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あたしのせいじゃなーい  作者: わかいんだー
本章~ファンタジックな旅の日常~
21/52

おまけ:筒抜けの心

アルフ一行は城郭都市の前に着いた。

この国の王城と城下町を、巨大な城壁で囲んだ王都だ。

城壁で囲まれた地域は直径20km程ある。


アルフは城壁を見上げて呟く。


アルフ「すっげぇでかい壁。高さ何mあるんだこれ。遠くから見た時は塔に見えたぞ」


ベルタも頷いて周囲を見渡す。


ベルタ「広さも凄いわねぇ。都市を丸ごと囲んでいるらしいわよ。あたしの村が幾つ入るのかしら」


アルフは壁の大きさに、ひたすら呆れているようだ。

とにかくムダと言わざるを得ないほどに、でかいのである。


アルフ「壁を保守するだけで、むちゃくちゃ大変そうだな。というか出来るとは思えない規模なんだが」


ガルマも城壁を見て呟く。

ここにも知り合いが居るようだ。


ガルマ「あやつも人に協力しておったのか」

マアマ「いるねー」


一頻り城壁に感心した後、アルフ一行は王都の入口へ向う。


アルフは憂鬱そうに呟く。


アルフ「壁に囲まれた町って辛気臭そうだな」


ベルタも同意する。

町へ入る時の、いつもの浮かれた感情は無さそうだ。


ベルタ「閉じ込められてる感じよねぇ。だからといって町中で武器握ってたら危ない人に見られちゃうわよね」


意識改善の為に、常時マアマを手にする事を決めたベルタ。

だが流石に町中では怪しまれる。


アルフは笑いながらつっこむ。


アルフ「実際に危ない人だしな」


ベルタは否定しながらマアマを仕舞う。

当人に自覚は皆無なのだ。


ベルタ「あたしのどこが危ないのよ。マアマさん、町中では背中で我慢してね」

マアマ「あい」



アルフ一行は警戒しながら町へ入る。

壁の物々しさから考えて、いきなり警備兵に捕縛される可能性を考慮したのだ。


ところが大勢の人が検問も無しに出入りしているようだ。

一応見張りが立っては居るが、特に視線を向けられる事すら無かった。


アルフ「壁が物々しい割りに、出入りは自由ぽいな」

ベルタ「よく分かんない政治してるみたいねぇ」


アルフとベルタには壁の存在意義が分からずに呟く。

町に入ると、他の町とは比べ物にならない発展振りで賑わっていた。


町への興味が低いアルフですらはしゃぐ。

町の造りも商品も、全てが次世代という雰囲気なのだ。


アルフ「うぉおおお。何だよこれ。全然辛気臭くねぇ」


ベルタも驚嘆する。

王都と聞いて、華やかさに期待はしていた。

しかし、その期待を遥かに上回る現実が目の前にあった。


ベルタ「お祭りしてる訳じゃないみたいだけど。他の町のお祭りよりも賑やかよね」


浮かれて大通りの店を見て周るアルフとベルタ。



町に入ってから20分程経っただろうか。

大通りを凄まじい勢いで、豪勢な馬車が突っ込んで来る。

それはアルフ一行の近くで急停車する。

馬車の来た方角からは、さらに何かが向って来るようだ。

凄まじい地鳴りと、巨大な土煙が迫ってくるのが見える。

馬車が盗賊にでも追われているのだろうか。


アルフ「おぉ。すげぇ馬車だな。遠くからも何か向ってくるな。追われているのか?」

ベルタ「何かしらね。あたし達とは関係無いわよね。ここに居たら危ないかしら」


アルフ一行がその場を去ろうとした矢先、怒声と暴れる物音が響き渡る。

停まった馬車の中からだ。

アルフ一行も思わず足を止めて様子を見る。


「王よ!せめて護衛が着くまで、グフッ、お待ち下さい!」

「ぶわっかもん!国が消されるかの瀬戸際に何を悠長な事を!」

「しかし!今も刺客が王を狙っている可能性が!」

「どけぇ!」

「ぐわ」


馬車の扉が蹴破られるかのように開く。

そこから屈強そうな壮年の男が飛び出した。

かなり上等な装備をしているように見えるが、毛羽毛羽しさは無い。

優雅な容姿には似合わぬ、必死の形相だ。

地に降りると慌てて周囲を見渡す。

ガルマの姿を確認すると即座に走り寄って跪いた。


「ようこそ竜人様。私めはこの国を治めておる者です。何か不手際がございましたでしょうか」


騒動の主はこの国の王を名乗った。

名乗りを終える頃に、地鳴りと土煙の主も到着する。

騎乗した兵だった。

一斉に馬を降りて王の背後に跪く。


ガルマの来訪を知った王が、咄嗟に馬車に飛び乗って来たのだ。

それを王の近衛兵と城の守備兵が追いかけてきていた。

大通りは兵で埋め尽くされた。


ガルマは王にも兵にも興味を示さない。

王の問いかけを無視して城壁の方を見ている。


そんなガルマと王に、交互に視線を移してベルタは困惑する。

どうなっているのか、どうすればいいのか、さっぱり分からない。


静まった所で平然とアルフが問いかける。


アルフ「おっちゃん。よくガルマさんが来たって分かったな。町の入口はザルで出入りできたのに」


王はアルフに対しても跪いたまま答える。


王「は。ここを出入りする者は全て、設置された魔アイテムにて素性を確認させて頂いております」


アルフの態度にベルタが慌てる。

話している相手は、この国の統治者を名乗っている。

王都内で大軍を率いてきたので信憑性も高い。


ベルタ「アルフ!この方、王様らしいわよ。敬語くらい使いなさいよ」

アルフ「お、おぉ」


ベルタの剣幕に押されて了承はしたアルフ。

だが本物の王だとしても、アルフの知る敬語はほんの数例である。


王はアルフの態度を問題視しない。

跪いたままアルフとベルタに応じる。


王「いえ。お二方が竜人様のお供である事は承知しております。私如きに敬語は不要です」


ベルタから見れば、王は雲の上の人である。

誤解されていると判断して慌てて弁明する。


ベルタ「とんでもない。あたしなんてただの村娘ですよ。ガルマさんは優しいから同伴してくれてるだけです」


王はベルタを見上げて答える。

王を立てる為に、ベルタが謙遜していると思ったようだ。


王「背負われている武器はオリハルコンでございますな。一目で分かります。ただの村娘に持てる物では」


アルフが王の言葉に反応する。


アルフ「おお。ただの村娘は言い過ぎだな。ベルタはこの町も一撃で破壊できるだろうし」


王の顔がひきつる。

頭を地に伏してベルタに懇願する。


王「ベ、ベルタ様。どうかお慈悲を」


顔から火が噴出しそうな思いのベルタ。

誤解も甚だしい。


ベルタ「ちょ。しません。そんな事。絶対にしませんから頭を上げて下さい」


アルフは笑いながら肯定する。

できると言っただけで、やるとは言って無いのだ。


アルフ「おぉ。ベルタは死んでもやらねぇだろから安心していいと思うぞ」


ベルタは本気で怒る。

町を護る立場にある王に対して、町の破壊を示唆するなど敵対行為に等しい。

如何に能天気とは言え、暴言にも程がある。


ベルタ「アルフ!あんた、口にして良い事かどうかくらい、考えてから喋りなさいよね」


アルフは驚く。

一番の理解者であるベルタの言葉では無い。


アルフ「えぇ?俺にそんな事はムリだって知っているだろうに・・・」


ベルタの対応で、王は何とか落ち着いたようだ。



アルフは懲りずに王に問う。


アルフ「それにしてもここ、すげぇ城壁に囲まれてるよな。何か見られて疚しい事でもあんの?」


流石にベルタは切れそうである。

これ以上、暴言を続けるなら口を開けなくする。

そう顔に書いてあるかのようである。


ベルタ「アールーフー」


アルフは慌てて言い直す。

だが直す部分が全く違う。


アルフ「あ、いや。えーと・・・疚しい事でもあるんですか?って聞けばいいのか?」


神妙に、だが力強く王は答える。


王「はい。一般には公開出来ぬ研究が多く為されております。ですが決して疚しい事ではありませぬ」


公開は出来ぬが疚しく無い研究とは。

察したベルタが問う。


ベルタ「魔法の研究機関とかですか?」


意図が通じた事に王は安堵する。


王「お察しの通りでございます。必要な研究ではありますが、外に漏れては危険なのです」


アルフには魔法研究の意義を理解出来ない。


アルフ「でも魔法って本当に要るのか?俺は使った事がねぇんだけど」


アルフの問いに王は頷く。

魔法は一般には秘匿しており、意義も知らなくて当然なのだ。


王「そうですな。例えば瞬間帰還器は、転移魔法が厳重に封じられた魔アイテムでございます」


アルフは驚く。

無意識に魔法を利用していたというのだ。


アルフ「おぉ。これ魔法だったのか」


アルフが納得したようで王は安堵する。

続けて秘匿への協力を要請する。


王「は。無用の混乱を避ける為、なるべく口外を控えて頂けると助かります」


ベルタも納得する。

やはり魔法の研究は必要なのであろうと。


ベルタ「たしかにこれは必須になっていますよね」


魔法の危険性を王は熟知している。

研究を知られたら、指摘を受けるのは当然と考えていた。

王は研究を続ける事への理解を求める。


王「魔法は危険です。しかし各地に散らばる人を個別に護るには、魔法に頼らざるをえない現状なのです」


ベルタは感心する。

魔法を学びたいとガルマに申し出た時の事を思い出していた。


ベルタ「本当に護りを第一に考えておられるのですね」


王は他の懸念の払拭にも努める。


王「何でしたら、全ての施設に御案内して、説明させて頂きます。皆様に隠す事は微塵もございませぬ故」


その時、城壁を見ていたガルマが、視線を王に移して呟く。


ガルマ「その必要は無いな。総て見てきた者がきよった」


突然地の底から響くような声がする。


「ガルマ様。マアマ様。御挨拶が遅れて申し訳有りません」


ガルマとマアマの知り合いのようだ。

双方ともに親しげに応える。


ガルマ「随分と人に肩入れしておるようだな」

マアマ「ノームー」

ベルタ「え?マアマさん。ノームーってまさか」


ノームは人に協力している事を言明する。


ノーム「はい。この国の民は護りの意義を理解し、尊重しております。力を貸すに相応しいと考えました」


様子を伺っていた王には、ノームの挨拶に疑問が湧く。

無礼が無いよう、こっそりとノームに問う。


王「ノーム様・・・マアマ様とは?それらしきお姿が見えないのですが」

ノーム「私の主だ。今は、そこの人の娘が背負っている武器に宿っておられるようだ」


ノームの返答から強烈な精神ダメージを受けて、目が虚ろになる王。

もう言葉にすらならない。


強大な力で国を護ってくれる、守護神とも言えるノーム。

その人智を超えた力を持つノームの、主が来ておられるというのか。

しかもその主が、ベルタ様の武器に宿っておられると。

一撃で町を破壊と言うのは、疑う余地の無い事実だったのだ。


帝国はガルマ様に滅ぼされた。

ガルマ様だけでもやばいのに、ノーム様を超えるマアマ様まで居られる。

一触即発、絶体絶命。

一言間違えれば国が滅ぶ!


一方、王の心情を察せぬベルタは大喜びで舞い上がっている。


ベルタ「きゃー。四大元素精霊のノーム様ですって。お目通り出来る日が来るなんて思ってもみなかったわ」


アルフは逆に不満そうだ。

周囲を見渡して呟く。


アルフ「お目通りって言うけど俺には見えねぇよ」


ガルマには見えているのであろう。

あらぬ方向を見て説明する。


ガルマ「精霊は身体を持たぬからな。人の目には見えぬ」


突然閃いたようにアルフは呟く。

謎が解けたのだ。


アルフ「そっか。あのばかでかい城壁はノーム様って奴に作ってもらった訳か」


反射的にベルタが噛み付く。

四大元素精霊への憧れが半端無いのだ。


ベルタ「って奴って何よ!ノーム様だけでいいのよ」

アルフ「お、おぉ」


だがノームはアルフでは無く、ベルタの方を諌める。


ノーム「人の娘よ。私などマアマ様の足元にも及ばぬ。マアマ様を手にした者が私に使う言葉では無い」


ベルタは混乱する。

憧れとも言える、四大元素精霊に直接話しかけられた喜び。

同時に、ノームには敬語を使うなと言われたような困惑。

そんな事は出来る訳が無い。

誰が許してもベルタ自身が許せない。


しかし問題はそこでは無かった。

ノームに「様付け」で、マアマには「さん付け」している事が問題なのだ。

マアマにも「様付け」であれば、ノームも気にはしなかったであろう。

そこには思い至らぬベルタであった。


察したガルマがフォローする。


ガルマ「ノームよ許してやれ。ベルタはマアマを軽視しておるのでは無い。脳筋なだけなのだ」

ノーム「脳筋?・・・ですか。よく分かりませんが、ガルマ様がおっしゃるのであれば」


マアマは気にしていない。

むしろ遊び相手に様付けで呼ばれたくは無い。

でもノームが意見する気持ちも分かる。


マアマ「ノームー。いいこー」


マアマが気にしていない事を察してノームは納得する。


ノーム「ありがとうございます。では私は精霊としての役目に戻らせて頂きます」


ノームは去ったようだ。

ベルタには見えないので、場の雰囲気でしか分からない。

改めてマアマを見直す。


ベルタ「行ってしまわれたのかな?・・・マアマさん。本当にノーム様の上なのね・・・」

マアマ「えっへん」


マアマに感心しつつも、ノームへの憧れは揺るがないベルタ。


ベルタ「でもノーム様が護って下さってるなら、この町では、マアマさんで攻撃する機会は無さそうですね」

マアマ「えー」


肯定を確信していたベルタに、否定を返すマアマ。

慌てて真意を確認し直す。


ベルタ「えーって。まさか暴れる気だったんですか?」

マアマ「あはははは」


笑って誤魔化して良い話では無い。

マアマに念を押すベルタ。


ベルタ「勘弁して下さいよ。町の中ではおとなしくするように、お願いします」

マアマ「まかせろー」


ベルタとマアマの何気無い会話。

王にとっては国の命運を左右する重い一言の応酬。

一言耳にする度に、一撃食らっている感覚である。

気が気でない思いで見つめるしかなかった。



ボトッ


突然、王の前に大きな虫が落ちて、もがいている。


近衛兵「暗殺虫!蟲使いの刺客が遠隔操作している筈だ。探し出して捕らえよ」


跪いていた一部の兵が散開して捜索に当たった。


大通り近辺に兵が多過ぎて、狙撃による王の暗殺は困難。

そこで自力で潜伏回避しながら目標を狙う、暗殺虫を使ったようだ。


近衛兵が王の身を案じる。


近衛兵「王よ。刺されてはおりますまいな」


王は無事なようだが考え込んでいる。


王「大丈夫だ。だが蟲使いの虫が勝手に落ちるなど」


ベルタは虫除けの魔アイテムを思い出す。

取り出して王に見せる。


ベルタ「これのせいかも。道中で虫除けをくれた人が居たのです」


ベルタの差し出した石のような物を、驚いて見る王と近衛兵。

魔法に関しては最先端の研究をしているという自負を、砕きかねないほどの優れた品だった。


王「これはまた見事な魔アイテムですな。外にもこれほどの物を作れる者が居ようとは」

近衛兵「驚きです。蟲使いの力で、魔力抵抗も増していた筈の虫が、抵抗出来ずに落ちるとは」


近衛兵の疑問にベルタが答える。

落ちるまで寄ってきたのは初めてなのだ。


ベルタ「かなり抵抗したとは思いますよ。普通は寄ってくる事すら出来ないみたいなので」


魔アイテムの性能に、王は感銘を受けたようだ。


王「素晴らしい。この技術は私達も研究せねばなるまい」


王の反応を見て、他にも協力できる事が無いかをベルタは考える。

魔アイテムなら、ガルマが感心していた品がもう一つあった。


ベルタ「参考になるかは分かりませんが。こんなのも頂いてますよ」


ベルタは封術紙を取り出して見せる。


王は興味深そうに覗き込む。


王「これはただの水生成の封術紙のようですが・・・残り使用回数3765/10000!?」

近衛兵「ばかな。そんな物を作れる訳が・・・」


王の言葉を聞いて反射的に近衛兵が否定する。

虫除けの方は未知の新技術だ。

今後の研究次第で、いずれは同等の品をここでも作れるようになるであろう。

しかし封術紙の方は、とうの昔に確立され、既に洗練された技術だ。

1枚で1万回など、国の総力をあげても作れる筈が無い事が分かるのだ。


王は近衛兵を戒める。

今目の前に居る者達が、人の常識外にある事を理解していた。


王「いや。ばかは私達だ。過去の常識に囚われていては前に進める訳も無い」

近衛兵「は」


近衛兵は即座に王の意を汲む。

王はベルタに感謝し、今後の精進を誓う。


王「素晴らしい物を見せて頂き感謝します。私達もさらに視野を広げて研究を進めたいと思います」


暗殺虫をつついていたアルフが呟く。

食えないか考えていたようだが、諦めたようだ。

ゲテモノに挑戦しなくても、こには珍しい食べ物が多い。


アルフ「王様だと刺客なんて奴にも狙われるんだな」


王はため息をつき、残念そうに答える。


王「護りの意識が低い者を王にして、秘匿した技術を暴きたいのでしょう」


だったら王がやられては一大事である。

ベルタは王に進言する。


ベルタ「では早くお城へ戻られた方が良いのではありませんか」


だが王は慌てない。

哀しそうに、それでも笑って答える。


王「ありがとうございます。ただ万一の備えは済ませております。暴かれる心配はありません」


察したようにガルマが問う。


ガルマ「ノームか」


王は頷く。

声を抑え、アルフ一行にだけ聞こえるように答える。


王「はい。もしも暴かれるような事態に陥った際は、総て土に還すように、お願いしております」


どうでも良さそうに聞いていたアルフが驚く。


アルフ「ぶ。今までの努力を捨てちまうのかよ」


哀しそうに王は肯定する。


王「犠牲の大きさは理解しております。ですが悪用されては、さらに大きな犠牲が出るのです」


ガルマが頷いて感心する。


ガルマ「なるほどな。ノームが手を貸す訳だ」


ベルタは王の身を案じる。

ノームが居るなら王は危険を回避出来る筈だ。


ベルタ「では王様を狙ってもムダだと表明した方がよろしいのでは」


王は首を振る。


王「私が囮になっておれば敵の動きも読み易いのです。何、簡単にはくたばりませんよ」


ベルタは王の覚悟を察する。

この人にとって、自分の命は国を護る為の道具でしか無いのだ。

だが何故そこまでするのか。


ベルタ「為政者としての矜持ですか」


ベルタの問いに対し、その目に強い光を宿して王は肯定する。


王「皆様のような力は私には有りません。しかし王として為すべき事は弁えているつもりです」


王の言葉をよく理解しないままに、アルフは的外れな返答をする。


アルフ「王様。安心しろ。俺は力なんて何もねぇ。ただの人だ」


ただのトラブルメーカーでしょと脳内でつっこむベルタ。


ベルタ「いつまでここに居るかは、あんた次第だけどね」


何となく頼られた気がして喜ぶアルフ。


アルフ「おぉ。何か俺、えらそうじゃん」


これ以上は王を危険に晒したく無いベルタ。

早めに町を出ようとアルフを促す。


ベルタ「えらいえらい。だからあんまり長居はしないようにしましょうね」


元々長居する気はアルフにも無い。

ベルタが町好きだから立ち寄っただけなのだ。

だが食事を堪能せずに出る気も無い。


アルフ「おぉ。つっても今晩はここに泊まらないとな」


アルフの宿泊の意を確認した王。

即座に招待を申し出る。


王「でしたら。王城にお部屋を用意させて頂きます故」


王城となれば御馳走は確定である。

アルフなら飛びつきそうなものだが否定する。


アルフ「えぇ?俺、堅苦しい場所は嫌だな」


ベルタも特別視されるのは好まない。


ベルタ「王様。どうかお構いなく。あたし達はただの旅人として立ち寄っただけですので」


だが王としては、ただの接待目的で誘った訳では無い。

国の命運を町の宿に預けて良いものではない。


王「し、しかし。もし無礼があって、お怒りに触れるような事があれば」


双方の気持ちを察してガルマはフォローする。


ガルマ「案ずるな。こやつらは獣や盗賊に襲われても、町を壊した事など無い。我らを特別視するな」


竜人に直接言われては諦める他無い。

王は次善策を考える。


王「は、ははぁ。竜人様の命とあらば無論従いますが・・・警護を付かせる訳にはゆかないでしょうか?」


アルフは即否定する。

嫌な訳では無いが必要無いのだ。


アルフ「俺たちなら警護なんて要らないと思うぞ?」


だが王の目的は違う。

アルフ一行に警護が不要なのは百も承知だ。


王「いえ。私めがこの通り、大騒動を起こしてしまった故、民が怯えております」


民・・・アルフは周囲を見回すが、跪いた兵士しか見えない。


アルフ「兵隊さんで埋め尽くされてて、民とやらが見えねぇけど。だからこそ怯えてるってもんか」


王は頷いて続ける。


王「皆様が民と接する際、民が過剰に怯えずに済むように配慮させて頂きたいのです」


ベルタにとっては望ましい申し出だ。

ガルマに気付いた人が、そっとこちらを避けようする事を哀しく感じていたのだ。


ベルタ「そういう事でしたら全然問題無いですよね。ガルマさん」

ガルマ「うむ」


ガルマの承諾も確認して王は安堵する。


王「では早速手配致します。もし何かありましたら、警護の者を通して、私めにお申し付け下さい」

ベルタ「お騒がせしてすみません。王様も頑張って下さい」


ベルタの言葉に、王は笑顔で礼を返して下がる。

そして颯爽と馬車に乗り込み、兵を引き連れて王城へ戻っていった。



ピー


しばらくして、何やら放送が始まった。

「王室より、城下町の皆様にお知らせします。安全を確認済みなので、落ち着いて御静聴願います」

「現在この町に、竜人様御一行がお見えになっておられます」

「粛清目的では無いとの仰せです。決して取り乱さぬよう、旅の客人として接するようにお願いします」


アルフ一行を見かけた町人が、怯えないようにする為の案内であった。


ベルタ「これまでに無く大げさな対応ですね」


怖がられずに済むように配慮してくれるのは嬉しいが、結局は特別視される事が面映いベルタ。


ガルマはそれなりに評価しているようだ。


ガルマ「一つには、護りを重視している事の表れだろう。常に混乱を避けようと配慮しておる」


まさに大混乱を起こした後なので失笑せざるを得ないベルタ。


ベルタ「最初の馬車での登場は大混乱でしたけどね。他にもあるのですか」


ガルマは王の心中を的確に察する。


ガルマ「王家であれば、帝国が滅ぼされた物語とやらが、作り話では無い事も分かっておるのであろうな」


ベルタも察する。

国の存亡が掛かっているとなれば、大混乱如きはどうでも良い。


ベルタ「あはは・・・そりゃ焦りますよね」


思い返せば、王が常に国を第一に考えていたのは明白だ。

馬車で突っ込んできた時の怒声から一貫している。

国の安寧の為に自らの身を盾とする王。

この国は、王の心で護られてきたのだ。

ベルタは国民の一人として心から感謝した。



アルフ一行は大通りの散策を再開する。

ノームに会えた感動で、ベルタは未だに浮かれている。


マアマとノームの具体的な関係が気になったベルタが問う。


ベルタ「マアマさんが物質特化であるように、ノーム様は地特化という事なんですかね」

ガルマ「特化ではあるが、マアマの場合とはニュアンスが異なるな」


予想とは異なる回答が、ベルタの興味をさらに惹く。


ベルタ「はぁ。具体的にはどういう事でしょう」

ガルマ「マアマは我と同じく竜力を行使する。無限の力だ。ただその対象が物理に限定されておる」


ベルタは頷く。

マアマの説明については自分の認識と合致している。


ベルタ「はい」

ガルマ「ノームは地の力を行使する。それはマアアが造り出した大地の力であり、供給量はマアマ次第だ」


ノームがマアマを主と呼ぶ訳を理解するベルタ。


ベルタ「ノーム様の御飯をマアマさんが提供している感じですか」


ガルマは肯定して付け加える。

四大元素精霊はマアマに対して、完全に格下なのだ。


ガルマ「うむ。マアマは物質操作の即応性に於いて我を凌駕するが、ノームがマアマを凌駕する要素は無い」


改めてマアマに感心するベルタ。

てっきり、地操作にかけてはノームがマアマを上回るのだろうと思っていたのだ。


ベルタ「何か聞く度に、マアマさんの株が上がって行く気がするわね」

マアマ「えっへん」


ギィン!


罠アイテムに何かが衝突して砕かれかけた。

ベルタに衝撃は無いが音にびっくりして竦む。


ベルタ「きゃ」

ガルマ「狙撃か」


ガルマは動じないが警備兵が慌てる。


警備兵「大丈夫ですか!」


虫を封じられた刺客の一味が、ベルタを狙ってきたのだ。

だが狙撃などマアマが許す訳が無い。


ベルタ「あたしが狙われたんですか!?」


周囲の視線で、標的が自分だった事を察するベルタ。


大した事でも無いようにガルマは肯定する。


ガルマ「うむ。狙った者は既に消されておる」


警護の力不足を警備兵は詫びる。


警備兵「申し訳ありません。警戒はしているのですが、刺客は潜伏術に長けており対処が難しい状況です」


狙われた恐怖はあまり無かった。

ただ、何故狙われたのかが気になるベルタ。

王と接したアルフ一行を狙うにしても、何故ベルタなのか。


ベルタ「・・・」


じっとマアマを見つめるベルタ。

護ってくれた事に感謝する気持ちと、反射的に敵を滅ぼしてしまう危険性。


本来なら、狙撃する前の段階で阻止出来ていた。

マアマは全ての物質の動きを察知しているのだから。

敢えて撃たせたのは約束のせいだ。

罠アイテムでは防げない事を確認するまでは、手を出さない約束をしているからだ。


だが撃たせてしまっては、周囲の無関係の人まで巻き添えになりかねない。

ベルタに出来る最良の手とは何か。


過去の経験を元にベルタは対策を練る。

マアマさんは全ての音を把握している。

つまり刺客の仲間を特定出来るという事では無いのか。

先日の盗賊団のように刺客の動きを止め、警備兵を釣ったように刺客を釣れるなら一掃できるかもしれない。

よし、手順を整理してマアマさんに相談し・・・


マアマ「全部できるよー」


相談しようと思った瞬間に肯定の回答。

目が点になるベルタ。


ベルタ「へ?」

マアマ「あはははは」


そういえば狩りの時も、話してもいないイメージをマアマは実行してくれていた。

まさか・・・


マアマ「つつぬけー」


やはり思っただけで会話が成立してしまっている。


心の中でつっこむベルタ。

何よそれ。今まで思ってた事は全部マアマさんに筒抜けだったの?


マアマ「あはははは」


恥ずかしさで挫けるベルタ。

だがすぐに気を取り直す。

神に隠し事をしようなんて方が土台ムリなのだ。


ベルタは警備兵に向って協力を要請する。


ベルタ「今狙ってきた刺客の仲間を一掃します。刺客を集めても良い場所を提供願います」


一瞬戸惑う警備兵。

常識で考えれば、出来る筈の無い事を突然言い出したのだ。

だが目の前の娘は、常識に縛られない存在である。

それは先ほど、王から念押しされたばかりなのだ。


警備兵「はい!現在闘技場が空いております。ノーム様の障壁があるので、広さも強度も十分ではないかと」

ベルタ「ノーム様の障壁!はぁ・・・とっても素敵ですね。是非そこへ案内をお願いします」

警備兵「は。すぐに手配しますので少々お待ちを」


警備兵は他の警備兵を集めて指示を出す。

警備兵「お前は王に事の報告を」

警備兵「お前は闘技場の管理者に伝え、ノーム様の障壁を稼動させろ」

警備兵「お前は待機中の警備兵と守護兵を召集して、闘技場周辺を封鎖させろ」

警備兵「お前は町へのアナウンスだ。闘技場には誰も近づかせるな。町人を混乱させぬように案内しろ」


警備兵はベルタの元へ戻る。

警備兵「お待たせしました。では闘技場へ御案内します」


ものものしい警護の中、アルフ一行は闘技場の中央へ案内される。

アルフ「おぉ。広いな。でもここに刺客を呼んでも、観客席とかに逃げ込みそうだぞ」

警備兵「御安心下さい。目には見えませんが、ノーム様の障壁が張られています。逃げるのは不可能かと」

ベルタ「ではちゃっちゃとやっちゃいますか。危険は無いと思いますが、一応下がっていて下さいね」


警備兵達はベルタの背後に下がって構える。

ベルタがマアマを一振りすると50人位の人が突然現れた。


「え」

「どこだここは」

「何だ?体が動かないぞ」

「何の真似だ。私を誰だと思っている」


何が起こったのか。

現れた者達には理解出来ていない模様。

混乱する者、状況確認する者、居直る者など様々だ。

見るからに刺客ぽいのも居れば、普通の町民や、兵士や貴族のような風貌の者まで居る。


ベルタは刺客の一味に状況を説明する。


ベルタ「皆さんが刺客の仲間である事は判明しています。おとなしく更生して下さいね」


刺客の一味は一斉にベルタに視線を向ける。

首を回す事すら出来ないが。


今度はベルタに向って喚きだす。


「貴様、標的の娘。何故ここに」

「俺様に何をしやがった。身体の自由を返せ」

「私が刺客の仲間だと?何を証拠に」


ベルタは問答無用である事を告げる。


ベルタ「証拠は皆さんが今ここに捕らえられた事です。神が審判為されたのです。人に為せる業ですか?」


刺客の一味が言葉を失う。

確かに今、自身の身に起きている現象は、人の業では無い。


それでも身なりの良い男が抗弁しようとした。

自分が捕まる訳が無い、何の証拠も無い、潔白を証明できると確信しているかのように。


「ふざけるな。私は無実だ。何が神だ。そんなものが実際に・・・」


だが突然青褪めて口を噤む。

ベルタの傍らに立つ竜人の姿を確認したのだ。


静まった所で、警備兵に向いて、刺客の一味の引渡しをベルタが告げる。


ベルタ「では皆さんの更生をお願いします」

警備兵「は。努力する事はお約束します。が、この者達が更生するとは思い難いのですが」


警備兵は驚きを隠せない様子だが、それでもベルタに約束する。


ベルタ「はい。あたしからの、ただのお願いです」

警備兵「承知致しました」


ベルタは一息ついて、マアマに話しかける。

目的は完全に達成出来たのだ。


ベルタ「マアマさんありがとう。流石ですね」

マアマ「えっへん」


もう一つ気がかりな事がベルタにはあった。

暗殺虫や、狙撃に使用された武器が放置されていては危険だ。

回収しておく必要がある。


ベルタ「ここなら十分に広いし。もう一仕事お願いしてもいいかしら」

マアマ「まかせろー」


ベルタはマアマをもう一振りする。

山のように兵器・薬品・資料・貴重品などが現れた。

王を襲ったのと、同じ外観の虫が入った籠なども見える。


警備兵は驚く。

刺客の一味を引き受けた矢先に、また何か現れたのだ。


警備兵「・・・これは?」


先に許可を貰うべきだったかなと後悔しつつ、ベルタは説明する。


ベルタ「捕らえた皆さんの危険な装備や、資金源となっている盗品類です」


現れた品々を警備兵は見渡す。

何度か頷いてからベルタに向き直して答える。


警備兵「確かに。盗難届けのある品も幾つか見覚えがあります」


ベルタは警備兵に品々の引渡しも告げる。


ベルタ「押収品として適切に処理願います。爆発物などがあるかも知れませんので慎重に」

警備兵「承知致しました。重ね重ねありがとうございます」


念の為、犯罪者全てを捕らえた訳では無い事をベルタは告げる。


ベルタ「今回捕らえたのは、さっきの狙撃犯の一味のみです。他の犯罪には引き続き警戒願います」

警備兵「は。重ねて承知致しました」


捕り物は無事に終わった。

一仕事終えたアルフ一行は町へ向かう。

刺客の一味は牢へ連行される。


「おい。身体が動かないんだよ。もう捕まったんだからいいだろ。治せよ」

警備兵「知らん。神の審判だと言ってただろう。神にでも祈れよ」

「ふっざけんなー」


闘技場を後にするアルフの背から、刺客の一味の足掻きが聞こえる。


アルフ「あの連中。縛られても身体が動かないみたいだな」


ベルタは意識していなかったようだ。

指摘されても気にはならない模様。


ベルタ「そうね。身体を動けなくしてとはお願いしたけど。治すお願いはしてないわね」


少しだけ賊に同情するアルフ。


アルフ「お前結構えぐいな。前の盗賊団とか、未だに身体が動かないままじゃないのか」

ベルタ「え」


慌ててマアマに目をやるベルタ。

流石にそれは酷すぎると自覚した。


マアマ「更生するまでー」


捕らえた者にはベルタが更生を促しているので、拘束も更生するまでにしたらしい。


安堵したが、それでもきついかなと思うベルタ。


ベルタ「更生しなきゃ一生そのままなのね」


アルフは納得したようだ。


アルフ「それはいいんじゃねぇの。更生しない奴を解放してやる意味がねぇ」

ベルタ「それでよく、あたしの事をえぐいとか言えるわね」


ベルタの心配が過剰だと思うアルフ。

どう考えてもえぐい要素が思い当たらない。


アルフ「治すかどうかは当人の意志で決まるんだから自業自得じゃね?」

ベルタ「それもそうか」


ベルタも納得した。

あとは速やかな更生を祈るだけだ。



アルフは早速飯の事を考える。

王都には宿も多く、どうせなら飯の美味い宿に泊まりたい。


アルフ「警備兵の兄ちゃん。飯が美味くて気安く使える宿はねぇかな」

警備兵「は。ノーム様のお陰で土地が肥えており、作物も獣も上質です。素材ではどの宿もお勧めできます」


警備兵の自信に満ちた返答にアルフは喜ぶ。

四大元素精霊などアルフにはどうでも良かったが、途端に親しみが湧いてきた。


アルフ「おお。ノーム様最高じゃん」

警備兵「味付けについては好みの分かれる所です。肉料理が人気の宿や山菜料理が自慢の宿なら紹介出来ます」


山菜も嫌いでは無いが、アルフには肉が最優先である。


アルフ「おぉ。肉!肉料理がお勧めの宿を頼むぜ」

警備兵「かしこまりました。では早速御案内します」



宿に向いながらベルタが呟く。


ベルタ「びっくりしたわねぇ。こんな警備兵だらけの町で襲われるとは思わなかったわ」


アルフも肯定する。

町の中は所々を警備兵が巡回していた。

その上、設置された魔アイテムの監視もある。


アルフ「犯罪者のレベルが高いって感じだな」

ガルマ「王を狙う者共だからな。この国の犯罪者の中では、最上級の技術を有して居るだろう」


ベルタは呆れたように呟く。

努力する方向が違うだろうと。


ベルタ「厳しい警護の中でも活動して培ってきた実力ですか」


ベルタをなだめるようにガルマは答える。

ベルタのお陰でムダにはならぬかも知れぬのだ。


ガルマ「更生できれば、この国にとって良き力になるやもしれぬな」


アルフも笑いながら肯定する。


アルフ「更生か死かって状態みたいだし。大丈夫じゃね」


更生出来なきゃ死か。

ベルタは賊の行く末を案じる。


ベルタ「本当にそうであって欲しいわ」

マアマ「あはははは」


宿では既に部屋が手配されていた。

宿泊費は既に支払われているそうだ。


入室早々呆れるベルタ。

大きな宿で1フロアぶち抜きの広さである。


ベルタ「また凄い部屋を用意してくれたわね。何よこのベッド。10人は余裕で一緒に寝られるんじゃない」


アルフも肯定する。

要求したのは食事だけでは無かった筈なのに。


アルフ「ベッドだけで普通の家の一部屋くらいはありそうだな。気安く使える宿って言ったのにこれかよ」


宿と言えばベッドで寝れる事が楽しみなベルタにとって、とにかく巨大ベッドが気に入らない模様。


ベルタ「ムダにも程があるでしょ。何でこんなベッドの作るのかしら」


アルフは少し考えて、思いついた事を口にする。


アルフ「ハーレムってやつじゃねぇの」


さらに嫌悪感が増すベルタ。


ベルタ「ぶ。あぁ。そんな酔狂なお金持ちが泊まる部屋なのね」


アルフは飯さえ美味ければ許容範囲のようだ。


アルフ「たまにはいいんじゃねぇの。憧れがバカらしいって実感できるかもよ」


ベルタの機嫌が一転した。

確かに一度経験するのは勉強になる。


ベルタ「あはははは。確かにそうね。憧れはあったけど二度とゴメンだわ」


二度とゴメンという言葉に引っかかるアルフ。

確かに泊りたいとは思わないが。


アルフ「そこまで酷いか?」


ベルタは全然ダメという感じに首を振る。


ベルタ「何でも揃ってるけど、広すぎて何するにも遠いわよ」


そこはアルフも同意だ。

必要な物だけ近くにあった方が使い易い。


アルフ「金持ちは従者にやらせるから問題無いんだろな」


さらに本音をぶちまけるベルタ。


ベルタ「下手に汚したり壊したら高くつきそうだし。身体がなまりそうね。絶対ゴメンだわ」


要は暴れ辛いのが一番気に入らないのだ。

二度とゴメンの言葉に納得したアルフ。


アルフ「ははは。確かに。ベルタに向いて無いのはよく分かるわ」


部屋への不満も一段落。

今後の予定を確認するベルタ。


ベルタ「で、明朝出発でいいの?」

アルフ「おぉ。元々この町に用はねぇ。お前が町好きだし。通りがかったから寄っただけだ」


自分の意志では無いとは言え、騒動の遠因が自分だったのかと思うと気が滅入るベルタ。


ベルタ「嬉しいけど。すっごく迷惑かけちゃったわね・・・」


アルフには迷惑をかけた認識は無い。

相手が勝手に騒いでいただけなのだ。

おまけに大捕り物に協力している。


アルフ「そうでもなくね?悩みの種だった刺客を一掃してやったんだしさ」

ベルタ「そう思ってくれるといいんだけどね」


なんだかんだと疲れていたアルフ一行は眠りにつく。



翌朝、宿を出ようとすると兵が待ち構えていた。


じと目でベルタを見るアルフ。


アルフ「ベルタ、何やらかしたんだよ」


不意にかけられた容疑に慌てるベルタ。


ベルタ「え?何であたしなのよ」


適当に思いつきを口にするアルフ。


アルフ「寝ぼけてマアマを使って城でも壊したんじゃねぇか」


慌てて王城の方を見るベルタ。

ありえないとは言い切れないからシャレにならない。


ベルタ「適当言わないでよ。どこも壊されてないわよ」


ベルタが新たに何かしたとは、アルフも初めから思っていない。

ただ昨日の一件があるので、ベルタへの用だろうなと思ってからかっただけである。


アルフ「ははは。真に受けるなよ」


アルフとベルタのやり取りが一段落するのを見計らって、兵が一斉に敬礼する。

一人の兵士が歩み寄ってきて、何やら紙を取り出して読み上げ始めた。


アルフには何を言っているのか分からない。


アルフ「おっちゃん何言ってんだ」


ベルタにすら分からない。

分かる単語が混じっているという程度である。


ベルタ「何か御礼を言ってるみたいだけど。難しい言葉だらけでよく分かんないわね」


一般には使われない、畏まった文を読み上げたらしい。

ガルマが説明する。


ガルマ「昨日の狙撃を防げなかったお詫びと、刺客の一味を一掃してもらった礼をしたいそうだ」


俺を寝かせる呪文か、と警戒していたアルフの気が抜ける。


アルフ「そんなの要らねぇだろ」


ベルタも同意する。

詫びも礼も、その場に居た警備兵から既に受け取っているのだ。


ベルタ「そうね。王様の為にやった訳でも無いし。あたし達は、もう町を出るので気にしないで下さい」


兵士はベルタの答えを予想していたかのようだ。


近衛兵「では、これをお持ち頂けないでしょうか。王より、お渡しするように賜っております」


近衛兵は100枚程の紙の束を差し出した。


近衛兵「本当は有益な魔アイテムをお渡ししたかったのですが。皆様のお役に立てる程の物が無く、面目無い」


近衛兵の態度からは、本当に粗品のように思える。


覗き込んだアルフが呟く。


アルフ「なんだこれ。ベルタの花摘み用の紙か」


アルフの正直な感想は、まさにベルタの起爆剤となる。


ベルタ「あんた。ここで土に還して、ノーム様の養分にしてもいいのよ」


慌ててノームを盾にして保身を図るアルフ。


アルフ「いやいや。ノーム様が腹壊すって」


ベルタは怒りながら紙の束を確認する。

見覚えのある紙だが何か足りない。


ベルタ「全くもう。これは小切手帳ですね。使った事あります。でも金額を書き忘れていますよ」


近衛兵は首を振ってから一礼する。


近衛兵「御自由に記入してお使い下さいとの事です」


見詰め合うベルタと近衛兵。


ベルタ「・・・」

近衛兵「・・・」


ベルタの瞳はマジで?と聞いている。

近衛兵の瞳はマジですと答えている。

その応酬は永遠に続くかのようであった。


静止した世界にアルフが割り込む。


アルフ「やったなベルタ。大金持ちじゃん」


放心状態から正気に戻ったベルタが小切手帳を返却しようとする。


ベルタ「冗談じゃないわよ。こんなの貰える訳ないでしょ」


近衛兵は受け取らない。

ベルタを説得しようとする。


近衛兵「お待ち下さい。王も十分に考えた上での御決断なのです」


考えた上の行動とは思えないベルタ。

具体的に問題を指摘する。


ベルタ「あたしが、とんでもない額を書いたらどうするのよ」


近衛兵は平然と即答する。


近衛兵「通貨は国で発行しておりますので、請求されただけ発行してお支払い可能です」


通常ありえない回答に詰まるベルタ。


ベルタ「そんな錬金術みたいな」


錬金術では無い。

相応のリスクがある事を近衛兵は説明する。


近衛兵「あまりに大量に請求された場合は、通貨の価値が下落してしまいます」


それみた事かと小切手帳を返そうとするベルタ。


ベルタ「大問題じゃないですか」


だが近衛兵は受け取らない。

リスクは承知の上なのだ。


近衛兵「それでも。国の危機を救って下さった対価としては、足りないくらいだとの仰せです」


ベルタには身に覚えの無い話になっている気がする。

国の危機なんて、救うどころか、あったのかどうかすら知らない。


ベルタ「国の危機?あたしは、あたしを襲った一味を捕らえただけですよ」


だがその一味こそが国の危機であった。

近衛兵は悔しそうに説明する。


近衛兵「恥ずかしながら。その一味の中には、我ら兵士の一部や、高権力の大貴族まで含まれていたのです」


ベルタが意識した事では無い。

礼を貰う理由にはならないと思うベルタ。


ベルタ「そんなの、たまたまですよ」


近衛兵は申し訳無さそうに続ける。


近衛兵「ベルタ様が狙撃されたのも、その兵士が虫除けの魔アイテムの情報を流したからです」

ベルタ「あぁ。あの時の話で狙われたのか。ようやくあたしが狙われた謎が解けたわ」


これは知りたかった情報である。

ベルタは素直に納得する。


近衛兵「我々だけでは、何時までも見つけられなかったであろう暗部を、炙り出して下さったのです」


近衛兵の言いたい国の危機とやらはベルタにも分かってきた。

だがベルタが意図してやった事では無い。

あたしが救ったのではなく、たまたま救われたのだ。

おめでとう、でいいじゃないのと。


ベルタ「だからそれは、あたしが国を救おうとした訳じゃ」


ベルタと近衛兵のやりとりをアルフが制止する。


アルフ「いいじゃん」

ベルタ「アルフ」


ベルタにはアルフの意図が掴めずに睨む。


アルフにとっては揉める理由の無い、くだらない事だった。


アルフ「貰ってやれば王様は納得する。ベルタは嫌なら使わなければいい。それで解決だろ」


能天気はいいわねと思うベルタ。

受け取った場合の問題を提起する。


ベルタ「・・・こんなの落としちゃったりしたらどうするのよ」


近衛兵が割り込んで即答する。


近衛兵「勝手ながら。受け取り人には既にベルタ様を記入させて頂いております」


ベルタも渋々諦める。

投げやりに受領を認める。


ベルタ「はぁ・・・分かりましたよ。ありがたく頂きましたと王様にお伝え下さい!」

近衛兵「は。これで私めも王を喜ばせる事ができましょう。では良い旅路を」


近衛兵は満面の笑みで下がって行った。

待ち構えていた兵は全て立ち去った。


ベルタは呆れ果てたように呟く。


ベルタ「どーすんのよこれ」


アルフには元々、どうこうしようという気が無い。


アルフ「リュックに放り込んで忘れてしまえばいいんじゃね」

ベルタ「そっか」


ベルタは納得して小切手帳をリュックの底に放り込む。


実際、マアマが居る時点で金策など自在である。

小切手帳は、猫に小判よりも無意味な物なのだ。

金策の発想すら湧かない一行ではあるのだが。


全てのゴタゴタを終えたアルフ一行は町を出た。


名残惜しそうにベルタは振り返る。


ベルタ「ではノーム様。これで失礼します」


城門に向ってベルタは一礼する。

ベルタにとっては、王より金より刺客より、ノームの事で頭が一杯だったようだ。


アルフ一行は城郭都市を後に旅を再開した。



一方、牢では刺客の一味がふてくされていた。


「おい。これ便所はどうすんだよ」

警備兵「牢に便器があるだろう」

「動けねぇんだよ!」

警備兵「おむつでも請願してみるか?」


冗談では無い。

このまま身体が動かなければ本当にそうするしか無いのだ。

残りの生涯を身動き出来ずにおむつを付けてもらって過ごすのか。

悟った一人が脱獄を諦める。


「更生するよ。赦してくれ神様。ちゃんと償って、その後はまっとうに生きてみせるから・・・」


涙ながらに呟いた男の身体に突然自由が戻る。


「・・・え?動く。動くぞ!」


刺客の一味は、慌てて身体を確認するが動かないままだ。

一斉に騒ぎ出す。


「何でお前だけ」

「いや待て。お前今、更生するとか抜かしてたよな」

「そういえばあの娘、更生しろとかほざいてたな」

「そういう事かよ!簡単じゃねぇか」


刺客の一味は、それぞれに更生の言葉を並べ出す。


「俺も更生するぜ!だから身体を治してくれ」

「償いでも何でもするからさ。赦してくれよ神様」

「もう二度と悪事ははたらかねー。誓うよ!」


だが新たに動けるようになった者は居なかった。


「ダメじゃねぇか!」

「更生すれば治るんじゃねぇのかよ」


自由を取り戻した男が、仲間だった連中に助言する。


「俺は本気で更生を誓ったぜ。お前達は口先だけじゃないのか?」


場が静まる。


「これは神罰なのだろう。誤魔化しは一切通用しないのかもしれない」


自由を取り戻した男は看守に話しかける。


「全て吐きます。取調べをお願いします。そして出来るだけの償いをしてみせます」


一部始終を見ていた看守は嬉しそうに頷いて応える。


看守「王は寛大だ。神罰を乗り越えたお前なら、償いを終えた後は赦して下さると思うぜ」


看守は自由を取り戻した男を連れて立ち去った。


その後の牢内は阿鼻叫喚の地獄と化した。

色々な物を漏らす者が続出し始めたのだ。

立ち込める悪臭の中で汚物にまみれながら、逃げるどころか鼻をつまむ事すら出来ない。

かぶれて痒くなっても掻く事も身をよじる事も出来ない。

発狂しかける者や、憔悴して意識朦朧とする者も現れた。


三日後。

刺客の一味は全員更生していた。


王都にもベルタの信徒が誕生した。

次に道を違えたら二度と赦しは得られないだろう。

その恐怖が、彼らの更生を揺ぎ無いものにしていた。

ただどの町でもベルタの信徒は人相が悪い者が多い。

悪い噂の方を助長する遠因にもなっていた。


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