB同様に変化した者では無いかと推察する。
QB様「変化した者なら攻撃すれば良いだけ。どんな屈強な肉体でも神経毒には耐えられまい」
麻痺や毒の状態異常攻撃は全てオリハルコンが弾く。
QB様「完全物理耐性なんてありかよ。だったら直接眠らせてやんよ」
催眠や魅惑の精神攻撃には全く反応が無い。
元々動かない武器だが、くっついたまま動けないので精神攻撃の効果は無いのだろう。
QB様「やるな。もう妖力が尽きそうだぜ。決着はまた今度つける事にしよう。さらばだ」
幻術で逃げ去ったように演出するが状況は変わらない。
QB様「くぅ。だったら最後の手段だ。俺がお前を乗っ取る!」
残る妖力の全てでモーニングスターへの憑依を試みるが呆気なく弾かれる。
QB様「うそだろ。俺様の妖力と妖術が全く通じないなんて。あんな人の小娘に俺様が負けたのか」
妖力を全て使い果たして気を失うQB。
ベルタが風呂から出ると、異様に美しい獣が前脚にマアマを付けて倒れていた。
獣と呼ぶのが躊躇われるほどに美しく神々しさすら感じる。
ベルタ「あら。マアマさんお帰りなさい。随分早かったわね」
マアマ「あはははは」
ベルタ「楽しめたみたいで良かったわ。QBって獣だったのね。綺麗ねぇ。なんか尻尾が一杯あるけど」
ガルマ「神獣だ」
ガルマの一言で心臓が止まったかのような感覚を覚えるベルタ。
ベルタ「え。えー!? 麒麟様と同じ神獣ですか? あたし、またやっちゃったんですか」
ガルマ「問題無い。神獣ではあるが妖怪としての役割だ。人に刺激を与え進化の意識を促す役目を担う」
混乱しかけていたが落ち着きを取り戻すベルタ。
ベルタ「妖怪って悪いイメージしか・・・あ。善悪は関係無いか。すぐ忘れちゃうな」
便所からアルフが出てくる。
アルフ「はーっ。すっきりした」
ベルタ「あんた今まで入ってたの? 便秘?」
アルフ「いや。中に本が置いてあったから読んでたんだ。妖狐が俺つえーする妙な視点の作品だった」
ベルタ「マアマさんが帰ってきたわよ」
アルフ「何だ早かったじゃん。何この獣。お土産の肉? 食うのが勿体無いくらいに綺麗な毛だな」
獣と言えば肉。
食後で満腹だろうと排泄直後であろうとアルフには関係無い。
獣がQBだという発想は無かった。
ベルタ「QBらしいわよ。妖怪としての役割を担う神獣ですって」
アルフ「そんなのを食べても良いのかよ」
ベルタ「誰も食べるなんて言ってないわよ」
ようやく食用では無いと理解してQBを観察するアルフ。
アルフ「1、2・・・九尾だからQBか。安直だけど、まぁ有りか?」
命名の由来を想像して勝手に納得するアルフ。
もしかしたらQBとは気が合うのかも知れない。
QBを膝に抱き上げて撫でるベルタ。
ベルタ「疲れ果てて気絶したのかな。神獣なのにマアマさんの事が分からないものなの?」
ガルマ「妖怪としての役割故、知識も能力も著しく制限されておる。神獣としての自覚も無かろう」
ティアラの光で急速に回復していたQBが目を覚ます。
QBも発光しだしたように見える。
QB様「ここは・・・どこだ」
ベルタ「おはようございます。QB様」
ベルタの手の中に居る事を認識して敗北を認めるQB。
QB様「捕まってしまったのか。この俺が人如きに負けるとは」
ベルタ「捕まえてはおりませんし、QB様のお相手は人ではありませんでしたよ」
QB様「何だと」
小さく両手を挙げて笑顔で否定するベルタ。
QBを膝から下ろし、代わりにマアマを置く。
ベルタ「このモーニングスターには世界の創造主とも呼ばれる方が居られるのです」
QB様「・・・なるほど。信じ難いが俺の妖術が全く効かなかったのだ。信じるしか無いな」
モーニングスターを睨むように見つめるQB。
能力制限の為か、説明されてもマアマの存在は認識出来ないようだ。
ベルタ「QB様のお役目についても伺いました。邪魔は致しませんが、モーニングスターは諦めて下さい」
QB様「負けた以上は執着する気は無い。だが俺の役目とは何だ。俺はやりたいようにやっているだけだ」
QBの役目は妖怪の本能として刷り込まれている。
人に刺激を与えて進化を促す事が役目である、という自覚は無かった。
ベルタ「はい。あたしは人なので詳しくは分かりません。これまで通りにお好きになさって下さい」
QB様「ふん。俺より強いくせに俺を敬う姿勢とは面白い奴だな。名を教えろ」
ベルタ「あたしは人です。弱いですよ。名はベルタと申します。QB様のお相手をなされたのはマアマ様です」
QB様「そうか。覚えておこう」
立ち上がるQBに問いをかけるベルタ。
もしかしたらQBはモーニングスターを使って何かを為そうとしていたのかもしれない。
場合によっては手伝った方が良いであろう。
ベルタ「一つお伺いしたいのですが。モーニングスターを狙われたのは何故ですか?」
QB様「ベルタが俺の彫像を見て偽の神とほざいていたからだ。まぁその力なら認めざるをえまい」
ギクっとして焦るベルタ。
まさに口は禍の元である。
一般論を口にしたつもりだったがQB信仰への非難と捉えられていた。
ベルタ「申し訳ありません。あの彫像がQB様を模した物とは存じませんでした」
QB様「次の機会までには術を磨いて借りを返そう」
QBは言い残して姿を消した。
代わりに現れた木の葉が窓の外へ飛んで行った。
緊張が解けてへたり込むベルタ。
ベルタ「こわー。ガルマさんが居なかったら本当に食べちゃってたかも?」
マアマ「あはははは」
アルフ「マアマが生かしていたから何かあるとは気づいただろうけどな。神獣も色々なんだな」
ベルタ「あたしだって神獣様への信仰なら文句無いわよ。妄想じゃ無いもの。言葉って怖いわねぇ。くしゅん」
湯冷めして深夜である事に気付くベルタ。
ベルタ「今日は寝ましょうか。遅くなっちゃったし話してると他の部屋に迷惑だわ」
アルフ「おぉ。寝る準備は万端だ」
何事も無かったのように朝を迎えるアルフ一行。
ベルタのモーニングスターを見て感心する宿の主。
宿の主「おはようございます。モーニングスターはご無事ですね。QBが失敗したのは初めてでしょうな」
ベルタ「昨晩はお騒がせしました。あたし達はこれで発ちます。QB様には宜しくお願いしますね」
想定外のベルタの言葉に戸惑う宿の主。
正体を知るアルフ一行以外の者にとって、QBは自他共に認める盗賊でしか無いのだ。
宿の主「え。様? 盗賊に宜しくと言われても困っちまいますが。QBと何かあったんで?」
ベルタ「いえ。今回は見逃していただいただけですよ」
宿の主「QBと話せたんですか? どんな奴でした」
興奮してベルタに詰め寄る宿の主。
傍目には危ないおっさんである。
人目など気にしていられないほどにQBの正体は興味深いものだった。
ベルタ「重責を背負ったお方です。QB様からの試練には諦めずに真摯に対応された方が良いと思いますよ」
アルフ「すんげぇ綺麗だったぜ」
QBが正体を隠し続けている以上、ばらすべきでは無いと判断したアルフとベルタは曖昧に答える。
宿の主「えぇ? 別嬪のえらいさんが盗賊なんてやっているんですかい。さっぱり分かりませんな」
曖昧な答えを聞いて見事な勘違いをする宿の主。
ベルタ「はい。あたしにも分からないので詳しくは話せません」
宿の主「こりゃ皆に伝えてQBへの対応を考え直すしかねぇな」
ベルタ「そうそう。町の彫像を修復されると良い事があるかもしれませんよ。ではお世話になりました」
宿の主「あれは町のシンボルなんで修復はします。ありがとうございました。立ち寄られた際はまたどうぞ」
QBは自身の彫像だと認めていたので、修復すれば機嫌を良くするのは間違い無いだろう。
ベルタが彫像の修復を勧めたのは偽の神呼ばわりしてしまった事への罪滅ぼしかもしれない。
QBを不快にさせてしまった事を無意識にも気にしていたのだ。
町を後にアルフ一行は旅を再開した。
ベルタのモーニングスターが無事だった実績から、町はQB対策で再び活気を取り戻した。
美しい姫がQBだという噂まで立って、以前よりも盛り上がった。
調子に乗ったQBが姫に変化して姿を現して人々を翻弄すると、噂が広がり外から訪れる人も増えて賑わった。
だがQBを捕らえる為に、人々に進化の意識が芽生えるかと言えば・・・先は長そうだった。




