おまけ:人に成り損ねた者
アルフ一行は、背丈の高い草むらの中を歩いていた。
視界は殆ど利かない。
八方草しか見えない状態である。
アルフが呼ばれる方へ進むので、迷う事は無かった。
パキッ
時々動物の骨のような物を踏んで壊れる音がする。
だが動物の気配は全く無い。
少しイラついたようにアルフが呟く。
アルフ「いかにも襲われそうな場所って感じなのに。全然肉がこねぇな。期待してたのに」
ベルタも少しイラついている。
草が邪魔過ぎて、すぐにアルフを見失いそうになるのだ。
それでも冷静に考えて答える。
ベルタ「そうね。上位種の支配区域とかなのかな」
化け物が獣を一掃しているとは考え難い。
それならアルフ一行にも襲い掛かってきているだろう。
この場合の上位種とは、知恵で上位に立つ者を指す。
獣を排除する知恵があるとしたら、亜人の可能性が高い。
だがまともな亜人が支配するような、文化的な地域には見えない。
ピンとくるアルフ。
アルフ「あぁ。ゴブリンとか居るのかもな」
ベルタも想定はしていたが口にしたくは無かった。
アルフが口にしてしまったので諦める。
ベルタ「ゴブリンかぁ。堕ちたとは言え、亜人だって話だし。相手にしたくは無いわねぇ」
アルフ「捕らえて更生させるって訳にも、いかねぇだろうしな」
物憂げにアルフも同意する。
元は、子鬼の身体能力を得た人になるべきであった種が、ゴブリンの祖である。
本来は子鬼人と呼ばれる存在になるべきであった。
だが理性が潰された故に、人には成り切れなかった。
だから厳密には、人の定義上では、ゴブリンは亜人では無く魔物である。
とは言え、理性を除けば亜人と区別する要素が無い。
事実、因子で判断するガルマにとっては、ゴブリンも亜人である。
故に便宜上は、人からも亜人として扱われる事が多い。
ベルタ「襲われた場合の対策は考えておいた方が良さそうね」
理性が足りない以上、更生は不可能である。
賊と同じ扱いでは皆殺しにしてしまうだろう。
アルフ「亜人なら食う訳にもいかねぇし。竜神様が放置してるって事は、滅ぼす対象でも無いんだろ」
ベルタ「堕ちた人の存在意義か。進化は期待出来ないわよね。人に与える苦難として残してるって事かしら」
何故ゴブリンが存在するのか。
その意義次第で対応も変わってくる。
少なくとも人の立場から言えば害でしか無かった。
アルフ「ベルタの場合は、マアマで一掃出来るから苦難にもならねぇよな」
ベルタ「となると。食べきれない獣と同じ扱いかな。捕らえてから逃がすくらいしか無いんじゃない」
アルフ一行にとっては苦難にすらならないのだ。
完全に無価値な存在と言わざるを得ない。
関わるだけムダだと判断した。
だが逃がすという案には引っかかるアルフ。
アルフ「捕らえたゴブリンは逃がすなって。村の人が言ってたのを聞いた覚えがあるぞ」
ベルタ「学習して厄介になるらしいからね。マアマさんが相手なら学習しようも無いでしょう」
亜人なので、それなりに知恵はある。
手の内を見せてから逃がしてはいけないのだ。
だがマアマの力であれば、見せた所で対抗する術が無い。
逃がしても問題無いとベルタは判断した。
アルフ「なら罠アイテムは、なるべく見せたく無いな。作動する前に捕まえてもらわないとな」
ベルタ「もし襲ってきたらね。狙撃の時と一緒で良いでしょう。仲間もまとめて捕縛してもらいましょう」
作戦はまとまった。
襲撃を警戒しながら進むアルフ一行。
だが何も襲ってくる気配は無い。
草むらは広く密集している。
ゴブリンが完全に気配を断つなど、出来る場所では無いのだ。
少し動けば草が揺れ音がする筈だ。
警戒は怠らないが、気が抜ける。
アルフ「何事も無く抜けられそうだな」
ベルタ「アルフが口にしたのに出てこないなんて拍子抜けね」
アルフが口にした物が現れる。
そんなジンクスのようなものを感じていた。
故に本気でゴブリンを警戒していたのだ。
アルフ「こうなると獣が居なかった理由が分かんねぇな」
ベルタ「そうよねぇ。これだけ草だらけなのよ。食べる動物も居るでしょうに」
ゴブリンを警戒したのは、獣の気配が無いからだ。
だがゴブリンの気配も無い。
他の要因がある筈だが見当がつかない。
アルフ「草が多過ぎるのかな。みんな迷子になっちまうのかもな」
ベルタ「それは無いと思うけどねぇ。嗅覚とか聴覚が優れている種も居るんだし」
結局何も起きないまま、草むらの外が見えて来た。
草むらの先は林になっているようだ。
アルフ「ここの草は不味いのかね」
ベルタ「どんな動物にも食べられない草?そんな草しか無い土地なんて聞いた事ないけどねぇ」
この世界の生物は食物連鎖で成り立っている。
植物が生える場所であれば動物も居るのが普通なのだ。
既にアルフの関心は草むらの先に移っている。
アルフ「ん?肉が待ってるぞ」
ベルタ「へ。本当だ。草むらの外の奴よね。こっちを睨んでる獣が居るわね」
アルフ一行の臭いを嗅ぎつけたのであろう。
林から真っ直ぐにアルフ一行を睨む視線があった。
アルフに言われてベルタも気付く。
視界の悪い草むらの中からよく見つけるな、とベルタは感心した。
アルフ「あれなら罠アイテムで十分だろ。このまま進むぜ」
獣の姿は、アルフの目には脅威に映らない。
それは獣にとっても同じであり、アルフ一行を脅威とは捉えなかった。
お互いを肉としか認識していない。
アルフ一行を睨んでいた獣は、草むらの中に突っ込んできた。
アルフ「きたきた」
ベルタ「食べに来て食べられるなんて哀れね。皮肉だけど諦めてね」
キャイーン
周囲に響く獣の悲鳴。
だが罠アイテムは作動していない。
悲鳴の位置は、アルフ一行から離れている。
驚いて足を止めるアルフ一行。
アルフ「なんだ。棘でも踏んだのか」
ベルタ「それにしては変よ。一声鳴いてそれきりだし」
獣が争った気配は、まるで感じなかった。
障害物で怪我をしたにしては、もがく様子も逃げる様子も無い。
向ってくる途中で、突然絶命したかの雰囲気だ。
再び警戒を強めるアルフ一行。
何が起こったのかを確認する必要があるだろう。
アルフにしては慎重な面持ちで決断する。
アルフ「見に行ってみるか」
悲鳴が聞こえた辺りに近づくと、獣の新しい死骸があった。
既に食い荒らされている。
だが獣を襲った筈の、主の姿は見えない。
警戒していても食欲が優先するアルフが嘆く。
アルフ「おぉ。先に食われた」
ベルタ「やっぱり何か居るのよ。獣を一瞬で倒す程に危ない奴が。早くここを出ましょう」
強い危険を察したベルタが、草むらからの脱出を促す。
アルフ一行は無事に草むらを抜けた。
少し離れてから、草むらを振り返る一行。
草むらを注視しても、たまに弱く吹く風に凪ぐ以外の動きは見えない。
アルフ「何も居ないよなぁ」
ベルタ「獣が食べられてたわよね。居ない訳は無いんだけど。見えない獣?」
アルフ「そうだとしても。草が動いて分かりそうなもんだけどな」
アルフとベルタには何が起こったのかさっぱり分からない。
このまま進んでも、恐らくアルフ一行に危害は無いだろう。
だが見えない脅威が付いてきては困る。
行き先で、他の人に危害を加えるかもしれないのだ。
ガルマは黙っている。
アルフとベルタに取って、知る必要は無い、もしくは自力で調べるべきという事なのか。
行き詰ったベルタは問う。
ベルタ「ガルマさん。お聞きしても良い事でしょうか」
ガルマ「虫だ」
ガルマは事も無げに即答した。
アルフとベルタも理解した。
草むらの中には、肉食の強力な虫が大量に居るのだ。
襲われなかったのは、ベルタが虫避けの魔アイテムを持っているからだ。
慌てるアルフ。
アルフ「ちょっと待てー。という事はだ。俺一人で旅してたら食われてたのか?」
ベルタは少し考える。
前の町でも、人が虫に食われたという話は聞いていない。
ベルタ「罠アイテムがあるでしょ。襲われて、すぐに逃げていれば防げたんじゃない?」
普通に考えれば、殆どの危険は罠アイテムで防げる。
虫程度であれば、虫避けの魔アイテムが無くても駆除出来るのだ。
だがアルフは普通では無い。
能天気なのだ。
アルフ「いや。罠アイテムで駆除したならさ。そのまま気にせずに進むだろ。俺なんだし」
ベルタ「だったら処理しきれなくなるでしょうね。物凄い数みたいだし。食べられちゃったかもね」
必死で訴えるアルフに納得するベルタ。
まさにその通りになったであろうと。
珍しくぶち切れそうなアルフ。
アルフ「呼び主は俺を殺す気かよ!」
ベルタ「あたし達が一緒だと知っているかも。その上で呼んでるんじゃないの」
呼ばれているのはアルフだけだ。
だがガルマ達と出会うように、誘導されていたとは思える要素は多い。
同行を前提としている可能性は十分にある。
自身の最大の失敗を思い返して問うアルフ。
アルフ「じゃぁ。間欠泉のところもかよ。ベルタに任せろって事だったのかよ」
ベルタ「その可能性もあるわね」
否定して欲しかったアルフ。
だが素直に肯定するベルタ。
悪気が有る訳では無い。
頭を抱えて葛藤するアルフ。
こんな姿を見せるのは初めてでは無かろうか。
アルフ「必死で考えた挙句に。怒られて死に掛けて。それが全部ムダだったとか。ありえねー」
親身になって考えるベルタ。
必死で考えた挙句、と言う言葉には語弊を感じる。
だが、アルフの行為が結果的にムダだったとは言える。
全ての原因は呼び主にある。
ベルタ「呼び主の目的か正体が分からないと意図は掴めないわね」
突然怒りが失せたかのように脱力するアルフ。
アルフ「行く気が失せてきたな」
ベルタ「帰る?」
ベルタとしては村に戻るのもやぶさかではない。
この旅はアルフに同行しているだけである。
アルフ次第で旅は終わるのである。
ベルタの顔を正視して答えるアルフ。
アルフ「飯を食って考えよう」
ベルタ「はいはい」
ベルタがマアマを振る。
焼肉の出来上がりだ。
獣の姿をベルタは視認していない。
それでも居るなら釣れる。
魚釣りの時に経験済みなのだ。
既に手馴れたものである。
実際には世界のどこからでも釣れる。
だがベルタにはそこまでの考えが及ばない。
近場の獣だけを狙っていた。
何も考えて無さそうに、喜んでかぶりつくアルフ。
そして食べ終えて、満足そうに一服する。
旅の継続を検討しているようには見えない。
怪訝そうにベルタが問う。
ベルタ「どうするか決まった?」
アルフ「おぉ。難しすぎて寝そうになったがな。まとまったぜ」
意外にアルフは考えていたようだ。
結論を整理するかのように俯く。
ベルタ「どうするのよ」
アルフ「ベルタもガルマさんも。俺が頼んで一緒に来て貰ってる。勝手についてきてる訳じゃねぇ」
まずはアルフ自身に言い聞かせるように現状確認する。
この旅の主体は自身である。
同行者には協力を請って共にあるのだと。
ベルタ「あたしは自分の意思でもあるけどね」
アルフ「だったら頼らせてもらおうと思う。旅を続けよう」
意を決したように顔を上げてアルフが宣言する。
ちょっと意外そうにベルタは応じる。
話の流れ的には、旅は終わると思っていたのだ。
ベルタ「あたしはいいわよ。でもあんた。呼び主の事を信用出来なくなったんじゃないの」
アルフ「元々信用なんてしてねぇさ。呼ぶ以上は大丈夫だろうってな。勝手に思ってただけさ」
勝手に思ってただけと自覚しているなら、何故あんなに怒ったのだろう。
いずれにせよ、旅を続ける理由にはならない。
問題の本質を問うベルタ。
ベルタ「でも今ので危険だって分かったわよね」
アルフ「あぁ。だから俺としては、旅を終えるのも有りかなとは思ったんだが」
やはりアルフ自身は旅の終わりを考えていた。
だがそれを思いとどまらせる程の要因が有るという事らしい。
今後も旅を続ける理由が、呼び主の為で無い事は実質的に確定している。
ならば仲間の為という事になろうが、アルフ以外の者には目的地が無い。
誤解されているのではないかとベルタは察する。
ベルタが旅を続けたいと、アルフは思っているのではないかと。
ベルタ「俺としてはって。あたしとガルマさんの為に続けるって事?」
アルフ「ガルマさんは村に定住なんてしないだろ。お前は困らないか?」
ベルタ「あ」
旅を終えれば、ガルマは去るであろう。
ベルタには、マアマという不安を残す事になる。
アルフ「俺としては旅を楽しんでる。でも危険だと分かった上で、お前を連れて行って良いのかって思えてさ」
アルフが怒った理由が分かった。
自身の身を案じていた訳では無い。
呼び主を信頼できなくなったからでも無い。
自身がベルタを危険に晒していた、その事実に怒ったのだ。
結果論として危険が発生するのは、村に居ても一緒だ。
盗賊に襲われたりする事は、呼び主が意図せずとも発生するだろう。
だが意図的に危険な場所へ誘導する事は許せるものでは無い。
旅を終えるべきか迷った事も、旅を続けると決めた事も、ベルタの事を考えた結果だった。
ベルタ「行く気が失せたって。あたしのせいだったの」
自分がアルフの重荷になっている。
そう感じて落ち込むベルタ。
慌ててアルフはフォローする。
アルフ「いやいや。だから負の思考はやめろって。精神の脆さの一端じゃねぇのか」
ベルタ「・・・うん。アルフの気持ちの問題なのよね」
アルフに言われて考え直すベルタ。
それが誰の為であろうと、アルフ自身の気持ちなのだ。
ベルタが気にするべきでは無いのだと。
ベルタの様子を見て安堵するアルフ。
アルフ「そうそう。で、飯を食いながら考えた。結論が、ガルマさんやマアマが居る間は大丈夫だろうって事」
アルフの結論に納得するベルタ。
そして、よく考えてくれているなと感心する。
ベルタ「そうね。少なくともあたしにとっては、旅を続ける事が一番安全なのかもしれない」
説明を終え、理解してもらえたようで、気が抜けるアルフ。
いつもの能天気な様子に戻る。
アルフ「てな訳で。今後は行き詰ったら、考えずに頼るから宜しく頼むぜ」
ベルタ「あはは。あんた能天気のクセに、考える時はちゃんと考えるわよね。えらいえらい」
正直に誉めるベルタ。
アルフの能天気には呆れさせられる事が多い。
だが本当に考えるべき時は考えているのである。
アルフ「俺も思うわ。考えたくは無いんだけどな。考えなきゃいけない状況に追い込まれるんだよな」
ベルタ「そこで逃げずに、ちゃんと考えてるのよね。えらいえらい」
逃げる事は容易い。
能天気であれば尚の事だ。
それなのに逃げなかった。
大事に想ってくれている事の証と言えよう。
アルフ「まぁ俺の事だしな。呼び主には会ってから話をつけねぇとな」
アルフの一言で疑問が湧くベルタ。
アルフ一行の中で、アルフは最も非力である。
何故アルフだけが呼ばれるのか。
ベルタ「そうね。何の力も無さそうなアルフを呼ぶのも変よね。呼び主は不思議な力を持っていそうなのに」
アルフ「それは俺が一番聞きたいわ。何か一つくらいは、俺にも長所があってもいいじゃん」
アルフも同意する。
呼びたくなる程の魅力がアルフにあるのだろうか。
あるのなら、それが何なのかを教えて欲しい、と切実に思っていた。
ベルタ「なら丁度良かったんじゃない?アルフにも明確な目的が出来たじゃない」
アルフ「お?・・・そうか。呼び主に俺の魅力を聞きだすのか。燃えてきたな」
アルフにとっては、やる事も無いから呼ばれる方に進む、というだけの旅だった。
だが、やる事が出来たのだ。
アルフの魅力を考えてみるベルタ。
だが思い浮かばない。
記憶は無いし体力も無い。
容姿も身体能力も、優れた要素は見当たらない。
ベルタ「アルフの魅力か。焼いて食べたら美味しいのかもね」
アルフ「だから何ですぐに俺を殺す方に発想が向くのかな。きっと、すげぇのがあるって」
当面の行動に変化は無い。
だがアルフ一行には明確な旅の目的が出来た。
身支度を整えて旅の再開を準備する一行。
先ほどまでの雰囲気と一転して、神妙に呟くアルフ。
アルフ「しかしなぁ。ガルマさんやマアマの居る事が前提の旅路かぁ。先の想定が思い切り変わってくるな」
ベルタ「想定なんてしていたんだ」
ベルタは本気で驚いていた。
想定と言っても、アルフにとっては、危険の有無が変わる程度の認識だった。
アルフ「前にお前が言ってたさ。溶岩湖を通るとか本当にありそうじゃん」
ベルタ「あぁ。あんたは無いと思っていたのね」
その程度かと納得するベルタ。
とっくに想定済みの話である。
アルフ「おぉ。そんなもんがあったらさ。そこで旅が終わっちまう。呼んだ意味が無くなるだろ」
ベルタ「そうね。アルフを始末したいので無ければだけど」
アルフの考えは尤もである。
だが旅を続けさせる事が目的であればの話だ。
そうとは限らないのである。
アルフ「でもこうなるとな。水の底とか雲の上とか。下手したら瞬いてる星とかもありえそうでさ」
ベルタ「洒落にならないわね。あんた。そんな呼び先にも従う気?」
流石に星に呼ばれる事までは、ベルタも想定していない。
肯定も否定もしないアルフ。
アルフ「相談はするさ。呼ばれた時に考えようぜ」
アルフ一行は旅を再開しようとする。
だが妙な気配がする。
物陰に大勢が隠れて囲んでいるようだ。
アルフ「飯の臭いに惹かれたのか。何かが集まってきたみたいだな」
ベルタ「おかしいとは思ってたのよね。アルフが口にしても現れないなんて」
アルフ「あぁ。ゴブリンか」
既に応じる準備は出来ている。
マアマを構えて様子を伺うベルタ。
カシン
矢が一本飛んできて、アルフに当たる直前で弾かれる。
通常の矢であれば、盗賊避けの罠アイテムで防げるのだ。
ギ ギィ
ざわめきが聞こえる。
アルフには矢が効かない。
たじろぎすらしない。
原因が分からずに困惑しているようだ。
続けて大量の矢が、八方から撃ち上げられる。
物量作戦に出たようだ。
だが、その矢が地に落ちる事は無かった。
代わりに大勢のゴブリンが降って来た。
ベルタがマアマを振っていたのだ。
ギ
ギギギ
ギィ ギィ
アルフ一行の目の前がゴブリンだらけになった。
200匹は居ようか。
コロニーで待つゴブリンなども含めて釣ったのであろう。
身動き出来ずに、ただ混乱している。
ゴブリンを眺めて呆れるアルフ。
アルフ「またすげぇ数だな」
ベルタ「あたしの村の人口よりも多いじゃない。何か負けてるみたいで腹立つわね」
アルフ「いや。怒る所はそこじゃねぇだろ」
襲われて怒る事は間違っていない。
だがベルタの怒りの理由は理不尽だった。
ベルタ「捕らえてから逃がすと決めてはいたけど。これじゃすぐに追いかけてきそうよね」
アルフ「ベルタの仕業だって事も理解出来てねぇだろうしな」
個別の獣なら捕らわれた恐怖心で逃げる。
だが半端な知恵を持つゴブリンの集団あれば、アルフ一行に勝てると勘違いしそうだ。
作戦変更を余儀なくされて悩むベルタ。
ベルタ「うーん。どうしよっかな」
アルフ「夜まで拘束とかで、いいんじゃねぇの」
ベルタ「町中なら、いいんだけどね。ここじゃねぇ。獣に食べられちゃうわよ」
この場を離れるまで拘束を続ける手は、ベルタも考えてはいた。
だがここに獣が居る事は確認済みなのだ。
アルフには問題があるようには聞こえない。
元々ここは、食うか食われるかで成り立っているのだ。
アルフ「それも自業自得じゃね」
ベルタ「そうなんだけど。なんか残酷に思えてさ」
アルフ「ん~身動き出来ずに食われる・・・か。想像すると確かにやばいな。戦って死ぬより怖いかも」
アルフも少し考えて理解した。
弱肉強食は仕方が無い。
だが、抵抗する術を奪われて、嬲り殺しにされるのは流石に惨い。
考えていたベルタが閃く。
ベルタ「そうだバリア。ゴブリンが外に干渉出来ない牢を作りましょう。夜まで維持する事は出来るかしら」
マアマ「おっけー」
マアマは即肯定する。
ベルタがマアマを振る。
その瞬間にゴブリンの拘束が解かれた。
ゴブリンは一斉に、アルフ一行に向ってくる。
だが見えない壁に阻まれて進めない。
矢を放っても壁は越えられない。
ゴブリンの様子を見て安堵するベルタ。
ベルタ「さっすがマアマさん。これくらいの罰は受けてもらいましょうか」
マアマ「あはははは」
アルフ「んじゃ行こうぜ」
ゴブリンを牢の中に残し、アルフ一行は旅を再開した。
残されたゴブリン達にとっては地獄の始まりであった。
これくらいの、と言える程度の罰では済まされなかったのだ。
ゴブリン達は牢から出られない。
しかし獣は出入り自由なのである。
徐々に集まってくる獣の群れ。
ゴブリンに退路は無い。
夜まで休み無く死闘を繰り広げる破目に陥っていた。
ゴブリンの大半は、コロニーから釣られたので武装もしていない。
武装した者も軽装だ。
アルフ一行の三人だけを相手にするつもりだったのだから。
だが集まってくる獣の数には限りが無いかのようだ。
この辺りではゴブリンは最上位種である。
自由に動ければ、獣を撃破する事も可能だった。
だがそれも、亜人としての知恵を活かせる状況ならばの話である。
牢の中では本来の戦法が取れない。
遮蔽物などを利用したくても存在しないのだ。
正面からぶつかるだけの肉弾戦では圧倒的に不利。
まともに獣と戦える戦闘力は無かった。
最終的に生還出来たゴブリンは100匹に満たなかった。
生還した者も、獣を駆逐出来た訳では無い。
仲間が食われている隙に、命からがら逃げ出してきたのだ。
逃げ場の無い状況で襲われる恐怖は、ゴブリンの精神に深く刻み込まれた。
その後、人を避けるゴブリンが増えて行った。
結果として、ゴブリンに襲われる人が激減していった。
人を襲うと、とんでも無い事になるという認識が、ゴブリンに広がったようである。
ゴブリンが学習する、という話は事実であった。
今回は珍しく良い方向に学習したようだ。
会話が通じるゴブリンも居るが、説得はムダである。
理性が足りずに堕ちた者なのだから。
会話を出来る知能があっても、約束を守ろうとする理性は無いのだ。
半端な知恵を持つゴブリンには、説得も生半可な攻撃も、徒労にしかならない。
下手に学習して、反発するだけなので厄介だ。
決して抗えぬ、圧倒的な力を示す事が、最高の薬となるのだろう。




