おまけ:運頼みの神
アルフ一行は、大猪を追っていた男達の村に案内されていた。
アルフ一行の歓迎と、大猪の肉を大量確保した祝いで、村では大きな宴が催された。
村人全員参加で、村のあちこちで肉を焼いている。
火事と間違えられそうな煙の量だが、美味そうな臭いのする煙だ。
ベルタとアルフは興味深そうに村を観察する。
男は村について説明をしていた。
ベルタ「あたしの村とは随分と雰囲気が違うわね。畑も農機具も見当たらないし」
男「俺達の村は狩猟で生計を立てているからな。この辺りは山菜も豊富だから農耕はやっていない」
アルフ「りんごは?荷馬車のおっちゃんは、りんご栽培してるんじゃないのか」
男「あれは売りに行くんじゃなくて買った帰りだ。肉の硬い獣も多いし、りんごは重宝するんだ」
アルフ「なるほど。それで肉食い放題と言っただけで分かってくれたのか」
男「あんたらには荷馬車を救ってもらった礼もあったろうしな」
ベルタ「狩猟だけで成り立つというのも素敵ですね」
男「まぁ俺には向いてるけどな。一長一短だと思うぜ。村は地元の特産を伸ばすのが一番だ」
ベルタ「そうですね。町ほどの便利さは無いですけど特産品は最高ですよね」
旅に出たかった目的に、町への憧れもあったベルタだが、やはり村の雰囲気は良いなと身に染みていた。
男はこの村の特産について説明を加える。
男「この地域だと罠アイテムを設置しておくだけで十分に獲物を確保出来るんだが、たまに大物がな」
ベルタ「さっきの大猪みたいなやつですか」
男「面目ない。あの大きさは想定していなくてな。気付いた時には罠アイテムを潰して街道に出ていた」
やはり罠アイテムじゃムリだったかと納得するベルタ。
ベルタ「たしかに。あんなのがゴロゴロ居たらたまったもんじゃないですね」
男「あぁ。村には警備兵が居ないから厄介だ。だが今後は想定を上げておかないといかんな」
大猪の対策方法を聞きたかった事を、ふと思い出した男が尋ねる。
男「そういえば。あの大猪はどうやって仕留めたんだい?出来れば今後の対応の参考にしたいんだが」
ぎくっとして返答に詰まるベルタ。
そんなベルタを見たアルフが割り込んで、簡単な事だとばかりに説明する。
アルフ「あぁ。猪は真っ直ぐ突っ込んで体当たりしてくるからさ。真正面で突進を待ち構えて片手で フゴッ」
ベルタが慌ててアルフの口を塞いで答える。
ベルタ「とにかく夢中で必死だったんで覚えてないんです。お役に立てなくてすいません」
自分達が噂になっているという話があった事をベルタは思い出していた。
その真偽は不明だが、アルフの言う、ゴリラの獣人みたいな娘という噂になっては、嫁の貰い手が無くなる。
既にそんな生易しい噂では無いのだが、真実を知らぬベルタは、かよわい乙女のイメージを崩したくないのだ。
窒息しかけたアルフが必死にベルタの手を振りほどく。
アルフ「ぶは!何すんだよ」
ベルタ「あたしが聞かれてんだから余計な事言わなくていいのよ。あたしが獣人みたいなんて噂になるの嫌よ」
アルフはきょとんとして答える。
アルフ「そんな事かよ。心配するな。その時は俺に任せろ」
一瞬アルフがイケメンに見えるベルタ。
ベルタ「え。アルフ。あんたまさか」
アルフはここぞとばかりにビシっと決める。
アルフ「おぉ。腕力ならゴリラの獣人にも負けねぇって、ちゃんとアピールしてやるさ」
突然アルフが姿を消した。
ベルタの右手が高く掲げられている。
しばらく宙を舞っていたアルフが、ベルタのかなり後方に落下した。
マアマがこっそりダメージを軽減していなければ、ちょっと危なかったかもしれない。
当人に自覚は無いが、明らかにベルタは格闘に目覚めているようだ。
アルフは顎を押さえながらゆっくり立ち上がり、呟きながら何所かへ歩いて行く。
アルフ「あたた。まぁ倒し方なんて聞いても参考にはならねぇだろうけどさ。何で怒るかなぁ」
アルフの最初の一言と、目の前で起きた今の寸劇で、大猪相手に何があったのかを察する男。
男「そ、そうか。あんなの相手じゃ必死だよな。あははは」
ベルタ「あははは」
二人共乾いた笑いであった。
男は近くを彷徨う人影に気付いて声をあげる。
男「長老。お客人はこっちだ」
老いてはいるが威厳のある男がガルマの傍に進み出て跪く。
長老「ガルマ様。おひさしゅうございます。お変わり無いようでございますな」
珍しくガルマの知り合いのようで、ガルマも応じた。
ガルマ「お主は老いたな。人にしてはよく生きておると言えるか」
ガルマと長老は良好な関係のようで会話を続ける。
長老「は。私なりに教えを理解しようと努めて参りましたが、道は険しゅうございます」
ガルマ「研鑽を続ける事が大事なのだ。お主のような者の存在は嬉しく思う」
長老「勿体無きお言葉」
ベルタは両者の関係に興味を示す。
ベルタ「ガルマさんにも人のお知り合いが居るのですね」
ガルマ「うむ。こやつは我に問答を挑んできよった」
長老はベルタに向って弁明する。
長老「若気の至りというやつですじゃ。今考えれば、恥ずかしくて穴に隠れたくなるような愚行でしたわ」
だがガルマは好意的に否定する。
ガルマ「愚行では無い。得た物はあろう」
ガルマに向き直して答える長老。
長老「私にとっては生涯の宝を得ました。ですが私の態度はあまりに無礼で傲慢でした」
ガルマ「良い。己で考えて判断し、行動する事が重要なのだ」
長老「寛大な御心に感謝します」
ガルマは長老を慮って問う。
ガルマ「道は見えそうか」
長老は悔しそうに答える。
長老「邪を祓い正を求める。言葉の上では分かっているつもりでも、我欲に阻まれる日々にございます」
聞きなれない言葉にベルタが反応する。
ベルタ「度々割り込んで申し訳ありません。邪を祓い正を求めるって何ですか?」
顔を明るくして得意げにベルタに語る長老。
長老「私がガルマ様に問うたのは善悪について。その答えは善悪など存在せぬ。正邪を見極めよとの事だった」
ベルタは興味深そうに問い直す。
ベルタ「善悪とは人が勝手に決めるもの。あたしもそれは伺いました。でも正邪は在るのですね」
一転して狼狽の色を隠せない長老。
長老「なんと?その若さで善悪の虚を説かれたのですか。しかし、その上で正邪には言及されぬとは不可解な」
ガルマは面白そうにベルタを見据えて答える。
ガルマ「この娘は常に邪を祓い正を求めておる。我が説くまでも無い」
長老「な?」
ベルタ「な?」
長老「え?」
当事者であるベルタまで驚くのを見て、さらに困惑する長老。
ガルマは長老を見据えて確認する。
ガルマ「正を求めるとは、世界の存在意義を知り、在り様を知り、自身がどうすべきかを考えて行動する事だ」
長老「はい。そのように伺いました」
ガルマはベルタに目線を移して確認する。
ガルマ「例を挙げれば、世界の存在意義とは大願。在り様とは調和の維持。ベルタよ、聞き覚えは無いか」
ベルタ「確かに伺った事はありますけど・・・」
ガルマは頷き説明を続ける。
ガルマ「お主の和に傾いた欲望は、我欲である邪を当然の如くに祓い、正を求めるべく常に考え行動しておる」
ベルタ「ん~。よく分からないですけど。今のままで良いというのであれば、いいのかな?」
ガルマ「うむ。今我らに問いかけた事もその一端だ。己を信ずるが良い」
長老は理解するが、困惑はさらに深まる。
長老「私には未だ見えぬ道を、幼さすら残す其方が、無意識にも既に歩いているというのか。私は今まで何を」
葛藤する長老にガルマは助言を与える。
ガルマ「人は脆い上に寿命も短い。時間はまさに命そのものだ。一時を惜しんで行動すべきであろう」
ガルマの言葉で気を取り直し、ベルタを見据える長老。
長老「悔いている時間など無いと仰せか。確かに。若い娘御に選べた道なれば、私にもまだ機会は・・・」
長老はガルマとベルタに一礼すると嬉しそうに下がって行った。
この時、ベルタを見る長老の目に宿った、光の意味に気付く者は居なかった。
長老を見送るベルタ。
ベルタ「何か長老様、すごくハッスルしておられたようなのですが。目が輝いてましたよ」
ガルマ「言ったであろう。お主は面白いのだ」
ベルタにはよく分からない。
ベルタ「えー。あたしのせいなんですか。正邪とか全然実感が湧かないのですけどね」
ガルマ「意識せずに自然に正を選ぶ。それが在るべき姿だ。気にする事は無い」
少し安心するベルタ。
ベルタ「あたしは、お得な性格に生まれたって感じなのでしょうか」
ガルマは肯定する。
ガルマ「欲望の傾きが好ましいのは運要素であろうな。先天性のものも後天性のものもあろう」
運と聞いて長老を気遣うベルタ。
ベルタ「運で決まっちゃうんじゃ努力なんて無意味ですかね・・・」
ガルマ「無意味では無い。が、無意味にさせられる事が多いのも事実。努力を遥かに凌駕する強大な力だ」
ガルマの想定外の答えに驚くベルタ。
言われてみれば運とはただ偶発する防ぎようの無い現象とだけ認識しており、その正体など考えていなかった。
ベルタ「え。運とは力なのですか」
ガルマ「うむ。解釈の仕方によっては竜力にすら勝る、力の極みだ」
驚きながらも、日常的に生じる運要素が力の極みと言われてもピンと来ないベルタ。
ベルタ「えー!そんな力、誰が管理しておられるのですか。竜神様に並ぶような神様がおられるのですか」
ガルマ「おらぬ」
ベルタ「え・・・」
ガルマは難儀そうに説明する。
ガルマ「おらぬから厄介なのだ。運は誰にも制御出来ぬ。予測も出来ぬ」
ベルタ「竜神様ですらどうしようもない強大な力ですか・・・運とは、そんなに凄いものだったのですね」
だが一転して説明の口調が明るくなるガルマ。
ガルマ「だが制御も予測も出来ぬ強大な力であるからこそ、大願成就への望みも持てるのだ」
意外な説明に納得するベルタ。
竜神ともあろうものが大願に時間をかけ続ける説明がつく。
ベルタ「大願も運任せなのですか」
ガルマ「そうだ。世界を創り維持する努力をしなければ大願は成就せぬ。だが成就するかは運頼りなのだ」
ベルタ「なるほど。運はどうしようも無いけど、努力しない事には運に頼れる可能性すら無いという事ですね」
ガルマ「うむ。如何なる努力も運一つで水泡に帰す。それでも努力は続けるしか無いのだ」
運の強大さと価値を理解し、自身の恵まれた状況を顧みるベルタ。
ベルタ「そっかぁ。そう考えるとあたしって凄く運が良いのですね」
ガルマ「何を以って良しとするかは己次第だ。この世界の、この時代に、今の親を持った事など、全て運だな」
ベルタは過去から現状を再び顧みる。
ベルタ「・・・辛い事も沢山ありましたけど。それでも今こうして生きていられる事は良かったと思えます」
ガルマ「ならば運にも好かれるやもしれぬな」
ベルタ「あはは。そうだといいですね」
我がこの旅への同行を決めたのも、アルフの発した運命という言葉であったなと、ガルマは思い出していた。
アルフは、我を動かし得る力と認識した上で、意図的に運命という言葉を発したのであろうかと疑問が湧く。
アルフの能天気な言動には、マアマの幼稚な口調と同じような目的があるのかもしれない。
もしマアマに匹敵するほどの者がアルフを誘導しているとしたら厄介過ぎるな、とガルマは気を引き締めた。
長老が去るまで、傍観していただけの男が呟く。
男「・・・あんな嬉しそうな長老は初めて見たぜ。いつもぶつくさ言って邪念が~とか騒いでるのに」
ベルタ「あはは。御機嫌が続くといいですね」
呟きを聞かれて誤魔化すようにフォローする男。
男「あぁ。一番年寄りだけど頼りになるんだぜ。絶対に曲がった事はしねぇ。俺達全員の狩りの師匠でもある」
ベルタ「ガルマさんに問答を挑んだそうですしね」
それについては男は呆れていたようだ。
男「聞いてはいた。今のやり取りを見る迄は、はったりだと思ってたんだけどな。今日は驚きの連続だぜ」
ベルタ「そうですよね。ガルマさんに挑むとか、ありえなくて信じられないですよね。あはは」
男「は、ははは」
あんたの存在の方が、さらにありえないんだけどなと、引きつった笑いを返しながら内心つっこむ男。
近くからアルフの声がする。
アルフ「くっそー、もう食えねぇ」
ベルタ「あんた。居ないと思ったらどこ行ってたのよ」
アルフ「俺が喋るとお前が怒るからさ。近くの様子を見に行ったら、皆違う獣の肉を焼いててさ」
ベルタ「片端から食べ歩いてたって訳ね」
アルフの様子を見て、男は嬉しそうだ。
男「満足してくれたかい」
アルフ「おぉ。色々な肉の食べ比べが出来るなんてな。天国かよここは」
ベルタ「山菜も果物も、すっごく美味しいわよ」
アルフ「もう食えねぇつってんだろー」
アルフの嘆きを聞いて、お開きにしようとするベルタ。
ベルタ「はいはい。じゃあ明日も何があるか分からないし休ませてもらいましょうか」
男は近くの民家を指す。
男「ベッドはその家のを使ってくれ。備え付けの飲物でも風呂でも、何でも好きに使ってくれて構わない」
ベルタは、動けないアルフの襟首をつまんで、猫を運ぶように連れていく。
ベルタ「ありがとうございます。ではおやすみなさい」
男には新鮮な光景であった。
男「おんぶでも抱っこでも引きずるのでもなく、つまんで行くんだな・・・」
ベルタはベッドの上にアルフを置く。
ベルタ「はい。ベッドまで運んであげたわよ。さっさと着替えて寝なさい」
アルフ「マジで動けなかったんで助かったぜ。んじゃ早速着替えて・・・おぉ!?」
ベルタ「どうしたのよ」
アルフ「ベルタ!服を脱いでみろ」
ベッドの上に座るアルフの言葉を反芻し、パンプアップするベルタ。
ベルタ「・・・どうやら本当にここを天国にしたいみたいね」
ベルタの勘違いに気付いて諌めるアルフ。
アルフ「落ち着けって。上着だけでいいから試してみろって」
ベルタは誤解に気付き上着を脱ごうとしてみる。
ベルタ「何よ一体。え、えぇ!?」
ベルタが上着を脱ごうとしただけで服の重量が無くなる。
着直し終えると700kgが戻ってくる。
ベルタ「すっごぉおおおおい!増やした重量はちゃんと着てる間だけ有効なんだ」
マアマ「えっへん」
ベルタ「あたし、ここまでイメージしてなかったんだけどな。マアマさんに任せれば安心ね」
マアマ「あはははは」
アルフ「マアマのやる事にいちいち驚いてたら身がもたねぇな。今日は寝ようぜ」
ベルタ「そうね。明日からはストレス溜めずに済みそうだし楽しみだわ」
アルフ一行は村で一夜を過ごし、翌朝旅立った。
街道を進むアルフ一行。
何も起こらない平穏な街道の旅路にアルフが呟く。
アルフ「さすがにもう猪はこねぇな。昼飯は携帯食料だけかぁ」
未練がましいアルフにベルタが答える。
ベルタ「干し肉が一杯あるわよ」
アルフ「マジ!?」
水を得た魚のようにはしゃぐアルフに説明するベルタ。
ベルタ「昨晩食べ過ぎて胃が重かったから朝食辞退したでしょ。そしたら道中で食えって一杯くれたのよ」
アルフ「やっぱあの村は天国だな。旅が終わったらあの村に住ませてもらおうかな」
旅が終わったらの一言に反応するベルタ。
ベルタ「いいんじゃない。でも記憶は少しでも戻ったの?旅の終わる目処がさっぱりなんだけど」
アルフ「俺もさっぱりだな」
予想通りの反応だと思いながらも尋ねるベルタ。
ベルタ「旅を続ける意義はあるの?」
アルフ「まだ呼ばれてるからなぁ。それに成果が何も無い訳じゃないぜ」
アルフの予想外の答えに、懲りずに一瞬期待するベルタ。
ベルタ「え。何か進展があったの?」
アルフ「おぉ。ベルタがどんどん強くなってる」
期待したあたしがバカだった。
あたしは成長しないなと反省するベルタ。
ベルタ「あたしの事はほっときなさいよ。あんたの事よ」
アルフ「何もねぇけどさ。旅をやめた所で帰る場所もねぇし。別に何も無くてもいいかなって」
そうなのだ。アルフには旅の目的以前に、旅をやめる理由も無いのだ。
ベルタ「あ。そうよね。ごめん。でも、ずっとうちに住んでてもいいのよ。親父だってその気だったし」
アルフ「ありがとよ。でもまぁ、呼ばれてる間は行ってみるわ」
ガルマは思う。
我にも導きの進展は無い。
竜神に見えぬ物の正体は掴めぬままだ。
だがアルフの言う通り、ベルタの成長が著しい。
マアマとの出会いもある。
この旅への同行が無意味という事は無い。
シイタとの約束もある故、アルフの監視は続けねばならぬ。
もどかしいが現状維持がよかろうな。
思いはそれぞれに、アルフ一行の旅は続く。
男達の村では、ベルタの存在をきっかけに、おぞましい事態が発生していた。
正邪を見極める手段として、娘心を理解する事が近道と勘違いした長老が、あらゆる妙手を試みていたのだ。
正邪と娘心が無関係であると、長老が理解するまでに一週間ほどかかったようである。
その過程で、信じ難い様相の長老を見て、新たなる世界に目覚めてしまった男達も居るらしい。
当のベルタには知る由も無かった。




