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あたしのせいじゃなーい  作者: わかいんだー
本章~ファンタジックな旅の日常~
30/52

おまけ:噂は届くよどこまでも

薄暗く深い森の中を進むアルフ一行。

真昼だが、木が生い茂って陽光を隠している。

人が踏み入った事など無い、と言わんばかりの様相だ。


ベルタ「なんかずっと付いて来る人達が居るみたいなんだけど」

アルフ「たまたま行き先が一緒なんじゃねぇの」


恐らくは町から、一定の距離を保ちながら集団がついてきている。

街道では目立たなかったが、森に入ってからは違和感が半端無い。

気付かれていないつもりなのか、足を止めても近づいては来ない。


ベルタ「こんな人が来ないような森の中で? 距離を維持しながら? ありえないと思うんだけど」

アルフ「じゃあお前のファンとか?」

ベルタ「あぁ。ガルマさんと関わりたい人なら居るかもか」


アルフの言葉に白けるベルタ。

それでも、ファンという言葉でガルマの追っかけを連想して納得した。


食事くらいなら出来そうな、狭い草地に出た所で声がした。

声主の姿は見えない。


「捕らえたぞベルタ」

ベルタ「へ」

「これは魔法封じの結界。瞬間帰還器を含め、一切の魔法は使えない。逃げる事すら叶わぬぞ」

ベルタ「はぁ。ガルマさんじゃなくて、あたしなんですか」


結界とは言うが何も違和感は感じない。

そもそも魔法を使うのはガルマだけであり、使う必要も無い。

魔アイテムが機能しなくなる程度の問題か。


「ガルマ? あぁ。竜人と噂の者か。竜人が人と旅などする訳が無い。見た目を扮した所で我らには通じぬ」

ベルタ「あぁおっしゃってますけど」

ガルマ「人とはそういうものだ」


現実離れした現実を、受け入れられない賊は多々見てきた。

ベルタも既に慣れていて軽く受け流す。


「愚かにも程がある。本物であれば我らを倒すのも容易であろう。偽者なら我らの正体すら分かるまい」

ベルタ「あぁおっしゃってますけど」

ガルマ「正体は隣国の盗賊だな。依頼主は」

盗賊「な、なんだと。少しはやるようだな」


正体を当てられて焦る盗賊。

依頼主の名が出るのを遮るように慌てて認める。


ベルタの噂は他国にまで届いているのか、と呆れるアルフ。

もはや噂の中身がどこまで化けているのか想像も出来ない。

国境を越えれば噂の心配は無くなるだろう、という期待が消し飛んだ。


ベルタも驚く。

無視して当然の盗賊にガルマが答えるなど予想外だ。


ベルタ「ガルマさん!? まさか力を使われたのですか。挑発に乗ったりしませんよね」

ガルマ「マアマが教えたのだ。無視されて不機嫌のようだ」


ガルマが下手に力を使うのは不味い。

マアマが不機嫌になるのも不味い。

爆弾二つを突かれている気分になるベルタ。


ベルタ「ちょ。マアマさん。多分すぐに出番が来るでしょうから落ち着いて」

マアマ「あい」

ベルタ「でも何でガルマさんにだけ教えるの」

マアマ「あはははは」

アルフ「どうせ、その方が面白いと思っただけだろ」

ベルタ「はぁ。まぁ盗賊の正体なんて、どうでも良いけどね」


マアマが笑った事で一安心するベルタ。

ガルマにだけ教えた点は気になるが大した事では無い。


盗賊も落ち着きを取り戻して威圧的に告げる。


盗賊「ふん。この国では恐れられているだけの事はあるようだ。が、我らの敵では無い。大人しく降伏しろ」

ベルタ「あぁおっしゃってるけど。どうする?」

アルフ「口先だけみたいだし。無視でいいんじゃね」

ベルタ「そうね。でも何で、あたしなのよ。アルフの言う事はよく当たるけど、ファンには見えないわよ」

アルフ「ちゃんとファンらしく追っかけしてるじゃん」


軽口をたたきながら歩みを再開するアルフ一行。

危害を加えて来ないのなら相手をする理由も無いのだ。


盗賊は再び慌てた口調になる。


盗賊「こらまて。捕らえたと言っただろう」

ベルタ「普通に歩けますけど」

盗賊「ち。身柄を拘束せねば分からぬか」

アルフ「おぉ。一杯出てきた」


追って来た後方からの者達以外にも四方から人影が現れた。

先回りして結界を仕掛けていたようだ。


盗賊「グールを食い殺す化け物と聞いていたが。ただの小娘ではないか。噂とはあてにならんものだ」

ベルタ「へ。噂? グールを食い殺す化け物? 小娘? ・・・それってまさか」


血の気が引くアルフ。

アルフから見ればベルタも立派に爆弾である。

ベルタの噂は禁忌なのだ。


アルフ「ベ、ベルタ。相手にすんな。ガルマさんの事も変装だと思ってる連中なんだ。ただの勘違いだよ」

ベルタ「うーん。そうよね。あたしはグールなんて食べた事が無いし」

盗賊「やはりデマか。だが装備の価値は本物のようだ。これまでは運が良かったようだが終わりだ」


都合の良い事に盗賊も噂を信じていない。

再び噂話にならない内に片付けたいアルフは挑発に出る。


アルフ「さっきから捕らえただの、降伏しろだの、終わりだのと口先ばかりだな。びびってるのか」

盗賊「こ、子供二人と、虚仮威しに扮する程度の者にびびるわけが無いだろう」

アルフ「どもってるぞ」

盗賊「うるさい」


盗賊はびびっていた。

初めて盗賊に囲まれた時と違い、今ではベルタも平然としている。

大勢の盗賊に囲まれながら、子供ですら誰も怯んでいないのだ。

それどころか身構えてすらいない。

これまでの経験では、自信たっぷりの屈強な兵士ですら、このような事は無かった。


冷静に状況を分析し直す盗賊。

相手は子供二人と扮装した者一人である。

どれだけ危険な噂であろうと無視出来るであろう戦力差の筈だ。

だが余りにも場違いな雰囲気なのだ。

怯える訳でも無く、応戦しようとする訳でも無く、何事でも無いかのように平然としている。

圧倒的な力の差があるか、或いは底抜けのバカなのか。


挑発しても乗ってこない盗賊にアルフは疑問を持つ。

まさかこいつら本当にびびってるのかと。

だとしたら挑発は逆効果だったかも知れない。

脅して逃がした方が良かったのだろうか。

襲うのか逃げるのか、どっちでも良いからさっさと決めろ、と苛立ちを隠せない。

要は腹が減ってきたのだ。


アルフ「いつまで、にらめっこする気なんだ」

盗賊「お前達。我らに囲まれている事を理解出来ぬのか。勝ち目など無いぞ」

アルフ「本気でそう思うならさっさと・・・おぉ?」


突然アルフの目の前に焼き鳥が降る。


ベルタ「長引きそうだしね。軽く食事でも取っておきましょ」

アルフ「気が利くな。ベルタも慣れてきたみたいだな。これならずっと、にらめっこして居ても良いかも」

盗賊「き、貴様ら。何をしている」

アルフ「へ。飯だよ。お前らの分はねぇぞ」


苛立ちが吹き飛んで上機嫌になるアルフ。

盗賊を片付けないと食事出来ない、と思っていたのだ。

ベルタが怯えなくなった今なら、盗賊など居ても居なくても同じだ。


アルフ一行を凝視する盗賊。

確かに焼き鳥を食べているように見える。

程よく肉の焦げた香ばしい臭いが漂ってくる。

焼き鳥は空から降ってきたように見えた。

だがここは魔法封じの結界の中だ。

一体どんなトリックだ。

いやそれ以前に、この状況で食事など有り得ない。

一つ分かったのは、このまま囲み続けていても兵糧攻めは効果が無いであろうと言う事だ。


アルフ「あぁ食った。大満足。でもさ。こいつらに付き合う必要あんのか?」

ベルタ「そうねぇ。食休みしても動かないようなら無視して行きますか」

アルフ「それだとマアマが納得しないんじゃね」

ベルタ「うーん。マアマさんが勝手に手を出したとしても、庇いたくなる相手じゃ無いのよね。お任せかな」

マアマ「おっけー」


マアマの機嫌が直っているなら任せても大丈夫であろうとベルタは判断した。

盗賊が多少酷い目に遭ったところで気にする問題では無い。

周囲ごと吹き飛ばすような懸念が無ければ良いのだ。


アルフ「今までで一番えぐい結果になりそうだな。盗賊相手に同情しそうだわ」

ベルタ「心配しなくても手を出してくるわよ。仕掛けまで作っておいて手ぶらで引き上げはしないと思うわよ」

アルフ「手を出した方がお互いに良い結果になるって言うのも変だけど。びびってるみたいだが動けるのかね」


アルフとベルタの会話から情報を得ようと、聞き耳を立てる盗賊。

目の前の三人以外に、マアマという危険人物の存在を示唆している。

だが一帯は盗賊で囲んでおり、四人目の存在はありえない。


ブラフか、と確信する盗賊。

この三人が噂になっている以上、それなりに襲われて窮地を脱してきた可能性は有る。

だが大した戦力があるようには見えない。

つまり、トリックや話術を駆使したブラフで窮地を凌いできたに違いない。

危険な噂も自分たちで作り出して広めたのだろう。


導き出した結論に自信を持ち、笑みを浮かべる盗賊。

くつろいでいるアルフ一行の前に一歩踏みだして告げる。


盗賊「我らと一緒に来てもらおうか」

ベルタ「お断りします」

盗賊「実力行使しか無いか。やれ」


・・・


森を進むアルフ一行。

普段と何も変わらない様子だ。


アルフ「結局あいつらは何だったんだ」

ベルタ「さぁ。一段とマヌケな盗賊さんて感じだったわね」

アルフ「でも瞬間帰還器が魔アイテムだ、と知っていたみたいだったな」

ベルタ「そういえば。盗賊が魔法封じの結界なんて張れるのも変よね」


ベルタは賊相手に慣れ過ぎてしまい、注意力が落ちていた。

今までの賊とは明らかに知識や技術が違っていたのだ。

アルフに指摘されてようやく気になりだす。


王「ベルタ様」

ベルタ「え。王様? どうしたのですか」

王「突然申し訳ありません。ノーム様にお願いして繋いでいただきました。今相談しても宜しいでしょうか」

ベルタ「ノーム様からマアマさんに連絡する力? あぁマアマさんが全部聞いてるんだったか。大丈夫ですよ」


王からの通話に困惑するベルタ。

こちらからしか通話出来ないと思い込んでいた事もある。

それ以前に、王が村娘に相談に来る事が想定外だった。


王「先ほど隣国の王が牢に送られてきたのですが。何事でしょうか。対処に困っておりまして」

ベルタ「へ。えー? 襲ってきた賊と仲間を送ったのですが。隣国の王様の指図だったのですか」

王「このままでは戦争に」


賊の知識や技術が違っていた理由は分かった。

だが隣国の王を捕らえてしまうなど、さらに想定外だ。

戦争という言葉を聞いて、また驕ってしまっていたのかと青ざめるベルタ。


二の句を繋げないベルタに代わってアルフが答える。


アルフ「ならねぇだろ」

王「と、申しますと?」

アルフ「隣国の連中は、そこに王が居るなんて知らない筈だ。今頃は探し回っているだろうぜ」

王「いえ。王や貴族であれば万一に備えて、体内に識別標を埋め込んでいたり」

アルフ「えぐいな。でもマアマがそんなもんを見逃す訳がねぇ。有ったとしても置いてきてるさ」

王「なるほど。確かにマアマ様の差配であれば。今まで通り更生を待って解放すれば解決するという事ですな」

アルフ「そういう事。神罰だから更生するまで動けない、って事だけ説明してやってくれ」

王「承知いたしました。問題の多い国でしたが、これで改善するでしょう。ありがとうございます。では失礼」


王は嬉々として通話を終えた。

通話を始める前の悲壮感からは考えられないくらいの豹変振りに、近衛兵が正気を疑う程だった。

何しろ、懸念していた戦争の心配は実質的に無かった。

おまけに、厄介な隣国との関係が、見ているだけで改善する状況になったのだ。

まさにベルタ様様である。


一方、半泣き状態だったベルタも、感極まってアルフを賞賛する。

戦争になるかも、という懸念で再びおかしな考えになりそうな状態を救われたのだ。


ベルタ「アルフすごーい。マアマさんのやる事が分かっちゃうんだ」

アルフ「逆だな。やる事を考えるんじゃなくて、やれない事以外はやるとみなすんだ」

ベルタ「へ。余計に分かんないわよ」

アルフ「隣国の王がこの国に居るかどうかとか、識別標で居場所を探知って言うのは、全部物理現象だろ」

ベルタ「あぁ。物理現象なら全て対処してくれるって事か。そういう考え方の方が楽ね」

アルフ「どうせ考えるなら、なるべく考えずに済む方法を考えた方が楽だろ」

ベルタ「まずは考えるべき事を考えるか。アルフは実践していたのね。あたしはまだまだだなぁ」

アルフ「俺の場合は考える事が面倒だからなんだけど。まぁいいか」


物事を考えるには順序がある。

課題が生じたら解決方法を考えてしまうのが人の常だ。

実際には、課題が生じる原因から考える必要があったり、課題を敢えて無視する方が正しい場合もある。

言うのは容易いが、実践には相当の機転が必要になる。

脳筋の脊椎反射で考えるベルタには、とんでも無く高いハードルであった。


ベルタ「それにしても。王様がダメな国もあるのねぇ」

アルフ「良かったな。ベルタが捕らえていなければ、いずれはガルマさんに国ごと粛清されてたんじゃね」

ベルタ「笑えない話ね。本当に運て大事だし凄い力だと思うわ。生まれる国なんて選べないものね」

アルフ「いっそ今の内に、全ての国の王様を更生させてしまえば良いんじゃね」

ベルタ「あはは。流石にそれは驕りだわ。襲われた訳でも無いし。善悪が判断基準にならないなら裁けないわ」


アルフの言葉に理解を示しつつも賛同は出来ないベルタ。

襲ってくる賊の一味を現行犯で捕らえただけでも戦争を起こしかねなかったのだ。

裁かれるべき王はまだ居る可能性があるが、それを判断する能力が自身に無い事を自覚していた。


アルフ「つまりベルタがさっさと進化して導くしかねぇって事か」

ベルタ「それは言わないでよ。これでも焦ってるのよ」

アルフ「わりぃ。そもそもベルタの責任じゃねぇし聞き流してくれ」


現状、他国の為政者をどうこうする立場には無い事を自覚したベルタ。

だが他国へ行く可能性が高い事は確かだ。


ベルタ「まだ行くと決まった訳じゃ無いけど。他所の国へ行った場合の事も考えておくべきか」

アルフ「やる事なんてどの国でも一緒だろ」

ベルタ「他所の国の賊まで、この国に送りつける訳にはいかないでしょ」

アルフ「おぉ。一から考え直しか」


国が変われば法も常識も変わる。

言葉や通貨は統一されているが、意味合いや価値は大きく異なる事もある。

例えばこの国で崇拝する一部の物事を、憎悪の対象とする国も在る。

約束を破って当然と公言する、実質的に秩序が破綻した国すら在ると聞く。


約束を軽視する事は理性の欠如を意味する。

つまりは既に人とは呼べぬ、魔物に相当する者達のコロニーという事だ。

諸国にとって、それらを人として扱い続ける事は限界に達してしまっている。

流石にそのような国とは国交を断絶する流れになりつつある。

だが、アルフ一行の場合は行かねばならぬ事になる可能性が有るのだ。


ベルタ「ろくに拠点が無い国や銃が規制されていない国や。さっきの盗賊の国なら魔法も秘匿されてないかも」

アルフ「魔法封じの結界なんて張るくらいだしな。魔法を使われる機会がある国って事だろうな」

ベルタ「いざという時に瞬間帰還器を使えないのは危険過ぎるわね」


ベルタの言葉にふと引っかかるアルフ。

瞬間帰還器が使えなくて賊から逃げられなかった、という事件は聞いた事が無い。

簡単に魔法封じの結界を張れるのであれば、賊は皆使うであろう。


アルフ「でもさ。あいつら結界を張ったって言ってただけだよな。効いてたのかな」

ベルタ「そういえば確認はしてなかったわね・・・あの時に虫が寄ってきた覚えはある?」

アルフ「ねぇな。こんな森に虫が居ない訳ねぇし。虫除けの魔アイテムの効果はあったんだろな」

ベルタ「本当に口先だけの盗賊だったのね。そんなのを王様が使うなんてどんな国よ」

アルフ「隣国と言ってたから未開の辺境の国て訳じゃない筈だけどな。類は友を呼ぶってやつじゃね」

ベルタ「お似合いではあるけどね・・・」


アルフとベルタの見解は半分当たりで半分外れだ。

盗賊が使用した魔法封じの結界は本物であった。

瞬間帰還器は使えない状態だったのだ。

ただ魔法封じの結界で封じられる魔法は、低レベルの魔法に限定される。

転移魔法自体は高レベルだが、瞬間帰還器には厳しい使用制限付きの低レベル版が封じられている。

虫避けの魔アイテムは王が呆れるほどの高レベルであり、魔法封じの結界の影響は全く受けなかった。

盗賊には詳しい知識が無いので、全ての魔法を封じていると思い込んでいた。


当然ながら魔法封じの結界は、一介の盗賊が使えるような術では無い。

隣国の王配下の術師が加わっていたのだ。

施設によっては防犯設備や罠として常設されている事もある。

一般人が遭遇するような場所には無いので知られてはいない。


ベルタ「どの道、拠点がろくに無い国では、瞬間帰還器には頼れないわね」

アルフ「今までも殆ど使ってねぇし。大丈夫だと思うぞ。あとは住んでる人に代替策を聞けば良いんじゃね」

ベルタ「代替策があれば良いんだけどねぇ。凄く危険で不便な暮らしをしているって噂なのよ」

アルフ「まともな奴が王にならなきゃ、そうなるか。とりあえずこの国を出ない事を祈ろうぜ」

ベルタ「それが一番なんだけどね。通行証を貰って襲われて。他国絡みが二度続くと三度目が気になるのよね」

アルフ「心配し過ぎだと思うぞ。国を渡り歩いてる冒険者の人だって居たんだし。何とでもなるさ」

ベルタ「それもそうね」


他国の噂は不安要素の塊だ。

気にはなるが、実際に他国を周ってきた冒険者に遭遇したばかりだ。

鍛えているとは言え、ただの人が周れる程度の危険なのだ。

越境が決まってから対応を考えても十分に間に合う筈である。


ベルタ「他国の事は置いておくとして。賊を直接牢に捕縛する手段は見直すべきかな」

アルフ「そうだな。刺客に貴族が絡んでいた時点で、今回の事例は想定しておくべきだったか」

ベルタ「一旦近くに集めるとなると。やっぱり説明が必要になるわよねぇ」


何が絡むか分からない以上、王に丸投げはムリがあると思い至った。

丸投げにした切っ掛けは、警備兵への説明の手間を省く為である。


アルフ「そうでも無くね」

ベルタ「流石に説明は要るでしょ。大勢拘束して知らんぷりじゃ怪しまれるわよ」

アルフ「ベルタがやったって思われなきゃ大丈夫だろ」

ベルタ「へ。あぁ。マアマさんの力を知らなければ、あたしがやったって事は誰にも分からないのか」

アルフ「逆に知っていれば説明の必要がねぇしな」


傍目には賊とベルタの因果関係は見えない。

ベルタがマアマを空振りするだけで賊が拘束されるのだから。

自分から関わりをばらさなければ疑われる事すら無いだろう。

賊が何を喚いた所で、本来は村娘に出来る筈の無い事なのだ。


ベルタ「流石はアルフ。余計な事をしなくて済むように考えるって大事ねぇ」

アルフ「へへん。あとはより白々しく。目の前に集めるより、離れた場所に捕らえた方が良いだろな」

ベルタ「そうね。話を聞きたい場合もあるだろうから人気の無い場所が理想か」

アルフ「それでも良いけど。警備兵の前に集めてから、野次馬の振りで話しかけても良いんじゃね」

ベルタ「あははは。そっか。警備兵が居る場合はムリに王都に送る必要も無いしね」

アルフ「そうそう。考え方が分かってきたじゃん。警備兵に丸投げするかは見てから判断すれば良いしな」

ベルタ「マアマさん。捕縛した賊は牢に送る前に、こちらに集める方法に戻しましょう。場所は状況次第で」

マアマ「おっけー」



上から声がする。

話し掛けながら、木の枝から前方に飛び降りて来る者が居た。


「失礼ながら。ベルタ様御一行でしょうか」


ベルタ「またぁ? ここなら目の前に捕縛で良いか」

アルフ「おいおい。まだ賊とは決まってねぇから」


ベルタにしては珍しく、初対面の相手に失礼な態度を取る。

こんな所でまともな面会は期待出来ない。

さっきの盗賊で辟易していたのだ。


「このような場所で、正体不明の私を不快に思われる事は承知しております。ですが至急お伝えしたい事が」


アルフ「何か様子が違うな」

ベルタ「まずは油断させるって手口もよくあるけどね。一応聞いてみましょう」


「大変恐縮ながら。我が国の王が貴殿らに盗賊を差し向けたとの情報が入りました」


顔を見合わせるアルフとベルタ。

王まで絡むとなれば、さっきの連中の事で間違い無いだろう。


「急ぎ追っては来たのですが、未だ見つけられずにおります。くれぐれも御注意いただきたい」


アルフ「そいつらなら、王と一緒に捕らえたぞ」

ベルタ「ちょっとアルフ。ばらしちゃっていいの」

アルフ「マアマが捕らえていないって事は仲間じゃ無いんだろ。大丈夫じゃね」

ベルタ「同業者の可能性なんかも有るんだけどね。戦争にはしないでよ」


隣国の王の居場所が分からないという前提で、戦争の心配が無いのだ。

ばらしてしまっては元も子も無い。

捕らえた場所までは話して居ないから、まだセーフだろうか。


「王も? そういえば王宮で騒ぎが起きたと連絡を受けましたが。ここに居ながらどうやって」

ベルタ「その前に。貴方は何方?」


相手の素性が気になるベルタ。

説明された所で信用出来るものでは無いが、発言の矛盾を見抜く要素にはなり得る。

下手な話をすれば戦争と言う懸念が拭えないので、特に慎重になっている。


革命軍「御挨拶がまだでした。私は隣国の革命軍の者です。他国の民にまで迷惑をかけて申し訳無い」

ベルタ「王に抗う勢力と言う事ですか」

革命軍「我々が正義とまでは言いませんが。今の王は悪政が酷く、放置出来ない者が集っています」

アルフ「それならもう大丈夫だぞ。そっちの王は更生するまで戻らないから」

革命軍「何を根拠に・・・あ。確かにそのような噂もありましたね」

ベルタ「噂?」


アルフの発言に一瞬不機嫌な表情をしながらも、すぐに勝手に納得する革命軍の男。


その納得した理由が引っかかるベルタ。

先ほどの盗賊も、噂がどうのと言いながら襲ってきたのだ。


またか、と思いつつ纏めにかかるアルフ。


アルフ「と、とにかく。今はそっちの王も、その仲間も拘束中だから。戻って休めば良いと思うぞ」

革命軍「そうですね。このタイミングでの王宮の騒ぎから考えて信用に値します。ありがとう」

アルフ「おぉ。一応これ内緒な。口外すると戦争になるかもって話があったし」

革命軍「確かに。場所や手段は私も聞いておりません。更生中である事だけを伝えるなら大丈夫かと」

アルフ「心配してくれてありがとな。気をつけて帰れよ」

革命軍「いえ。此度のお詫びとお礼はまた機を改めて必ず。では失礼させていただきます」


革命軍の男は、木の上で控えさせていたらしい仲間を引き連れて去った。


一気に捲くし立てて一息つくアルフにベルタが迫る。


ベルタ「何よ。あたしも聞きたい事があったのに。何ですぐに追い返すような言い方するのよ」

アルフ「いやだから。噂なんて聞くだけムダだって」

ベルタ「違うわよ。何であたし達の居場所が分かったのかよ」

アルフ「おぉ。そういえば変だな」


噂を聞いたんだろ、とは言えないアルフ。

どう説明すべきかを悩む間に、さらに問いを重ねるベルタ。


ベルタ「そもそも。あたしが狙われる事も変じゃない」

アルフ「ま、まぁ。それはオリハルコンやティアラの光が珍しいから。な」

ベルタ「ん~。それはそうだろうけど。何か附に落ちないのよね。妙にあんたが焦っているように見えるし」


考える事が苦手なアルフには拷問のような状況である。

だが疑いの目を向けられている今、誤魔化す手を考えるしか無い。


アルフ「あ~。居場所はそうだな。盗賊は町からついてきたぽいし。革命軍は盗賊を追ってきたんじゃね」

ベルタ「他国から来た盗賊が、何であたしの居る町を知っているのよ」

アルフ「それはあれだ。え~と。盗賊同士で貴重品を持ってる人の位置情報を交換したりしてんじゃね」

ベルタ「何よそれ。あたしの居場所が盗賊に監視されているって事? 嫌過ぎるわね」


何とか誤魔化せたと胸を撫で下ろすアルフに追撃するベルタ。


ベルタ「あともう一つ疑問なんだけど」

アルフ「ナ、ナニカナ」

ベルタ「王宮で騒ぎの連絡があったって言ってたじゃない。他国からどうやって連絡受けたのかしら」

アルフ「それは分かんねぇな。他国の通信技術が進んでいるのか。或いは通信魔法があるとか」


遠距離通信設備は存在する。

だが、個人で携帯出来るような物は聞いた事が無い。

隣国の王を捕らえたのはつい先ほどなので、連絡を受けたのはこの森の中で間違い無かろう。


ガルマ「魔法も存在はする。が、あやつが使ったのは意思疎通能力だ」

ベルタ「能力って事は。誰にでも習得できるものでは無いのですよね」

ガルマ「うむ。あやつの場合は、双子の兄弟とのみ疎通出来るようだ」

アルフ「おぉ。元が一緒だったから、みたいな感じなのかな。なんか、かっけー」

ベルタ「そっかぁ。普通の人に見えても特殊な能力を持ってる人が居るんですねぇ。気をつけないと」

アルフ「お前が言うと、つっこみたくて仕方ないんだけどな」


革命軍の男の弟は、王宮で掃除などの雑用役を務めていた。

王の動きを探る為のスパイである。

誰にも全く悟られずに兄と通話出来るので適任であった。

万一にもばれると危険である為、能力については仲間にも秘匿していた。


ベルタ「聞きたかったのは、それくらいかな。少しはすっきりしたわ」

アルフ「通行証貰って、襲われて、救援が来て。他国絡みは三回終わったから一段落だな」

ベルタ「そうね。すぐに国境越えをしそうなジンクスは消えたわね」


アルフにとっては一番忙しい日だったかもしれない。

噂などすぐに消えるものだが、ベルタの場合は火種が尽きないのだ。

いっそどんな噂がばれてもベルタが切れないように画策しておくべきか。

だが今日はもう何も考えたく無いアルフだった。


アルフ「んじゃベルタのファンも消えたし。心置きなく進むか」

ベルタ「まさか本当にあたし目当てだったなんてねぇ。あんたの言葉が怖いわ」

アルフ「目立つのは自覚してんだろ。俺の言葉は関係無いと思うけどな」

ベルタ「ティアラを隠しててもこれだもんねぇ。まぁこれも精神鍛錬。がんばるわよ」


ベルタの言葉で少し元気が戻るアルフ。

精神鍛錬が順調に進めば、噂に対する耐性も上がるのは必然。

対策は考えなくて良いかもしれない。


アルフ「そういや。効果は出てるぽいな」

ベルタ「え。本当? 何で分かるの」

アルフ「ティアラを着けてから、一度も俺は殴られて無いぞ」

ベルタ「それは関係あるのかなぁ。まぁ我慢出来てるって事なのかな」

アルフ「ウンディーネ様ばんざーい」

ベルタ「あはははは。ばんざーい」


深い森で、ばんざいと連呼しながらアルフ一行は旅を再開した。

近くに人が居たら通報されていたかも知れない。


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