おまけ:肉の岩
アルフ一行はのどかな街道を進む。
いつもの光景と思いきや、ベルタが少しいらついているようで、挙動が怪しい。
ベルタ「あー!」
突然叫び、道端の大岩を持ち上げて歩き出すベルタ。
ベルタの突然の意味不明な挙動に仰天するアルフ。
アルフ「うぉ。こえぇよ。どうした。俺にぶつける気じゃないだろうな」
ベルタは不満そうに答える。
ベルタ「荷が軽くて身体がなまるのよ」
何言ってんだこいつはという感じのアルフ。
アルフ「いや。今お前が背負ってるリュックでも、普通の人には持てない重さだと思うぞ」
切れかけのベルタ。
ベルタ「なまるのよ!」
大岩を持ち上げて仁王立ちで迫るベルタの、鬼気迫る迫力に押されるアルフ。
アルフ「お、おぉ。でもなまると問題でもあるのか」
ベルタは困ったように答える。
ベルタ「大有りよ。なまってたらいざという時に役立たないじゃない」
そんな事は無いだろうと思うアルフ。
アルフ「現状でも十分に人並以上だと思うぞ」
ベルタにとっては、どれだけ鍛えても十分などありえない。
ベルタ「他人との比較なんて関係無いわよ。身体ってのは唯一無二。替えが利かないのよ」
アルフ「そりゃそうだけどさ」
本当に分かってるのかという目で、アルフを見るベルタ。
ベルタ「あんたも鍛えなさいよ。勿体無いわよ」
分かっているとアピールするアルフ。
アルフ「いや。だから大地の肉背負ってるじゃん。10kgだけど」
唐突にマアマが介入する。
マアマ「あそぶー」
ベルタ「へ。何か狩りたい獣でも居た?」
マアマはベルタに協力したいようだ。
マアマ「重くするー」
ベルタ「え・・・物を重くしたりできるの?例えばこの服を500kgとかにできるって事?」
マアマ「おっけー」
重い鎧でも買いたいと思っていたベルタは、即座に服の重量増しを提案し、マアマは受け入れた。
早速とばかりに喜び勇んで大岩を道端に置き、豪快にマアマを振るベルタ。
アルフは慌てて警告する。
アルフ「いや、いきなり500kg加算って幾らなんでも」
ベルタ「きゃー」
突然叫んでしゃがみこむベルタに駆け寄るアルフ。
アルフ「ベルタ!」
しゃがんだ姿勢から大きくジャンプして拳を突き上げて歓声を上げるベルタ。
ベルタ「最っ高っ!」
ずっこけて恨めしそうにベルタを睨むアルフ。
アルフ「おい」
ベルタはストレスが吹き飛んだようである。
ベルタ「何これ凄い。服は薄くて柔らかくて涼しいまま。重さだけ増えてるわよ」
アルフは勘弁して欲しいと思う。
アルフ「おどかすのも大概にしてくれよ」
ベルタはアルフの荷を見て提案する。
ベルタ「アルフもやってもらったら?大地の肉を背負わなくて済むから、肩に食い込んだりしないわよ」
アルフ「お?んじゃ試しに、俺の服は10kgで頼めるか?」
マアマ「おっけー」
ベルタがアルフに向けてマアマを振る。
アルフも感心する。
アルフ「お、おー?確かにこれはいいな。バランスを崩す心配も無いし、人にぶつけたりする心配も無い」
ベルタは動き回ってバランスを確認している。
ベルタ「うんうん。自分に重心が寄るから荷も持ち易いわ。さっすがマァマさん」
マアマ「えっへん」
重くできるなら軽くもできるだろうと思うアルフ。
アルフ「いや。荷はむしろ重量減らして貰った方がいいんじゃね」
だが反射的に否定するベルタ。まるで減らす事に拒否反応があるかのようだ。
ベルタ「あんまり安定してもバランス感覚が鈍っちゃうから。服を重くする程度で丁度かな」
言うだけ無駄かと諦めるアルフに、追い討ちをかけるベルタ。
アルフ「・・・まぁムダに荷物増やされるよりは安全でいいか」
ベルタ「マアマさん、あと200kgほどお願いしていいかしら」
マアマ「おっけー」
ベルタは踊るようにマアマを振る。
際限無く増やしそうで不安になるアルフ。
アルフ「先は決まってねぇんだから体力は温存しとけよ」
ベルタ「分かってるわよ。常に全力疾走出来る程度には抑えておくわ」
アルフ「お、おぉ」
走る時は重量を減らして貰えよとつっこみたいが、言えば普段の重量を増やしそうなので躊躇うアルフ。
上機嫌でくるくる回りながら歩くベルタ。
ベルタ「快適過ぎるわね。もうマアマさん抜きは考えられないかも」
マアマの使い方がおかしいと思うアルフ。
アルフ「普通は逆の使い方すると思うけどな」
ベルタはあっさり否定する。
ベルタ「あはは。ありえないわよ。そんな勿体無い」
俺の方が正しい筈だと力説するアルフ。
アルフ「でも下手に重くすると店の床が抜ける問題とかあるだろ」
荷をリュックにまとめた経緯を思い出すベルタ。
ベルタ「あ。そうだった」
ベルタは納得したがマアマが割り込む。
マアマ「大丈夫ー」
ベルタ「そうなの?」
ガルマ「心配は要らぬ。ベルタの足元を崩さぬ程度の操作は容易だ」
アルフ「ベルタが踏んだ所だけ頑丈になるのか!」
足跡で影響を確認しようとするアルフとベルタ。
ベルタ「足跡の深さはアルフと同じくらいになってるわね。仕掛けは分かんないけど良さそうじゃない」
アルフ「ベルタの足跡が硬くなってる訳でもねぇな。確かに分かんねぇけど床抜けないならいいか」
説明する程の事でも無いかとガルマは聞き流す。
的外れな見解に対してフォローしたい気持ちはあるが、マアマを見習うべく配慮していた。
意気揚々と街道を進むと、立ち往生している荷馬車があった。
ベルタ「あれは・・・車輪が壊れたのかな」
アルフ「村でもよくあったな」
ベルタは荷馬車の横に座り込んでいる男に声をかける。
ベルタ「どうされました?」
荷主は気遣いが嬉しかったのか笑顔で答える。
荷主「あぁ。荷馬車の車輪がいかれちまってな。ジャッキを忘れたんで、他の荷馬車が通るのを待ってるのさ」
やっぱりなとベルタが応える。
ベルタ「ジャッキの代わりなら、あたしが出来ますよ」
いい子だなと思いつつも、ありえない提案を否定する荷主。
荷主「へ?いや。確かに凄い体格しておる嬢ちゃんだが、大人でも持ち上がるもんじゃないよ」
だがベルタは既に荷台を持ち上げて車輪を浮かせている。
ベルタ「どうぞ。車輪交換して下さいな」
驚いて立ち上がる荷主。
荷主「ひゃぁ。嬢ちゃん凄いな」
ベルタ「えへへ。小さい頃はこれ出来るようになるのが目標だったな」
アルフ「あんまり年寄りを脅かすなよ。ぽっくり逝ってもしらねぇぞ」
ベルタが持ち上げている間に石を積んで荷台を固定する荷主。
一息ついて礼を述べる荷主。
荷主「ありがとよ。あとはゆっくり車輪を交換できるわ」
ベルタ「いえ。お役に立ててよかったです」
荷主は荷から何か取り出しベルタに渡す。
荷主「大した礼はできんが、りんごを運んでおる。これでも食ってくれ」
アルフ「おぉうまそー」
ベルタ「全く意地汚いわね。これあんたにあげるわよ」
荷主はもう一つ取り出してアルフに渡す。
荷主「ははは。坊主にもやるさ。この程度で礼と言うのもおこがましいがな」
アルフ「やったー」
ベルタ「いえ。とってもありがたいです。いただきますね」
りんごに噛り付いていると、何やら前方で騒ぎが起きている事に気付く。
土煙が近づいて来るように見える。
嫌な事を思い出すベルタ。
ベルタ「何よあれ。また盗賊団?」
目を凝らして見ていたアルフが呟く。
アルフ「・・・肉だ」
ベルタ「へ」
アルフ「大猪だ。ご馳走だぜ」
ベルタも土煙の主の影を確認する。
ベルタ「猪はいつから街道を使うようになったのよ」
アルフ「俺に食われる為に来てくれたんじゃね」
アルフの余裕の態度につっこむベルタ。
ベルタ「あの大きさって、道幅くらいあるわよ。罠アイテムじゃふっとばされない?」
アルフ「ふっとばされるな」
こんな時は能天気が厄介だと思うベルタ。
ベルタ「御馳走どころじゃないわよ。逃げましょ」
だがアルフは先まで考えていた。りんごも食べたかったが故に。
アルフ「逃げたら、この荷馬車はふっとばされちまうな」
察したベルタは荷馬車に向うが、アルフは止める。
ベルタ「じゃあ、あたしが荷馬車を持ち上げて」
アルフ「追いかけてきたらどうすんだよ」
ベルタ「あ」
りんごと肉の両方を得る為にアルフは能天気に逆らって考え続ける。
そして何か閃いた。
アルフ「・・・岩だ」
ベルタ「へ」
アルフ「あれは岩だ」
ベルタは呆れて怒り出す。
ベルタ「何言ってんのよ。こんな時にふざけてないでよ」
アルフは真面目に無茶を言う。
アルフ「お前、あれよりでかい落石とか平気で受け止めて捨ててたろ。あれも同じ岩だと思うんだ」
真面目な顔でバカ言うなと思うベルタ。
ベルタ「岩と動物は違うわよ!」
アルフは動じずに続ける。
アルフ「だから岩だと思うんだよ。あの大猪はまっすぐ突っ込んでくる。避けたり噛んだりしねぇ筈だ」
無茶ではあるものの、言ってる事は分からなくも無い。
他の手を考えている余裕も無い。
ベルタも決断する。
ベルタ「分かったわよ。やってみるわよ」
ベルタは大猪に向って半身に構え、自然体から右手を前方に伸ばす。
大猪を岩に見立て、転がって来る勢いを殺すように右手を引きながら岩肌を掴む。
ズン!
ゴシャ
ベルタの足が地にめり込み、大猪の突進を完全に受け止める。
大猪は衝突の瞬間に頭蓋を砕かれ、断末魔の声すらあげられずに沈んだ。
大はしゃぎするアルフ。
アルフ「ご馳走きたー」
ベルタは大猪の頭部を握りつぶしたままへたりこむ。
ベルタ「こわー。成功してよかったー」
何を言ってんだとつっこむアルフ。
アルフ「怖がる事はねぇだろ。マアマだって居るんだし怪我の心配はねぇよ」
マアマ「大丈夫ー」
ベルタは今頃マアマの存在を思い出す。
ベルタ「え。あ!マアマさんにお願いすれば良かったわよね。折角の遊ぶ機会だったのに」
マアマ「あはははは」
ガルマがそれは違うとフォローする。
ガルマ「そこは誤るな。マアマも大願の為に創られた者。お主が自ら挑戦する機会を厭いはせぬ」
マアマ「べるたー。いいこー」
ベルタ「あはは。あたしが挑戦というか、アルフの食欲に使われただけなんですけどね」
ベルタはアルフの心理を見透かしていた。
アルフは誤魔化そうとする。
アルフ「怖いとか言いながら、片手でやる辺り余裕に見えたけどな」
自分でも不思議に思うベルタ。
ベルタ「あれ?そういえば。岩だと思ったら片手で十分かなって思えちゃって」
誤魔化せそうで安心するアルフ。
アルフ「お前、あれよりでかい岩をポイポイ投げてたじゃん。今はガルマさんの加護だってあるんだぜ」
ベルタ「そっか。なんか自信ついたかも」
ガルマは脳内でつっこむ。
マアマが居る以上、巨大隕石の直撃でもベルタには傷一つ負わせぬだろう。
マアマを手にしておきながら、これほどまでに鈍くなれるものなのか。
脳筋おそるべし、と。
大猪の巨体を再確認するアルフ。
アルフ「しかし、これまた、でけぇな。俺達だけじゃ食いきれないぞ」
ベルタは少し考えて呟く。
ベルタ「また料理して配布しますか」
アルフ「おぉ。また鍋とバーベキューの両方いけるな」
ベルタはメニューを考えて、配布するような食材を今は持ち歩いていない事に気付く。
ベルタ「はいはい。今回は殆ど肉になるけど、まぁたまにはいいでしょ」
アルフ「むしろ大歓迎!」
アルフの反応は予想通りだが一応つっこむベルタ。
ベルタ「食べるのはあんただけじゃないのよ」
それもそうだと、アルフは荷馬車の方へ走る。
アルフ「おっちゃん!肉食い放題にするから、りんごを少し分けてくれねぇかな」
荷主「無論だ。好きなだけ使ってくれ」
アルフ「ありがとー。肉にりんごは絶妙の組み合わせなんだ」
アルフはりんごを抱えてベルタに運ぶ。
ベルタ「じゃぁチャッチャと捌くわよ」
ガルマはまた黙って姿を消す。
ベルタは手馴れた感じで、大猪の血抜きをしながら、食べられる部位を切り分けていく。
手際を感心しながら見つめるアルフ。
アルフ「お前、こういうのは平気なのに、何で狩りは怖がって罠アイテムやマアマ任せになるのかね」
きょとんとするベルタ。
ベルタ「言われてみれば変かも?」
アルフ「血や内臓を見るのが怖いとかじゃねぇよな。危険な場所や多少の怪我も怖がらないし」
何が怖いのだろうと考えるベルタ。
ベルタ「そうね。獲物が痛がるのを見るのが怖いのかな」
納得するアルフ。
アルフ「あぁ。それならベルタらしいわ。ついでに俺が痛がるのも怖がって欲しいけどな」
再びきょとんとするベルタ。
ベルタ「そういえば。あんたが怯えてても平気で殴れるわね。何でかしら」
悲嘆するアルフ。
アルフ「何でかしらじゃねぇよ。お前の中じゃ俺は獲物以下かい」
ベルタは適当に理由を作ってみる。
ベルタ「そりゃアルフは食べられないしねぇ」
アルフ「勘弁してくれ」
真面目に答えてやるベルタ。
ベルタ「あはは。アルフにはちゃんと手加減してるでしょ。獲物以下って事は無いわよ」
アルフには切実な問題なので真面目に対策を考える。
アルフ「痛がる練習でもしてみるかな」
的外れな意見に正論で答えるベルタ。
ベルタ「殴られるような言動をしなければいいのよ。そっちの肉、もう焼いていいわよ」
アルフ「お。きたきた。まずは俺の腹を膨らませないとな」
この街道は前回の配布時と違って人通りが少ない。
料理しても配りきれるかなと思っていたら、いかめしい集団が早足で向ってきた。
待ってましたとばかりにアルフが声をかける。
アルフ「兄ちゃん達。肉食ってけよ~。タダだぜ、タダ」
集団は武装しているものの、対人ではなく狩猟目的のようだ。
アルフに声をかけられた男が気さくに応える。
男「おぉいい臭いだな。ありがてぇがちょいと急いでてな。そうだ、どでかい猪を見かけなかったか?」
アルフは即答する。
アルフ「この肉が猪だぞ」
男は首を振って問い直す。
男「いや切り身になる前の生きた奴だ。大物を取り逃がしちまってな。人を集めて追ってる所なんだわ」
再度アルフは即答する。
アルフ「それ、これじゃねぇかな。さっきベルタが捕らえて料理したんだ」
男「はぁ?」
見ると、確かに捨てられた皮等の量や外観からして、追っていた大猪の可能性が高い。
直ぐには認め難いが、事実であろう事を認識する男達。
男「ま・・・じか。すげぇ野郎が居るもんだな。被害が出る前に仕留めてくれて助かったわ」
アルフは客ゲットとばかりに食事を勧める。
アルフ「そういう訳だ。俺達だけじゃ食いきれねぇし、勿体無いから食っていってくれ」
男は了承しながらも交渉を持ちかける。
男「そういう事ならすまねぇが、まだ焼いて無い肉を譲ってくれねぇか。無論代金は払う」
アルフとベルタにとっては渡りに船の申し出である。
アルフ「お?ムダにしないなら金なんて要らないと思うぞ。なぁベルタ」
ベルタ「もちろんよ。料理して配る手間が省けて助かるわ」
だが快諾したのに怪訝な反応を示す男。
男「・・・おい」
アルフ「ん?」
男はベルタを見ながらアルフに問い質す。
男「さっき、ベルタって野郎が猪を捕らえたって言わなかったか?」
アルフ「言ったぞ」
アルフのバカ正直丸出しの顔を見て、男は再度問い直す。
男「今、その娘をベルタって呼ばなかったか?」
アルフ「呼んだぞ」
男は閃いたように呟く。
男「同名の奴が居るのか」
アルフ「当人だぞ」
こいつ頭がおかしいのかと呆然とする男に、連れの男が何か耳打ちする。
男「な?こいつらが?ウソだろ?」
男が聞いたのは、ベルタの噂の一部である。
子供二人で無料で料理を配布するが、その肉の正体は・・・
突然、男は一歩飛び下がり、アルフに向って身構える。
男「まさか俺達を殺して食おうって腹か」
アルフは憮然と答える。
アルフ「は?兄ちゃん、話聞いてねぇのか?猪の肉が余ってるから配ってるんだよ。人の肉なんざ食わねぇよ」
男は警戒しながらも、焼かれる肉の見た目と臭いを確認する。
確かにいつも食べなれている猪と同じものだ。
火葬場で臭う、人の肉が焼ける臭いとは全く違う。
ベルタの体格は噂に違わぬ恐ろしい程のものだが、顔はまだあどけない子供だ。
それに万一に備えて危険な噂を重視していたが、英雄としての噂もある。
豹変した男の態度に、ベルタの見た目が問題じゃないかと思うアルフ。
アルフ「おいベルタ。お前やっぱ獣人だと思われてるんじゃねぇか」
ベルタ「失礼ね。かよわい乙女に向って。そもそも獣人だって人を食べたりしないわよ」
男は直接ベルタに話しかけてみる。
男「娘さん。その猪をあんたが仕留めたってのは本当かい?」
ベルタ「え、えぇ」
ベルタの肯定を確認し、やはり噂通り凶暴な奴なのかと思う男。
男「いつもそんな事してるのかい」
ベルタ「まさかぁ。そこの荷馬車が修理中で逃げられなかったから仕方なくですよ」
男は周囲の状況を確認して考える。
確かに修理中の荷馬車は見える。
見覚えのある、地元の者の荷馬車だ。
話を聞いている限り、噂を信じさえしなければ疑う要素は見当たらない。
だが油断させる事が目的だとしたら・・・
頃合を見計らったように、近くで肉を食べていた荷主が割り込む。
荷主「あの荷馬車はワシのだ。この子らは身を挺してワシを護ってくれたんだ。断じて悪い子じゃねぇよ」
男達は一斉に警戒を解く。
もし危険な噂が本当なら、明らかに無関係そうな地元の荷主からの助言はありえないだろう。
男「済まなかった。妙な噂があったのを警戒してしまってな。許して欲しい」
ベルタ「噂?あたし達が噂になっているのですか?」
ベルタに答えようとして口篭る男。
状況から察するに、性格的にはごく普通の優しい娘なのだろう。
荷主の証言もあるし、大猪を倒す程の強さも恐らくは本当であろう。
だが、自分の噂を知らないようだ。
正直に話した場合、当人が正気で聞いていられるとは思い難い程に酷い噂だ。
それほどの者をもし逆上させたら、やばい噂が現実になりかねない。
口篭る男をベルタが心配する。
ベルタ「どうかしました?」
男「い、いや。娘さんが英雄だとか、すごく強いみたいな噂で、腕前を拝見したいなーなんて」
必死でごまかす男。
ベルタは真に受けない。
ベルタ「勘弁してくださいよ。あたしは、ただのかよわい村娘です。噂は別人のだと思いますよ」
こんなの他にも居たらやべぇよと思う男。
だが、討伐を代行してもらい、肉をくれた相手に無礼まで働いて、このままさよならとも言えない。
気を取り直して笑顔で申し出る。
男「よかったら今晩は村に泊まっていかないか。せめて一晩、無礼を詫びて猪討伐の礼をしたい」
ベルタ「そんな。お気遣い無く。肉がムダにならなくて助かってますし」
アルフ「やったー、夕飯も御馳走確定」
ベルタの配慮を即刻潰すアルフ。
ベルタ「あんたは遠慮ってもんを知りなさいよ!」
ベルタの剣幕で、遠慮する理由を察するアルフ。
アルフ「あぁ。でももう一人居るんだわ。大丈夫かな」
全く問題無いと応じる男。
男「連れなら何人増えた所でまとめて歓迎するぞ」
ベルタは極力ショックを与えないように伝えようと試みる。
ベルタ「あと一人なんですけど・・・その、竜人様なんですよね。あはは・・・」
男の笑顔が硬直する。
そんな噂もあったなぁと。
一番信じられない噂が本当だったとか、詐欺じゃねぇのかよー!
だが顔には出してないつもりで、平静を装って応じる男。
男「も、問題無いですよ。御満足は頂けないかもしれませんが、精一杯おもてなししますよ」
男の反応を見て、やはりそうですよねーと哀れに思うベルタ。
少しでも気楽にさせたいとフォローをいれる。
ベルタ「ガルマさんは、もてなしとか気にしないと思いますよ。泊めて頂けるだけで十分だと思います」
ガルマ「うむ。気になるなら村の外で待っていても良いぞ」
突然目の前に姿を現したガルマが告げる。
男達は驚いて声も出ない。
ベルタ「いえ。そのような気遣いは、逆に気を使わせてしまうと思いますよ」
ガルマ「そうか。ならば連れの一人だと思ってくれ」
ガルマと平然と話すベルタを見て、覚悟を決めた男が申し出る。
男「で、では村へ御案内します」
ベルタ「お世話になります」
アルフ一行は男達の村へ向った。
ベルタは残りの肉を手際よくまとめて担ぐ。
男達が四人位で運ぼうと思っていた分量の肉に加え、ありえない程に巨大なリュックまで背負っている。
噂になるのも仕方ないなと納得する男達であった。
だが男達にどう思われているかなど、当のベルタには知る由も無かった。




