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あたしのせいじゃなーい  作者: わかいんだー
本章~ファンタジックな旅の日常~
26/52

おまけ:変態の光

山の中の街道を歩くアルフ一行。

街道とはいえ人通りは皆無だ。

荒れているが、造りはしっかりとした街道だ。

嘗ては活用されていたのであろう。


勾配が下りになってから、しばらく進んだ所で立ち往生する。

街道は、広大な湖の中へと続いていたのだ。


ベルタ「また大きな水辺か。すっごく綺麗な水ねぇ。よく見ないと、水が有るのか無いのか分かんないわよ」

アルフ「異常にでっかい湖だな。水没した盆地って、これかな」

ベルタ「あぁ。そんな話を道中で聞いたわね。水没した村に繋がる街道だったのね」

アルフ「その辺りで神隠しが有るって話もあったけど。曖昧な噂だけだったし。この広さじゃ避けようがねぇ」


道中で最後に立ち寄った町は、嘗ては賑わっていた。

今は寂れて、訪れる人も少ない。

寂れた理由は、盆地の水没と、神隠しの噂だ。


昔、盆地に在った村が水没してしまった。

特産品の生産地であった村なので、交易が途絶えた町も寂れてしまった。

さらに追い討ちをかけるように、神隠しの噂が流れた。

神隠しは水没した盆地付近で発生しているらしい。

神隠しに遭ってから生還した者が居ないので、原因も場所も、詳細は不明のままだった。


幾分ホラーな状況だが、神域の非常識に慣れてしまったベルタは気にしていない。

逆に妙に浮き立っている。


ベルタ「これだけ大きな水場が続くという事は。もしかしてウンディーネ様に出会う前兆だったり」

ガルマ「以前は、ここに居たな」

ベルタ「はう。以前ですか」


ベルタの希望的観測は惜しくも外れた。

今は居ないと断定されて落ち込む。


フォローするかのように、ウンディーネについて語るガルマ。


ガルマ「あやつは人の中でも男性を好む。誰かに付いておるのかもな」

ベルタ「四大元素精霊様がですか・・・そうか。主がマアマさんですしね・・・」

マアマ「あはははは」


まさかと思うガルマの発言も、手に握るマアマを見れば納得のいくベルタ。


残る未知の四大元素精霊は一角のみ。

気力を取り戻してベルタは問う。


ベルタ「あとはイフリート様ですか。どのようなお方なのですか」

ガルマ「あやつは人には興味が無い」


うんうんと頷いて満足気なベルタ。

だが会えないのも寂しいと思う。


ベルタ「四大元素精霊様であれば、それが本来という気もします。でも人との確執がおありなのでしょうか」

ガルマ「単にあやつの拠点は人の寄れぬ場所が多い。活動中であれば、近づいただけで人は蒸発するであろう」

ベルタ「そっかぁ。火だと近づくだけで危険ですもんね」


嫌われていないのであれば、良いかと思うベルタ。

マアマと一緒なら、溶岩の中でも恐らく大丈夫だ。


湖面を眺めていたアルフが、進路について切り出す。


アルフ「さぁて。湖なら浮き輪で進めるけど」

ベルタ「出す?」

アルフ「やばい水棲獣が居るかどうかだな」

ベルタ「湖は多分閉じているでしょう。外から流れ込まないなら、居ない可能性が高いとは思うけどね」


先日の大河で、えらい目に遭ったばかりなので、水棲獣には警戒している。

だが池や湖では、危険な種は滅多に見かけない。


アルフ「今回は迂回も不可能では無いだろうけど。折角だし浮き輪で釣りも試したいな」

ベルタ「そうね。いざという時はマアマさん。お願いしますね」

マアマ「まかせろー」


仮に水棲獣が居ても、対処可能だと判断した。

大河と違って澄み切った水だ。

何かが近づけば、遠くからでも丸見えなのだ。

浮き輪を探すベルタ。


周囲の様子を探っていたアルフ。

突然何かを感じたかのように振り向き、湖の縁を凝視する。


アルフ「あれ。獣じゃねぇな。馬がこっちに向って歩いて来るぞ」

ベルタ「こんな所に馬?近くで馬車の事故でもあったのかしら」


ベルタも手を止めて、アルフの視線を追う。

確かに湖の縁を、馬が歩いて来る。

野生の馬など、聞いた事が無い。

居るとすれば、人から逸れた馬であろうと思った。


アルフは観察しながら警戒を強めている。

能天気故に、何に襲われても平然としていたアルフがだ。

馬車の馬とは雰囲気が違う。

襲ってきても罠アイテムで対処出来る大きさの筈だが、妙な威圧感を感じる。


アルフ「いや・・・何だか変な馬だ。尻尾が魚の尾ひれみたいな。やばい気がする」

ベルタ「聞き覚えあるわね。確かケルピーだったかな。物語に出てきた幻獣よ。実在するのね」

ガルマ「ケルピーは精霊だ。水棲馬として受肉しておる。ウンディーネの去った湖を護っておるのやもな」


空想の幻獣だと思われていたケルピーは、実在する精霊だった。

ガルマの説明を聞き、アルフとベルタはケルピーに見入る。

しかし精霊には見えない。

受肉していると、変わった馬にしか見えないのだ。


近くまで来たケルピーは、ガルマとマアマに挨拶しているようだ。

言葉を発しておらず、何を話しているのは分からない。

その後でアルフとベルタの前に座った。


アルフ「おぉ。可愛いな。よしよし」


ケルピーを喜んで撫でるアルフ。

威圧感への警戒が解けて、気が楽になっていた。


されるがままに、くつろいで居るケルピー。


アルフをどうにかしよう、とベルタだけが慌てている。


ベルタ「見た目は馬でも、精霊様なんでしょ。失礼じゃないかしら」

アルフ「でも気持ち良さそうに見えるぞ」

ベルタ「・・・そうね。問題無いのかな」


少なくとも嫌がっているようには見えない。

気分を害していないのであれば、とベルタも落ち着く。


するとケルピーは、アルフとベルタの方を見て鼻息を鳴らした。


ガルマ「乗れと言っておる」


きょとんとするアルフとベルタに、ガルマが告げた。


乗れと言われて、さらに驚くアルフとベルタ。


アルフ「おぉ」

ベルタ「へ?精霊様が?あたし達二人共ですか?」

ガルマ「うむ。湖を案内するそうだ」


ガルマの仲介であれば、疑う余地は無い。

ケルピーの物語は少々怖い内容だった覚えだが、危険は無い筈だとベルタは判断した。


アルフ「お。歓迎してくれるのか。なら甘えようぜ」

ベルタ「そうね。折角のお誘いを断る理由も無いわね」


アルフとベルタが、我先にと乗馬する。

ケルピーは立ち上がると、湖に向って歩き出す。


ベルタ「え。そっちは湖よ」


慌てるベルタの心配を他所に、ケルピーは湖面を歩き、そして駆け出す。

飛ぶような速度だが、馬上は殆ど揺れずに、安心して乗っていられる。


アルフ「おぉ。水の上を走ってるぞ。すげー」

ベルタ「そうか。精霊様だものね」


馬上から湖を覗くと、まるで水が無いかのように澄んで見える。

ケルピーが湖面を駆けても水紋が出ないのだ。


アルフ「すっげぇ深いのに、底まで見えるぞ」

ベルタ「ここまで澄んだ水なんて、初めて見るわね。ありえない透明度だわ」


湖の中央辺りでケルピーは立ち止まる。

振り返ってベルタの方を見る。

いや、ベルタが手にするマアマを見ているのか。


マアマ「大丈夫ー」

ベルタ「え?マアマさん。大丈夫ってなにが。きゃ」


マアマが応じると、突然ケルピーは真下に向って潜りだした。


思わずケルピーにしがみつく、アルフとベルタ。

パニック状態で、息を止めてもがく。


アルフ「もがもがもが」

ベルタ「んーんーんー」

マアマ「いきできるよー」


慌てるベルタに、マアマの声が届く。

息が出来るとは言われたが、にわかには信じ難い。

全身の皮膚は明らかに水に接している。

バリアで空気が確保されている様子は無いのだ。


しかしこのまま耐えていれば窒息する。

意を決して水を吸い込んでみるベルタ。

すると普通に呼吸出来た。

吸い込む瞬間に、水が空気に変わっているようだ。


ベルタ「アルフ。普通に呼吸できるわよ。水を空気だと思って吸ってみて」

アルフ「ぶは。おぉ。マジだ。マアマか。器用過ぎだろ」


会話も問題無く行えた。


呼吸出来た直後には、マアマに感心したアルフ。

だが興味はすぐに周囲の景色に移った。

嬉しそうに見回している。


一方でベルタは、マアマを見ている。


ベルタ「さっきの大丈夫って。この事だったのね」

マアマ「あはははは」


マアマの屈託の無い肯定に、ため息をつくベルタ。

マアマが相手では空気も読めないので、はっきりと言葉で伝えてもらう他は無い。


ベルタ「助かりましたけど。説明は先にして欲しいです」

マアマ「えー」


説明し忘れただけかと思いきや、わざと説明しなかった模様。

マアマの否定に、嘆き察するベルタ。


ベルタ「うぅ。黙っている事も遊びなんですね」

マアマ「あはははは」


マアマが助けてくれるのは、遊びである事を思い出すベルタ。

この先も思いやられるな、と気が重くなる。


そんなベルタに気付いたアルフが、呆れて声をかける。


アルフ「まぁ。文句ばっか言ってねぇで楽しめよ。すんげぇ綺麗だし気持ちいいぞ」

ベルタ「それもそうね。こんな綺麗な湖の中を乗馬して散歩する時が来るなんて。想像すらしていなかったわ」


ベルタも周囲の景色に視線を移し、水中乗馬の感覚に身を委ねる。


外より見易いのでは無いか、と思える程に澄んだ水。

縦横無尽に移動できる水中。

目を楽しませる、色鮮やかな魚の群れ。

常に全身を洗い流されるかのような、水中での高速移動は、他では味わえぬ爽快感だった。



しばらく湖の中を駆け回った後、ケルピーは湖底に降り立つ。

湖底には、家屋の残骸が埋もれていた。

水没する前には、村が在った場所なのだろう。


ケルピーは歩を進める。

その先には神殿が在った。

石造りのお陰で壊れずに残ったようだ。


神殿の入口で、アルフとベルタを降ろすケルピー。


ケルピーが連れてきた神殿。

もしやと見上げるベルタ。


ベルタ「ここは、ウンディーネ様を祭っておられたのでしょうか」

ガルマ「祭られていたのは妄想の神だ。沈んだ後で、ウンディーネが物置にしていたようだ」


また妄想の神か。

そう思いつつも、ウンディーネの物置、と言う説明が気になって問うベルタ。


ベルタ「四大元素精霊様が、物を持っているのですか」

ガルマ「ウンディーネへの供物を、湖に投げ込む者が居ったようだ。それを集めていたようだな」


湖の掃除と、供物を捧げる気持ちを大事にしたいとの思いを兼ねて集めていたのかもしれない。

そう思うとベルタにも理解出来た。


先導するケルピーに従って、神殿に入る一行。

神殿内には、集められた供物が所狭しと並べられていた。


ベルタ「ウンディーネ様が喜ぶような供物って何だろ」


集められた供物を観察するベルタ。


ベルタ「金貨に金銀の斧。指輪に彫像?嗜好がよく分かんないわね」


供物からは共通点が見えない。

強いて言えば、水に溶けず浮かばず痛まない物であろうか。


ガルマ「喜ぶ物など無かろう。喜ぶとすれば、そこに篭められた想い次第か」

ベルタ「それもそうですね。与える側の存在ですし」


マアマと同じような感じなのだろうな、と察するベルタ。

その時、ふとケルピーが何かを言いたそうに見える気がした。

だが、何を言いたいのかまでは想像出来ない。

ガルマに目線を送ってみる。


ガルマ「何でも持って行け、と言っておる」

ベルタ「え。想いの篭った品が置かれてるのですよね。持って行っちゃ不味いでしょ」


たった今、集めた理由を聞かされたばかりなのだ。

持ち出して良い訳が無いと否定するベルタ。


ガルマ「置いた行った程度の物だ」

ベルタ「そっか。でも、何でもと言われてもねぇ」


ベルタも納得する。

ウンディーネは、これらの品を置いて去った後なのだ。

本当に大事な物であれば、持って行ったであろう。


だが今は旅の途中だ。

供物を貰っても荷物にしかならない。

役立つとすれば、荷物を入れる物であろう。


ベルタ「これよりも、大きいリュックがあるなら欲しいけど」

アルフ「いや。それは要らないから」


アルフは反射的につっこんだ。


むっとするベルタ。

アルフには関係無い、と言わんばかりに反論する。


ベルタ「あたしが欲しいのよ」

アルフ「今のリュックでも、渡し守のじいさんに警戒されていただろ。この先、どこかで拒絶されかねないぞ」


アルフは、呆れた様子で正論を返した。

今のリュックでも大き過ぎるくらいなのだ。


ベルタ「う。ウンディーネ様が触れていたような物なら何でも欲しいけど。供物じゃ特に欲しいのは無いかな」


反論出来なくなったベルタは、つい本音が漏れる。


さらに呆れた様子のアルフがつっこむ。


アルフ「お前。変態とかストーカーぽくなってねぇか」

ベルタ「そんなんじゃないわよ!」


赤面して否定するベルタ。

アルフはなだめるように説得する。


アルフ「そういう気持ちを抑える事が、精神の鍛錬になるんじゃねぇの」

ベルタ「べ、別にどうしても欲しいって訳じゃないし・・・」


口篭るベルタ。

アルフの言葉は本音だと分かっているだけに重く感じる。


アルフとベルタの会話を聞いていたケルピーは、高い台座が見える方へ駆けて行った。

すぐに戻ってくると、咥えた品をベルタの前に差し出した。

一見すると、銀製のバンドの正面に、サファイアだけを付けたようなティアラだ。


よく見ると、バンドは質素な造りだ。

しかし正面の水滴のような形状の宝石が、とんでも無く美しく思わず息を呑む。

それはベルタが見聞きした事のある宝石の中では、比類する物が無い程の美しさだ。


ベルタ「うわぁ。綺麗なティアラね。でもあたしに装飾品はちょっと」


魅入られるほどに美しい。

ベルタはそう感じた。

だが村娘が装着するような品では無い。

巫女などの神職か、貴族向けであろう。

そう思って受け取りを辞退した。


ケルピーの意を汲むように、ガルマが告げる。


ガルマ「ウンディーネが造ったそうだ」

ベルタ「喜んで戴きます」


ガルマが言い終えぬ内の即答だった。

ウンディーネが触れていた物であれば、どうしても欲しい。

本音が言動に出てしまったのだ。

ベルタは、もぎとるようにティアラを受け取ると、喜び勇んで装着する。


額に吸い付くような心地よい装着感だ。

装着するとティアラの宝石が光を放ちだした。

手鏡で確認するベルタ。


ベルタ「うわ。装着すると光るんですね」

ガルマ「あやつも面白い物を造りよる」


確かに装着すると光るのは面白いかもしれない。

だがその程度で面白い、と言うガルマでは無い。

そこに気付かぬほどベルタは高揚していた。


ベルタ「そうですね。凄く綺麗です。それに貰った時は結構重かったのに、今は体中が軽くなったみたいな」

ガルマ「その光は、お主の生命力を消費して放っておる」


相変わらず、些事の如く、とんでも発言をするガルマ。

全く問題が無いかのように、ティアラを見ている。


ベルタ「・・・え?えー!?これを装着してると死んじゃうって事ですか!?」


少し考えてから、一気に熱が冷めるベルタ。

慌てて手鏡を置き、ティアラに手をかける。


ベルタを制止するようなジェスチャーで、ガルマは説明を続ける。


ガルマ「逆だ。その光は代謝を助け、害となる要素を浄化する。結果として生命力の消費は抑えられておる」

ベルタ「すっごーい。流石はウンディーネ様ですね。では弱った人に、このティアラを貸してあげれば」


普段の生命活動に依る消費量を抑えるが故に、生命力の消費総量は減るという事だ。


再び歓喜に満ちるベルタ。

この喜びを、他の人々にも分けてあげたいと思った。


ガルマ「体中に毒素が発生して、即死するやもしれんな」


嬉々とするベルタの期待を、一蹴するガルマ。


理解出来ず、開いた口が塞がらないベルタが問い返す。


ベルタ「な。何でそうなるんですか」

ガルマ「生命力を消費して放つ光だ。光の質は、生命力の質に依存するのだ」


光の効果は、装着する人次第。

毒から作った光は毒になる、という事であろう。


ベルタ「弱った人の生命力では、一層弱らせてしまう、という事ですか」

ガルマ「そうでは無い。力の強さでは無く質だ。我欲に駆られた者が使えば身を滅ぼす」


ウンディーネが造った品は欲しい。

その一心でティアラを受け取ったベルタ。

差し出された品とはいえ、我欲に駆られていたと言えるであろう。

ぞっとする思いだが、ベルタに害は出ていない。

一時の欲望や感情は影響しない、という事であれば・・・


ベルタ「また欲望の傾きというものに依るのですか?」

ガルマ「うむ。水は生命と浄化の源。その光は両方の力を引き出せておる。まるでお主用に拵えたかのようだ」


ガルマの言葉で、天にも昇りそうな思いのベルタ。

ウンディーネが、自分用に拵えてくれるなどありえない。

でも、そう思われるほどの相性であった事に感極まっていた。


ベルタに近づいたり離れたりしながら、アルフも身体の調子を確認している。


アルフ「俺の身体も楽になってるぞ」

ガルマ「光の届く範囲に効果があろう」


光の効果は、装着者以外にも及ぶようだ。

その時の光の性質は、装着者に依存する模様。

ベルタが装着している間は安全、という事であろう。


アルフ「おぉ。ならベルタが装着したまま、弱った奴に寄ってやればいいんだな」

ベルタ「でも・・・こんなに凄い物を、勝手に貰ってしまっても良いのかしら」


アルフの提案にも、ベルタは不安になっていた。

見た目だけでも凄かったのに、とんでも無い力を秘めている事が判明したのだ。

如何なる富を以ってしても、代えられぬほどの価値があろう。


ガルマ「あやつにとっては凄くも何とも無い。欲しければ遠慮無く貰っておけ」


ガルマの言葉に頷くベルタ。

人から見れば凄い品である。

だがウンディーネから見れば大した物では無い、という説明は納得がいった。


心地良さそうに光を見ていたアルフ。

ふと問題が有る事に気付く。

発光する装備品には前例が有るのだ。


アルフ「それ。かなり目立つな。マアマの発光みたいに。やばい感じはしないからマシだけど」

ベルタ「素の状態でも凄く綺麗な宝石なのよね。それが発光しているものねぇ。普段は外しておきましょうか」


ベルタも同意して、ティアラを外そうとする。

だがスムーズに装着出来た割に、妙に外し辛い。


ベルタ「あれ。何か吸い付いてるみたいな感じ。なかなか外れないわね」

ガルマ「外すと壊れるぞ」


奮闘するベルタに、ぼそっと呟くガルマ。


ギクっとして手を止めるベルタ。


ベルタ「へ」

ガルマ「大量の汚れた力を吸わされた事があるようだ。酷く痛んでおる」


ティアラを見つめながら、ガルマが説明する。

元々壊れかけていたのだ。


ベルタ「直すにしても、一度外さないといけないのでは」

ガルマ「お主の生命力で自己修復しておる」


納得して感心するベルタ。

ティアラが自己修復するとは更なる驚きだ。

ならば修理が終わるまでは待つ事にする。


ベルタ「なるほど。修復作業中に、ムリに外すと壊れてしまう、という事ですね。どれくらいかかりますかね」

ガルマ「・・・10年くらいか」


待とうと決意したばかりのベルタ。

だがその決意も吹っ飛んだ。

ガルマは力も凄いが、時間の感覚も凄い事を忘れていた。


ベルタ「10年!?お風呂も寝る時も。ずっと装着したままって事ですか」

ガルマ「お主の場合は浄化の効果が出ておる。風呂は必要なかろう。寝る時も気にはならぬであろう」


確かにマアマが居る時点で、風呂は必要では無くなっている。

寝る時も、気にはならないであろう装着感だ。

だが、それらは外したい状況の例えに過ぎない。


ベルタ「いや。必要とか気になるとかじゃなくて。何と言うか。外したい時は有ると思うのです」

ガルマ「同等以上の効果をマアマなら容易に生み出せる。ティアラの複製も可能だ。壊しても問題は無かろう」


具体例も示せずに、ただ外したいと懇願するベルタ。

10年も外せないと聞いて、感情的になっている。

そこまで外したいのであればと、壊しても問題は無いと説いたガルマにも、反射的に噛み付く。


ベルタ「ウンディーネ様の作品を壊すなんて。とんでもないです」


見ていただけのアルフが、咄嗟にベルタの腕を掴む。

ベルタを揺さぶって言い聞かせる。


アルフ「お前。どうしたいんだよ。ガルマさんに喧嘩を売っているみたいだぞ」


外しても外さなくても問題無い、とガルマは説いている。

それなのに、どっちも嫌だ、とベルタは駄々をこねている。

これでは拉致が明かない。

ベルタを落ち着かせる必要があった。


ベルタ「あ。ごめんなさい。どうすれば良いのか混乱してしまいました」

ガルマ「良い」


正気を取り戻して縮こまるベルタ。


人は感情に流される愚かな生物。

それがガルマの認識だ。

未だ進化を果たしていないベルタも例外では無い。

故に全く気にしていない。

請われれば誰にでも助言はする。

だが助言を生かすも殺すも受け取り手次第だ。

理解出来ねば放置するだけの事だった。


ベルタは落ち着いた。

だがティアラを外すかどうかの問題は解決していない。

振り出しに戻ったかと思いきや、アルフは閃いていた。

嫌な事から逃げるのは能天気の専売特許。

超得意分野であった。

要はどんな状況であろうとも気の持ちようなのだ。

どちらも嫌だと言うのであれば、その嫌な状況を前向きに捉えれば良い。


アルフ「まぁ。考え方次第じゃね」

ベルタ「どういう事よ」

アルフ「外したいのに外せない。ならストレスが溜まるだろ。それを耐えれば精神を鍛えられるんじゃね」


どうしようも無くて、ふてくされていたベルタ。

動きを止めてアルフを凝視する。

アルフを賞賛する時の雰囲気だったが・・・


ベルタ「流石はウンディーネ様!そこまでお見通しだったのですね」

アルフ「いや。それは絶対に無いだろ。ただの俺の提案なんだし・・・まぁいいか」


良い事は全て、ウンディーネの手柄になるようだ。

一応はつっこんだが、アルフとしては話が纏まれば文句は無い。


気付かせてくれたアルフにも、礼を言うベルタ。

10年装着し続ける覚悟を決めたようだ。


ベルタ「アルフもありがと。耐えてやろうじゃない。目立つ事も含めて」

アルフ「喜んでちゃ意味がねぇからな。ちゃんとストレス溜めろよ」


アルフの忠告を聞いているのやら、いないのやら。

ベルタはティアラに夢中になっている。


やれやれとアルフは供物に視線を移して見渡す。

相当に価値のありそうな物が、大量に無造作に並べられていた。


アルフ「こんなお宝だらけで放置は不味くね。いずれ盗賊に狙われるんじゃねぇの。要らないのかもだけど」

ガルマ「そのような輩はケルピーが食っておる」


ケルピーは、誰に対しても優しい訳では無いようだ。

物語が怖い内容になっていた事も頷ける。


アルフ「ぶ。人を食うのかよ。神隠しの原因が分かったな」

ベルタ「そんな怖い存在には見えないけど。やっぱり精霊様なのよね」

ガルマ「食べるか助けるかは正邪次第。食われたなら自業自得だ」


ケルピーの話題で、再び考え出したベルタ。

満面の笑みから、憂鬱そうな雰囲気に一転する。


ベルタ「でもやっぱり不安ね。ウンディーネ様の許可を直接貰った訳でも無いのにティアラを持ち出すなんて」

ガルマ「管理はケルピーに任せておるのであろう。そのケルピーから差し出したのだ。気にする事は無い」

ベルタ「そうなんですけど。ウンディーネ様は、その事を知らない訳で」


ティアラを装着した状態で、ウンディーネに遭遇したら、一体どう思われるか。

四大元素精霊に憧れるベルタにとっては、死活問題とすら言えた。


マアマ「おしえたー」

ベルタ「へ」

マアマ「うんでぃーねー」

ベルタ「・・・ここには居らっしゃらないのですよね?それでも話せるのですか」


突如会話に割り込むマアマに、混乱するベルタ。

直接ウンディーネから許可を貰いたいが、ここには居ない。

それ故に葛藤しているのに、教えた、と言われても理解し難い。


あまりの物分りの悪さに、呆れるガルマ。


ガルマ「いい加減に学べ。マアマにとっては、この世界の上ならどこでも一緒だ。もう三度目だぞ」

ベルタ「一緒って・・・他所の国のような遠くからでも話せるって事ですか」


ベルタも忘れた訳では無い。

言葉としては覚えているが、感覚的に理解し難い。

どうしても、自分に置き換えてしまうのだ。


ガルマ「制限せんと理解できぬのか。全ての物質を統括しておる。全て見えているし聞こえているし動かせる」

ベルタ「同時に全てですか?そんなの、混乱しちゃいますよね。何が何だか、分からなくなっちゃいますよ」


一から十まで説明するガルマ。


ようやくベルタも理解に及ぶ。

しかし説明自体は理解したが、有り得ないとしか思えない内容だ。


ガルマ「マアマは人では無い。人の感覚で考えるな」

マアマ「あはははは」


人では無い、という言葉に納得して愕然とするベルタ。

マアマの力は、散々目の当たりにしてきたので良く知っている。

いや、知っているつもりだった。

強さは無論、認識範囲や影響範囲、処理精度、反応速度など、どれをとっても想像を絶する凄いものだ。

それでも、如何に高速でも、一つづつ順に処理していると思っていた。

根拠は無いが、無意識にそう認識していた。

何故なら、自分を基準に考えるからだ。


だがマアマは人では無い。

無限とも言える素粒子を常に全て認識しており、同時に操作出来るのだ。

それでも、もしガルマ並の風格がマアマにあれば、ベルタにもすぐに理解出来ていたかもしれない。


ベルタ「あうぅ。マアマさんは実力とイメージのギャップが有り過ぎるんですよぉ」

マアマ「べるたー。よしよし」


突如気を取り直して、マアマに迫るベルタ。

話せたのであれば、ウンディーネの反応を確認せねばならない。

祈るような思いで問いかける。


ベルタ「そ、それで。ウンディーネ様は怒っていませんよね?」

マアマ「おどろいてたー」


あっけらかんと、一言で答えるマアマ。


感情が全く伝わってこないのが悩ましい。

その一言から、ウンディーネの立場でベルタは考えてみる。


ベルタ「はう。やっぱり勝手に持って行かれたら驚きますよね」

マアマ「べるたが変だってー。あはははは」


ベルタの想像とは別の理由で、ウンディーネは驚いていた。

ティアラを持ち出される事では無く、ベルタが変である事に驚いていた、と言うのだ。


ベルタ「えぇ。変ですか?アルフの言う通り、あたしが変態だって事なのですか」


四大元素精霊に変態認定される。

ベルタにとって、これほどの絶望は滅多に無い。

ティアラに手を伸ばした事、それ以前にウンディーネが触れた物を欲しがった事。

ここに至る全てを深く後悔するベルタだった。


ガルマ「死なずに使えている事が変だ、という事であろう」

マアマ「そーそー」


見事に誤解しているベルタをフォローする、ガルマとマアマ。

変だとは言ったが、変態だとは言っていないのだ。


ベルタ「はぁ。マアマさんの説明でも精神が鍛えられそうです・・・」


何とか絶望から立ち直るベルタ。

だが疲労感は拭えない。


ガルマ「使えそうな者が居なくて、置いて行ったのであろうな」

マアマ「あたりー」

ベルタ「そういう事なら。遠慮無く頂いても良さそうですよね」


話しを整理すると、ウンディーネが困惑している訳では無いようだ。

一応念押し確認するベルタ。


マアマ「うんでぃーねも、喜んでるー」

ベルタ「良かったぁ。ありがとうございます」


ようやくベルタは安堵してマアマに頬ずりする。

ティアラ一つで何度も喜んだり落ち込んだり。

ベルタにとっては苦難とすら言える騒動もようやく片付いた。

だが超目立つティアラが、今後の騒動を呼び起こす事は想像に難くないのであった。


話が一段落した所で、アルフとベルタの前に再び座るケルピー。


アルフ「んじゃ戻るか」

ベルタ「そうね。素敵な所だけど。いつまでも居座る訳にもいかないしね」


アルフとベルタを乗せたケルピーは、見納めと言わぬばかりに旋回しながら浮上する。

湖面に出ると対岸に運んでくれた。


アルフ「おぉ。元の場所じゃなくて、対岸に運んでくれたのか。サンキュー」

ベルタ「本当にありがとうございました。ティアラは生涯大事にします」


湖の中へ戻って行くケルピーに、礼を告げるアルフとベルタ。


ケルピーを見送り、湖上を眺めていたベルタ。

その景色から、最初にやろうとしていた事を思い出す。


ベルタ「そうだ。釣りをしようとしてたのよね。浮き輪を出すわ」

アルフ「あぁ。やっぱ、いいや。ケルピーが釣れたら嫌だし」

ベルタ「あはは。まさか。でもそうね。魚もお友達かもだし。ここでは止めておきましょう」

アルフ「しばらくは山中だ。獲物は十分だろ。マアマに任せるぜ」


ここは釣りをするような湖では無い。

アルフとベルタの認識は一致した。


ケルピーが護る湖を後に、アルフ一行は旅を再開した。



ベルタが装着したティアラは、過去に多くの人々を屠っていた。

もし湖底に沈まずに他所へ流れていたなら、呪いのアイテムとして封印されていたであろう。


嘗てウンディーネは、人に助力をしたくてティアラを造った。

普通の人が装着すれば、癒しの効果が出るように造った筈であった。

だがウンディーネが考える普通の人は、理想像に過ぎなかったのだ。

現実の人の心は汚れて過ぎていた。


ティアラの美しさに魅了された人々は、その恐ろしさを知りつつも次々に装着しては死んでいった。

汚れた生命力ばかりを吸わされていたティアラも、機能不全に陥りつつあった。

そしてティアラが壊れる前に、村人は絶滅してしまった。

悲しみに暮れたウンディーネは、盆地を水没させて湖にした。


マアマからベルタの話を聞いたウンディーネは、本当に喜んでいた。

人を滅ぼす為に造ったティアラでは無い。

人を癒す為に造ったティアラなのだ。

既に諦めていた目的が叶えられたのだから。


それらの事実は、当のベルタには知る由も無かった。


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