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あたしのせいじゃなーい  作者: わかいんだー
本章~ファンタジックな旅の日常~
25/52

おまけ:若返りは術にあらず

密林の中に作られた街道を歩くアルフ一行。

簡素な道とは言え十分に歩き易い。

アルフにとってもベルタにとっても好みの道と言える。


ベルタ「ぶはー。はぁ。はぁ」


突然、限界まで耐えていたかのように息を吐き出したベルタ。

涙目になっている。


アルフ「どうした?」

ベルタ「苦痛で精神を鍛えるという話。前にしてたでしょ。試しに息を止めてみてたのよ」


肉体的な損傷を伴わない。

且つ筋力アップに繋がらないが故に、喜べない苦痛。

その一つの手段を思いついて試していたようだ。


アルフ「なぁる。それなら喜んでは居なさそうだな。効果は有りそうか?」

ベルタ「よく分かんない。我慢の限度を伸ばせそうな気はするわね」

アルフ「肺活量が増えるだけじゃないのか」

ベルタ「そうかもしれない。精神鍛錬の効果を見る方法なんて無いからねぇ」


不確実でも可能性が有るならやっておこうと思うベルタ。

旅を続けながら使える手段は、多くは無さそうなのだ。


密林を抜けると広大な水面が見えた。


ベルタ「うわぁ。大きな湖ねぇ。果てが見えないわよ」

アルフ「向こう岸まで、どんだけあるやら。息を止めて潜って行くか?かなり鍛えられそうだぞ」

ベルタ「絶対にムリよ」


流石に水中で限界に挑戦したら溺死しかねない。

水場での鍛錬方法を別途考えるベルタ。


進んでみると、どうも湖とは雰囲気が違う。

水辺に広い砂利場があるのだ。


アルフ「これ川じゃねぇの。ゆっくりだけど水が流れてるぞ」

ベルタ「これが川?水平線しか見えないわよ。どんだけ大きな川なのよ」


深く流れが遅いせいか淀んだ水だ。

湖のような臭いは殆ど無いので、汚い訳では無いのだろう。


水質は問題無いとしても大きさは問題である。

果てが見えないのだ。


アルフ「どっちにしても迂回は無理だな」

ベルタ「泳いでも良いけど。あんたは体力もつ?」


どれだけ大きかろうと川なら泳ぎきれるだろう、とベルタは思った。

流石にアルフを曳航して行こうとまでは思わない。


アルフ「こないだ浮き輪を買ったじゃねぇか。出してくれよ」

ベルタ「あぁ。釣り用に買った物が有ったわね。でも川でしょこれ。前に進むよりも流されるんじゃない」


船と違い、浮き輪は水の流れに逆らう事には向いていない。

湖での釣りには使えようが渡河に於いては邪魔になりかねない。


アルフ「どうだろ。見た感じだと大丈夫そうな流速ぽいけど。奥の方で早くなるかな」

ベルタ「まぁ、やるだけやってみますか」


浮き輪を取り出して膨らませてやるベルタ。

その浮き輪を取り上げて一番乗りしようとするアルフ。


アルフ「さぁ行っくぜぇ!・・・っと、待った」


入水直前でアルフは足を止めた。

遠くの水面を凝視している。


ベルタ「何よ」

アルフ「あれ雷魚じゃね」


いぶかしむベルタに川を指して答えるアルフ。

その指が示す先には電光を纏って跳ねる魚の群れが見えた。

浮き輪など速攻で破砕してくれるであろう猛者である。


ベルタ「・・・こんだけ広いと他にもやばそうなのが一杯居ると考えるべきか」


水中の危険な獣も数多く知られている。

こちらの動きが制限される分、陸上の獣よりも危険度は高い。

広さから考えて質も量も警戒すべきであろう。


アルフ「マアマに何とかしてもらえって事か?」

ベルタ「そうする?」


アルフの提案を即座に肯定するベルタ。

だが提案したアルフ自身は乗り気でない。


アルフ「それはそれで何か負けた気がするよな」

ベルタ「考えずに頼る事にしたんじゃなかったの」


考えるのは好きでは無い。

でも何でも任せきりというのも好きでは無いアルフ。

どうせ旅をするなら楽しみたいのだ。


アルフ「そうなんだけど。マアマは最終手段かなぁ。飛び越えちまうのは勿体無い気がするし」

ベルタ「まぁ今までの事を考えればね。呼び先よりも移動の過程に意味がありそうな気はするわね」


ベルタも同意する。

呼び主の意図は相変わらず不明だ。

だが道中の経験は大きな糧になっている。

ここにも何かがある可能性は高い。

飛ばしてしまう事は好ましくないと思えた。


アルフ「とするとだ。川を渡る方法がどこかにありそうなもんだが・・・間欠泉みたいなのはパスな」


移動にこだわるとは言え、同じ失敗を繰り返したくは無い。

危険の低そうな移動手段を模索し、周囲を観察するアルフ。


広い河川敷で、まばらに人が散歩している。

町が近いのだろう。

そんな中、川辺で頑丈そうな船の傍らに佇む老人が居た。

既に腰が曲がっており、対岸まで櫓を漕げるのかは怪しく見える。


アルフ「お。あれ渡し舟じゃね」

ベルタ「本当だ。お年寄りぽいけど大丈夫かな。とりあえず、お願いしてみましょうか」


乗せてもらえなくても、渡河の経験があるなら参考になる話を聞けるのではないか、とベルタは考えた。


どう切り出すかを纏めるベルタを尻目に交渉を始めるアルフ。


アルフ「じいさん。これ渡し舟か?もしそうなら俺達を対岸まで運んで欲しいんだけど」


慌ててアルフを止めるベルタ。

気さくと言うよりも上から目線にすら思える言葉遣い。

第一印象を悪化させるメリットなど何も無い。


ベルタ「あんたは黙ってなさい。話し方が無礼過ぎるわよ。他人に話しかけるのは、あたしに任せて」

アルフ「えー。呼ばれてるのは俺だし。俺がやるべきだと思うんだけどなぁ」


愚痴りながらも引き下がるアルフ。


特に気にする様子も無く渡し守は応える。


渡し守「ほえ。しばらく休んだら対岸へ戻る予定ではあるが。移動なら瞬間帰還器でよかろう」

ベルタ「対岸にも町があるのですね」

渡し守「あぁ。30分程歩けば川辺に町がある。その対岸にも町がある。移動は皆そこを使っておるよ」


とりあえず安全確実な移動手段を聞くことが出来た。

だが瞬間帰還器を使ってはマアマに頼む場合と大差無い。


ベルタ「ありがとうございます。でも飛び越えるのが勿体無いと言い出す連れが居りまして」

渡し守「ほっほ。これは若いのに通じゃな。よかろう。30年振りくらいで良ければ乗せてやろう」

ベルタ「え。渡し舟を営んでおられるのでは無かったのですか」


ベルタの依頼を快諾する渡し守。


引き受けてもらえたのは良かったが30年振りと聞いて驚くベルタ。

現役にしては老い過ぎているとは思っていた。

しかし廃業済みなのに乗せてもらえるとも思っていなかった。


渡し守「両岸に町が出来てからは客なんざ居りゃせんよ。釣りや観光には危険過ぎる川じゃしな」

ベルタ「そっか。瞬間帰還器なら便利で安全ですもんね。でもそれで船が廃れるのは寂しいですね」


言われてみれば淀んだ水に危険な雷魚。

渡河したいなんて物好きはアルフくらいなのかもしれない。


納得するベルタの傍らに立ってリュックを見上げる渡し守。


渡し守「しかし・・・近くで見ると嬢ちゃんの荷物は凄いのぉ。重過ぎて船が沈んでしまうかもしれん」

ベルタ「大丈夫ですよ。そんな重い物を、かよわい娘に持てる訳が無いじゃないですか」


渡し守の懸念をさらりと流すベルタ。

重量制御に関しては既にマアマに絶大な信頼を置いていた。


水面を眺めるアルフとガルマ。

聞いていない振りに徹するようだ。


自信に満ちたベルタの答えに、素直に納得する渡し守。


渡し守「それもそうじゃが。まぁ乗ってみて重過ぎたら諦めてもらうぞ」

ベルタ「それでお願いします」


久しぶりの客と言う事で、乗船前の確認事項を思い返す渡し守。


渡し守「あとは・・・そうじゃ。対岸まで四時間程かかる。船酔いは大丈夫かね」

アルフ「四時間!そいつは大変だ」


ベルタの迫力に引き下がっていたアルフが叫ぶ。

だが村の生活でアルフを船に乗せた機会は無かった筈。


ベルタ「あんた船に乗った覚えがあるの?」

アルフ「いや。四時間も飯を食えないのは大変だろ」

ベルタ「はいはい」


アルフは船酔いを懸念していた訳では無かった。

飯時が近いのに四時間も食べられない事は、アルフにとっては死活問題であった。


もしアルフが酔ったら、苦しまないように、永眠しない程度に眠らせてあげようと思うベルタであった。


ベルタ「先に食事をとってもよろしいでしょうか」

渡し守「それがよかろう。出発までは間がある。満腹でも空腹でも酔い易くなる。程ほどにな」


アルフの我侭とは言え、丁度飯時が近いのも確かだ。

恐らくは渡し守も食事はこれからであろう。


ベルタ「ありがとうございます。よろしかったらご一緒しませんか?」

渡し守「今日はこの辺りの貝を集めて食べようと思っておったんじゃ。何も持ってきておらんぞ」


ベルタの誘いを肯定も否定もしない渡し守。

一緒に食べようにも、これから食材を集めるから待たせる事になる、という配慮であろう。


渡し守の言葉にアルフは目を輝かせる。


アルフ「おぉ!最近貝は食ってねぇな。俺達もそうしようぜ」


同意するベルタ。

これから集めるなら、渡し守の分もまとめて集めれば良いのだ。

問題は分量だ。

満腹でも空腹でも酔い易いと言われた所だ。


ベルタ「じゃあマアマさんにお願いしますか。皆が腹八分目位か。どれ位集めればいいだろう」

マアマ「大丈夫ー」


分量の見当がつかずに悩むベルタに即答するマアマ。


何でそこまで分かるのよと思いつつもつっこまないベルタ。

心象イメージまで読み取るマアマなのだから。


ベルタ「あら。量まで任せちゃって大丈夫なの。本当に助かります」

マアマ「どっかーん」


マアマを振るベルタ。

渡し守とアルフ一行それぞれの面前に、既に焼かれた貝が降って来た。

一人分づつ適量を用意されているようだ。


驚いて後ずさる渡し守。

娘がモーニングスターを振れば貝が降る、なんて話は聞いた事が無い。


渡し守「ひょえ。手品かね」

ベルタ「あはは。似たようなものですかね。どうぞお召し上がりください」


驚かせてしまった事を少し後悔しつつ、渡し守に貝を勧めるベルタ。

自身は既にマアマの狩りに慣れてしまったので、つい事前説明を忘れてしまうのだ。


恐る恐る貝を口にする渡し守。

飲み込んで驚嘆する。


渡し守「確かにここで取れる貝じゃが・・・こんなに美味いと思ったのは初じゃわ」

アルフ「マアマの焼き加減は絶妙だからな」

渡し守「マアマさんとやらは大したもんじゃな。ワシもこの貝の調理には結構自信があったのじゃが」


アルフも貝を堪能しつつ、渡し守に同意する。

一行はあっという間に貝を平らげた。


アルフ「おかわり!・・・はダメだったな。腹八分目って微妙だな」

ベルタ「もう少し食べたいって所で抑えるからねぇ」


アルフは不満そうながらも納得していた。


お茶を飲みながらしばらく一服した後、渡し守が立ち上がる。


渡し守「じゃぁそろそろ行くかの」

ベルタ「お願いします」


渡し守の案内で乗船するアルフ一行。

渡し守は喫水線を確認して感心している。


渡し守「本当に軽い荷物のようじゃな。全く船が沈まん」


全員の乗船を確認する渡し守。

腰を落として何か操作している。

何かの動力音が聞こえ出して船が振動を始めた。


渡し守は若者のように、すっくとかろやかに立ち上がる。

腰が曲がっていない。

ビシっと姿勢良く・・・いや変なポーズを決めている。


渡し守「ん~じゃ行くぜベイベ!ヒャッハー!」


櫓をマイクのように握って叫ぶ渡し守。


突然豹変した渡し守に意表を突かれるベルタ。


ベルタ「はい?あの・・・きゃっ」


船は凄まじい加速で飛び出した。

一見、櫓で漕ぐタイプの船に見えるがジェット噴射式らしい。


ご機嫌なアルフに対して、不安が募る一方のベルタ。


アルフ「おぉ~気持ちいい。これなら四時間でも酔ったりしないんじゃね?」

ベルタ「このペースで四時間て。この川どんだけ広いのよ」

渡し守「ヘイヘイヘイ!喋ってると舌噛むぜベイベ!」


船頭をしている間の渡し守はずっとこの調子のようだ。

アルフは全く気にしていない。

だがベルタとしてはつっこまざるを得ない。


アルフ「おぉ。気をつけるぜ」

ベルタ「と言うか。おじいさん。人が変わってません?」

渡し守「お~っと客が来たぜ。頭下げなベイベ!」

ベルタ「へ?」


こんな所に客?

何を言ってるんだと振り返るベルタ。

その目の前に雷魚が飛び込んで来ていた。


ベルタ「きゃー」

渡し守「あらよ!」


雷魚を始めとする様々な水棲獣が次々と船を狙ってくる。

櫓で水棲獣を上や後方へ弾きながら、その反動で船体の軌道を操って接触を躱す渡し守。


アルフ「じいさん、かっけー」

渡し守「ハッハー。この俺様を食おうなんざ50年遅いってんだ!」

ベルタ「あはは。お客が居なくなったのって瞬間帰還器のせいだけじゃ無いかもね」


渡し守を信頼しているのか。

或いは何も考えていないのか。

ただ状況を楽しんで賞賛するアルフ。


渡し守の言葉の意図はよく分からない。

ノリで口にしてるだけのようにも思える。


これを渡し舟と言い張るのは詐欺だとベルタは思った。

安全だとしてもスリル系のアトラクションだ。


突然浮き上がるような感覚。

船が水面から浮き上がり舳先と違う向きに進みだす。


アルフ「おぉ?なんか水面が真っ黒になったぞ。変な方に進んでるし。あれは・・・目か?」


進行方向の水面下付近に巨大な目が二つ見える。

平べったい超大型魚の背に載せられてしまったようだ。


渡し守の形相が笑みから怒りに変わる。


渡し守「船頭舐めんなやゴルァ」


櫓を構えて水面に飛び込もうとする渡し守。

流石にそれはダメだろうとベルタが慌てて止めようとする。


ピー

大型魚の声なのか。

水中の目付近から甲高い音がした。


突然、渡し守が櫓を下ろしておとなしくなる。

腰を曲げ、元の老人の雰囲気に戻った。


渡し守「なんじゃおんしか。まだ生きておったんじゃな」


渡し守は船に乗る前の様子に戻っていた。

どっこらせと腰を落として船の動力を切る。


ベルタ「魚のお知り合いですか?」

渡し守「そうじゃ。長い間、見ておらんかった。もう逝ったのかと思っておったのじゃが。しぶとい奴じゃ」


まさかと思いつつ確認するベルタの問いを肯定する渡し守。

抵抗を諦めたという訳では無さそうだ。


アルフ「魚と話せるのか。すげぇな」

渡し守「いやいや。若い頃によく戦っていただけじゃ」

アルフ「戦っていると仲良くなれるのか。何かそんな物語も聞いたな」

渡し守「何十年も決着がつかなくてな。お互いに老いて丸くなったんじゃろな」


今は確かに丸い。

しかし船頭をやっている時は丸く無いでしょうと思うベルタ。

それはさておき、船頭を放棄して大丈夫なのかと不安になる。


ベルタ「このままだと何処に運ばれるか分からないのでは」

渡し守「大丈夫じゃ。ちゃんと対岸に向っておるよ。もう襲われる心配も無い」


ベルタの懸念をさらりと流す渡し守。

この大型魚には他の水棲獣が近づかないという事なのだろう。


アルフ「おぉ。つえぇんだな、この魚」

渡し守「ここらの主かもしれんな。80年は見てきたが、こいつ以上の大物は見た覚えが無いのぉ」


だったらブチ切れる前に気付いてよと思うベルタ。

でもそこまでつっこめる仲でも無いので話を合わせる。


ベルタ「80年ですか。本当にこの川がお好きなんですねぇ」

渡し守「あぁ。こいつと気があったのは、そこかもしれんな」


何事も無く対岸の川辺に大型魚は到着した。

大型魚は船を静かに水面に降ろした。

渡し守は船を川岸に上げてアルフ一行を下船させる。


アルフ「結局二時間くらいしか、かかってねぇな」

ベルタ「静かだったけど凄いスピードだったのね」


アルフとベルタは、大型魚による運航の爽快感や安全性に満足していた。

常に大型魚が運んでくれるのであれば、渡し舟の人気が出るかもしれない。


大型魚は川辺に待機して渡し守の方を見ている。


渡し守「なんじゃおんし。今更ワシとやりあいたい訳でもあるまい」


渡し守が大型魚の前に近づくと、大型魚は何かを吐き出した。


渡し守「ん?こ、これは妻の形見」

アルフ「えぇ!奥さんが食われちまったって事か」


驚くアルフ。

ベルタは手を口に当て声も出ない。

だが渡し守は首を振って静かに答える。


渡し守「いや。妻は天寿を全うした。この形見は、うっかり川に落としてしもうてな。後悔しておったのじゃ」

アルフ「あぁ。さっきは水に飛び込もうとしてたしな。あんな事してたら落とすわ」


大型魚と遭遇した時の渡し守を思い出して呆れるアルフ。

未だ命を落としていないだけでも幸運としか思えない。


渡し守「そうか。しばらく見んと思ったら探しておってくれたのか。じゃがワシには礼もできんな」


渡し守と大型魚は見つめ合っているが、気持ちを伝える術は無い。


大型魚の傍らに立って、渡し守にガルマが告げる。


ガルマ「言伝だ。お主が死んだら食ってやるから水葬にしてもらえ。と言っておる」


一瞬驚いた渡し守だが、すぐに顔を明るくして応える。


渡し守「ほっほ。ぬかしおるわ。ワシより長生きする気か。おぬしこそ逝く時は川原に来いよ」

ガルマ「承ったと言っておる」


大型魚はゆっくりと川辺を離れ去って行った。

ガルマの言葉に合わせて去る大型魚を見て、本当に伝えてくれたのだと渡し守は理解した。


渡し守「一瞬で貝を集めて焼いたり。魚と話したり。長生きしとると不思議な人達に会うもんじゃな」


誰が相手だろうと平気でつっこむアルフ。

渡し守も十分に不思議なじいさんなのだ。


アルフ「船に乗ると豹変したり、魚と仲が良いじいさんも、かなり不思議だと思うぜ」


渡し守は否定しない。

自覚があるようだ。


渡し守「ほっほ。だから船はやめられんのじゃ。ありがとうな。おんしらのお陰で悔いも失せたわ」

ベルタ「ありがとうございました。あたし達も貴重な経験が出来ました。ではこれで失礼します」


渡し守は川辺に残り、形見に想いを馳せる。

アルフ一行は礼を言って川辺を後にした。



アルフ「そういや。あのじいさん。ガルマさんを見ても全然びびってなかったな」

ベルタ「そうね。普通に人と接する感じだったわね。年の功ってやつかしら」


渡し守は、ガルマを人だと思っていただけだった。

視力が低下していて、ぼんやりとしか見えていなかったのだ。

だから大型魚に遭遇した時もすぐには気づかなかった。


特に教える必要も無いのでガルマは黙っていた。


アルフ「船頭としての道を究めたら、あぁなるのかな」

ベルタ「道ってそういうものかしら」

ガルマ「船頭はただの職だ。あやつは船頭という職で、道を定めようとしておる訳では無い」


以前出会った錬金術師は、神に近づく道を選ぶ手段として錬金術を究めた。

だが渡し守が船頭になったのは道を選ぶ為では無いのだ。


アルフ「でもさ。船頭やってる間のじいさんって若返ってたみたいだったじゃん」

ベルタ「確かに。肌は老いたままだったけど背筋までしゃきっとして。中身は若い感じだったわよね」

アルフ「道が云々てのは分かんねぇけど。あのじいさんがすげぇのは分かるわ。魚もすごかったな」


本当に若返った訳では無い。

だが若返ったかのように振舞えるだけでも凄いのは確かだ。

それが渡し守の資質なのか、船頭として究めた故なのかは不明だが。


大型魚も凄かった。

最後にガルマに言伝を依頼した事に、ベルタは特に感心していた。


ベルタ「あの魚はガルマさんに言伝をお願いしたのですよね。畏れるだけの人よりもずっと賢いのですね」

ガルマ「お主らが我に声をかけた時と同じだ。畏れる理由が無ければ、畏れる事は無い」


当時は思い切り恐れていた事を思い出すベルタ。

だが正体不明である事を恐れていただけである。

竜人を畏れるかの話には関係無い。


ベルタ「おじいさんが形見を探している事も理解していたのですよね」

ガルマ「人は言葉に頼り過ぎておる。故に意思の疎通が不得手になっておるな」


人にも出来て当然のようにガルマは言う。

言葉の存在が害だと言うのか。


ベルタ「本来は人にも読み取れる筈なのですか。では言葉など無い方が良かったのでしょうか」

ガルマ「伝えたい時に伝えたい事だけを伝える手段としては優れておる」


言葉が害だと断定はしないガルマ。

メリットも認めているようだ。


ベルタ「頼り過ぎなければ良いと言う事ですか」

ガルマ「言葉は表現力が乏しく、伝える手段としては不十分だ。事実とは異なる言葉を紡ぐ事も出来る」


ベルタにも思い当たる事は数知れず有る。

論理的に考えれば、言葉に依存する事は極めて危険が大きい。


ベルタ「そうですね。何て伝えて良いのか分からないとか。嘘をつかれる事とか。問題は多いですね」

ガルマ「依存し過ぎるが故に騙し騙され易くなる。言葉が真実を示すとは限らぬ事を前提にせねばならぬ」

ベルタ「言葉を使わずに気持ちを読む練習が必要って事かぁ。読む以前に見る方法から考えないとなぁ」


理屈では分かっても具体的な手段が無い。

これも今後の課題だなと一旦保留するベルタ。


ガルマ「読んだのは心情だけは無い。あの男は天寿が近い。故に心残りを払拭してやろうとしたのだ」

ベルタ「残り寿命まで読めるのですか・・・本当に凄い魚だったのですね。それに優しい」

ガルマ「遊んでくれた礼をしたかったそうだ」


渡し守とは言ってる事が違うような。

納得できずに確認するベルタ。


ベルタ「遊びですか。おじいさんは戦いと言っていましたが」

ガルマ「戦いになどならぬ力の差だ。近づいても逃げずに構ってくれる事が楽しかったのであろうな」


渡し守は本気で戦っていた。

だが大型魚にとっては遊びでしかなかったのだ。


ベルタ「何か似たような話を前に・・・マアマさんの境遇と似てるのか」

マアマ「おいらといっしょー」

ベルタ「そっか。人より強くて賢くて。それ故に寂しい方は他にも居られるのですね・・・」


人より優れた者が、竜の力を操る者とは限らないのだ。

世界で人が勢力を握っているという事は、大型魚のような優れた種の絶対数が、あまりに少ないのであろう。


ガルマ「ゴリラの獣人も出生率を羨んでおったろう。人は増えすぎて有難みを感じられぬようだがな」

ベルタ「あの時はそんなに大事な事だと思いませんでした。数が大事というのは切実な本心だったのですね」


しかし数を増やす手段というのは・・・考えて赤面するベルタ。

その顔を覗き込むように突然問いかけるアルフ。


アルフ「今日はどこで寝る?」

ベルタ「きゃ。何よ。いきなり」

アルフ「いや。両川岸に町があるって話だったろ?ベッドがいいなら寄ってもいいかと思ってさ」

ベルタ「はぁ。気を使ってくれてありがと。でも少しは空気を読んでよね。あ。そうか空気を読む練習か」


言葉に頼り過ぎていると認識したベルタ。

相手の気持ちを読む練習が必要だと理解はした。

だが心の中を読む方法など思いつかずに一旦保留した。


しかし空気を読むと言われればピンと来る。

心の中を直接読むのでは無い。

言動や状況から間接的に相手の心情や考えを読む事は普通に行われている。

まずはその感覚を研ぎ澄ますべきではないかと考えた。


アルフ「空気は吸うもんだぞ」

ベルタ「そうね。良いヒントを貰えたし。寝る場所は任せるわ」

アルフ「おぉ。川辺の町だとさっきの貝が出そうだな。マアマのよりは不味いだろうし。でも、うーむ・・・」


町の料理に期待出来るか次第で、アルフは行き先を決めるようだ。

アルフの葛藤で、いつも以上に道の定まらぬ一行だった。


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