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あたしのせいじゃなーい  作者: わかいんだー
本章~ファンタジックな旅の日常~
24/52

おまけ:いしのなかにいる?

アルフ一行は、少し険しい山の岩肌を歩いていた。

山道にすらなっていない。

動植物は目に入らない。

殆どの人は瞬間帰還器で越える地帯なので、人通りも全く無い。


視界が利くとは言え、殺風景過ぎて不満なベルタが呟く。


ベルタ「こんな所を通らないといけないの。迂回した方が良かったんじゃない」


同意するアルフ。

アルフの場合は、食用の獲物が居ない故の不満だが。


アルフ「俺もそう思うけどさ。ここ連峰になってるから。迂回するのも大変そうでさ」

ベルタ「そう言えば。山で壁を作ってるみたいに見えてたわね。仕方ないか」


高さは然程でも無いが、長い連峰だった。

砂利はあっても土は無いという印象。

とにかく岩だらけで、何も寄り付かない感じだ。


ゴロゴロゴロ

遠くで雷の鳴る音がした。

雨雲が近づいて来るのが見える。


アルフ「雷雨になりそうだな」

ベルタ「あんたが言うなら確定でしょうね」


口にしないで欲しかった、と言わんばかりのジェスチャーを取るベルタ。

だが今回は、アルフが言わなくても雷雨になったであろう様相を呈していた。


雷雨程度なら、足を止める程の事では無い。

だが一服するきっかけとしては良さそうだ。

周囲を見回して洞窟を見つけるアルフ。


アルフ「そこの、でかい洞窟で休憩するか」

ベルタ「・・・そうね。獲物になりそうな動物も居ない場所だし。何かが巣にしてる事も無いでしょう」


少し考えてから同意するベルタ。

多くの洞窟は、様々な動物が巣にしている。

普段はなるべく邪魔しないようにしていたのだ。


アルフ一行が洞窟に着いて、すぐに雨が降り出した。


ドッシャーン

近くに雷の落ちた音がする。


咄嗟にしゃがみこんで耳を塞ぐベルタ。


ベルタ「ひ」

アルフ「怖いのか?罠アイテムで避雷してくれるんだろ」


少し不思議そうに心配するアルフ。


すぐに気を取り直して立ち上がるベルタ。

怖いのは音がする瞬間だけのようだ。


ベルタ「分かっていても無理。というか。あんなの避雷しても吹っ飛ばされそう」

アルフ「大丈夫って聞いたけどな。ベルタにはマアマも居るんだし」

マアマ「大丈夫ー」


頷いてマアマを抱き、洞窟の壁に凭れ掛かるベルタ。

小さくため息をついて、諦め顔で答える。


ベルタ「マアマさんは信用してるけど。それでも。やっぱり怖いものは怖いのよ」


ベルタの言葉を聞いて、洞窟の奥へ向って先導を始めるアルフ。

大丈夫と分かっていても、ベルタが怯える様を見ているのは忍びないのだ。


アルフ「んじゃ奥へ行くか。雷の音も減るだろ」

ベルタ「うん」


素直に応じて付いて行くベルタ。

ここまでは何の疑問も違和感も無かった。



暗い洞窟の中を進む一行。

特に危険は無さそうだが、何故か奥が明るく見える。


アルフ「何で洞窟の奥が明るくなってるんだ」

ベルタ「光る苔があるとか聞いた事はあるけど。そんな感じでも無いわね」


カビ臭い洞窟の中を進む一行。

進む程に良い香りが漂ってきた。


アルフ「何で洞窟の奥からお茶の香りがするんだ」

ベルタ「人を誘う罠にしては変よね。人が通る事なんて無さそうな場所だし。お茶の香りの天然物かしら」


洞窟の突き当たりが遠くに見えた。

それは岩盤では無く扉であった。


アルフ「何で洞窟の行き止まりが扉になってるんだ」

ベルタ「・・・はぁ。こんな所まで。これも呼び主の思惑の一環なのかしらね」


またか、という面持ちでベルタは答えた。

この付近を通る事は、呼び主の思惑だろう。

雷雨を呼んで洞窟へ誘導する事も、呼び主の不思議な力であれば可能かもしれない。

だがベルタが雷に怯える事。

アルフが気を使って奥を目指す事。

それらを想定したと迄は思いたく無い。

思いたくは無いのだが、つっこまざるを得ない現実が目の前にあった。


アルフ「なら行って見るしかねぇか」


洞窟の奥の扉は、その場に似つかわしくない豪勢な造りであった。

明るかったのは、扉が光っていたからだ。

金で作って宝石を散りばめているように見える。

だが金持ちが住むような場所では無い。

酔狂にも程がある。


扉の左右には巨大な剣を持った黄金像が置かれていた。

今にも動き出しそうだ。

と言うか、動いて暴れた事があるような痕跡が見える。


ベルタ「あれって。ゴーレムってやつ?」

アルフ「おぉ。かっけぇ!」


喜んで黄金像へ向って走り出すアルフ。

黄金像の剣先がピクリと動く。


アルフ「アルフ!」


咄嗟にアルフに声をかけてマアマを構えるベルタ。


だが黄金像は動きを止めた。

アルフはペシペシと黄金像を叩いて喜んでいる。


ベルタ「あれ。あたしまだ振ってないわよ?マアマさんが抑えてくれたの?」

マアマ「まだー」


洞窟に響き渡る声がする。

反響してはいるが明瞭に聞き取れる。


「竜人様と、もうお一方、ですね。私め如きに何か御用でしょうか」


相変わらず、先方の正体すら気にしていないかのように、平然とガルマは答える。


ガルマ「雨宿りしておるだけだ。気にせずとも良い」


アルフが黄金像を叩いてるのに、気にするなと言うのも失礼だろうと思うベルタ。

でも竜人の連れであれば、相手も納得せざるを得ないのだろうなと同情もしたり。


「竜人様が雨宿り?・・・申し訳ありません。どうやら私めは、既に呆けてしまったようです」


先方は耳にした現実を信じられないようだ。

竜人が如何なる者かを知っていれば当然でもある。


察したアルフがフォローしてやる。


アルフ「雨宿りは俺達だ。ガルマさんは付き合ってくれてるんだ」

「・・・人も居たのですか。お二方の力が強過ぎて、見落としてしまいましたね」


先方はアルフに気付いてすら居なかったようだ。

ガルマの言葉が失礼だと憂慮したのは取り越し苦労だった、と安堵するベルタ。


ベルタが目を離した間隙を縫うかのように、失礼の権化とも呼ぶべきアルフが問う。


アルフ「声からして、おっちゃんぽいけど。あんたは誰だ」

隠者「私はここに住む、ただの隠者です」


咄嗟にアルフの口を塞ごうとするベルタ。

だが相手から見えない状況で、会話を中断すれば不審扱いされるだろう。


躊躇するベルタに気付かないまま、話を続けるアルフ。


アルフ「おぉ。何だか分かんねぇけど、格好良い呼び名だな。だからこんな、すんげぇ扉を作ってるのか」

隠者「おっと。これは失礼。あまりの驚きに、無礼な真似を続けてしまいました。どうぞお入り下さい」


内心パニック状態のベルタとは裏腹に、アルフは先方と打ち解けているようだ。


勝手に扉が開いた。

扉の奥は広大なドームになっていた。

広さは王都の闘技場くらいあろうか。

ただ、内装から壁面まで、全て金ピカであった。

成金趣味などという言葉が可愛く見えるほどに。


警戒するベルタ。

見るからに怪し過ぎるのである。

と言うか、見ているだけで目がおかしくなりそうである。


ベルタ「どうする。何か、あからさまに普通じゃ無い・・・って、ちょっとアルフ」


既にアルフは扉の奥に向って歩き出していた。

仕方なくベルタも後を追う。


扉から10m程入った位置に、杖をついた老人が一人佇んでいた。

アルフ一行に向って礼をしている。


見た事も無い、質素とも派手とも言える服装だ。

服の質感は部屋の素材のように派手である。

だが、デザインは機能美を優先した感じで、質素さを感じさせる。


隠者「ようこそ。このようなあばら家です。大したおもてなしは出来ません。雨宿り程度であればごゆっくり」


隠者の挨拶を聞いて、真顔でベルタに告げるアルフ。


アルフ「俺。あばら家の意味を、間違えて覚えてるぽいわ」

ベルタ「謙遜に決まってるでしょ」


つっこまれても謙遜の意味が分からないアルフ。


混乱するアルフの前に、テーブル・ソファー・ベッドが浮き出すように現れた。

テーブルの上には、淹れたてのお茶とお菓子まで用意されている。


驚きつつも、お菓子に目が釘付けになったアルフが賞賛する。


アルフ「うぉ。魔法?すげぇな」

隠者「魔力は使っておりません。故に魔法ではありません。錬金術と言うものです」


早速座って、お菓子を食べながら、隠者に話しかけるアルフ。


食べても大丈夫なのかという不安と、初対面の人に対する無礼で困惑するベルタ。

どう見ても相手は凡人では無い。

アルフが食べた端から、新たに浮き出すように湧いてくるお菓子も、気になって仕方がない。


アルフ「錬金術て何だ」

隠者「賢者の石を創る術です」

アルフ「賢者の石て何だ」

隠者「人を不老不死にしたり。石を金に変えたり。そのような奇跡を可能にする触媒です」


アルフと隠者のやり取りをハラハラしながら見守るベルタ。

一応はベルタの聞きたい事を聞いてくれているので、有りがたくもある。


アルフ「おぉ。奇跡か・・・俺には分かりそうにねぇな」

隠者「竜人様の前で口にするのはおこがましいですが。神への挑戦とか冒涜と言われてましたね」

アルフ「金ピカなのは錬金術だからなんだな」

隠者「お恥ずかしい。研究が成った折に、はしゃぎ過ぎた名残です」


アルフの無礼な問いに対し、隠者は丁寧に返答を続けている。

隠者に害意は無さそうだとベルタは判断した。

ならばベルタにも色々と聞いてみたい事はある。

ここは好奇心を煽る要素に満ち溢れている。


ベルタ「お世話になります。ベルタと申します。あたしも少し、お話を伺ってもよろしいでしょうか」


隠者はベルタを見つめ、少し考えてから答える。

哀しそうな笑顔をしている。


隠者「・・・希望に満ちたお嬢さんですね。私とは話さないことをお勧めします」


想定外の回答に動揺するベルタ。


ベルタ「え。どうして・・・それを聞く事も、いけないって事ですか」


アルフには気さくに応じた隠者。

なのにベルタには応じようとしない。


ベルタはどうして良いか分からず、ガルマに目線を送る。

ガルマは、ため息混じりに呟く。


ガルマ「優しさ故の拒絶か」

ベルタ「へ」


ベルタには何の事か分からない。

隠者の眉はピクリと動いた。

隠者に向って静かに告げるガルマ。


ガルマ「人を極めし者よ。応じろは言わぬ。だがベルタは、我が告げる真実にも屈しておらぬと知れ」

ベルタ「人を極めし者!?」


突然飛び出した、とんでもない言葉に驚嘆するベルタ。

未だ進化を遂げた人は居ない筈。

ならば、その直前に在るという事なのであろうか。


隠者「・・・私めの言葉如きでは、壊れぬとのお墨付きですか。いいでしょう。お嬢さん。お伺いしましょう」


隠者の笑顔から哀しみが薄れたように見える。

ベルタに椅子を勧め、自身も座る隠者。

アルフの隣にベルタも座る。


ベルタ「は、はい。その、早速ですが、人を極めし者って何ですか?」

隠者「竜人様が冗談・・・いや皮肉を言われるとは。私も今まで知りませんでした」


ガルマが冗談や皮肉を言った覚えはベルタにも無い。

皮肉だとしても、それを言わせる程の何かがある事は間違い無い。


ベルタ「皮肉なのですか」


真面目に問いかけるベルタに、隠者も応える。

笑顔は消え、優しくも真剣な表情だ。


隠者「人は自分で道を選びます。その選択肢は無数にあります」

ベルタ「はい。道を違えるなとは何度も伺っております」


頷く隠者。

ベルタの理解の度合いを確認するかのように説明を続ける。


隠者「竜人様のおっしゃる、道を違えるというのは、恐らくは正邪のみを指しております」

ベルタ「正邪についても伺いましたね。つまり、間違った正の道?も多いという事ですか」


むくむくと不安が大きくなるベルタ。

困難な先行きが、輪をかけて困難な話になりそうな気配がする。


隠者「そうです。何を以って間違えたとみなすか。それは私如きでは判断できなかったのです」

ベルタ「正しいけれど間違った道?変な言葉になっちゃいますが。そのような道を究められたという事ですか」

隠者「そういう事なのでしょうね。私が選んだ道の先は、行き止まりだったのですから」

ベルタ「邪では無い。けれども進化には至れない道。という事ですか・・・」


行き止まりとは、成長出来なくなる事を指すのであろうとベルタは察した。

ベルタは自然に正を選ぶと言われた。

でもそれだけでは、進化に至る道を選んでいるとは限らない、という事であろう。

そして過ちに気付けるのは、行き止まりに到達してからであると。

ならば、そこまで到達した者から、聞ける事は聞いておくべきであろう。


ベルタ「その道が錬金術師としての道だったという事ですか」

隠者「はい。最も神に近づける道だと判断して選びました」


納得するベルタ。

錬金術師を選択できる状況であれば、自分でも選んだかも知れない。


ベルタ「確かに。不老不死とか。石を金にとか。凄いお話ですよね。まさに神の力って感じがします」

隠者「そうですね。人の欲望を満たすには最適な道でした」


人は欲望のみで動くと聞いた。

ならば人が選ぶ道としては最適という事になる。

だがそれは選ぶべき道では無かった。

ややこしい。

いじめられているような気分になるベルタ。


ベルタ「欲望を満たす事と、神に近づく事が、別の道であったという事ですか」

隠者「むしろ神からは遠のいてしまいました。神は与える側であって、満たされる側では無いのです」


これは納得の行く分かり易い説明だ。

能力的に言えば、錬金術師の道は神に近づくと言える。

だが立場としては神から離れて行く。

であれば。

そこから立場だけを変えれば良さそうに思える。


ベルタ「では。その力を他の人々に振舞えば、神に近づけるのでは無いのですか」

隠者「神を真似る事と、神に近づく事は違うのです」

ベルタ「よく分からないです。神に近い力で神を真似れば、神に近づいてはいませんか」

隠者「考えてみて下さい。私の力で人々の欲望を満たしてやれば、その人々はどうなるでしょう」

ベルタ「あ。そうか。みんな堕落しちゃうだけなんですね」

隠者「そもそも。神が与えるのは欲望とそれを満たす手段であって、直接欲望を満たす事ではありませんしね」


再び納得するベルタ。

与える側になると言っても、与えられるものが違うのだ。

欲望や寿命は既に与えられており、新たに与える事に意味を成さない。


ベルタの理解を確認して、隠者は補足する。


隠者「それでも私が成長出来るのであれば意義もあるのですが。先に申し上げた通り、道は行き止まりでした」


錬金術で人に施しをしても、道は変わらなかったと確認済みなのであろう。


だが術が無いより有った方が有利である事は間違いない。

活用する方法があるのでは無いかと思うベルタ。


ベルタ「道の終わりが見えるというのも凄いですね」

隠者「皮肉とは言え、極めたと竜人様に言って頂ける程ですからね。賢者の石の力はそれなりに甚大です」

ベルタ「その力を以ってしても、神に近づく道を選ぶ事は出来ないという事ですか」

隠者「選ぶどころか、見えてすらおりません。既に絶望して今に至ります」


絶望。

安易に口にする人も多いが、極めて重い言葉である。

完全に望みが絶えてしまったと言うのだ。

望みが無ければ行動する意欲も湧かない。


究めた術を持つが故に、行き止まりが見えてしまうのだ。

隠者になったという事は、彼の絶望は本物であったのだろう。


だがそれではいけないと思うベルタ。

間違えた道とは言え、究める事の出来た偉人なのだ。

何とか道を選ぶヒントでも見つけたい。


とは言え、ベルタ自身にも道が見えていない。

ヒントは与える以前に欲しい側だ。

つまりは他の人々との接触、協力による情報収集が不可欠。

探した所で、正しい道を知る人は居ないであろう。

だが、隠者のように、間違った道を知る者からの情報は役立つ。


ベルタ「絶望して苦しまれる気持ちはお察しします。でもこのような場所にお一人で住まわずとも」

隠者「一人で居るのは、人が嫌いだからです」


想定外の答えに戸惑うベルタ。

隠者となったのは、道が見えぬ事に絶望した故だけでは無いのか。


それにしても人嫌いとは。

人を避けていては、絶望から逃れる事は出来ぬであろう。

真意を確かめる必要がある。


ベルタ「え。御自身も人ですよね?」

隠者「その通りです。残念な事にね」

ベルタ「寂しくは無いのですか」

隠者「全く」

ベルタ「あたしには耐え難いですね」

隠者「でしょうね」


竜神ですら大願を掲げている。

同格に話せる相手を求めているのだ。

それなのに、隠者は同格である人を拒絶して平気だと言う。

ベルタには理解し難く、隠者に問う。


ベルタ「肯定されるという事は、あたしの気持ちは分かるのですよね。感じ方が違うのは何故でしょうか」

隠者「人をどう見ているか、が違うのでしょうね」

ベルタ「どうって。人は人ですよね。自分と同じ存在というか・・・」

隠者「例えば。害獣が居なくなったら寂しいですか?」

ベルタ「まさか。清々しますよ」

隠者「そういう事です。私にとって、人は害獣なのです」


ベルタも理解した。

隠者にとって、既に人は同格では無いのだ。

話し相手たり得ない、獣程度の存在なのだ。


ベルタ「一体何があったのですか。人は協力して繁栄してきたのですよ」

隠者「その繁栄の為に。どれだけの人が虐げられてきたかはご存知ですか」

ベルタ「・・・」


人の歴史はベルタも学んでいる。

陰惨な歴史を乗り越えて、今の繁栄があると。

その陰惨な状況を目の当たりにしたのなら、人嫌いになる事も頷ける。


だが全ての人が害獣に見えると言うのも理解し難い。

陰惨な行為をした人の資質が、全ての人から見えるという事であろうか。


隠者「私は常に怒りに苦しんでいました」

ベルタ「怒りを抑える事は難しいですね。あたしも努力している所です」


ベルタも精神の脆さを克服すべく試行錯誤している所だ。

何か意見出来るかもしれない、と思う。


隠者「何故怒るのか。私は考えました」

ベルタ「怒る原因を特定して対策するという事ですか」


ここは発想が違う。

発生した感情を抑えるのでは無く、発生原因自体を排除しようというのか。

出来るとは思えないが、究めた錬金術なら可能なのかもしれない。


隠者「人と接する事。それが殆どの怒りの原因でした」

ベルタ「それで隠者になられたのですか。でも全ての人が、人を嫌ってしまっては、滅んでしまいますよ」


安直な結論に少し呆れるベルタ。

錬金術も何も関係無い。

怒りの対策手段としては破綻しているとしか思えない。


隠者「何の問題がありましょう」

ベルタ「・・・」


ベルタは絶句するほか、無かった。

人に絶望していたなら、滅びを受け入れて当然なのである。

現に竜神の絶望によって、幾度も人の世界は滅ぼされている。


隠者の出した結論が安直な訳では無かった。

人を嫌う理由、嫌っても問題無い理由を、安直に理解し易いように説明されただけだったのだ。


隠者「滅びを拒むのは種族維持本能に過ぎません。どうでもよい事なのです」

ベルタ「では人は何の為に生まれたのでしょうか」

隠者「創った側に目的はあったのでしょう。でもそれは失敗したのでしょう」

ベルタ「まだ失敗とは決まっていません。決まったなら滅ぼされています」

隠者「そう思える間は足掻けば良い。己の信じる道を進むしか無いでしょう」


説得はムリだとベルタは察した。

ベルタは大願の存在を知っている。

未だ竜神が人を見放していない事を知っている。

それ故に力強く抗議した。


しかし隠者にとっては既に検討済みの事だった。

大願を理解した上で、今の人には果たせぬと結論していたのだ。


ガルマに及ばぬとは言え、ベルタよりも隠者の見識が深過ぎる。

ベルタが何を言っても、逆に説得されてしまう。


最初に隠者が会話を拒んだ理由。

そしてガルマが、優しさ故の拒絶と言った理由がベルタにも分かった。

事実を話せばベルタの希望を摘みかねない、という隠者の配慮だったのだ。


己の無力さを痛感して悲しむベルタ。

自分が道を選べていたなら、隠者を救えたのであろう。

もはや隠者の行く末を案じるほかは無かった。


隠者もガルマの言葉を理解した。

ベルタが希望を失う事は無い。

全てを否定されながらも、隠者の身を案じ続けている事を感じ取っていた。



ベルタ「貴方は朽ち果てるまで、ここにお一人で留まるのですか」

隠者「恐らくは。そうなるでしょうね」

ベルタ「恐らく、ですか」


断定しない事がベルタには引っ掛かった。

既に総てを知り、結論を出した者としての発言では無くなったのだ。


隠者「怒りの対象にならぬ者が現れれば、私も変われるかもしれないと思っていました」

ベルタ「そんな人を探そうとは思わないのですか」

隠者「世界中に手を尽くしましたよ」

ベルタ「そうですか。貴方にとっては、全ての人が愚かに見えたのですね」


一瞬光が見えたのかと思ったが、やはりダメなのかと落ち込むベルタ。

だがそんなベルタを見据え、逆に隠者は顔を明るくする。


隠者「そうですね。お嬢さんに出会うまでは、そうでした」

ベルタ「え。あたしは大丈夫なのですか」


ベルタは素っ頓狂な声をあげた。

特別視される事に思い当たる節が全く無いのだ。


隠者「竜人様に付きまとう程に。力に飢えた者かと警戒しましたが。貴方と話しても全く怒りが湧いてこない」

ベルタ「力に飢えてなんていませんよ。今は寧ろ逆です・・・」


ベルタは筋力アップに努めてきた。

それは今後も変わりはしないだろう。

だがここで言う力とは、竜の力のような人外の強大なものを指す。

マアマの制御に不安を感じるベルタにとって、力は抑えたい側であった。


隠者「そういう所が、他の人とは違うのでしょうね」

ベルタ「でも。あたしの話し方って普通ですよね?あたしにだけ怒りが湧かないと言われてもどうしてなのか」

隠者「話し方が同じような人は多いですね。でも言葉の端々から、下心が透けて見えるものなのです」


驚き慌て、考えて答えるベルタ。


ベルタ「えぇ?あたしに下心?そんなの無い・・・と思います・・・よ?」

隠者「お嬢さんには、ね」


隠者は苦笑しながら答えた。

錬金術を究めた彼は、全ての人の羨望の的であった。

賊は無論、国家までもが彼に取り入ろうと謀略の限りを尽くしていた。

彼を知った上で、下心を抱かぬ者など居なかったのだ。

そんな人々を見下げ果てて、彼は隠者となったのであった。


だが目の前の娘は、彼をも超える力を手にしながら、普通に人として生きている。

誰かに力を誇示する訳でも無く、誰かに利用される訳でも無く、自然を受け入れながら旅を続けている。

つまりは、マアマを手にしていなかったとしても、彼に対して下心を抱く事は無かったであろうという証左だ。

これこそ、かつて捜し求めていた、道を違えていない者の姿なのであろう、と隠者は察した。


ベルタ「では。あたしに会ったから貴方は変わる。という事なのでしょうか」


信じ難い流れの変化に、もしかしてと期待を込めてベルタは尋ねた。


隠者「そうですね。すぐに今の生活を変える予定はありません。が、絶望から希望が生まれました」

ベルタ「はぁ」


隠者をやめる気は無さそうだ。

だが絶望からは脱したようだ。

ベルタとしては彼が救われたのかどうか、今一分かり辛い。


ベルタに向って頷いて告げる隠者。


隠者「お嬢さんのような人が増える事を信じてみます。その時の再活動に備えようとは思います」


隠者としては、今の人の世界は救うに値しない。

恐らくは、このまま竜神による滅びを待つのみであろう。

だがもし、ベルタのような人が増えたとしたら。

その時は、もう一度やり直す事もやぶさかでは無いと考えた。


ベルタ「それは嬉しいです。一つの道を究めたような凄い人なら、世界に与える力も大きい事でしょう」


心の底から喜ぶベルタ。

力不足で説得出来ない、救えない。

そう諦めた状況が一転したのだ。


説得に成功した訳では無い。

故にベルタが救ったのでは無く、隠者が自ら立ち直ったのだと思った。


だが自分の影響など、どうでも良い事だ。

隠者が救われるのであれば、掛け値無しに嬉しいとベルタは感じていた。


隠者「本当に・・・こぼれるような笑顔ですね。想いが伝わってくる。こちらの心が洗われるようですよ」


隠者が立ち上がって杖を一振りした。

次の瞬間、隠者の老いた容姿が青年の姿へと変わった。


アルフ「うぉお?変身した?かっけぇ」

ベルタ「な、何をなされたのですか」

隠者「若返ってみました。備えると言った以上、このまま朽ち果てるのを待つ訳にもいかぬと思いまして」


何も大した事はしていない、と言わんばかりの隠者。

その態度に安易に納得し、真顔でベルタに告げるアルフ。


アルフ「若返りって。そんな簡単に出来るんだな」

ベルタ「んな訳無いでしょ!」


アルフへのつっこみを果たしつつも確認を怠らないベルタ。

黄金尽くしや、湧き続けるお菓子にも驚いてはいた。

だが目の前で若返る様を見る衝撃は格段に違った。

まさに神に近い力という感覚を覚えた。


ベルタ「究めた力というものですか」

隠者「道を選ぶ事すら叶わぬ力ですがね。お手本は見せて頂いた事ですし。使い道も生まれる事でしょう」

ベルタ「お手本なんてあるのですか。あたしも是非拝見したいです」


隠者にはベルタの心情が読めている。

だがベルタに隠者の心情は全く読めていなかった。

ベルタ自身がお手本となった事をベルタは理解出来ていない。


笑顔で頷く隠者。

ベルタの目の前に手鏡が差し出された。


隠者「どうぞ御堪能下さい」

ベルタ「へ。鏡?」

アルフ「おぉ。これがお手本か・・・俺にはさっぱりだ」

ベルタ「あたしにも分かんないわ。究めた力とかが無いと見えないのかな」


それ以上は説明しない隠者。

ガルマに言われた皮肉をベルタに返したつもりなのだろうか。


隠者「よろしければ差し上げます。お持ちになって下さい」

ベルタ「ありがとうございます。あたしにも何時かは見えるようになるのかな」


鏡を観察するアルフとベルタに隠者が声をかける。


隠者「急かす訳ではありませんが。外の雨はあがったようですよ」

アルフ「おぉ。サンキュー。んじゃ行くか」


礼を言いながらも席を立ち、即座に踵を返して外へ出て行こうとするアルフ。


ベルタ「え。そんないきなり」


ベルタが引きとめようとするも、アルフは歩いていく。

先方の迷惑も考えれば、長居するべきでは無いとベルタも思ってはいた。

慌てて隠者に向き直して挨拶をするベルタ。


ベルタ「その。急に押しかけて申し訳ありませんでした。素晴らしいお話をありがとうございました」

隠者「こちらこそ。楽しく有意義な時間を過ごせましたよ」

ベルタ「では失礼します」


スタスタと進むアルフをベルタは追いかける。


ベルタ「あんた。世話になった人に礼くらいちゃんとしなさいよ」

アルフ「えぇ?ちゃんとサンキューって言ったぜ」

ベルタ「口だけじゃない」

アルフ「えー。菓子も美味かったし。ちゃんと感謝の気持ちを込めてたんだけどなぁ」


アルフ一行が扉を出ると辺りは暗くなった。

光を放つ扉と黄金像が消えて岩壁になったのだ。


ベルタ「え?」

アルフ「消えちまったな」


一体何が起こったのか。

目の前の岩盤の位置には、さっきまで隠者が居たのだ。

いしのなかにいる隠者を想像して青褪めるベルタ。


ベルタ「えー!そんな。まさか・・・死んじゃったんじゃないわよね?」


呆れながらガルマが答える。


ガルマ「移動しただけだ。備えとやらの行動に出たのであろう」

ベルタ「はぁ。あのお家ごと移動ですか。本当に人とは思い難い力ですね」


明らかに人を超えているとしか思えない力。

だがその力を以ってしても進化には至れない。

正しき道を進むだけではダメなのだ。

正しき道の中から、進化へ至る道を選ぶだけでも至難である事をベルタは理解した。


ベルタの思いも察せずに、隠者の心情を察するアルフ。


アルフ「ベルタに言われたくは無いだろうけどな」

ベルタ「あたしのはマアマさんの力よ」

アルフ「あのおっさんも賢者の石とやらの力なんだろ」

ベルタ「それも自分で創ったんだから。あの人のは自分の力よ」

アルフ「自分の力かどうかは関係無いと思うけどな。まぁそれでもいいや」


つっこんではみたが、アルフにはどうでも良い事だった。



洞窟を後に、アルフ一行は旅を再開した。


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