おまけ:逃げるが勝ち
荒れた丘陵を歩くアルフ一行。
草木が生えぬという訳では無く、生えていたが枯れ果てた後の惨状という感じだ。
川辺らしい場所に出る。
だが水場は見当たらない。
ベルタ「ここ・・・川原だったぽいけど。水が干上がってるわね」
アルフ「上流に堰が見えるな」
かなり大きな堰だ。
これだけの堰が必要になるほどの水量であれば、全て止めてしまう意図が分からない。
だが長期に渡って一滴も流していないかの様相だ。
ベルタ「え。完全に水を止めちゃってるの。下流の生物が死に絶えちゃうわよ」
アルフ「絶えた後みたいだな」
ベルタ「酷い事をするわね。使うにしても必要最小限に抑えるべきでしょうに」
ベルタの村でも堰は作っている。
だが川の水を全て止めるような事はしない。
一部を用水路に流して、生活用水や畑に使っているのだ。
ガルマ「ベルタの怒りが、堰を作った者共を裁きそうだな」
ベルタ「え。流石にそんな事はしませんよ」
ガルマ「丁度怒りが向ってきておる。堰まで登れば村が見えよう」
まさかと思いつつ堰を登ると、近くの村を見下ろす事が出来た。
それは明らかに異常な光景になっていた。
アルフ「げ。村だけ、すげぇ嵐になってる。周囲は天気なのに何で村だけ」
ベルタ「避難して行く人達と、村に残って騒いでる人達が居るわね」
アルフ「残った方は何をやっているんだ。石を投げたり弓を撃ったり。嵐を追い返せるとでも思っているのか」
ベルタ「変よねぇ。家屋の補強をするなら分かるんだけど。どう見ても攻撃してるわよね」
逃げる人々は、持てるだけの荷を持ち出しているようにも見える。
嵐からの一時避難、と言うよりも、村を見捨てて逃げるかの雰囲気だ。
村に残る人々は叫びながら、空に向って攻撃を仕掛けているように見える。
不思議に思って雷雲の方をよく見ると、雲の切れ間から脚のような物が見えた。
全容が見える位置まで降りて、脚の正体を確認する。
アルフ「なんだありゃ。ばかでかいし浮いてるし。それに燃えているような。馬みたいにも見えるけど」
ガルマ「麒麟。神獣だ」
陽が遮られて黒く見えるが、燃えているように部分的に光を放ち、馬に似た容姿である事が分かる。
雷を溜めた厚い雷雲に囲まれ、その下に嵐を起こしているかのように見える。
だが麒麟が嵐を操って攻撃している最中には見えない。
ただ村を観察するかのように佇んでいる。
ベルタ「神獣?それは人に抗える存在なのですか」
ガルマ「ムリだな」
村に残る人々の正気を疑うベルタ。
どう見ても抗える存在では無い。
ガルマはベルタの怒りと比喩したが、マアマを振るう力に喩えたのか。
ベルタ「神獣とは一体どのような存在なのですか」
ガルマ「我は竜神の導きで国や世界を裁く。神獣は自身の判断で町や村を裁く」
ベルタ「堰を作る事は、裁かれるほどに大きな罪という事ですか」
ガルマ「堰は、驕り高ぶった結果の一つに過ぎぬ。学びの機会が必要とみなされたのだ」
竜に連なる者が粛清するような大事になる前に、災いの芽を刈り取る事が神獣の役目のようだ。
堰による被害を考えないような、普段の姿勢が問題視されているのか。
麒麟が動かないのは正しき姿勢を説く為かもしれない。
だが村人の側には聞く気があるようには見えない。
ベルタ「学びですか。そのようには見えないのですが」
ガルマ「村を滅ぼす事で教えようとしておるからな」
滅んでしまっては学べないでしょ、と脳内でつっこむベルタ。
だがガルマが、そんなボケをかます訳は無い。
ベルタ「そんな。越えられぬ苦難という事ですか。それでは人は、どうすれば良いのですか」
ガルマ「逃げれば良いのではないか」
苦難を乗り越える方法は、戦って勝つ事だけでは無い。
それはグールに挑んだ時に聞いた事だ。
つまり、この場で学ぶ機会を与えられるのは、逃げた人々のみ。
抗う人々は滅ぼされる、という事か。
だがベルタには、抗う人々の気持ちも理解出来る。
ベルタ「先祖代々受け継いできた地を捨てて、逃げるしか無い、と言われるのですか」
ガルマ「人が、他の動物にもしておる事であろう」
ベルタ「あ」
ガルマ「何でも力ずくで解決出来る、と思うのは驕りだ。麒麟の為す様を見て、我が身を省みろという事だ」
人は開拓と称して、動物の生息地を奪い続けている。
動物にとっては、代々住み続けてた安息地であったろう。
それは弱肉強食の世界に於いて、ある程度は仕方の無い事である。
だが調和の維持を無視して、恵みの全てを奪い取るような蛮行は赦されない。
人が追われる側になったから弱者を救え、と被害者面は出来ないのだ。
ベルタ「おっしゃる事は理解出来ます。でも待っていただけませんか。説得で済む事ではありませんか」
ガルマ「ならば説得してみるがよい。逃げる者が逃げ終えぬまでは、麒麟は手を出さぬであろう」
ベルタ「分かりました」
答えると同時に、村に向って走り出すベルタ。
アルフが止める間も無かった。
ベルタの身を案ずるが、アルフの脚では追いつけない。
今回のガルマの差配には、疑問を感じて問いかける。
アルフ「説得がムダだから滅ぼそうとしてんじゃねぇの」
ガルマ「うむ」
アルフ「何で行かせたんだ」
ガルマ「乗り越える事が出来れば大きな糧となろう。あやつなら道を違えぬ」
ガルマはベルタに苦難を与え、経験を積ませようとしていたのだ。
ベルタなら乗り越えられる、と確信しての事だ。
だがアルフには大きな懸念があった。
アルフ「脳筋だって事。忘れてねぇか」
ベルタの脳筋は、ガルマの理解を超えている。
だがそれは改善しつつある。
何より、一人で行かせた訳では無い。
ガルマ「懸念は認める。だがマアマの裁量は我を上回る」
アルフは、マアマに問いかけた事がある。
遊びは狩り程度で満足なのかと。
ベルタが好きだ、とマアマは答えていた事を思い出す。
アルフ「なるほど。みすみす失う事はありえねぇか」
村に走りこんで、村人に叫ぶベルタ。
ベルタ「皆さん逃げて下さい。麒麟様は神獣です。人に太刀打ち出来る存在ではありません」
村人「バカ言ってんじゃねぇ。この地には御先祖様も眠ってるんだ。何が相手だろうが追い払う」
ベルタ「落ち着いて下さい。見れば分かりますよね。力の差は歴然です。追い払える相手ではありません」
村人「出来る出来ないじゃねぇ。やらなきゃならねぇんだ。娘っこは引っ込んでろ」
ベルタ「御先祖様も。ここで皆さんが朽ちる事は望まれない筈です」
村人「命がけで拓いて護り続けた地を、明け渡す事を望んでるってか?んな訳ねぇ。命に代えても村は護る」
説得を諦めるベルタ。
ガルマの言う通り、残った村人は完全に驕ってしまっている。
自分が常に正しいと思い込み、何事も力ずくで解決しようとするのだろう。
話が全く通じない。
彼らを裁こうとしているのは神獣だ。
説得も出来ない村人は、滅ぼすしか無い存在なのであろう。
麒麟は今にも攻撃を開始しそうに動き始めていた。
麒麟を見上げ、マアマを握り締めるベルタ。
このままでは目の前の村人が滅ぶ。
切迫感が、村人を救済したい思いを駆り立てる。
マアマも神獣に匹敵、いや、それ以上の存在の筈だ。
ならば、マアマを手にしたベルタが助ける事は赦されるのでは無いか。
だが、どうやって。
村人を強制的に他所へ釣る?
村を滅ぼされた村人が、凶行に走る事になりかねない。
バリアで村を守る?
神獣なら、力も時間も無制限であろうから実質無理だ。
ならば残る手は。
可能性が低くても賭けてみるしかない。
マアマ「おっけー」
ベルタが思い描いた案をマアマは肯定した。
ベルタがマアマを振る。
次の瞬間、麒麟も嵐も視界から消え失せた。
実際には麒麟が消えた訳では無い。
麒麟の視界から村を消したのだ。
村を遥か遠くの海上へ移す事で。
突然麒麟が消えて、安堵したり警戒する村人。
周囲の景色がおかしい事に気付いて動揺する。
ベルタは敢えて説明せずに祈る。
狙い通りであれば、すぐに説明不要な状況に戻る筈なのだ。
願望に過ぎないのだが。
ベルタの祈りは届く。
村はすぐに元の場所に戻された。
麒麟が去ったのだ。
景色が戻った事を確認する村人。
麒麟も嵐も消えている。
高揚して騒ぎ出した。
村人「おお。奇跡だ」
村人「御先祖様が護って下さったんだ」
村人「村は護られたぞ!」
村人「俺達の勝利だ」
村人「最後まで戦い抜いて正解だった」
大喜びの村人を後にして、ベルタは黙って村を去る。
村人が驕り高ぶった状態にあり、危険な道を歩んでいる事は察した。
説得する手段は見当たらない。
それでも生き残れば、いつかは更生する機会もあろう。
ガルマ「村を飛ばしても追って来る、とは思わなかったのか」
ベルタ「逃げれば良い、と先に伺っておりましたので。村を含めて逃げても見逃してもらえるかは賭けでした」
ガルマの助言が無ければ手は無かった。
神獣であれば、どこへ逃げた所で追う事は容易いであろう。
だが逃げる選択肢を与えられているのであれば、と賭けてみたのだ。
ガルマ「麒麟を攻撃しなかった事だけは評価出来るか」
ベルタ「麒麟様に非が無い事も伺っておりましたから。攻撃する道理がありませんでした」
ガルマ「攻撃した所で無意味であったしな」
ベルタ「それは・・・シイタ様の時と同じですか。肉体を破壊出来るだけ、という事ですよね」
ガルマ「うむ。麒麟の攻撃は物理のみでは無い。マアマでもお主を護りきれぬであろうな」
ガルマの唯一の懸念は、脳筋であるが故にベルタが攻撃を選択する事であった。
その時はマアマの裁量に期待するしか無かった。
ベルタ「でも良かったです。村の人達が無事で」
ガルマ「目の前の人だけを見るのであれば、そう言えるのかも知れぬな」
ベルタ「え。それはどういう意味でしょうか」
ガルマの言葉に強い不安を抱くベルタ。
目の前に居ない人に危害を加えてしまったような言い方ではないか。
ガルマ「麒麟に聞いてみるがよい」
ベルタ「え」
振り返ると、いつの間にか上空に麒麟が佇んでいた。
近くで見ると、金縛りにあったかのような感覚に襲われる。
だが麒麟には非礼を詫びねばならぬ、との思いで声を絞り出すベルタ。
ベルタ「麒麟様。申し訳ありません。村に残る人々をどうしても見過ごせなくて」
麒麟「人の子よ。人であるお主が、人を護るのは道理だ。責めはせぬ」
ベルタ「ありがとうございます」
麒麟「だが考えよ。次の機会を。奇跡の再来を信じて残る者が増えよう。それはお主の寿命が尽きた後の事」
麒麟は、怒ってはいなかった。
だがベルタが自覚できずに引き起こしてしまった、残酷な未来を告げる。
ガルマの言葉の意味を理解して愕然とするベルタ。
目の前の村人達の命は救えた。
だが、これから生まれてくる子供たちの未来を奪ってしまったのだ。
ベルタ「あ。そんな。あたしのせいで犠牲者が増えてしまうのですか」
麒麟「この機会に学ぶべきは逃げる事。そして己が為してきた行為を知る事。ガルマは助言しなかったか」
ベルタ「確かに伺っております。ですが次の機会の事までは考えが及びませんでした」
麒麟「常に考えよ。滅ぼす為に、人を創った訳では無い。滅ぼさんとする時には、その先に意味がある」
麒麟は空の彼方へ走り去って行った。
麒麟の言葉を噛み締めるベルタ。
ガルマの側である神獣が、無意味に人を滅ぼす訳が無いのだ。
学ばせる為の滅びである事は先に聞かされていた。
例えるなら病巣の除去だ。
病巣を無力化せずに除去を止めれば悪化するのみ。
僅かな部位切除で済んだ筈が、命を落とす事態に悪化しかねない。
村を救う為の手術の妨害をしてしまったのだ。
村人を説得出来なかった時点で、滅びの意義を察していた筈なのに。
ベルタ「ガルマさん。申し訳ありません。折角助言をいただいておきながら。あたし、とんでもない事を」
ガルマ「悔いるな」
ベルタ「でも」
ガルマ「失敗の経験は教訓とせよ。悔いる事はムダでしか無い」
ベルタ「・・・はい。あたしも驕っていたのですね。マアマさんが居れば、力ずくで何とかなると・・・」
村を眺め、次の機会とやらに思いを馳せるベルタ。
もう取り返しがつかない。
自分が判断を誤ったせいで、より多くの人が犠牲になってしまう。
悔いるなと言われたが、頬を涙が伝う。
ベルタ「でも。分かりません。あたしを説得に行かせたのは何故ですか」
ガルマ「望んだのはお主であろう」
ベルタ「あたしのせいで犠牲者が増える事。分かっておられたのですよね」
ガルマ「悔やまずにはおれぬか」
ベルタ「やはり、あたしにマアマさんの力は、余りにも過剰です。分を弁えずに判断を誤ってしまいます」
ガルマ「驕りを自覚したのではないのか」
ベルタ「遅いのです。ちゃんと学んで逃げた人達の未来を壊してしまった後なのです。あたしはもう・・・」
マアマとの決別を覚悟するベルタ。
驕りは自覚した。
二度と同じ過ちを繰り返すまいとは思う。
だがそれで、壊した未来を元に戻せる訳では無い。
マアマが悪い訳では無い。
だがマアマが居なければ出来なかった事だ。
自分の手に在ってはいけない力だという事だ。
思いつめるベルタを観察していたガルマ。
考える方向を誤っていると察する。
ガルマ「犠牲が増える、と決まってはおらぬ」
ベルタ「え」
ガルマ「お主が進化出来たなら。あやつらを導く事も出来るのではないのか」
ガルマの提案で考えを改めるベルタ。
あくまでも可能性だが、成せれば今回の失敗は成功に変わる。
もはや選択肢など無い。
やるしか無いのだ。
村人を説得できぬと知った上で、ベルタを行かせた意図がようやく分かった。
ベルタ「・・・最初から、そこまでお考えの上だったのですね。確かに。悔いている場合ではありませんね」
ガルマ「考えよ、とはそういう事だ」
幾ら悔いた所で状況が改善する事は無い。
悔いる暇が有ったら未来を考えるべきなのだ。
失敗したなら挽回する方法を考えるべきだ。
取り返しが付かぬ失敗も、同じ失敗を繰り返さぬ為の糧には出来る。
如何に未来に活かすかを考えるべきなのだ。
ベルタ「はい。ようやく分かった気がします。まず考えるべき事を考えねばならないのですね」
ベルタの張り詰めた雰囲気が解けて、アルフも安堵する。
空気を読めないアルフですら、ベルタの葛藤は一目瞭然だった。
アルフ「ベルタにも目的が出来て良かったんじゃね。この村の、今も未来も救える訳だ」
ベルタ「簡単に言ってくれるわね。未だ誰も成していないのよ」
アルフ「ガルマさんとマアマも一緒に旅した人も居ねぇだろ。いけるいける」
ベルタ「そうよね。あたしは今、ものすごく恵まれているのよね。あたしが目指さなきゃいけないんだ」
やるとは決めたが、やれる目処は立っていない。
だが最も有利な立場に在る事をベルタは自覚した。
ガルマとマアマは今後一層欠かせない存在となる。
アルフ「その意気だ。もうマアマと別れようなんて考えるなよ。この村の今を救えたのはマアマのお陰だ」
ベルタ「え。なんでそんな事」
アルフ「ばればれだ。マアマ泣いてねぇか?全然喋らないぞ」
ベルタ「え。うそ。マアマさん、ごめんなさい。マアマさんが悪い訳じゃないのに」
マアマ「べるたー。だっこー」
マアマの口調はいつも通りだ。
だが全ての思考が読まれている事をベルタは知っている。
故にマアマの気持ちは察するに余り有る。
出会った時はすぐに泣いていた泣き虫なのだ。
今回は、マアマがどう差配した所でベルタが悲しむ結果になっていた。
マアマに非は無く、どうしようも無かった。
それなのに決別を告げられては理不尽過ぎる。
感情を押し殺して耐えていたのだろうか。
二度と負の考えには至るまいと心に決めて、マアマを強く抱く。
アルフ「んじゃ行くか。この村には、今は関わらない方がいいだろ」
ベルタ「うん。マアマさん。これからも力を貸して下さいね」
マアマ「べるたー。すきー」
堰から村を見渡し、これまでの旅を振り返るベルタ。
旅を始めた時の事を考えると、現状はどうにも腑に落ちない。
ベルタ「でもなぁ」
アルフ「まだ何かあんのか」
ベルタ「旅をしてみたかっただけなのに。何かおかしくない」
アルフ「俺は面白ければ良いけど」
ベルタ「あたしも楽しめれば良い、と思ってたんだけどね。進む程に重責が増えてるじゃない」
アルフ「荷物を減らせよ」
ベルタ「重荷じゃなくて重責よ」
アルフ「あんまり気にしても仕方が無いんじゃね。竜神様の大願も運任せって。前に言ってたじゃん」
ベルタ「そうねぇ。でもそれも努力が前提なのよね」
アルフ「やれる事だけやれば良いって事だろ。あとは呼び主を見つけてから、ぶん殴れば気が晴れるんじゃね」
ベルタ「あはは。別に恨みがある訳じゃ無いからね。ここは能天気を見習っておきますか」
堰を後に、アルフ一行は旅を再開した。




